霞ヶ関千春は、今日も目を覚ました。
朝の光が窓から差し込む。カーテンの隙間から入り込んだ風が、彼女の頬を撫でる。静かな部屋。いつものように心臓は鼓動を刻み、手を動かせば指は確かにそこにある。
(……また、生きている)
それは呪いだった。千春は何度死んでも、違う魂となって転生し、それでもすべての記憶を持ち続ける。千の時を超え、幾度も人生をやり直してきた。
「もう、疲れた……」
小さくつぶやく。これが何度目の朝なのか、もう数えることもやめた。彼女は生まれ変わるたびに、いつかこの「永遠」が終わるのではないかと願っていた。だが、そんな奇跡は訪れなかった。
「はぁ……」と息を吐きながら、制服に着替える。今日は「高校生」の人生だった。生きることを諦めた少女には、それすらも意味のない「役割」に過ぎなかった。
*
教室に入ると、クラスメイトたちは賑やかに話していた。彼女は窓際の席に静かに腰を下ろし、ぼんやりと景色を眺める。変わり映えのない日々。次にこの人生を終えても、また新しい体で目覚めるだけなのだろう。
「おはよう、霞ヶ関さん!」
ふいに声をかけられた。視線を向けると、そこには平山久遠がいた。
「……おはよう」
彼のことは知っていた。同じクラスの男子。いつも明るくて、人懐っこい。だが——千春にはひとつだけ、どうしても理解できないことがあった。
(どうしてこの人は、毎日私に自己紹介をするの?)
「えっと、ごめんね、名前聞いてもいい? 初対面の人の名前覚えるの、苦手なんだ」
(また、だ……)
彼は毎朝、千春の名前を尋ねる。そして、その日の出来事を翌日にはすっかり忘れてしまうのだ。
「霞ヶ関千春よ」
「あ、そっか、千春ちゃんか! よろしくね!」
(昨日も言ってたのに)
久遠の笑顔を見つめながら、千春は思った。
彼はまるで、「昨日」を生きていないみたいだ——。
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