俺は楽屋に入り"キラの助"のチューニングを確認する。
「お疲れ様です! 今日はよろしくお願いします!」
背後から声し、振り向くとマイニングのギターの人だった。
「あ、お疲れ様です……」
「ギター調整してるんですか? やっぱりマメだなぁ〜」
あれ? このやり取り……
「ギター調整してるんですか? やっぱりマメですね〜」
そうか、あの対バンした時も同じ様なやり取りをしたんだ。
俺はふと、打ち上げの後の事を思い出した。
「太郎ちゃん、最初に会ったのいつだっけ?」
新宿レフトのブッキングマネージャー風祭さんはもう、結構酒が入り、サシで2軒目の居酒屋に来ていた。
「12.3年位じゃないっすか? 20歳の時だからもうちょっとかな?」
「そうそう初めて会った時、太郎ちゃんイケイケで"我ギターの神"くらいな感じだったよねぇ」
「なんすかそれ? 俺そんな感じでした?」
「そうそう、和製ペトルーシだと思ったもんマジで!」
「あー、当時丁度ジョン・ペトルーシにハマってましたからね!」
「まぁ、今の太郎ちゃんは更に隙のない感じになったよなぁ」
「あの頃はギリギリあのクオリティ維持してましたから」
「確かに色々試してたりと不安定だったなぁ」
風祭さんはハイボールを追加で頼むと真剣な顔をした。
「今日のライブ、どうだった?」
「あー、マイニングめっちゃ盛り上がってましたよね〜」
「なぁ、太郎ちゃん。俺は今日のライブブリーズはは実力で負けたと思ってる」
「実力って……ギターは俺の方が……」
「じゃあなんで人は入っていたけど盛り上がりが違うと思う?」
「それはジャンルの好みとか……」
「おまえどんだけジャンルを細分化する気なんだよ? マイニングはメタルのハードコアだぞ? ブリーズもそうだろう?」
「そう……ですね」
「これだけジャンルが近くて、技術が上で、でも向こうの客だからは違うんじゃない? 大して販促もしてないのにどこからファン作る気だよ?」
「すいません……」
「俺だって今更こんな事言いたくねーよ。でも続けて欲しいんだよ、和製ペトルーシだと思ってテンション上がったギタリストに」
風祭さんの言葉や想いは、あの時の俺には理解出来ていなかったと思う。多分、家に帰りしたのはドリームシアターの完コピとかだっただろう。
でも、今は思い返してみると、風祭さんは別に下手になったと言った訳じゃない。
なんで負けたか? いや、でも音楽の勝ち負けをどうこう思う人じゃないから、危機感を煽るため敢えて負けたと言ったはず。
何でそう言ったのか?
何故ファンに出来なかったのか?を考えさせる為だったんじゃないか?
すると、マイニングのギターの人が"マスたん"を見る。
「もしかして、和製ペトルーシ?」
「えっ?」
「去年"サカナ"と新宿レフトにでてました?」
「あ、はい、出ましたけど……」
「やっぱりそうだ! 僕らのライブ見に来て……風祭さん知ってますよね?」
「わかります!」
「いやー世間狭いなー! 風祭さんが"本物の和製ペトルーシ"がいたって、しかもムスタングギターの女子中学生だったってテンション上がってましたよ!」
「本当ですか?」
いや、今大分ちがうし、あの人ペトルーシ好きなだけじゃねーか!
「キラー使ってたから気づかなかった! でも確かに速さと安定感はペトルーシクラスだわ!」
そのあと風祭さんの話で盛り上がると、今日のトップバッターのドラッドが楽屋に入ってきた。
「よろしくお願いします!」
「頑張ってください!」
「ありがとう! ガッツリやってくるよ!」
ドラッドは一番源さんのバンドの雰囲気に近いかも知れない。バンド名も源さんのバンドのスペルを逆に読んで作られたらしい。
それくらいのメロディメーカーなパンクロックバンドだ。俺の世代的にはメロコアという奴だ。
もちろん演奏力もしっかりとしている。
ホールに降りるとお客さんの声が聞こえてくる。
(1番目ドラッドとかすごくね?)
(まぁ、このラインナップだと妥当?)
俺は"ハンパテ★"のイメージとか話さないかドキドキした。
「まーちゃん、どこ行ってたの?」
「ちょっとチューニングに……」
「Tシャツが結構うれて大変だったんだよー!」
よく見るとTシャツが半分くらいになっていて、会場にちらほら着てくれている人がいた。
「ひな、ごめん!」
「まぁ、由美と雅人が手伝ってくれたから、あとでお礼言っといてね!」
「うん、了解!」
会場が暗くなり、SEが流れる。
もうすでに「オイッ!オイッ!」の声とともにモッシュし始めていた。
ライブ慣れしてそうな由美はともかく、六花はこのノリ大丈夫かな?
ライブが始まるとさらに激しくなる。
流石はドラッド、曲が始まっても勢いが止まらないいい構成。
しまいにはダイブも始まった。
ってあの牛柄、ジュンさん!?
「あはは、ジュンさん真っ先にダイブしてるやん!」
スタート前にひなとかなは来てくれた人と話してくれていたんだろう、ジュンさん達にもすでに会っていたみたいだった。
"ドラッド"が終わると"スターリン&バックドロップ"そう、ヒロタカさんのバンド。
「雅人、頑張ってね!」
楽屋に向かう途中雅人はこっちを見ると笑顔でサムズアップした。
セッティングが終わり、4人の影がみえる。
雅人のカウントからのスタート、SEは使わないスタートだった。
1ボーカル3コーラス。
スターリンは完全に自分達のスタイルを完成させている。
初めて会った時からは想像出来ないまとまりとパフォーマンスに俺は圧倒された。
棒立ちでみていると、背中をツンツンされ、
「ひな? えっ源さん?」
「前、行きなぁよ!」
「いや、でも……」
「雅っちもヒロタカも喜ぶらよ!」
そう言うとうでを掴まれホールに連れ出しほりこんだ。
ちょ、ちょっと!
揉みくちゃになり一瞬最前列に、雅人と目が合うと、雅人は笑い、音もさらにパワフルになった気がした。
その瞬間、俺は吹っ飛ぶ。
「ぐへっ」
すると誰かが受け止めてくれ、視線をやるとジュンさんだった。
「ジュンさん?」
「まひまひ、ダイブしに行こーぜ!」
「行かないよ!」
「いいから! 行こう!」
「無理無理!」
「うるせぇ! 行こう!」
そうだ、この人には拒否は通じなかった……
流れに流され、ダイブ!後ろまで流れるとゆっくり降ろされた。
いつぶりだろう? ダイブなんてしたのは……
間奏の間にそっと物販ゾーンに戻るとタクミさんが笑いながら「ライブまえにめっちゃ楽しんでるやん」と言った。
「へへへっ」
と言ってサムズアップする。
「まひちゃん、笑顔の方がええで! みんなキュンキュンするんちゃうか?」
「そう、ですかね!」
そしてスターリンのライブが終わり、熱気に包まれたままマイニングが準備をはじめた。
◯用語補足
・モッシュアンドダイブ
モッシュはおしくらまんじゅうとダイブはステージや柵の上から飛び込むスタイル。
・ジョン・ペトルーシ
ドリームシアターのギター。正確で安定感のあるギタースタイルはみんなを虜にするはず!
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