レコーディングが終わった日、俺は一つの覚悟を決めていた。
3人で作った音楽にリクソンさんの技術が加わり形にする事が出来れば、俺は人の心を動かせると思っている。
最後のチャンスをこのCDに賭けてみる事にした。
♦︎
家に着いたのは19時30分、ちょうど晩御飯のタイミング、パパは20時を過ぎないと帰らないが、兄もママも一緒に居る。チャンスは今!
リビングに着いた俺は、録音したばかりのCDを取り出して、机に置く。
「あら、まひる帰ったの? それがレコーディングしたCD? いい感じにできた?」
ママは、CDを気にしてくれて居た。
俺はすかさず、この場で土下座した。
「お母さん、バンドのツアー行かせて下さい!」
「まひる、女の子がそんな事しちゃダメ。こないだも言ったわよね?」
そのCDを聴いてもダメなら諦めますから、聴いてもらえるまで動きません。
兄がそっと言葉を添えた。
「母さん、こないだも言ったけど、俺からも頼むよ。聴いてみてくれないか?」
「お兄ちゃん……」
「もう、わかったわ。聴くだけ聴いてみましょう、ダメなら本当に諦めるのよ?」
「はい……」
そう言うとママはリビングのコンポにCDを入れた。
ひなやかな、そしてリクソンさんの姿が頭をよぎる。きっと変えられる、俺はそう自分に言い聞かせた。
そして曲が鳴り始めた。
「マジかよ、す、すげぇな……」
兄は初めて聴く曲に動かなくなった。
「……これ、本当にひなちゃん達と作ったの??」
ママも動揺が隠せない。
「うん……本気でやってるんです。 チャンスは今しかないんです」
俺はただただ泣いた。
チャンスを逃したロスの2019年での影響は多分本当に大きくなると思った。
チャンスをしっかり掴まないと行けないことは俺は痛い程わかっていたから。
しばらく沈黙し、CDを聴き終えたあと。
「わかったわ、パパに相談してみるわ」
ママはそう言うとCDを俺に渡した。
俺は出来る事は全てやった、後はパパ次第だったとしても、自分には待つしかないと思った。
部屋に戻ると、兄がCDを借りにきた。
「まひる、凄くいい曲だった、きっと大丈夫だよ」
そう言ってくれた兄がどこかこころ強く感じた。
お風呂に入り、寝る前にギターを触っていると部屋をノックする音が聞こえた。
ドアを開けるとパパが立っていた。
「まひる、ちょっと入っていいかな?」
俺はそっと頷いた。
「ママに土下座したんだって?」
「うん、どうしても行きたいから」
「ちょっとパパにも聴かせてくれるかい?」
「うん」
「ママが言ってたより、凄いね。 良く頑張っていると思う」
「それなら……」
「まひるは、パパやママが意地悪で言ってる訳じゃないのはわかってるね?」
「それはわかってる」
「わかった上で言っているのであれば、1つだけ条件がある」
パパは少し厳しい顔になった。
「条……件……?」
「パパやママを安心させてから行きなさい」
「安心させる?」
「そうだね、今の状態だと、いつ何処にいくのか?誰と行くのかもわからない。それに保護者の代わりになる様な人が居るのかも……」
それはそうだ、詳細を何も伝えていない。
ライブツアーなんて19歳までした事が無かった俺は、反対される事の説得方法など考えたことがなかった。
「それに小山さんも反対してると聞いている、それも同じ理由じゃないかな?」
「うん、わかった」
「その辺りを明確にしたら、また言いなさい。安心出来ると判断すれば許可しよう」
「パパ……ありがとう」
そう言うと、パパは部屋を出た。
俺は可能性が繋がった事が凄く嬉しかった。
♦︎
次の日、俺はひなと待ち合わせをした。
もちろん内容は、ツアーの話。
先々週、ひなが泊まりに来てから、ひなとの距離が前より縮まった気がしていた。
「まーちゃん、おまたせ! カフェでいいよね?」
「うん」
俺たちはカフェで話すことになった。
「現在の状態を(サカナの)時子さんにはなすの?」
「うん、パパは一緒に行く人がどんな人かも分からないからって言っていたから」
「でも、時子さんが"それならやめる!"って言ったら終わりじゃない?」
「うん、それもあるんだよね」
「うーん、でも話してみるしかないよね、結局言わないと行けないし」
「そう、だから一緒にかけよ?」
「そうだね、かけてみよっか!」
早速俺は電話してみた。
「プルルルル…プルルルル……はい。サカナの安藤です、あ、どう? 説得はできた?」
「あれ? なんでそれを?」
「わたし達、高校生でもツアー説得は難しかったからねぇ」
「そうなんですか?」
「ましてや中学生でしょ? 下手したら全員ダメって言われて落ち込んでるかと思ってたところよ?」
「えー、そしたら……」
「反対されてるのは何人?」
「2人です」
「1人はOK出たのね? 上出来、上出来!」
