俺の音楽ここにあります

ギタリストのTS転生ストーリー
竹野こきのこ
竹野こきのこ

最強の盾

公開日時: 2021年3月7日(日) 19:31
文字数:2,530

「サヤがサポート? でもサヤは大丈夫なんですか?」


「さっきちょっと声をかけさせて貰ってね、1週間くらいならどうにかなるみたいだよ?」


「サヤにリズムギターを?」

「僕の聞いた感じだとあの子はバッキングの方が凄いと思うし、新しいギターも"ハンパテ★"の音に合ってると思うけど……」


 サヤがバッキングセンスが凄いのは俺は痛い程わかっている。ソロはどちらかといえばデュオジェットで生きる音だろう。


「一緒にしたい……ダメ?」


 サヤは割り込むように言うと続けた。


「まひるのギター生きるよ?」


 そう、バッキングを分ければ、合宿の時にみせた全力ソロが可能になる。


「ええんちゃうかな? 実際年が近くてまーちゃんとやっても問題なさそうなのはサヤさんだけだと思うしなぁ」

「あたしは……1回ならいいけど……」


 ひなは少しサヤが苦手そうだけど、かなはいいと思っているみたいだな。


「まひるのうち泊まって練習する」

「えー? まぁでも1週間無いし仕方ないか……」


 ひながサヤにボソッと言うのが聞こえた。

「サヤさんは……女の子が好き?」

「んー、ギターとまひるが好き!」


「まーちゃん、あたしも泊まる!」


 なんだそれ!?

 大丈夫なのか?俺は!


 サヤのサポートが決まり、次の日サヤは俺たちのハイエースに乗って一緒に名古屋に向かう事になった。


 サヤを明るい所でちゃんと見た事は無かったのだけど、ヴィダルサスーン感のある黒髪のおかっぱ。顔が濃いわりに眉毛は薄く結構メイクが濃い。左耳にこれでもかと着いたピアスがいい感じに病んでいる。


 サヤかなり危ない雰囲気出てるよな。

 しかし、喋りは片言風だけど時折みせる女の子らしさがなんか可愛く思えた。


「サヤさんは夏なのにレザージャケットなん?」


 そんな中、かなはガンガン話しかける。

「普段は脱いでる」

「でも中、タンクトップやんな?」

「そう」

「なんかめちゃカッコええわ!」


 かなは調子に乗り、サヤにいつものセクハラをする……かなのコミュニケーション方法なのか?


「かなは、女の子好き?」

「ふふふ、可愛い女の子大好きやで〜サヤさんも襲っちゃうで〜」

「かなならいいよ」


 その瞬間ハイエース内が凍りついた。

「あ、じょ、冗談やで……」


 かなが怯んだとこを初めて見た様な気がする。明らかに異質なサヤはどこか楽しそうだった。


 いつもはバンドのお兄さん達だからあんまり話したりしないのかもしれない。



 ♦︎



 名古屋に着き、ひなとサヤはうちに泊まる事になる。サヤのルックスに少しママが心配していた。取り敢えず事情をはなすと6日間泊まれる事になった。


「サヤ、前から思っていたけど……そのギター達はサヤが買ったの?」


「パパのコレクション」

「なるほど……それでそんなに凄いのばかりなのかぁ……」


「周りが男の人ばかりだったから嬉しい」

「えー? 友達とかいないの?」

「いない」

「そっかー、でもあたし達と友達になれてよかったね!」

「ひな、友達?」

「そだよー、一緒にやるよね?」


 サヤはコクリと頷くと恥ずかしそうに笑う。


「サヤは普段ギターしかしてないの?」

「ギターしか無いから……」

「でも、いつもスマホ見てない?」

「ユーチューブとか、アーティストのサイトやブログ見てる」


 もしかしてずっとひとりぼっちだったのか?

 知れば知るほど恥ずかしがり屋がエスカレートして、誰も近づけない感じになっている様だった。


「名古屋に住みたかった」


 そう言ったサヤは、多分同年代の友達が欲しかったのだろう。もしかしたらあの時、自分と同じ環境でも上手くやっている子を見つけたと思ったのかも知れない。


 部屋に入ったサヤは自然にギターを取り出すし、クロマチックスケールを弾いてウォーミングアップを始めた。


 その姿が、どこか懐かしく俺は少しにやけてしまった。


「いいよ」

「何が?」

「曲……やろ?」


 そうだったな、あと6日しかない。

 俺もギターを取り出す。ひなは少し不思議そうに見ていた。


 サヤとの練習は気づかされる事が沢山だった。コードや意図を汲み取り、時にはアルペジオや単音も入れる。


「まひるの曲……楽しい」


 外が少し明るくなった頃、サヤはギターを抱えたまま眠った。


 多分限界まで頭を使っていたんだろう。サヤにタオルケットをかけて俺も眠る事にした。



 ♦︎



 次の日、ひなが家に帰ったあともひたすらアレンジを詰め、ギターを弾いて眠る。


 3日が過ぎ、スタジオの日になった頃、俺は気づいた。


「サヤ、お風呂入ってなくない?」

「入った方がいい?」

「うん、サヤがお風呂に入ってからスタジオに行こう?」


 ん? 普段入ってないのか?

 そういえばお風呂を上がってもサヤは無臭。臭くも無いけどいい香りもしなかった。


「サヤ、シャンプーとか使っていいよ?」

「使ったことない」


 まじか……

 少しサヤの家庭環境が心配になる。

 俺たちはギターを抱えてスタジオに向かい2人に3日間の出来事を話した。


「えーっ! そんなに缶詰練習しとったんか!」

「うん、おかげでアレンジはほぼ完成したよ!」

「めっちゃたのしみやん!」


 セッティングを終えると、不思議な感じがする。


「4人ってなんか新鮮やな!」

「始めの頃以来だもんねー」

「そしたらちょっと合わせてみようか!」


 音を出した瞬間、今までの"ハンパテ★"との違いは明らかだ。音圧が違いすぎる。


「ちょっと! まーちゃんめちゃくちゃ上手くなってるやん?」


「違う、サヤが上手いんだよ! わたしは自由に弾けるだけで……」

「まひる上手い」


 リードギターとしてアレンジを詰めた俺は無敵だ。だけど、リードに徹底させてくれるアレンジが出来るフォローの要らないリズムギターが化け物なんだ。


「ほんとにこれ、何でもできるよ」


 さらにサヤは微調整していく。このフォローは俺だって出来ない。もはやサヤの個性のレベルだ。


 その後、ステージングを伝え参加できる部分は参加してもらえる様にすると、俺はある誘惑に駆られた。


「サヤもメンバー紹介に入れよう! ソロ、弾いて欲しいんだけどいいかな?」

「ええやん! やろやろ!」


 サヤは少し恥ずかしそうにすると、音を変えソロを弾く。


 ブルース系の味のあるソロ……それって。

 あの大阪で見た、存在感が全力のソロだ。


 アイバニーズでもあの時以上に出来るのかよ……。


 そして今までにない手ごたえを感じたまま、俺たちの準備は出来た。


 決戦は近い!

◯用語補足


・クロマチックスケール

よく練習でやる半音で構成されたスケール。

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