俺の音楽ここにあります

ギタリストのTS転生ストーリー
竹野こきのこ
竹野こきのこ

3つの変化

公開日時: 2020年10月10日(土) 00:05
文字数:2,663

 俺たちは完敗だった。



 演奏や曲は及第点だったと思う。

 トップクラスのアーティストたちはそれぞれ工夫を凝らした演出、それらから興味を持ってくれた人を囲い込むだけの準備が完璧になされていた。



 その点俺たちは、自分達の音を出すだけで精一杯だった。



 これは、俺自身の責任だと思う。

 バンド時代からファンは曲についてくるモノとシーンが違うことを言い訳にし、シーンの外には出ようとしなかった。俺はメディアに出る様な売れているバンドにしようとは思わなかった。


 だから俺は、言い訳の出来ない挑戦していく立場のこのバンドで、今まで見ようとはしなかったものを突きつけられたのだ。


 わかっていたにもかかわらず、出来る事は全てやったと思い込んでいたここが俺の限界だったのだ。


 翌日俺は2人に謝った。



「ごめん、わたしの力では無理だった……」



 真剣に俺を信じて、無茶な練習や要望にも2人は無理して答えてきてくれたのだ。

 失望され、咎められる事も覚悟の上だった。


 でも、2人からは予想もしてない言葉が返ってきた。



「対バン相手凄かったよね、ステージも凄く考えられててどのバンドもすっごく楽しかった。あんな凄い人たちに声かけてもらったり、応援してくれたりするところまで行けたのはまーちゃんのおかげだよ!」

「そうやね、あたしらが弾いてるのに、音楽は引けを取らへんかったと思うもん!」


 ひなとかなの言葉は決して諦めじゃない。未来をみてるものだった。



「まーちゃんが謝る事ないよ、一緒にもっと凄いライブしよ?」



 その言葉に、俺は泣き出してしまった。こんな時は本当に女の子になってよかったと思う。危うく気持ち悪い泣き姿を晒すとこだった。



 2人の言葉を受けて、もう一度ゼロからする気になって居たのだが、事態は同時に3つ、思わぬ方向に動き出した。



 ♦



 昼休み俺は知らない同級生に声をかけられた。


「あ……木下さん、は、初めまして、吉田っていいます」

 そこには、眼鏡をかけた地味な学生がどうやら俺に用があるようだった。



 俺はとりあえず笑顔で「どうしたの?」と返事をした。



「あ、あの、僕ですね……」

(どうした?落ち着け)


「ま、マッドを見に、ら、ら、ライブに行ったんですけど」


(あー、俺らを見たのかな?  チラシ渡しておこうかな?)


「い、1番最初に、で、でてたのって、き、木下さんですよね?」

「そうだよー?  見ててくれたの? ありがとうございます!」


(ちょっとアイドル対応すぎるか?)


「そ、それで、ネットで調べたんですけど、、ま、まだホームページとか、、ないですよね?」

「調べてくれたの?  うん、まだ作れるほどお金ないからね……」


(ん?ファンになったとか??)


「よ、よかったらなんですけど、ぼぼぼ、僕にホームページを、作らせて貰えませんか?」


(ん?マジで?)

「えー?  君作れるの?」


「写真部をしてまして、その一貫で作ってるので、そんなにクオリティは高くないですけど」


(落ち着いてきた?)

「有難いよー!是非是非!」


「本当ですか?  い、言ってみてよかった」


 その後、めちゃくちゃあたふたされながらLINEを交換した。


(まさか、ホームページを作ってくれるとは。)


 次に、田中さんから帰りに寄って欲しいと連絡が来て、3人でムンドの事務所に寄る事になった。



 今日はムンドは休みなのか。シャッターが半分降りその日はライブが無い様だった。もしかして、また次誘ってくれるのだろうか?


 ただ、事務所に着くと田中さん以外に思いもよらない人がいた。


 その姿に、俺たちは緊張する。


「お、来たね!  昨日はお疲れ様!  時間的に打ち上げ出れないのは残念だったね」


「ちょっと待って、明らかに俺みて緊張してない?」


 あの、激怖のPAさんだった。


「え、いえ、、、」

「そんな事はないです」

 めちゃくちゃ緊張した。


「もっと気楽に話してくれていーよ?  ごめんね、怖がらせたい訳じゃないんだ」

「リクソン君は当たりキツイからねー」


「いやいや、田中さんまでそんな、俺はただ1人でも、多くこの業界に残って欲しいんすよ。バンドマンって基本的に"俺スゲー"が多いじゃないすか、現実知ってもらうにはストレートに言うしか無いんですよ」


 なんか俺に言われた気がした。


「それで、リクソンさんはなぜ?」


「あー、君たちに会いたいって」


「へ?  いや……」


「どの子か俺の彼女になんねーかなって……」


 俺たちはドン引きした。


「ちょちょ、引くなって、冗談だよっ!  いやいや、お前ら音源無いみたいだしさ?  よかったら俺と音源作らない?」


「レコーディングって事ですか?」

 ひなが聞いた。


「そうそう!  あー、俺にボロカス言われると思ってるでしょ?」

「いや、でも、リクソンさん、言いますよね?」


「うん、言うよ! 俺の作品にもなる訳だし!」


(やっぱり……)


「でも、作ったものに後悔はさせない。次、誰がレコーディングしても恥ずかしく無いようにする。  どう?」


 エメラルドホールのPAをしているレベルだからクオリティは保障されているだろう。だが、そのことを考慮すると……。


「でも……レコーディング費用が」


「3曲で5万!  そして払うのはいつでもいい。  焼いて売って稼いでもいいし、このデータオムニバスとかに参加して稼いでもいい。  そのうち払ってくれたらいいよ!」


「本当ですか?  でも5万の時点で赤字なんじゃ」


「そう思うなら、次録るとき俺に依頼してよ!  まぁ、俺より良く録れる人にならたのんでもいいけど」


「ありがとうございます!」

「オッケー、そしたら日程調整して行こう!」


 そのあと簡単に打ち合わせして、連絡先を交換する事になった。


 リクソンさん、やっぱりいい人なのかも知れない。ただ、この人の特性上、レコーディングはかなりシビアなんだろうな……。


「ねぇ、盛り上がってる所悪いんだけど、今日はもう1人君らに用がある人がくるんだ、もうすぐ来ると思うんだけど……」


 外で扉を開ける音がした。

 入って来た人はあの日対バンした、サカナのギターボーカル、|安藤時子《あんどうときこ》さんだった。


「おはようございます。ちょっとバン宣があるので、あまり居られないんですけど……」


 20代後半の実力派インディーズバンドサカナ、この時はまだ人気が出始めたバンドだった。


 だけど俺は知っていた。

 今年の夏、CMのタイアップと共にメジャーデビューし大ブレイク、それから年末の有名音楽番組に出るなど、日本を賑わすバンドになっていくバンドだ。


 そんなバンドが俺たちに用?


「ごめんね、時間ないから内容だけ言うと、3月末の主要都市のツアーを一緒に回って欲しいんだけど……」


 これから起こる問題に俺は気づく事が出来なかった。


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