移動日の朝は早かった。
昨日はライブハイになったひなも、ホテルに戻るとコロッと寝てしまった。
今日は東京。
待ちに待ったこの世界の"俺"に会う日だ。
俺にまひると会った記憶は無い。
……という事は、接触する事で何かしらの変化があるはずなんだ。
期待と不安を胸に、俺はハイエースに乗り込んだ。
車の中で西田さんが"サカナ"に言った。
「僕は、H.B.Pにシーサイドに入ってもらうつもりだ」
時子さんは、ちょっと安心した様に、
「よかった。これで一つ心配事が減ったよ。 西田さんをよろしくね……」
「時子、それは……」
「アキ、大丈夫H.B.Pには伝えているよ。 うちの今後にも関わる話だからね」
車内は少し気まづい雰囲気が流れた。
「お、そうだ! H.B.Pは新曲のイメージは出来てきたかい? イメージとしては7月あたりのリリースで考えてるのだけど?」
「1曲だけ、今アレンジを詰めてる所です!」
「ツアー中に進むなら順調! どうだ?車内だけで新曲発表会をしないか? 君たちも"サカナ"の世に出る前の曲を聴きたいだろ?」
「聴きたい!」
「うちも!」
「仕方ないなぁ、弾き語りになっちゃうけど、特別よ? 絶対耳コピとかダメだからね?」
そういうと、いつもの小さなアコギを手に取り、時子さんは歌い出した。
やっぱりこの曲だ。
そう、2017年年末の番組で弾いていた曲。
今年"サカナ"はブレイクする。
そう俺は確信した。
「これは売れるわ!」
「流石だな!」
あれ? 西田さんも聞いた事無かったのか?
「はい! 終わり!」
ワンコーラス歌うと時子さんは止めた。
「まだ、構成なやんでるのよね、プロデューサーさんともまだ企画が通っただけだしね」
そうか、少し違う感じがしたのはまだ正式なアレンジにも入ってなかったのか。
「ツアーが終わると、色々と始まるけどね!」
タイアップが8月で、リリースはその後か。
「はいつぎはまひるちゃんの番よ?」
「今から弾く曲で、僕のご飯がどうなるかが……」
「西田さん! 切実すぎてつらい!」
車内に笑い声が響いた。
俺はギターを手に取ると新曲を奏で、ワンコーラスを終えると俺は手を止めた。
「ど、どうでした?」
「まひるちゃん、何かを掴んだね……ワンコーラスだったけど、何というか映画を観てる様な情景が浮かんだよ」
「うん。何か持って行かれた。早くアレンジが完成したのが聴きたい!」
「テクニックを贅沢に使ったというか、表現に使い切ったような……まひるちゃんクラスのギタリストがやるとここまでできるのか……」
みんな何故か感傷に浸ってる様だった。
俺としてはニルバーナの話に出てくるみたいに、この曲を出したら売れて普通の日常に帰ってこれなくなるよ!みたいな反応が欲しかったんだけどな。
♦︎
東京に着いた時には、イベント開始の18時を過ぎていた。
「まひるちゃん! 急がないとライブが!」
時間ギリギリ、トリを務める"マイニング"は見れるだろうが、"ブリーズヘッド"が間に合わなくなってしまう。
俺は急いで、ライブハウスの中へ入ると、明日出演の旨を伝え中へ通してもらう。
客の入りはキャパの半数ちょっと。
ほとんどがマイニングを見に来ているのだろう。
よかった、出順は今から始まるバンドの次らしい。
安心すると、事務所に挨拶に行った。
|風祭《かざまつり》さん、よくお世話になっていた人だ。
風祭さんは軽く挨拶すると名刺を取り出した。
「どうも、風祭です! 名刺は風が風邪になってますけど、面白いのでそのままにしてます」
おっさんこのネタ何年やる気なんだ。
セットリストを渡し雑談、俺は時計を気にしていた。
「……そうだ! 君たち"マイニング"のライブ見たかったんだよね? 」
俺は助け船を出された。
「はい、出来れば1つ前の"ブリーズヘッド"も見たいです!」
「そうなの? あーごめんごめん、もうはじまるね! 見かけによらずハードコア好きなんだね!」
「ギターを見たくて……」
「たしかに"ブリーズ"はギターうまいね……」
「そうなの? まひるちゃん本当に好きだったんだねぇ」
時子さんは感心したように言うと、一緒にホールに向かった。
ホールに着くと、セッティングを始めたようで、影がチラチラと動いていた。
そういえば、当たり前なのだが、自分のライブは生で見た事がないな。
ホール内にギターの音が鳴り響くと続けて、ベースやドラムの重低音が響く。
あっ、俺だ。
なんかシルエットがカッコ良くないな。
出てきて早々にちょっと凹んだ。
だが、ギターは思っていたより弾けている。
客観的に見るって大事だよな。
ロック好きが趣味でやる、クオリティが高いだけのバンドに思えた。
ステージングもオマージュ、曲もどこか聞いたことのある感じ。今までライブに行ったロックスター達とは気迫もオーラもない雰囲気がまるで違うバンドだった。
多分この音のクオリティにテンション上がらない奴にとっては他のライブに行くだろうな。
なんかすごく悲しくて、自分で自分を否定したような気がした。
♦︎
次に出てきたマイニングのステージは違う。
技術はブリーズだが、危なっかしい感じの緊張感や、予想を裏切るフレーズや演出に俺は釘付けになる。
こんなに差があったんだな。
ステージが終わり事務所に戻ると、風祭さんが声をかけてくれた。
「ライブはどうだった?」
「"マイニング"すごくよかったです!」
「でしょ? 演奏はブリーズの方が上手いとは思うんだけどね……」
少し緊張しながら聞いてみた。
「けど?」
「彼らはもう職人みたいな感じになっちゃってるから……」
風祭さん、なんでこの時言ってくれなかったんだ?
「わたしも思った。ちょっとまひるちゃんのギターに似てるかなと思ったけどまひるちゃんの方がアーティストしながらできてる」
グサッ
俺は何か刺されたような気持ちになった。
「クオリティ高い分他のバンドのいいとこも考えないからタチが悪い」
グサッグサッ
致命傷レベルのダメージだ。
俺はもう立ち直れないかもしれない。
すると、事務所の扉が開き俺が入って来た。
「風祭さん、お疲れ様です!」
満足そうな表情に俺は殺意を覚えた。
◯用語補足
・ニルバーナ
カートコバーンのいた伝説のバンド。ドラムは今はフーファイターズのデイヴグロール
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