まーちゃんとバンドを始めて4カ月以上が経った。
うちのおとんが学生時代にベースをしてたこともあってうちがベースを始めたバンドには、本当の天才がいた。
今日はその、親友で天才のレコーディングの日。スタジオに入ると自然体のリクソンさんは言った。
「今日のイメージは出来てる?」
「はい」
迷い無く『はい』と答えたまーちゃんにはいつもながらの安心感を覚えた。
まーちゃんはやっぱり化け物だった。
各曲ギターを約4回づつ、ボーカルを約3回づつ入れる。そのうち1回は全く同じギターを弾くらしい。
「えっ? まーちゃんそんなに弾くん?」
「うん! でもパッと聞いた感じは普段弾いてるのとあまり変わらないよ!」
なんかよくわからないけど音の厚みを出すためなんだとか。
そしてまーちゃんがいつもの"マスたん"を弾き始めた。
一音一音が綺麗に響き、自在に加速し表現するフレーズに、恐ろしく速いカッティングの際のストロークのスピード。
改めて見ると本当にヤバい。
1曲目、パートを録る度にギターが完成していき、全てのパートを録り終えチェックしたリクソンさんは、
「ミックス無しでこのクオリティかよ、マジで化け物だな……」
とボソっと漏らした。
「なんかいつもと違う気がするんやけど」
うちはいつもより薄い音が気になった。
「あー、それは大丈夫。レコーディングではエフェクトは後から掛けるから! 普段よりいいエフェクター使えるからもっと馴染むと思うよ」
足元に繋げて置くエフェクターより何十万もするラックのエフェクトやソフトのエフェクトの方がノイズなども入らないからいいらしい。
それをまーちゃんは知ってたのか。リクソンさんも気になった様に聞いてきた。
「あいつってさ、親がミュージシャンとか音楽関係なのか?」
「まーちゃんの親は普通の会社員ですよ? 特に音楽好きとも聞いたことないですけど…」
「マジ? なんなんだろうな? あのクオリティと知識、小ちゃい頃からやってたんかな?」
「うちより始めたのがちょっと早いくらいですよ?」
「マジで? そしたら3年くらいであのクオリティって事?」
「いえいえ、そんなに長くないですよ!うちで、去年の9月なんで半年経ってないくらいです」
「は? 嘘だろ? というかおまえも半年経ってねぇのかよ? 前言撤回、お前らも充分化け物だわ」
「そうなんですか? まーちゃんと練習してたから普通がどんなもんかがイマイチ……」
「なるほどな、ライブから上手くなったんじゃなくて、ライブまでもめちゃくちゃ上手くなってたんだな……」
その後もスムーズにギターを録り終えた。
まーちゃんが戻ると、リクソンさんはギターに興味を示した。
「なぁ、まひる、そのギターちょっと弾かしてくれないか?」
まーちゃんはちょっと八重歯を覗かせ、リクソンさんにギターを渡した。名前で呼ばれるまーちゃんが羨ましく思った。
「このギターも、スゲーな。鳴りがめちゃくちゃいい」
そういうと、リクソンさんはうちらの曲のイントロを弾いた。
「リクソンさん、ギター弾けたんですか?」
「俺、10年以上やってるよ? エンジニアになってからは趣味程度だけど」
少し弾いた所でリクソンさんはため息をついた。
「いや、むずいわ。 あのストロークどうやってんの?」
まーちゃんはハニカミながらピックを持った。
「腕と、手首は同じ感じで弦に当たる瞬間に指でピックを捻るんです」
「マジで? それ全部やってんの?」
「慣れたら自然にできますよ!」
ちょっと微笑むまーちゃんがすごく可愛い。
このルックスで超絶テクニックとか、ギャップもいい所だ。
「田中さんが言ってたんだけどさ、まひるイングヴェイとか普通に弾けるだろ?」
「えっ? イングヴェイですか?」
そういうと、まーちゃんは少し照れながら、すごいギターを弾き始めた。
「ネバーダイかよ。こんな綺麗に弾く奴初めて見たわ。やっぱりメタルの速弾きも出来るんだな」
「わたしらの雰囲気が死んじゃうからここまでスイープや速弾きを入れた様なテクニックよりの曲は作らないですけど」
「まぁ、メタルになっちゃうからな。 今のオリジナルでも余裕あるのはそのせいか」
「まーちゃんがメタル弾くの初めて見た」
「家でしか弾いてないから、あはは」
そうして、ボーカル録りへ。
「前から思ってたんだけど、お前らって歌は子供感のある声を活かした感じなんだな!」
「声質的に、そうなっちゃうんですよね」
「まぁ詰めてはあるみたいだから、個性的で面白いと思うけどな」
うちはまーちゃんの癖のある優しい声が好き。ちょっと聖なる属性を備えてそうなその声は、レコーディングした音と心地よくマッチした。
コーラスも録り終えうちらのレコーディングが終わった。
最後に録り終えた音源のバランスを整えて曲をかけた。
リクソンさんは優しい笑顔で、ここからは俺に任せてと言った。
♦︎
そして次の週、うちらは「下ごしらえ」を終えた音源に戦慄した。
前回最後に聴いた音源から進化した音が流れた。
「どう? マジで名盤なんじゃないか?」
「リクソンさん、流石ですね!」
まーちゃんが細かく頷いていた。
「ちょっと、これを元にエフェクト関係で相談して今日は完成させようかなと思うけど、どう?」
「「「いいと思います!」」」
「まーちゃんの曲、こんなに凄かったんだ」
「いやいや、俺がすげーんだよ?」
リクソンさんが慌てて突っ込む。
スタジオ内に笑い声が響いた。
細かくエフェクトをチェックし、色んなスピーカーや、イヤホンなどで聴いてたしかめた。
「俺、この曲スマホに入れとくわ」
「わたしも!」
「あたしも!」
「うちも!」
「いやいや、おまえらは普通に入れろよ!」
そういうと、リクソンさんは何かを取りに行く。
まーちゃんは自分の服の胸元を摘むと、
「リクソンさんに頼んでよかったね!」
とうちらに言った。
うちらは頷いて、笑顔を向けた。
別の部屋から戻って来たリクソンさんは、まーちゃんに四角いエフェクターを差し出した。
「これ、無期限で貸してやるよ、多分今の音に合うと思うから……エフェクターあんまり買えないんだろ?」
リクソンさんへの可愛い笑顔と、受け取る小さな手に。うちは少し嫉妬し、もっと上手くならなきゃと、その気持ちを心に閉まった。
リクソンさん、まーちゃんを好きになったらどうしよう。
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