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「おい、起きろ!ったく戻ってこれたことは褒めてやるけど森の入口で寝るバカいるかよ!」
入口まで吹き飛ばされたスコルはそのまま気絶……という名の睡眠に入っていた。そこに熊の体を持つ人間、ナヌークが現れスコルの顔をペシペシと叩く。
傍から見れば大きな熊の手で少女を叩いてるという、なんとも恐ろしい絵面だが別に襲ってる訳ではなくただ起こそうと優しく、されど適度に刺激を与える程度に叩いてるだけ。
あまりにも遅いから心配してきたのだろうが、入口で寝てるスコルをみつけるや、心配は吹き飛びため息と文句しか飛んでいない。
「うぅ〜あと五分……」
「寝ぼけてんじゃねぇ!起きないならお前ら食うぞこら!」
「うひゃあっ!?食べないで……てあれ?ここは……」
「森の入口だ。あまりにも遅いから心配してきたら……なんでここで寝てるんだよ……それにそいつは心ここに在らずで怖いし」
ボ〜っとした頭に響く声。そいつと熊に言われ指をさされた先に横たわる相棒をみて、思い出したの如く慌てて泉の水を飲ませる。
「その水は」の問いに泉の水とだけ答えるスコル。ちゃんともう一本あるからと補足しつつ、相棒の様子を伺っていると、突如として唇に柔らかな感触が伝わる。
ハティが起きたのだ。だが思い切り起き上がったせいか、ハティの口がスコルの口に当たったのだ。されど一瞬の出来事。
だが頭をぶつけたよりはマシである。痛みはなく変わりに、唇が触れた途端反射的に離れてしまった二人の顔が、唖然とした表情に染まるだけなのだから。
はっと我に返ると直ぐにハティに抱きつき、涙を流し始めた。短時間とはいえ眠って起きない状態が続いた結果、心配が大きく募っていたのだろう。
「な、なんで急に泣いてるんですか……」
「ひくっ……だってぇ〜!このまま起きないかと思ったんだもん〜!それとキスが嬉しいぃぃ〜!」
「えぇ……と、とりあえず何が起きたのか教えてください。ナヌークさんも知りたそうですし」
「というか泣き止んだら一度家に戻るぞ。あいつが心配でならねぇしな」
びぇぇぇぇと森の中に響くスコルの鳴き声。何が起きて森の入口にいるのか全くわかっていないからこそ、そんなスコルを優しく撫で落ち着かせる。
しばらく経ち半ば落ち着いたところでナヌーク達の家に戻る。未だ何かに襲われてるかの如くもがき苦しむキルケに魔法の水を飲ませた後、リビングに当たるところで森の中で何があったのか確かめるように、二人で話していく。
とはいえハティは途中で“脱落”。故に脱落以降は記憶もなく、結局スコル一人での説明となる。
「――泉の中に人……おい、その泉に突然現れたってのは本当だろうな!?」
「そ、そうだけど……どうかした〜?」
「どうしたも何も……ここの泉に現れる人ってのはウルドしかいない。事実身を守るためにこの森の一部を迷いの森にしたんだからな……でもまさかあいつが起きてるなんて……」
熊の表情など見ても分からないが、泉に突如として現れた謎の人物のことを話してから、どうも様子がおかしい。
恐れているのか焦っているのか、そこまでは区別できないが、ただならぬことであるのは確か。
とはいえ二人にとっては、ウルドが起きていることに驚く意味はわかることはない。だが、驚いた理由については意外と直ぐにわかることとなった。
「ウルドを初めとする三女神はそれぞれ、過去、現在、未来の力を持ち、視ることができるの……普段は寝てるんだけど、起きた時はこの世界になにか異変が起きてるってことなのよ……話は、聞かせてもらったわ……」
「キルケ!もう大丈夫なのか!?」
「ええ……何とか……その二人が助けてくれたんでしょ……?ありがとね体を張って、私を助けてくれて……」
家の奥からフラリと覚束無い足取りで歩いてきたキルケ。本人は大丈夫と言っているがどう見ても大丈夫そうでは無い。第一今にも倒れそうなほどふらついてるのだ。
否、先程の水を飲ませてから数分で何とか歩け、言葉を発するところまでは回復しているのだから、ふらついていたり眠そうなのは今だけだろう。
そのまま倒れてしまわぬようキルケを椅子に座らせるナヌーク。どこかほっとした感情が目の奥に見えた。
「それで……二人は迷ってここに来たのよね?正直まだ完全に回復したわけじゃないから今は……って君、別の魔力感じるんだけど……何か持ってる?」
「えっと……も、もしかしてこの魔導書の事ですか?」
不意に聞かれ慌てて取り出す一つの魔導書。母の形見であるその魔導書は確かに、微かながらフェンリルの魔力を帯びている。さらにいえば魔法のペンも、魔法のインクも全て何かかしらの魔力を帯びている。
だがその魔力を感知できるものなど、殆どいるはずもないのだ。
強いて感知できる者がいるとするならば、魔力に敏感な人のみ。
「これ……もしかしてだけど魔法のペンとインクもある?」
「ありますけど……もしかして使い方わかるんですか!?」
「ええ……なんでこの本を貴方達が持ってるのかはわからないけど……昔ある獣人と一緒に作ったのよその本。確か名前は……」
表紙に手を触れるやいなや、思い出話をし始めるキルケ。だが、魔導書を一緒に作った獣人の名前が、姿が、まるっきり思い出せなかった。
確かに一緒に作ったのは覚えている。その獣人も大切な人――自分自身をわかってくれる人なのにも関わらず、思い出そうとすればするほど、その獣人についての情報が薄れていく。
彼女が獣人の名前を思い出せないことを悟ったハティは、ふと「フェンリル……ですよね?」と、母の名を出す。
確信がある訳では無い。ただこの魔導書をフェンリルが持っていて、キルケの口から獣人というワードが出たため、もしかしてと母の名を出したのだ。
すると、今まで薄れていく一方だった情報が蘇り、
「そうそうフェンリル。なんで今忘れてたんだろ……って、なんでわかったの」
「私達のお母さんなんだよ〜」
「え?」と、スコルが発した言葉できょとんと、鳥が豆鉄砲を食らったように唖然としていた。
「言いにくいがキルケ……お前が魔力不足になって相当時間が経ってるんだ。周りが変わってても無理はない。まぁ俺は……キルケが寝込んで直ぐに手紙来たから知ってはいたが」
「ナヌーク……なんでそんな大事なこと教えないのよ!後で覚えてなさいよ!?」
「あの状況で教えれるわけないだろ……」
「じゃあ実験台にしちゃうからっ!?」
「また魔力切れ起こしても知らんぞ」
「むー!ナヌークのバーカ!バーカ!」
ガタンッと机を強く叩き立ち上がると頬を膨らませ、大人なのに子供のように起こる可愛らしいキルケ。いや今まで気にしていなかったが、よくよく見れば身長は思ったより低く、まるで成長中な子供。しかし見た目とは裏腹に長い月日を得ているなんて、そもそも彼女は一体何歳なのか……事実はナヌークですら知らないことだが、そんな小さな魔女と大きな熊の口喧嘩がまるで新婚夫婦の口喧嘩のようで、とても平和味を感じていた。
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