俺の音楽ここにあります

ギタリストのTS転生ストーリー
竹野こきのこ
竹野こきのこ

モッシュ&ダイブ

公開日時: 2021年3月22日(月) 07:00
文字数:2,676

俺は楽屋に入り"キラの助"のチューニングを確認する。


「お疲れ様です! 今日はよろしくお願いします!」


 背後から声し、振り向くとマイニングのギターの人だった。


「あ、お疲れ様です……」

「ギター調整してるんですか? やっぱりマメだなぁ〜」


 あれ? このやり取り……


「ギター調整してるんですか? やっぱりマメですね〜」


 そうか、あの対バンした時も同じ様なやり取りをしたんだ。


 俺はふと、打ち上げの後の事を思い出した。


「太郎ちゃん、最初に会ったのいつだっけ?」


 新宿レフトのブッキングマネージャー風祭さんはもう、結構酒が入り、サシで2軒目の居酒屋に来ていた。


「12.3年位じゃないっすか? 20歳の時だからもうちょっとかな?」


「そうそう初めて会った時、太郎ちゃんイケイケで"我ギターの神"くらいな感じだったよねぇ」

「なんすかそれ? 俺そんな感じでした?」

「そうそう、和製ペトルーシだと思ったもんマジで!」


「あー、当時丁度ジョン・ペトルーシにハマってましたからね!」


「まぁ、今の太郎ちゃんは更に隙のない感じになったよなぁ」

「あの頃はギリギリあのクオリティ維持してましたから」

「確かに色々試してたりと不安定だったなぁ」


 風祭さんはハイボールを追加で頼むと真剣な顔をした。


「今日のライブ、どうだった?」

「あー、マイニングめっちゃ盛り上がってましたよね〜」


「なぁ、太郎ちゃん。俺は今日のライブブリーズはは実力で負けたと思ってる」

「実力って……ギターは俺の方が……」


「じゃあなんで人は入っていたけど盛り上がりが違うと思う?」

「それはジャンルの好みとか……」


「おまえどんだけジャンルを細分化する気なんだよ? マイニングはメタルのハードコアだぞ? ブリーズもそうだろう?」


「そう……ですね」

「これだけジャンルが近くて、技術が上で、でも向こうの客だからは違うんじゃない? 大して販促もしてないのにどこからファン作る気だよ?」


「すいません……」

「俺だって今更こんな事言いたくねーよ。でも続けて欲しいんだよ、和製ペトルーシだと思ってテンション上がったギタリストに」


 風祭さんの言葉や想いは、あの時の俺には理解出来ていなかったと思う。多分、家に帰りしたのはドリームシアターの完コピとかだっただろう。


 でも、今は思い返してみると、風祭さんは別に下手になったと言った訳じゃない。


 なんで負けたか? いや、でも音楽の勝ち負けをどうこう思う人じゃないから、危機感を煽るため敢えて負けたと言ったはず。


 何でそう言ったのか?

 何故ファンに出来なかったのか?を考えさせる為だったんじゃないか?


 すると、マイニングのギターの人が"マスたん"を見る。


「もしかして、和製ペトルーシ?」

「えっ?」


「去年"サカナ"と新宿レフトにでてました?」

「あ、はい、出ましたけど……」


「やっぱりそうだ! 僕らのライブ見に来て……風祭さん知ってますよね?」

「わかります!」


「いやー世間狭いなー! 風祭さんが"本物の和製ペトルーシ"がいたって、しかもムスタングギターの女子中学生だったってテンション上がってましたよ!」


「本当ですか?」

 いや、今大分ちがうし、あの人ペトルーシ好きなだけじゃねーか!


