会議室を後にし、早速任務の準備に取り掛かるプラムとアロー。プラムが運転するランエボは高速道路に乗り、鹿児島に向けて疾走していた。
「えーっと………人工衛星の打ち上げは……」
「約2週間後とかじゃなかったか?」
「あ、ほんとだ書いてある」
助手席で、ベルに渡された作戦概要資料を読み込むアローは、頭をポリポリと掻きながら、ホッチキスで留られた紙をぺらりとめくった。
「ほえ〜! 壮大ねーアイツら」
「なんて書いてあんの?」
「なんか、人工衛星にチップ? みたいなのを埋め込んでるんだって」
「ちっぷ?」
「そ。ご飯のふりかけの一粒よりも小ちゃいんだけど、すっごい頭のいいコンピュータの頭脳として機能してるんだって」
「すっごい頭のいいコンピュータだぁ?」
「そうそう。もうホンット頭いいんだって」
「ふりかけより小さいのに頭いいのかよ」
「なんか、インターネットをぜ〜んぶ一瞬でハッキングできるんだってさ〜」
「すっげーな。なんかヤバそう」
2人に詳しいことは理解できないが、どうやら人工衛星に積み込まれたコンピュータチップに、39委員会の野望が秘められていることは確かなようだ。プラムはあくびをすると、サービスエリアに入るために進路変更の合図を出して、ハンドルを少しだけ左に切った。駐車場にランエボを停め、降車する。曇り空の下、昼食のためフードコートに向かう。
「だいたい、ハッキングしてどうすんだ?」
「そりゃあ、自家製ウイルスに感染させてインターネットを我が物にするんでしょ」
「そんなんで世界征服になるのか?」
「なーに言ってんのよ。今の時代、情報が遮断されたらオシマイなのよ? 飛行機は道に迷って墜落、良くても不時着。船は航路を見失って海の上で立ち往生。あんたのランエボのナビも意味不明な道案内を始めて、使い物にならなくなるわ」
「ほお」
「証券ウンヌンではシステム障害で取引が止まるし、銀行ATMがぶっ壊れて給料を引き落とせなくなる。スーパーのセルフレジも、医療関係のシステムもストップ。つまり、ヒト・モノ・カネの流れが止まるってことね」
「なるほど」
「それだけじゃないわよ。テレビもラジオも砂嵐しか流れなくなるし、電話も繋がらない。スマホで動画を見たり音楽を聞いたりすることもできなくなる。インフラが片っ端から死ぬわね〜」
「え?! テレビとスマホ使えなくなんの?!」
「そーよ。あったりまえじゃない」
「朝7時のニュース占い見れなくなっちゃうじゃん!」
「どこ心配してんのよアンタは〜!」
「だって、7時の占いはあたしの楽しみなんだぞ?!」
「知らないわよも〜。それよりもナビが壊れるとかの心配しなさいよぉ」
「いや、ナビは別に。いざって時はアローが助手席でペースノート読んでくれればいいし」
「ラリー選手権じゃないのよ」
たくさんの客で賑わうフードコート。プラムとアローは丸いテーブルに席を取り、各々好きな食べ物の食券を買って、再び席に戻ってきた。
「けど、39委員会はもっともっと戦争を起こして金儲けしたいんだろ? インターネットを使えなくすることと何の関係があるんだ?」
「さっき言ったことのまんまよ。流通を掌握するってことは、戦争で使われる兵站や兵器、情報の流れを独占できるってこと」
「うんうん」
「管制塔がデクの棒化して、スクランブルの警報が鳴らなくなる。戦闘機に哨戒機、救難機が飛べなくなって、世界中の制空権は消滅する。こうなると、潜水艦なんかは海に潜ることさえできなくなるわね」
「おお〜」
「みんな大好き核ミサイルも打てなくなって、燃えないゴミになる。つまり、アタシ達はみんな、銃を持った原始人になっちゃうってこと」
「へ〜」
「世界中が混乱の嵐に巻き込まれて、約100年ぶりの世界恐慌が開幕。企業が倒産しまくって、失業者で溢れまくって、餓死者が出まくって、暴動が起きまくって、紛争が起きまくって、たくさんの武器が消費される。39委員会の狙いは、世紀末化した世界の武器商人になることじゃないかな」
「武器商人ねぇ」
「そ。死の商人って言ってもイイわね。ガン◯ムの世界でいう、アナハイム・エレクトロニクスなんかがまさにそうじゃん」
「ほぉー」
「もぉ、ちゃんと聞いてんのあんたぁ〜?」
*********
「ホントに良かったんですか? センパイ」
「ん? 何が?」
モニターの青白い光が、エマ、ベル、ビットの3人を照らす。ベルの不安げな表情を横目に、エマは資料を読み返している。
「こんな大事な任務に、プラムとアローを起用するなんて……」
すると、エマは資料を静かにデスクに置いた。
「あら、私の判断に不服でも?」
「い、いえ……! けど、センパイがこんなに大胆になってるところを見てると、なんだか昔を思い出してしまって……」
「ベル。私たちだって、コンビだった頃は失敗ばかり重ねていたでしょ」
「はい……。私のせいで、先輩の顔に……」
「アレは、この傷だけで済んでラッキーだっただけよ。別に、今さら振り返ることでもないわ」
湿ったような、涼しいような。しんみりとした空気が、ふたりの間に満ちていった。
「ベル」
「はい?」
「上司として、あの子たちをしっかり見ていてあげなさい」
「はい。じきに私も、ビットと一緒に鹿児島に飛びます」
ベルト共に、エマの視線はビットに移った。
「ふふ、頼もしいわね。ビットくん、いい上司を持ったでしょう」
「はい。恐悦至極に存じます」
「ふふふ、相変わらずマジメね」
エマは視線をベルに戻すと、不敵な笑みを浮かべた。
「この作戦が無事に終わったら、みんなで飲みに行きましょう。色々と話したいことがあるのよ。あなた達にも、あの子たちにも、次の人生を歩んでもらうことになりそうだし」
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