広島のライブまでは1日の余裕があった。
他のエリアと比べ、広島は見るより、やる方が好きな人が多いらしく、集客がしにくいのだと言う。
朝からハイエースを走らせ、昼過ぎに広島に着くと西田さんは、気合い充分に言った。
「今日は、H.B.Pも、しっかり宣伝活動をして見ようか!」
「でも、わたし達はポスターみたいな販促物はないですよ?」俺は困って、西田さんに言った。
「ハハハ!君たちにはフライヤーもデモCDも、さらにはルックスもあるじゃないか!」
西田さん曰く、CD屋さんで自分達の曲が好きそうな人に声をかけて、明日の宣伝をするのだと言う。
「うちは大丈夫! そういうのは任せてや!」
かなは自信満々にサムズアップした。
かなは1人で、俺はひなと一緒に回る形になった。
「ひな、大丈夫そう?」
「うん、あたし女の子なら声かけれると思う……」ひなは不安そうに下を向いた。
CD屋さんにつくと、早速インディーズのコーナーを探し、置いてある欄を見た。
「一昨日、時子さんが持って行ってたポスターが貼ってあるね!」
「本当だ! でも、こういうのって本当大事な事だと思うよ……」
ひなは少し笑うと、俺の脇腹を軽く叩いた。
「あたしらも、ポスター貼りたいね」
そういうとちょっと照れくさそうに口を結んだ。
店内を歩き、5分くらい経っただろうか。
インディーズのコーナーで学生さんが見ていた。
「あの人、良さそうじゃない?」
ひなは俺の服の裾をひっぱり、学生さんの元へゆっくり歩きだし、俺の目を見る。
よーし!ここは、俺がちょっといいところを見せようか!少し勇気を出し声をかける……
「あのー、すいません」
少しびっくりしたよう学生さんは反応する。
「もしかして、"サカナ"すきですか?」
「あ、はい。最近ちょっと気になってて」
あんまり女の子に慣れてなさそうな男の子だな、ちょっとここは奥の手だ
俺は少し上目遣いで、明日"サカナ"のライブがある事と、俺たちがその前座で出る事を伝え、男の子に微笑んでみた。
男の子はびっくりしたように、
「"サカナ"と一緒にでるんですか?」
と反応する。
よかったら……
と俺とひなで詰め寄ると、まさかのデモCDの購入と、チケットの取り置きをしてくれた。
男の子が去ると俺はひなとハイタッチした!
「まーちゃん、うれたよぉぉ」
「ひなぁぁ! 売れたねぇ!」
その後1時間で、18戦3勝で、3枚の取り置きをゲットした。
「調子良かったの最初だけだったね」
「うん、ほぼ"サカナ"の効果だったよね」
俺たちは集合場所に戻りお昼ご飯のラーメンを食べる事にした。
♦︎
ラーメン屋さんに着くと、時子さんが手を振っているのが見えた。
「まひるちゃん、ひなちゃん! どうだった?」
3枚売れた事を伝えると、時子さんは、
「やったね! すごい! 流石美少女!」
と笑った。
ただ、集合時間を過ぎてもかなは戻って来なかった。
「かなちゃんどうしたんだろう? チケット売れなくて焦ってるのかな?」
時子さんは心配そうに漏らした。
「ちょっと電話かけてみますね!」
電話をかけると、かなが店に入ってきた。
「ごめんなさーい、ちょっと話しかけた人が思いの外話が長くて」
かな、うれた? と聞くとなんと11枚うれたらしい。 恐るべしコミュ力。
「やっぱうち、モテるわ!」
と謎の自信を振りまいて、俺たちに勝てたのが相当嬉しいようだった。
1時間ちょっとで11枚は"サカナ"の名前を使ってだとしても凄すぎる。
スタイルのいい長身ショートヘアの綺麗な顔から繰り出す関西弁のギャップが大分ウケたのだろうか?
「ハハハ、H.B.Pはルックスのレベルが高いからなぁ。"サカナ"はこういうのは苦労したんだぞ?」
「ちょっと、西田さん! どーゆー意味ですかっ!」時子さんが西田さんを睨んだ。
「時子さんは美人だと思うんですけど」
ブッ!
