「このまま終わってくれますかね」
マスコミはきっと興味本位で騒ぎ立てる。警察のなかには、真実を求める者もいるだろう。
「警察も、大衆も、真実を受け止められるほど強くはない。流れるさ、楽なほうに」
課長は気楽に答えた。マスコミや警察には他の支援者が圧力をかける。それを見越したうえでの返答だろう。
「今後のこと、何か聞いていますか」
「南に行くと言っていたな。それと、支援者たちの調査を俺に直接依頼してきた」
「支援者の……何か、おかしな動きをしている者がいるんでしょうか」
「いや、変わらんよ、連中は。変わらず彼女を珍獣扱いして、上から眺めて喜んでいる」
薄ら笑いを浮かべる男の眉間には、深い皺が刻み込まれている。これは彼が本気で怒っている証だ。
「しかし、支援者同士は不干渉のはず、ルールを破れば――」
「知らんな。だいたい支援者なんてのは、気色の悪い変態が勝手に名乗っているだけのものだ。彼女はあれを認めてなんかいない。存在も、在り方もな」
「認めてないって、どういうことです。あれは公認の……」
「そう思い込んでいるだけだ。思い込まされてる、といったほうが正しいか。いいか、これは大事なことだから言っておくが――」
彼は語る、彼女にとって支援者とは何であるかを。それは衝撃的な内容だったが、彼女の性質を考えれば、納得出来る話でもあった。
「利害関係ですらないと……」
「見ているんだよ、彼女は。だから指示も出さないし、要望も彼らの前では口にしない。自分という状況を前にして、何を考え、どう動くか、彼女はそれをじっと見ている」
彼らは今も、多額の資金を提供し、裏工作を行っている。それは娯楽なのだろう。己を酒の肴にして、社会を上から見下ろして、そうして笑う大人の姿を彼女はどう感じているのか。
幼女探偵――彼女は悪を喰らい、事件を喰らう。ときには自分で育ててまで。
「我々は、大丈夫ですかね」
「それなりに気に入られてると思うぞ。お前のことも、真面目でいい感じだって褒めてたし……」
「え、嬉しい。それすごく嬉しいんですけど」
「……基準はわからんが、俺たちやあいつみたいに、色々悩んでおかしくなった奴には、基本彼女は甘いみたいだな」
「そのあいつ……ですが、撃つ前に一緒に来ないかと誘いをかけました」
彼女の闇を覆い隠すためには、彼には口を噤《つぐ》んででもらうしかなかった。しかし、秘密を共有出来るなら――
「……断られたか」
「はい、馬鹿なやつですよ」
我々にはもう、警察官としての誇りは残っていない。彼はどうだったのだろう。彼女を撃とうが撃つまいが、銃を向けた時点で刑事としての彼は終わっている。そうまでして、いったい彼は何を守ろうとしたのか。
誇りだろうか、秩序だろうか、それとも正義――なのだろうか。
あの日、彼の遺体に彼女は一輪の花を添えた。その眼差しはとても優しいものだった。
「そういえば、課長が連れて来たあのホームレス。あれについて、彼女は何か言ってませんでしたか」
身代わりは必要だった。しかし、無関係な者を巻き込むやり方は、おそらく彼女の流儀に反する。怒りを買ったかもしれない。
「ああ、あいつは吾川だ……吾川将吾、看護師強姦殺人の――」
「は、え、吾川……指名手配の、なんで」
「知らん、彼女の指示だ。指紋やら何やら調べたら吾川だった。大ごとになるだろうから、しっかり裏を取って、確証を得てから公表する」
「わかったうえで、ですよね」
「当然そうだろう。怖ろしいな、我らが探偵殿は」
そう言って笑う彼の顔には、真っ当な警察官だった頃とは別の、誇りのようなものが見てとれた。
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