俺の音楽ここにあります

ギタリストのTS転生ストーリー
竹野こきのこ
竹野こきのこ

憧れの人

公開日時: 2021年4月23日(金) 00:00
文字数:2,633

俺は言葉が出なかった……。

 西田さんの疑問は出会った時からあったのだろう……。


「やっぱり、何かあるんだね……まあ、一旦ジョニーとの話を話そうか……」


「あ、いや……はい」


「ロバートジョンソンは知っているみたいだけど、ジョニーは比喩として言ったのだろう」


「"悪魔に魂を売ってギターの技術を得た"ですよね?」

「そう、ただジョニーは最初サヤが天才ギターだと思ったらしい」


「いや、でもセッションの話はプレイを見る前ですよ?」


「そう、だけど彼はその一瞬で彼女を天才と見抜いた……ジョニー曰く人生をギターに捧げている気がしたんだそうだよ」


「サヤは上手いですし、なんとなく解ります……そのせいでコミュニケーションが苦手なんじゃないかって……」


 西田さんは、ビールを一口飲むと

「そうなんだ……天才的な技術は本来はなにかを犠牲にしないと得られないはずなんだよ……特に君たち位の年齢だとね」


「……」

「小さい頃から活動してたりするともしかしたらあり得るかも知れないけど、君がギターを始めたのは中学2年生と聞いた」


 やっぱり音楽に関わる人には設定が甘かったか……。


「ジョニーは言った。サヤと言う天才をサポートしているメンバーだと思っていた。だけど、メインはまひるでまひるをサポートする天才たち……悪魔か悪魔に魂を売ったとしか考えられない」


「そんな……サヤは天才だけど……それだけでそんな事言われるのは理不尽です」


 それでブルースの天才、ロバートジョンソンと言ったのか。


「そうだね……でもジョニーは得体の知れない君に恐怖を覚えているみたいだよ。そして僕も、そう言われた時に何も反論出来ない位思い当たる節がある」


 西田さんは、薄々感じてはいたのだろう。あくまで天才なんだと言い聞かせてこの違和感を押し込んでいたのだと思う。


「まひるちゃん、僕は君の味方だ。たとえシーサイドを離れたとしてもそれは変わらない。言えないなら言えないでも構わないけど、もし悩んだりするのであれば秘密にすると誓うからいつでも言って欲しい……」


 俺は西田さんの優しさに涙が溢れそうになった。多分西田さんは、ロバートジョンソンの様にタイムリミットがある事なんかも想定したのかも知れない。


「西田さん……秘密は有ります……だけど、今は言えません。もし、わたしが"ハンパテ★"でギターを出来なくなっても……メンバーをよろしくお願いします……」


 俺は西田さんに、嘘をつく事が出来なかった。嘘では無いギリギリでの返事。


 西田さんは少し黙り、息を飲むと

「そうか……わかったよ、約束しよう」

 と言った。


 そう、俺にはタイムリミットがある。西田さんに伝えている事で、どういう結果になってもメンバーや本当のまひるちゃんの助けになってくれるかもしれないと思った。



 ♦︎



 次の日、フェスは終盤を迎える。

 サカナ、マッド、コールドプラン。そしてアンダーグラウンド。


 最終日は俺たちにとって縁のあるバンドが勢ぞろいだった。


「今日でフェスも終わりやなー」

「そうだねー。色々あったけどおわってみると楽しかったよー」


 ひと仕事終えた俺たちは、フェスを楽しむ気分でいっぱいだった。


 今回はサヤに大分助けられたな……。

 あれっ? サヤはどこに行ったんだろう??


 俺たちは西田さんと四人でとりあえず回る事になる。 出演者パスが有るのは贅沢だ!


 一つ目は……アンダーグラウンド……。

 最近、"デスメタ"のギターにもなった"キルコー・エンリケ"がいるバンド……。


 か、神だ……。


「まーちゃんが見たいバンドの人?」

「まひるちゃんはメタルなギターだからねぇ、ブラジルのパワーメタルの大御所、正に伝説級のギタリストだから好きなんじゃないかな?」


 西田さん流石っす!

 話しかけるんで通訳お願いしまっす!


「まーちゃんよりうまいの?」

「そりゃそうだよ! キルコーだよ! キルコー!」


「ふふっ。よかったねまーちゃん!」


 あ、あわよくば出演者特権でサインを……

「まーちゃん、そのトートバッグ色紙が入ってたんかー!」


「そう! 西田さん! サイン欲しいって言ってもらえますか?」


「ん、あぁ、いいよ?」

 西田さんが話しかけようとすると、


「ん? サイン? 書いてやるよ?」


 じょ、ジョニー! お前のサインは要らねーよ! やめてー!


 色紙にジョニーのサインが書かれてしまった……


「ご、ごめんまひるちゃん……」

 満足そうにサインした後にサヤがいた。


「さ、サヤ? 何でここに?」

「ジョニーに連れてこられた」


 それで居なかったのか……。

「キルコーが呼んでるよ? なんか昨日のライブ、画面で見てたんだって!」


 マジで?? 行く行く! いきます!

「キルコ〜様〜!」


 俺は嬉しさのあまりキルコーに抱きつく!


「この子は俺のファンなのか?」

「はい! ファンです!」


「こんな可愛らしい子がファンなんて嬉しいね! でもちょっと抱きついてくれるのは照れるな……」


 やったー! 可愛いくてよかったー!

 キルコーなら抱かれてもいい!


「あ、そっちの金髪の子! 昨日ライブみたぞ! いい音だしてるね!」


 ……サヤ?

「ありがとう……キルコー」

 おい、サヤ、"様"をつけんかい!


「君は、俺と同じアイバニーズだったね!」

「そうだけど?」


「こないだ買ったギターがちょっと俺には合わなかったんだけど、君の音には合うと思うんだけど使わないか?」


 な、なんだと?

「僕に? 一度触ってみるけど?」


 おい、だからなんでサヤは上からなんだ?

「そうだな、一度弾いてみてくれ!」


 というか、俺のギターは? 聞いてなかったんですかー? ねぇねぇ!


「さっきからこの子はなんだい?」

「"ハンパテ★"のギターボーカルですよ?」


「俺が見た時には出てなかった様だけど……」


 俺は初めてPAを殴ろうと思った。

 ライブでは……特に野外のステージでは機材トラブルはあるから仕方ない。


 だけど、そのせいで見られてないって酷すぎる!


 キルコーが言う様に、サヤに渡したギターは小さなアンプでもわかるくらいにサヤにマッチした。


 サヤはいつもの無表情から笑顔が溢れた。

「やっぱりフィットしたね! 俺には低い部分の鳴り方が少し合わなかったんだ……」

「キルコー、ありがとう」


 俺はサヤからギターを取り上げ、キルコー風のフレーズを弾いた。


「君、俺の真似かい? 中々忠実な再現だ!」


 お、俺にギターは……?


「うーんそうだな、君にはキラーとかが合いそうだ」

「もう使ってるよっ!」


 それにしても、ジョニーといい、キルコーといい、なんでサヤばかり好かれるんだろうか?


 少しモヤモヤしながら、アンダーグラウンドのライブを見る事になった。

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