ひなが言った瞬間にクミさんがラーメンをふきだす、
「ちょっと、ひなちゃんひどすぎる!」
と言うと、ひなをこねた。
午後は、スタジオに入る予定。
ツアー中の数少ない練習時間だった。
「スタジオなんだけど、2時間と、3時間で2部屋とっているんだけど、H.B.Pは2時間経ったらこっちのスタジオにきてくれないか?」
「"サカナ"と一緒に入るんですか?」
「うん、お互い学べる事がありそうだなと思ったんだよ」
そして、2時間の練習が終わると、機材を持って移動した。
「よろしくお願いします!」
「ごめんね、ちょっと機材の量的に君たちの方が動きやすそうだったから!」
確かに、俺とかなはシールドを抜くだけで、ひなもペダルとスネアだけだから移動はすぐだ。
対してサカナはアンプのヘッド、シンバルも持参しているから、セッティングが大変なんだろう。
ところで、西田さんは何をする気なんだろう?
「ちょっと、時子の代わりにまひるちゃん入って見てくれる? "サカナ"の出来る曲、自分なりにアレンジしちゃっていいから!」
「わかりました」と告げ、アンプをセット。
"サカナ"の曲か、どう料理しようか。
俺は、新しいアルバムの"トキノウタ"を弾く事にする。
この曲は、ギターのカッティングリフから入る、"サカナ"のギターは比較的詰め込まない。弾くとこは弾いて、弾かないところは弾かないスタイル。
その分リフやギターの存在感は大きくなる部分が多い、だがそれと同じくらいドラムとベースの存在感も強い。
正直、アレンジし難いな……。
おれの"マスたん"は中音域にクセがあるので、その辺りを効かせて弾いてみよう。
カッティングを始めるとクミさんとアキさんが入ってきた。
ワンコーラス終えたところで西田さんは止めた。
「どうだった?」
アキさんはすかさず、
「凄いですね、なんか金属のような正確さとキレです」
「まひるちゃんは?」
「1つ1つのアレンジに存在感がある感じでした」
「なんというか時子、おまえクオリティだと絶対勝てないわ、」
時子さんは驚いた様に、
「えっ? わたし?」
「次、全員変わってみようか!」
ひなとかなと、時子さんに交代した。
「ラジオでかけた曲、練習してただろ?」
そういうと西田さんが悪い顔をする。
「したけど、あれ難しすぎるんだけど、ちょっとわたしなりにアレンジするね!」
時子さんは苦笑いする。
時子さんが合図を送ると、
ひながカウントして、ギターが入った。
いつもの攻撃力の高い音はなく、優しく入りやすい曲になっていた。
「ひなちゃんやかなちゃんも凄く綺麗な演奏だね! 音の抜けがいい。時子は、おまえらしいギターだな!」
「あんなに早く指動かないし」
時子さんはちょっと膨れた。
「僕は別に、どっちもいいと思うんだよ、2つとも凄くいいバンドだ。 だからまひるちゃんは、自分らしく取り入れたらいいんじゃないかな?」
「自分らしくですか……」
「わざわざ時子になる必要は無い、自分の好きな雰囲気を出せる様に励めばいいよ。 ちょっとスランプだったんだろ?」
それで、入れ替わりを提案したのか……
「もう既にかなりいいモノを持ってると僕はおもうんだけど?」
「あ、ありがとうございます! 西田さん、それで……」
「"サカナ"には時子が、H.B.Pには君のギターが合っているとおもうよ?」
俺は何になろうとしていたんだろう?
西田さんの言葉を噛み締めた。
♦︎
そうして、スタジオが終わるとお弁当を買ってホテルに戻った。
3人で、今日一日の出来事をだべっていると、ひなが不思議そうな顔で言った。
「SNSにメッセージが来てるんだけど、ちょっと何か変なんだよね……」
「何が? どんなメッセージなん?」
「なんか、明日のライブの後、まーちゃんと話したいって」
「個人的に?なんだろう?」
この時俺は、ただのファンだと思っていた。
◯用語補足
・チケットの取り置き
事前連絡などがあった人などを名簿にして、ライブに来た時に精算してもらうシステム。ゲスト扱いなども出来、割引なども対応できる!
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