「お前ら獣人だろ?それも人狼」
腹を空かした二人のため備蓄していた木の実を小屋の真ん中に置かれた机の上に置くナヌーク。
熊の嗅覚は犬の二十一倍とも言われ、人狼であろうと犬であろうと、獣人であろうとその嗅覚を誤魔化すことは不可能。それを知らないハティはキョトンと呆気に取られるが直ぐに隠れた耳をさらに隠すように手を添える。
「わ、わわ、私達は人狼では――」と見え透いた嘘をつくもののその嘘ですら“匂い”で暴く。
「嘘をついても無駄だ。俺の嗅覚はお前らよりもあるからな。何を隠しても匂いですぐ分かる」
「うぅ……」
「さっきも言ったろ。別にとって食おうとは思ってねぇって。もしもその気なら今頃襲ってるはずだぜ?」
「それもそうですね……」
どれだけ嘘を重ねても無意味だと思い知らされたハティは隠すことを諦めフードを脱ぐ。それでもなお身体を震わせ怯えているが、差し出された木の実を一人で食べつつハティに釣られてフードを脱いだスコルが怖くないと言わんばかりに相方の手を取りにこにこと笑顔を浮かべて見せた。
「それより〜ここから出るにはキルケさんに頼むしかないんだよね〜?」
「ああ。と言っても今はあの有様だがな」
「そいつは何も言わずに食ってたけど、遠慮せずに木の実食っていいぞ」と、木の実を食べるタイミングが全くなさそうに思えてきたためか続けざまに言う。
その言葉を聞いてか少女の腹の虫が鳴き、いよいよ空腹を誤魔化せなくなったハティは恐る恐る手を伸ばし赤い果実を手に取り人齧り。
直後口の中に広がる甘酸っぱい果実の香りは空っぽのお腹に刺激を与え、次から次へと胃に流し込んでいく。
まるで数週間も食べていなかったかのような食べっぷりだが、頬張った果実があまりにも美味しく癖になってしまっただけである。
「――それであの状態のキルケさんにどうやって頼んだらいいんですか?」
「この森の更に奥に魔法の泉がある。その泉の水を飲ませればいいんだが簡単な話じゃない。簡単だったら俺が既に飲ませてるからな……まぁキルケを見ないといけないから行けないってのもあるが」
「なら私達が取りに行こ〜」
「そうですね……いつまでもここにいる訳にはいきませんから」
「でもやっぱり森の中は怖いデス」と先程驚かせられたことがあってか更に森の中が怖くなり身体を震わせるハティ。
その元凶である熊は悪気はなかったとはいえ恐怖を与えてしまったことを気にしてか、はたまた暗がりを怖がっていることを見抜いたのか先程使用していた魔法〈光〉を伝授した。
といっても簡単な詠唱を真似すれば誰でも使用できる魔法らしいが。
「――あとこの先……マヨイの森へ行くなら“謎を解き正しい道を進め”。もしも間違えばここに戻ってこれなくなるからな。」
「早く言って欲しかった〜。でもまぁなんとかなるよ〜多分」
「呑気だなおい」
小屋を出てすぐに注意喚起すると、前に進もうとしていた双子の足がピタリと止まってしまう。
だが伝えなければならないこと故、余計なことを言ってしまったとは思わず、呑気な言葉を吐くスコルに小さな溜息。
彼にとってやれることはやった方。あとは二人に任せることしかできず、不器用な笑みを浮かべ。
「……それじゃあ無事を祈ってるぞ。俺はキルケを見てないといけねぇから」
「わかりました。必ず戻ってきます。ここ怖いですから!」
「おいこらこっちの心配を返せ」と発した時には二人は奥へと走っていっていた。
――
――――
「えっと謎を解いて正しい道を進め……でしたよね」
「うん〜でもこういう頭使うのは私には無理〜」
森の中にある道を走ること少し。二人は少し開けた場所に辿り着く。そこには四つの看板と三つの分かれ道があった。
ただ困ったことにここでは鼻も耳も効かず、分かれ道の先も見えないということ。ナヌークが言っていた“謎を解き正しい道を進め”というのはもう始まっているようだが、何分正しい道のヒントがない。
