『それ』の後ろで激しく爆発したガス入りの氷はいうまでもなく術者である魔物を襲う。まさか自らの魔法を逆手に取られるとは思ってもない『それ』は見るも無惨に胸に大きな穴が空き、その場に倒れ込む。
宿にて対峙した魔物のように致命傷を受けつつも少しの間は動けるのだが、『それ』は既に瀕死反撃できる力は残っていなくただ言葉を零すだけ。
「あぁ……まさか俺の魔法を逆手にとるとはな……炎が嫌いの俺にあの方が救いの手を下さったのに……やられたぜ」
「あの方……?」
とハティが疑問の声を出すが『それ』は答えを出す前に完全に力尽き黒灰となってその場に散った。
だが不思議と腹の一部だった灰は大きく物体となって残っている。掻き分ければその物体こそ村人が出てきたが、声を聞いた限りでは少なくとも四人はいたはずなのに生きていたのは、ハティ達に魔物の弱点を教えた者だけ。
それも――
「父さん……」
「この声は……カルルか……?」
それもカルルの父親にあたる人だった。実の父が食われたものの無事だったことが嬉しく、激痛が走る身体に鞭を打ち泣きながらも父親の元へと歩みを進める。
だが父親はどうしてかカルルの姿が見えていないようで近づいてきたカルルを抱き止めようとはせずずっと座っていた。
「父さん……?」
「……すまねぇカルル。今お前がどこにいるのか……全くわからねぇんだ……ただただ暗闇しか見えねぇ……」
「……俺はここにいるよ……父さん」
父親の後ろから抱きつきそう呟く幼き少女カルル。久々に娘の声を体温を感じたカルルの父親は見えない目から静かに涙を流し続けた。
二人にした方が良いと感じた双子はフードで頭を隠しつつまだ食べられていない村人を洞窟の奥から救出し、カルルと生き残った村人と共に村へと帰り双子は一度宿で疲れを癒すのだった。
――翌日。
「――もう行くのかハティ、スコル」
「まぁ、もう用は〜って誰!?」
「俺だって!カルル!」
当初休むだけだったからこそ旅を再開しようと、村を出ようとすると見知らぬ少女に止められる。口調からしてカルルなのだが、見た目は普通の少女。いや、乱暴に切られた短い髪と男っぽい雰囲気があるから普通のでは無いだろうが、二度見してしまう程に少女感溢れる白いワンピースをきていた。あれほどまで男勝りだったカルルがいきなり女の子らしい服を来ているのはどうも違和感でしかなく、本人なのか疑ってしまう。
とはいえ匂いまでは……と思いきや汗臭い匂いなんて勿論しなく、二人の鼻にはただただ石鹸のいい匂いしか感じない。
「いやいや、カルルちゃんはこんなに女の子してないよ〜だから偽物〜?」
「何気に酷いこと言うなスコル……いつもは動きやすい服で過ごしてるけど周りが『女の子なんだし、オシャレしないと!』ってうるさいから……だから時々こんなカッコしてるだけってそんなに変か!?」
「い、いや……口調からしてカルルさんなのはわかりましたけど……新鮮すぎてなにがなんやら……」
少しショックを受けたような言葉を聞いて何とか返事は返すがその姿を見てからカルルだとわかっていても整理が追いつかず、一瞬放心していたハティ。長い間一緒にいた訳じゃないものの、男勝りなイメージが相当強かったのだろう。
しかし二人にとってその新鮮なカルルは今日で最初で最後。だからか「でもまぁその新鮮は今日で最初で最後だと思いますが」とボソリと呟く。勿論その呟きは本人には届くことなく。
「ん?なんか言ったか?」
「い、いえ……」
「そうか……っと話戻すけど……その、なんだ……ハティとスコルのこと魔物だなんて言ってすまなかった!あの時お前らいなかったら俺は多分……」
「あ〜私達から言わせてもらうと〜カルルが私達を信じてくれたからこそだと思うよ〜だからお互い様?」
決して女の子であることを証明しに来た訳では無い少女は実際のところ村の人を、父親を、そして自分自身を助けてくれた事実があり先日魔物だと疑って武器を振るおうとしたことを謝罪に来たようだ。勿論見送りも兼ねてだが。
「そうか……ありがとな!っとそれとこれ……父さんが獣人の二人に渡しとけって」
そう言って渡されたのは麻袋とカルルが握ったおにぎり。麻袋を開けば見たことも無い筆とインク瓶、そして一つの紙切れが入っていた。
「随分前から家にあったんだ。父さん曰く魔術語の本の一部と魔法のペンとインクらしいけど……まぁいらなかったら捨ててくれても構わねぇよ」
「い、いえ!捨てませんよ!だってこれ……」
「ハティが探してる物でもあったからね〜」
「そうなのか!?もっと早く言ってくれればあの時渡してたのに……」
休憩のために立ち寄ったこの場所には、捜し物はないと思っていたからこそ何も言ってなかったからこそ袋の中身を知ると驚きの顔を見せてしまう。
盲目のカルルの父が何故ハティが魔法を使っていたことを知っているのはカルルが話したからではなく、カルルの父親自身魔力を感じ取ることができたかららしい。
もしかするとあの魔物を退治する時に声が聞こえたのは魔力を感じとって話しかけたのでは……なんて思うハティだったが、気にしてもキリがないため考えることをやめにした。
「まぁ過ぎたことは仕方ねぇや。ともかくまたいつでも遊びに来てくれ。その時は歓迎するぜ!まぁ宿代は貰うけどな!」
「また……また来ていいんですか?」
「もちろん!俺達を救ってくれたんだ。誰も文句なんて言えねぇはずだぜ。まぁ文句言うやつは片っ端からぶん殴ってやるけどな」
「そ、そこまではいいですっ!?」
「冗談だ」と笑って誤魔化すカルル。いや実際冗談だから本当のことを言った迄ではあるが、助けてくれたからこそ二人を差別するなんてことはなくこうして冗談を言う。
それにカルルは魔物の巣から帰ってきた後、村の人々に人狼である少女達が村を救ってくれたと真っ先に広めていた。そのおかげかフードを脱いでいてもカルル以外の人から感謝の声の嵐。確かにこの調子ならばまた訪れても問題はなさそうだと安心した二人は笑顔で村を後にした。
「――さて本格的に人の街の方へ行きますか!」
「れっつご〜!」
――気分一新で元気よく拳をあげるハティ達。しかし旅はまだ始まったばかり。このケトラ村の出来事はまだ序の口でしかないことなど知る由もなく、次なる目的地へとしっかり歩みを進めるのだった。
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