日常の出来事は音にも素直に反映されてしまう、それは入れ替わる前からも多分そうだったんだろう。
いつしかルーティン化された生活に、ルーティン化された様なアレンジになっていたのかも知れない。
家に帰ってからコピー曲や、新曲2曲のアレンジを詰めていた。
今までの作ってきた音楽との違いに、手ごたえを感じていた。
この気持ちは、絶対にひなちゃんと結ばれる事がない葛藤なんだろうか。
少しづつ紡いでいく旋律に、深みが増していく様に感じた。
今までここまで音と向き合ってきただろうか……。
表現に答えてくれる「マスたん」もやっぱり凄くいい相棒なんだと思った。
客観的な視点を持てた事、リアルタイムで進んでいく現実に、不思議と今までの音と重なって、新しい音楽になる。
音楽は本来そういうものかもしれないな。
アンプを繋いでいないキラキラとした弦の響きが、静かな部屋に響いていた。
♦
次の日のスタジオでの俺のギター、歌、両方とも、冴え渡り空気が変わる。
ねごとのカロン、冥王星の衛星の名前のついたこの曲は、まるで俺のひなちゃんへの気持ちを表している様で、完全に感情移入し、リンクした。
同じスタジオの中にいるひなちゃん、君のためだけに歌う様な、もう練習じゃない気持ちになっている。
“何度夢をくぐったらきみにあえるの?”
そんなメッセージが雅人とかなちゃんの演奏も引っ張り、フレーズが一つになって行く気がした。
2人とも、どれだけ練習したんだよ……。
クオリティが前回とは比べ物にならないくらい上がっていた。
曲が終わる頃にはひなちゃんの目には涙がうかんでいた。
「すごい、すごいよ……」
雅人も一言、
「ヤバいな……」とだけ呟いた。
そのすぐ後でかなちゃんが泣き出した。
「みんなごめん、うちがあしをひっぱってる……あんなに練習したのに……」
全然そんな様子は見せてなかったが、音を聞けばめちゃめちゃ練習してるのはわかる。
練習してるからこそ、実力差を感じてしまったんだろう。
「かなはめちゃ練習してるのわかるよ、わたしもびっくりしたもん……。大丈夫だよ、それでいいんだよ」
「わたしが、ここまでしっくりできたのもかなや雅人がしっかり練習してくれてるからだよ。」
「俺も、まだまだだ、まーちゃん本気ですごいと思う……もっと一緒に練習していこう? な?」
かなちゃんはコクリと頷いた。
かなちゃんのこんな姿は見たことなくて、本当に精一杯やってそれでも足りない自分が許せなかったんだろう。
普段余裕ある様に見えるだけに、俺は胸が熱くなって行くのがわかった。
♦
それから約1カ月が過ぎた。
あれから、ひなちゃんと予定が合わない事が多くなり、雅人も、かなちゃんも、これまで以上に練習に励んでいた様だ。
文化祭まで後1週間とちょっと。
ゆきちゃんのポスターやチラシもいい感じで校内に貼られ、同じ学年の人からは「頑張って! 見に行くよ!」など声を掛けられる様になった。
そんなこんなで練習は残すところ2回となっていた。
そんな時雅人から、今日の帰り一緒に帰ろうと誘われた。
俺は教室で待っていると、
「すまん、遅くなった、ちょっとクラスのやつに文化祭の準備手伝わされててさ!」
うちのクラスは焼きそば屋さんをする事になっている。備品担当の雅人は手伝わさせられていたんだろう。
合流すると一緒に学校をでた。
「あのさ、俺、この一カ月めちゃめちゃ練習したんだよ……」
練習してるのはよくわかってる、スタジオの度に、2人のクオリティが上がって居たのは俺自身すごく感じていた。
「それでさ、正直まーちゃん的にはどう思う??」
「うん、凄くクオリティが上がってるのを感じてるよ!」
「だろ?ドラム教室でも、先生にめちゃくちゃびっくりされたんだぜ?」
「うん、びっくりされるくらい成長してると思う!」
「多分さ、かなもめちゃくちゃ練習してる。」
「わたしもそう思うよ。2人とも凄く成長した!文化祭も良さそうだね!」
「それでさ……」
雅人は口をつぐんだ。
「ん?どうしたの??」
「おまえ、誰なんだよ……」
その言葉に、冷や汗がでた。
「俺はさ、小学校の時からドラムやっててさ、自分でも結構上手いと思ってたんだよ」
中学2年で雅人くらい叩けたら、天狗になりたい気持ちもわかる。
「最近さ、叩ける用になればなるほど、おまえの指示の的確さや、フレーズのヤバさが分かるようになってきたんだけど」
「それは、ギターの才能に目覚めた……」
「天才のレベルじゃねーよ、、」
雅人は俺の言葉を遮って言った。
「なんで急にそんなギターの化け物みたいになっちまったんだ??」
俺は黙った。
「それと、あのギターなんだよ、あの音どう考えても普通のギターじゃねぇだろ……4万8千円?そんな値段のギターじゃねーよ」
あ、「マスたん」は4万8千円のクオリティじゃないし、音作りが慣れてる俺は更に存在感をだせる。
とはいえ、本当の事を言っても信じれないだろうし、意味もないと思った。
俺は黙っていると、
「すまん、こんな事言っても困るだけだよな……」
「だけど、文化祭のライブは絶対成功すると思う……いや、させる」
うん、と頷くと雅人と帰り道が分かれるまで何も話さなかった。
分かれる間際、雅人が、
「じゃあな、」っと言った。
10秒くらい歩いて行ったとき俺は叫んだ。
「雅人ー!」
雅人はびっくりして振り向いた。
「雅人はドラム上手いよ! 自信持っていいよ! 文化祭成功させようね!」
道端で叫んでしまうと、雅人は笑顔でグーサインをしてそのまま帰って行った。
雅人は、追いつけない不安と葛藤に潰れそうになっていたのかもしれない。
ぶつけてくれた事で、俺はまた新しい事に気づく事が出来たんだと思った。
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