否、四つの看板がそのヒントである。
それぞれには文字が刻まれており、
左の分かれ道付近の看板には、
『真ん中は安全。右は危ない』と。
真ん中の分かれ道付近の看板には、
『左は安全。右は危ない』と。
右の分かれ道付近の看板には、
『真ん中と左は危ない』と。
そして広間の真ん中にぽつんとたった看板には、
『嘘を見抜け。真実と道は常に一つ』
と書いてある。
だがたったそれだけ。それだけのヒントを元に正しい道を選び進まなくてはならない。
とはいえハティにとってこれは序の口な問題だった。
「これは……右ですね」
「え〜根拠は〜?」
「そこの“嘘を見抜け。真実と道は常に一つ”……これが意味するのは三つのうちの一つの真実の看板に一本しかない正しい道がどれか書いてあるということ。もしも左が真実だとするなら真ん中と右は嘘つきとなり、正しい道が三つもあることになります。なので左は嘘つき。次に真ん中が真実だとするなら、左のと同じで三つも正しい道が出てきます。となれば残った右が真実で、他の二つの看板は嘘ということで――」
永遠と続きそうなほど淡々と右の看板が真実のことを書いてあり、右の道が正しい道なのか理由を述べ続けるが聞いた本人が頭を悩ませ始め「うぅ〜もっと手短に〜!」と苦虫を噛み潰したようなはたまた困り果てたような顔を見せる。
そんな顔はあまりみないからか説明を途中で切られたハティは少しだけキョトンとしてから「言い出しっぺはスコルさんですけど……」と呆れた声を出しつつ。
「……えっとそうですね……左と真ん中が嘘ですから書き換えると左は「真ん中は危険、右は安全」真ん中は「左は危険、右は安全」このことから右が正しい道です」
「なるほど……ダメだ全然わからない〜」
「……結局わからないんじゃないですか!ってそもそもスコルさんにとって苦手な分野なんですからそんなに無理して考えることないですよ。……今はただ私のそばに居てくれるだけでいいです」
最後の言葉だけ声が小さくされどスコルにははっきりと聞こえると、ハートの矢で心臓を撃ち抜かれたかのようにスコルの心臓は高鳴る。
刹那、高鳴った痛みにつられ手を胸の所へと持ってくると、
「ずきゅーん」
「なんですか今の!?」
「いやなんか……ハティが私に告白してきたから胸を射抜かれた音をだね……」
「こ、こここ、告白なんてしてないです!ただ怖いからそばに居てほしいんです!!」
「それを世間では告白と――」
「――言わないですっ!それよりも次行きますよ!?」
あることないこと言い始めるスコルはからかっている自覚があるからこそ、「はーい」とだけニヤつきながら返事を返し、からかわれて怒り気味のハティについて行く。それも磁石のように二人の間に隙間を作らず隣を歩く。
そうでもしなければハティが混乱して変な方向に走り出した時助けることができないからだ。
とはいえハティにとってそれだけくっついていれば混乱しようにも安心が勝るのだが。
――程なく歩くと再び分かれ道が現れ二人の行く手を阻む。しかしそこには看板はなく代わりに少女達よりも大きく四角い石碑があるだけで三つの道の内どれを選べばいいのかわからない。
石碑を見ると何も書かれていない石であることがよくわかる。背筋が凍る感じがし石碑の周りを見るが何も書いていない。
ここで終わり……?そんな言葉が脳裏にチラつき正しい道を選んだはずなのに間違えたのかと生唾を飲み込んで冷や汗を垂らす。
「おかしいです……確かに謎を解いて正しい道を選んだはずなのに……ここで終わりなんでしょうか……」
戻ることもできなければ進むこともできない。ただこの場で死を待つしかないのか。ネガティブな思考が脳を支配し続け涙ぐむハティ。けれどマヨイの森を攻略する一筋の光は決して途切れることは無かった。
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