「……魔術語が書かれた紙切れをみつけたらって言ってましたけど、そもそも魔術語ってなんでしょうか……?」
森を抜けて暫く歩いた頃ふとした疑問にさし当たる。戻って聞こうにも爽やかな草原が辺り一面に広がり、森はかなり遠く離れていた。
幸い獣人だからこそ近いとも感じる距離ではあるが無駄な体力は使えない上、出て間もないのに戻るのもいささか考えものである。
聞く相手も正確な答えを出す者もいなく、ハティの素朴な疑問は無知のスコルへと向かう。もちろん答えはでることはなく「私に聞かないでよ〜」と困った顔を浮かばせていた。
「まぁそうですよね。仕方ありません旅先で聴くしかないみたいです。でもその前に頭の耳隠さないとですね」
「うぇ〜そうだった〜。嫌なんだよなぁ〜フードゴワゴワして気持ち悪くて〜」
「仕方ないですよ。獣人の人狼はお母さん含めて私とスコルさんの三人だけですし、人々は人狼を怖がりますから」
「私達は何もしてないのに〜。う〜人狼の性恐るべし……」
彼女達獣人族の人狼種は昔から人間の間で「恐ろしい種族」「人間の肉を食べる」など言われ疎まれる存在になっている。もっとも今では人狼種も普通の獣人と同じように過ごしているのだが、それを知らない人間にとって人狼は害そのもの。故に頭――正確にはケモ耳――を隠さずに人間と交流すると悪いように扱われてしまい、それを見越している二人はフード付きのポンチョを身にまとうのだ。
さらに人狼種がもはや三人しかいない今では顔を覚えられ出禁なんてことがありえる。さすがにそうなると旅にも影響が出てしまうが故に耳をフードで隠す。
別にこのポンチョではなくてはならないという訳ではなく、耳が隠せれればなんでも良いのだが可愛くオシャレである面を見ればこのポンチョよりもこの上ない。
肝心のしっぽは見えていても構うことはない。そもそもしっぽが大きな獣人自体は数え切れないほどいるからだ。
とはいえ警戒もされる可能性があり、彼女達は半分隠すように大きめのスカートを履いている。
「まだまだミズガルズまで長いですね……もうちょっと近いと思ってました」
「ほんとだねぇ〜もう歩き疲れた〜って……ちょうどいい所に一休み出来そうな村を見つけた〜!」
「ちょうどいいと言うか都合がいいと言うか……」
「きっとそこで休めってことだよ〜。ね?ね?休も〜?」
「……まぁ、何かあったら離れますか……正直私もちょっと休みたい気分ですし」
森から出て早二時間。体力はまだあるもののまだまだ見えないミズガルズに向かって歩く気力が尽き始め、彼女達の頭の中は休みたい一心で埋め尽くされていた。
フードで頭を隠しつつ、少し遠目に見える小さな村を目指し足を運ぶ。
「あれ?誰もいないね〜」
「確かに……でも人はいると思いますよ。いないにしても家屋の状態から見て不自然ですし……ちょっと見て回りますか」
暫くしてたどり着いたものの人の気配がない。不思議に思った彼女達はとりあえず村の中を歩いて回るが案の定外には一人もいない。けれどそれはおかしなことであり、人がいなければ建物もこんなに綺麗に残っているはずがないのだ。となればここ最近まで人がいたと考えていいのだが、とりあえず人探しをやめて休憩するために宿の看板が立つ建物の中に入る。その刹那奇声と共に子供が襲いかかってきた。
一瞬の出来事ではあったが咄嗟にハティの前へと出たスコルがそれを受け流しつつ、子供の腕をつかみ床へと叩きつける。
「君〜こんなものを人に向けたら危ないよ〜?」
「ぐっ……離せ!」
「なんで襲ってきたのか教えてくれないと離さないよ〜」
「……それにこの村の人達がどこに行ったのかも気になりますから」
先程まで人の気配が感じなかったのは建物の中に隠れていたからと理解できたが、いたのは子供。それも男の子一人。子供一人だけ住んでるにしては家も多く割に合わない。となれば他にも人がいたことは明確であり何かがあってここの村の住民が子供一人だけになっていたのだろう。
せっかく見つけた住民。何か知ってるのではと敵意は無いことを見せつつ、ここに来た経緯を自分達が狼の獣人であることを伏せて話す。
「――なるほどな。てか離せ!痛てぇんだよクソが!」
まだ少年の手にナイフがあり離したら襲われそうだからと押さえていたスコルだったが、少年の言葉で力を弱めた瞬間にナイフを離した腕を思い切り引き抜かれ「あぅ!」と素っ頓狂な声をあげた。
けれどそんな声は気にする事はなく起き上がった少年は見た目に合わない程豪快にあぐらをかき襲ったことを謝罪する。
「とりあえずいきなり襲って悪かったな」
「い、いえ。見ず知らずの人を襲うなんてそれ相応な理由があると思いますし」
「まぁ……な。そういえばここの人達がどこいったか知りたいって言ってたな。いいぜ、教えてやる」
押さえつけられていた腕を気にしながらも立ち上がると真剣な顔をして語り始める。
「このあいだ友達とかくれんぼで遊んでる時やけに外が騒がしくなったんだ。どうせ喧嘩か何かだろって思いながら家のベッドの下に隠れてたら……家の中に魔物が入ってきたんだ。足元しか見えなかったけど隅々まで探してたと思う。もちろん俺が隠れてるベッドの下も。でも覗かれそうになった時になんでか動きを止めてその場から立ち去ったんだ。その後急いで窓から外を見たら皆悪魔に連れてかれて行ってたんだ……クソ……」
思い出すだけでも苦なのか次第に辛い表情を浮かす少年。しかし無理してまでこの村で起きたことを話してくれたのは事実で、少年の辛そうな顔からは嘘をついている感じは到底ない。
ならばこそハティとスコルは話してくれたお礼にと。
「あの……私達で良ければお力になりますよ。最近旅を始めたとはいえそれなりに戦闘できますし、それに元々この村で休憩しようと思ってたので少しはお力になりたいですし」
「ハティに賛成〜」
「スコルさんもこう言ってますし……えっとその悪魔さんがどこ行ったのかはわかるんですか?」
先程村に訪れた見ず知らずの人が力になりたいと言ってきたことに言葉をなくしその場で固まってしまう少年。直ぐに我に帰るやいなや慌ててかしどろもどろな状態になっていた。
その様子から見るに今みたいな対応をされたのは初めてなのだろう。さすがに少年自身でもしどろもどろしてるとわかったのか一度深く息を吸って気持ちを抑えて。
「……今まで他の人が来たことはあったけど村のやつを悪魔から助けてくれようとしてくれたのはお前らが初めてだ。……わかった。俺が知る限りまで案内してやるよ。俺はカルル。よろしくなハティ、スコル」
「なんで名前知ってるんです!?」
「いや……自分で言ってただろ……」
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