俺の音楽ここにあります

ギタリストのTS転生ストーリー
竹野こきのこ
竹野こきのこ

もう一つの……

公開日時: 2020年10月23日(金) 13:47
文字数:2,387

 寝苦しさを感じ、俺は目を覚ました。

 その瞬間、かなの顔が鼻の先にあった。


 この3日間、俺は、ひなとかなとは同じベッドで寝ている。


 時計の針は午前3時を指していた。


 間接照明の薄暗さに、すやすやと眠るかなの寝顔が綺麗だった。


 こいつってめちゃめちゃ美人なんじゃないか?


 顔がいいのはわかっていたが、キャラ的になんとなく芸人枠に感じていたが、隣で眠るかなはモデルの様だ。 


 SNSで"いいね"が一番付くのはかなだしな。

 俺はかなの頭をそっと撫でた。


「んっ…ふふっ」


 かなが少し笑顔になった気がした。

 冷静に考えたらこの状況っでかなり美味しいよな……。


 Tシャツ越しのかなの感触が心地いい。

 かわいい唇を少し触る。


 柔らかい。


 何度が触ると、背後に視線を感じ振り向いた。


「まーちゃん?  何してるの?」


「ひな?  お、起きてたの?」

 寝起きのひなに冷や汗がでる。


「かなにチューしようとしてた?」


 俺は焦り、首を振る。


「ふーん、でも頭撫でてたよね?」


 俺はひなから目線をそらした。


「ひなにもして?」


 えっ?


「だからぁ、あたしにもして?」


 俺はひなの頭を優しく撫でた。

 ひなは満足そうに笑うと俺を抱き寄せた。

 するとひなは甘い声で、



「これはぁ、ひなのん……」



 と言うと、半分覆い被さるとひなはまた眠りについた。

 ひなの優しいいい香りが俺をドキドキさせた。


 朝起きると、目の前の起きたばかりのひなが少し笑い、

「おはよ」

 って言った。


 なんか今日はいいことある気がするぞ!



 ♦︎



 午前中はいつもの様に"サカナ"についていく形になった。


 今日はローカルのバンド紹介のフリーペーパー、相変わらず怒涛のスケジュールだ。


 "サカナ"のメンバーはインタビューと共に写真を撮られる、俺たちもあんな自然に笑えるだろうか?


「H.B.Pの皆さんはリリース予定とかは?」


 フリーペーパーのスタッフが、声を掛けてくれた。ただ、今のところは無い!


「まだ、インディーズですらないんです」


 俺がそう言うと、スタッフはちょっと困った顔をして何やら相談し始めた。


「まだ使わないですが、一応撮らせてもらっていいですか?」


 俺は了承すると3カット程写真を撮られた。

 室内だからなのか、カメラマンの腕かはわからないがほんの5分程で撮影が終わった。


「西田さん、もし売り出す時はこれ使わせてもらいますね!」


 西田さんは少し笑い、頷いた。

 まさか俺たちをシーサイドに入れてくれる気なのか?などとちょっと期待してしまった。



 ♦︎



 ライブハウスに着き、いつも通りリハをこなしたあと、今日の集客予定を聴く。



 320人……。



 広島は集客が難しいと聞いていたが、流石の効果だ、きっと昨日声かけた人も、ライブでで見る事ができると楽しみになる。


「どうかな?  声かけた人が気になっているんじゃないか?」


 かなが割り込む様に

「めっちゃ、モチベ上がってます!」

 と張り切っている。


「本当は、ラジオを聴いて来てくれる人も、サイトを見て来てくれた人も、同じお金を払って来てくれているんだよ」


「そ、そうですよね……」


「ただ、1人のお客さんが来てくれる事の大変さを実感できたのは大きい事だよね」


 そうなんだ。"サカナ"や西田さんが集客してくれているから、放っておいても入るのが当たり前に感じてしまっている。


 本来なら1人のお客さんを呼ぶのだって、凄く大変なのは俺が一番よく知っているはずなんだ。


 改めて気づかせてくれた西田さんに俺は感謝をしなければならない。



 ♦︎



 ライブハウスがオープンし、人が入り出すとかなはしきりに手を振っている。


 多分昨日声かけた人なんだろう、俺もホールを見渡すと、昨日最初に声をかけた人を見つけた。


「ひな!  あの人きてくれてる!」


「本当だ!  まーちゃん声かけにいこっ!」


 俺は2人で声を掛けに行き、改めてありがとうと伝えた。それとは別に、ホールに向かって3人で大きく


「ありがとうございます!  今日は一日よろしくお願いします!」


 と言って、バックステージに向かった。

 SEの音量が大きくなると、いよいよライブが始まる。


 持ち慣れたギターの感触を確かめ、マイクの位置を確認した。


 SEの途中からひなのカウント。


 俺たちのライブが始まり、かなとアイコンタクトを交わした。



 なんか今日のライブは視界がひらけている気がするな。ライブハウスの証明のせいだろうか?



 あれ? 目の前に結構若い"地蔵"がいるな……。



 地蔵とは最前列の全く動かない人。

 ライブの楽しみ方は自由だと思っているから普段は全く気にならないのだが、今日はその

 "地蔵"がやけに気になっていた。



 ライブが終わり、ホールに降り"サカナ"のライブが始まる。



 その時、俺の肩を誰かが叩いた。

 振り返るとさっきの"地蔵"な、なんで?


 俺は少しドキッとしたが、冷静に返す。

「あのー、わたしになにか?」


「SNSでも、連絡させて頂いたんですけど、ちょっといいですか?」


 あ、ひなの言っていたSNSの人か。

 なんか嫌な予感しかしないんだけど。


「こ、ここじゃ話せない内容ですか?」


 "地蔵"は少し考えると、名刺を出した。


 名刺には、

 "デザイン&イラストレーター |TAKIO《タキオ》"と記されている。


「少し外で話したいので……」


 デザイナーさん? ジャケットとかを書かせてほしいとかかな??


 少し不安を覚えたが、デザイナーという事にちょっと安心する。


「わかりました、ではちょっとだけ」


 そうして"地蔵"もといタキオさんに連れられライブハウスをでた。


 少し歩き、裏路地に入るとタキオさんは口を開いた。


「自分デザイナーなんです、こういう感じでデザインしてまして……」


 そう言うと、クオリティの高いポートフォリオを取り出した。


「あ、先程名刺で見させてもらいました、若そうなのに凄いですね!  もしかしてジャケット描いてくれるとかですか?」



「いえ、」



 タキオさんは、唾を飲むと、迷いの無い眼で言った。



「まひるさん、転生者ですよね?」



 意表を突いた一言に、俺は返す言葉が出なかった。

◯用語補足


・SE

ここでは主に、ライブ直前に出演バンドを盛り上げる為の音楽。自分達の曲以外のことの方が多いと思う。


・リリース

CDや音源を販売、公開し始める事


・カット

撮影の際にとっておきたい必要な構図、パターン。



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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