「そんな……」
「明後日の夜、どうかしら? 良かったらご飯屋さんとかで集まってもいいけど」
「え? どういう事ですか?」
「わたしが、説得に回ってあげる!」
「いいんですか?」
「もちろん! 次の日名古屋に用があるの」
「お、お願いします!!」
「そしたらまた、連絡するわね!」
なんと時子さんが説得に来てくれる事になった。
「ひなー!」
「まーちゃん!」
俺たちは喜び抱き合った。
──そして安藤さんが来てくれる日になった。
放課後、待ち合わせると時子さんが待っていてくれた。
「「「おはようございます!」」」
3人で挨拶すると、時子さんは優しくおはようございます、と言って状況をきいた。
「なるほどね、そしたらひなちゃんの家、まひるちゃんの家、かなちゃんの家の順番で回ろっか!」
「時子さん、なんでスーツなんですか?」
「かなちゃんまひるちゃんは遅くなるから、家に連絡しといて! ん? 説得といえばスーツよ!」
「そんなコスプレみたいな……」
「かなちゃん? あなたはこれから人と沢山接して行く仕事をしようとしてるの、そしてそれぞれの場所で第一印象で判断されるのよ?」
「それでなんですか? スーツなのは?」
「そう、例えば普段スーツで仕事されてる方に、可愛いお洒落な服で娘さんを任せて下さいと言われてまかせられる?」
「うっ、そうですね」
「だからあなた達も、どう見られるか?を考えないとダメ。言ってしまえは、ライブの衣装は自分達のファンが見てどうか?をイメージしてるはずよ?」
「さ、流石です……」
かなは、何か衝撃を受けたようだった。
「もうすぐ18時ね! ひなちゃんのお家に行きましょうか!」
時子さんの自信のある感じに俺たちは圧倒されたと同時に安心感が生まれた。
ひなの家に着くと、時子さんはインターホンを押した。
ひなママが出て、少しびっくりしていた様子で、リビングに案内された。
前にひなパパとひなママ、俺たちは緊張していた。すると時子さんが口を開いた。
「ご挨拶遅くなり、申し訳ございません。私シーサイドレコード所属のサカナというバンドの責任者をしてます、安藤時子です」
「はい、娘から伺っております」
ひなパパはちょっと緊張している様だ。
「私、先日娘さんのバンドの方にライブツアーへの参加を依頼させていただきまして、反対されていると伺いましたのでお願いしに参りました」
「そうですね、娘はまだ中学生なので、私としましても何日も色々な場所というのが引っかかっておりまして」
「では、バンドの活動に反対ではなく、どちらかと言うと、出先を心配されてる形なのでしょうか?」
「はい、娘が頑張っているのは知ってますし、メンバーの子も幼馴染で私達も知っている子なのですが、中学生だけでというのがちょっと考えられないです」
そう言うと、ひなパパは少し渋い顔になる。
「そうなのですね、ところで、ツアーの内容はご存知でしょうか?」
「いえ、娘からはまだ何も」
「今回のツアーは、私達と一緒に主要都市7箇所を回るツアーです、もちろん移動などの費用や移動手段は私達のレーベルにて負担させて頂く予定です」
「移動や宿泊は負担いただけると?」
「はい、基本的に現地での飲食費、私物の購入以外は経費として負担いたします」
「何故、そこまで?」
「もちろん、こうして出て頂く事で、私達に経費以上のメリットがあるからです」
「なるほど、それで説得に?」
「もちろんです、なので私達にお任せ頂けないでしょうか?」
「安藤さん、常に付いて頂けるんですよね?」
「もちろん、自由時間などは有りますが、移動やホテルなどは格安ですが同室予定です」
「分かりました、予定日程を頂けましたら許可しますのでよろしくお願いします」
「パパ本当?」
「あぁ、そこまでして、必要だと言ってくれてるんだ、反対する訳にもいかんだろう」
「ありがとう!」
その後も、時子さんは説得し、3人とも行けるようになった。
かなの両親は元々OKだったのだが、挨拶に来た事で、より行きやすくなった。
「時子さん凄い!」
「いいえ、元々理解がある両親だったの。バンド自体反対されてる子がいる場合だってあるから、内容を伝えるだけで許可くれるなんてあなた達は恵まれてるわよ」
「もしかして自分達でも説得出来たって事ですか?」
「そうね、出来たと思う。でも今後こういった話が出た時どんな準備をすればいいかがわかったんじゃない?」
「はい、ありがとうございます」
「そうしたら簡単なスケジュールとタイムテーブルを手配しとくからまた渡しておいてね!」
こうしてもツアーの参加がきまり、ツアーに向けての準備をする事になった。
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