「キラー使ってたから気づかなかった! でも確かに速さと安定感はペトルーシクラスだわ!」


 そのあと風祭さんの話で盛り上がると、今日のトップバッターのドラッドが楽屋に入ってきた。


「よろしくお願いします!」

「頑張ってください!」


「ありがとう! ガッツリやってくるよ!」


 ドラッドは一番源さんのバンドの雰囲気に近いかも知れない。バンド名も源さんのバンドのスペルを逆に読んで作られたらしい。


 それくらいのメロディメーカーなパンクロックバンドだ。俺の世代的にはメロコアという奴だ。


 もちろん演奏力もしっかりとしている。

 ホールに降りるとお客さんの声が聞こえてくる。


(1番目ドラッドとかすごくね?)

(まぁ、このラインナップだと妥当?)


 俺は"ハンパテ★"のイメージとか話さないかドキドキした。


「まーちゃん、どこ行ってたの?」

「ちょっとチューニングに……」

「Tシャツが結構うれて大変だったんだよー!」


 よく見るとTシャツが半分くらいになっていて、会場にちらほら着てくれている人がいた。


「ひな、ごめん!」

「まぁ、由美と雅人が手伝ってくれたから、あとでお礼言っといてね!」


「うん、了解!」


 会場が暗くなり、SEが流れる。

 もうすでに「オイッ!オイッ!」の声とともにモッシュし始めていた。


 ライブ慣れしてそうな由美はともかく、六花はこのノリ大丈夫かな?


 ライブが始まるとさらに激しくなる。

 流石はドラッド、曲が始まっても勢いが止まらないいい構成。


 しまいにはダイブも始まった。

 ってあの牛柄、ジュンさん!?


「あはは、ジュンさん真っ先にダイブしてるやん!」


 スタート前にひなとかなは来てくれた人と話してくれていたんだろう、ジュンさん達にもすでに会っていたみたいだった。


 "ドラッド"が終わると"スターリン&バックドロップ"そう、ヒロタカさんのバンド。


「雅人、頑張ってね!」

 楽屋に向かう途中雅人はこっちを見ると笑顔でサムズアップした。


 セッティングが終わり、4人の影がみえる。

 雅人のカウントからのスタート、SEは使わないスタートだった。


 1ボーカル3コーラス。

 スターリンは完全に自分達のスタイルを完成させている。


 初めて会った時からは想像出来ないまとまりとパフォーマンスに俺は圧倒された。


 棒立ちでみていると、背中をツンツンされ、

「ひな? えっ源さん?」


「前、行きなぁよ!」

「いや、でも……」

「雅っちもヒロタカも喜ぶらよ!」


 そう言うとうでを掴まれホールに連れ出しほりこんだ。


 ちょ、ちょっと!

 揉みくちゃになり一瞬最前列に、雅人と目が合うと、雅人は笑い、音もさらにパワフルになった気がした。


 その瞬間、俺は吹っ飛ぶ。


「ぐへっ」


 すると誰かが受け止めてくれ、視線をやるとジュンさんだった。


「ジュンさん?」

「まひまひ、ダイブしに行こーぜ!」

「行かないよ!」

「いいから! 行こう!」

「無理無理!」


「うるせぇ! 行こう!」


 そうだ、この人には拒否は通じなかった……

 流れに流され、ダイブ!後ろまで流れるとゆっくり降ろされた。


 いつぶりだろう? ダイブなんてしたのは……


 間奏の間にそっと物販ゾーンに戻るとタクミさんが笑いながら「ライブまえにめっちゃ楽しんでるやん」と言った。


「へへへっ」

 と言ってサムズアップする。


「まひちゃん、笑顔の方がええで! みんなキュンキュンするんちゃうか?」


「そう、ですかね!」


 そしてスターリンのライブが終わり、熱気に包まれたままマイニングが準備をはじめた。

◯用語補足


・モッシュアンドダイブ

モッシュはおしくらまんじゅうとダイブはステージや柵の上から飛び込むスタイル。


・ジョン・ペトルーシ

ドリームシアターのギター。正確で安定感のあるギタースタイルはみんなを虜にするはず!

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