夜は魔物が活発で危険であるためその日は休息をかねて宿屋のベッドで眠る二人。少年は寝ずに見張りを続け、無事に朝を迎えていた。
「おい!ハティ、スコル、起きろ!朝だぞ!」
広間から響く少年の声。紛れもなくカルルの声だがハティ達は起きようとはしない。何度呼んでも起きてこないからか少年は心配になりハティ達が眠る部屋に入る。
刹那、少女二人は仲良く起き上がるのだが、ナイフの切っ先を向けるカルルが今にも刺殺しそうな程睨みつけていた。
「……お前ら……魔物だったのかよっ!」
「え……?私達は魔物じゃ――」
「ならその耳はどう説明する気だ!」
「っ!?」
寝る時は流石にとフードを外して寝たのが裏目に出てしまったようで、少年の目先にはピンと立った獣耳がある。
見られてしまっては誤魔化すこともできない。しかし自分らが魔物ではないことなどわかっている。それでも訂正できないのは“人狼”だから。
当初の目的は果たせたのだからいっそ逃げることも考えるが、スコルだけは逃げようとはせず何故か短剣を持ち戦闘態勢を取っていた。
「はっ!本性出しやがったな魔物め!」
「ちょ!?スコルさん!?」
流石に人を殺めてしまうのはいけない事など少女達は重々承知している。けれどハティの言葉は虚しくもスコルには届かずカルルに向かって飛びかかる。
部屋が狭いからこそ自慢の脚力は生かせずに飛びかかったのだ。だがカルルがナイフひとつで防ごうとした刹那、着地と共に華麗にカルルの背後へと回り込み“空中を切りつけた”。
予想外の出来事に二人は口を開けて言葉を失う。一体スコルは何をしたのか。それは切りつけた直後、部屋に響いた声が答えとなった。
「グアァ!……何故……擬態は完璧だったはず……あと少しで喰えたのにクソがァァァ!」
切りつけた空中が歪み姿を見せ叫んだのはカルルが言っていた魔物という存在。人の姿に似た紫の肉体にはスコルが切りつけた傷が入っており見るだけで致命傷だと理解出来る。
「魔物の匂いまでは〜隠せないんだよ〜」
姿を現し叫んだ直後。スコルは魔物の声を止めるために首を素早く切りつける。一瞬濃い赤色の液体が吹き出すものの刹那にして身体諸共黒い灰になり消え去った。
「カルル君も気を付けないと〜ってあれ?なんで二人ともそんな顔してるの〜?」
「い、いや……えっと……お前ら魔物じゃないの……か?」
「やだなぁ〜私達は魔物じゃないよ〜。強いて言うなら……獣族?獣耳族?あれ?どっちだっけ?」
「はぁ……正確に言うと私達は獣族の人狼です。今の反応からして人狼だから魔物と疑ったのでしょうけど人狼とて普通の獣族と変わりませんよ」
自分のことくらい覚えてと言わんばかりに短くため息をついたハティは自らの素性を明らかにする。秘密のこと故に耳を見られたことに気づいていないスコルは「秘密じゃなかったっけ〜」と呑気なことを口から吐くが、直ぐに見られた相手が人間だということを思い出しすかさずフードを被っていた。
「それでも私達人狼を魔物だと言うのであればすぐにでもここを離れます。あ、宿代は払わせてくださいね?」
「……ちょっと着いてこい」
思っていた返事ではなく少々焦りつつも少年について行き、外にある見張り台に登るやいなや南に向かって指を指す。その方向には険しそうな山がそびえ立ちかなり視力の良い双子には麓付近に魔物が沢山動いているのが見えている。
いや、魔物だけではない。捕まったであろう村の人々が過酷な労働を強いられているのも見えた。
「……あそこが昨日話した悪魔の住処だ。今からそこに向かうからさっさと準備してこい」
「え……えっと……私達が人狼だってこと言いましたよ――」
「……お前らが良い奴なのか悪いやつなのかは村のやつを助けてから決める。だから今は……今だけは手伝ってくれ」
「わ、わかりました」
きっと彼も村のみんながどんな仕打ちを受けているのか何となく察しているのだろうか。目的地を眺める目はどこか怒りと寂しさが感じられた。
程なくして装備を整え終わった少女達は南に向かって歩き始める。急いで助けたい気持ちもあるだろうが今ここで体力を使うわけにはいかない。
なんなら向かう道中もなるべく戦闘は避けたいところだろうが、そう甘くは無いのがこの世の中。近づけば近づく程近づくなと言わんばかりに魔物と遭遇してしまうのだ。といっても大抵は弱く近距離の戦闘が得意なスコルとカルルだけで退けているのだが。
「――念の為ここにいる魔物を根こそぎ仕留める。万が一助けた後に襲われても嫌だからな」
「わかった〜」
「そ、それと村の人達はあの巣の中に隠れてます」
気づけば問題の魔物の巣が目と鼻の先まで来ている。だが外の異変を感じたのか遠くから見た時よりも魔物の数は少なく村人は居ないように見える。
いや、その場からいなくなったとしても魔物の巣である洞窟の中にいることなど獣人の二人の耳を持ってすればお見通しだ。
カルルも今だけ少女達を信じ歩みを進めて行く。
洞窟の中に入れば意外とひんやりと空気が冷めており肌寒さが感じ取れた。よく見ればあちらこちらに氷の結晶が着いているのがわかる。
雪降る季節でもなく特に寒い土地でもないというのに氷を見ることができるのは、氷の魔法が使用された証拠。直前に少女達以外にここに来た人はいない。
村人に使える人がいれば話は別ではあるが、もし使えるならばとうにここから逃げているだろう。ならばこそ洞窟内の氷は魔物のモノだと判断できる。
「気を引き締めて行くぞ……」
そう言ったカルルは魔物避けにもなる松明を荷物から取り出して地面を叩く。少年が手にした松明は少し特殊で衝撃を与えないと火は灯せないのだ。無論地面でならなければならないことではないが、壁には氷がある以上火力も弱まるだろうし溶かして危険が及ぶ可能性もあり地面に叩きつけたのだ。
しかしここは魔物の巣。松明の魔物避け効果は薄く、かつ叩いた音により奥から魔物が押し寄せてくる。
「ギャギャ!ニンゲン!ニンゲンダ!」
「オトコトオンナダ!」
「メシダ!メシダ!」
奥から現れたのは緑の皮にとんがった耳を持つゴブリン。魔物の中で一番人間に近いとも言われているが実際は物欲の塊であり、人間の男は彼らにとって餌でしかなく、逆に女は欲を満たすものでしかない。
「スコル!そいつはゴブリンだ!知性を持ってるから気をつけろ!それとハティ!この松明持ってなるべく俺達からはなれるんじゃねぇぞ!」
「わ、わかりました!」「とりあえずボコればいいんだね〜了解〜!」
松明を渡されたハティも魔法を使えば灯りを強くすることも、戦闘に参加することもできるがここは狭い洞窟内。万が一失敗してしまった場合逃げ場がない。となると必然的にハティだけ非戦闘員となり傍観するのみである。
一方で松明を預けたカルルは魔物狩りに貢献すべくと剣を抜き迷いもなく懐に入り剣を振るう。
迷いもなく振るった剣はとても繊細で男が振るった剣筋とは思えないほど正確に敵を切り裂き、暖かく照らされる洞窟内に鮮紅の血が中を舞った。
「さぁ来やがれ!魔物ども!俺を男だと言った罪として一匹残らず駆逐してやる!」
「え!?」「カルル君ってカルルちゃんなの〜!?」
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