キングゼロ

〜13人の王〜
朝月桜良
朝月桜良

言葉遣い

公開日時: 2022年1月30日(日) 18:58
更新日時: 2022年1月31日(月) 01:53
文字数:2,679

 飛び込んできた景色に、シンリは圧倒された。


「凄い、ほんとに日本じゃないんだ」

 いくつもの綺麗な建物が立ち並び、住人たちが楽しそうに出歩いている。

 一目でわかるほどに活気で満ち溢れていた。

 少し視線を上げれば、崖から見えた立派な城が見える。逆に視線を下げれば、見慣れたコンクリートではなく、地面いっぱいに敷かれた真っ白な石畳。

 出歩いている人の中に黒髪は一人もいなかった。金髪碧眼が一番多いが、他にも違った髪や瞳の色をした人たちも見受けられる。それだけで十分、日本ではそう味わえない光景だった。


 あまりに見慣れぬ様相に、シンリは呆然と立ち尽くす。

「どうしました?」

「良いところだなって思って」

 素直にそう思った。

「ありがとうございます」

 ルナリスは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

「お部屋は城の方に用意させますので、どうぞこちらへ」

 再び城に向かって歩き出そうとするが、今まで黙っていたシルファが慌ててルナリスの隣に移動した。

「ルナリス様」

 何やら小声で話し掛ける。

 しかし、ルナリスは微笑みながらシルファを見つめ、

「シルファ、私のことは?」

 と訊ねる。笑顔からは得も言われぬ迫力があった。

「……姉様」

「よろしい。何ですか?」

「さすがに城へ招くのは反対です」

「貴方も宿泊を認めたと聞いていましたが」

「それはあくまで城下での話。城内など以ての外です。こんな得体の知れない者を招き入れるのは危険です」

 横目でシンリを睨むように一瞥した。ルナリスもシンリを見やる。シンリは二人の視線など気にも留めず、見慣れぬ町並みを楽しんでいた。

「良い人みたいですよ」

「ですが、もしかしたら隙を狙っているのかもしれません」

「そうでしょうか。私にはそうは見えませんが」

「少しは警戒して下さい。彼は他国の者です。信用は万が一の恐れを生みます。そのことはルナリス様が一番よくご存知ではないですか」

 小声でありながら、いやに強い声音と言葉だった。

 ふと、ルナリスの目が細く鋭いものとなる。

 けれどすぐに鳴りを潜め、また柔らかな笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。貴方も知っての通り、戦えるのは王だけです。当然、残り十一人の王の顔は知っています。世代交代の報せも受けていませんし」

「それは……そうですが……」

「それに彼の髪と瞳。黒など聞いたこともありません」

「ですが、また──」

 なおも懸命に紡ごうとするシルファの声は、心配と不安の色に満ちている。

 呼応するようにルナリスの表情も曇った。どこか辛そうに眉根を寄せ、左手で左目を覆う。それでもルナリスは首を横に振った。

「貴方が言いたいこともわかっています。それでも──……」

 それを最後に二人は黙り込んだ。

 ルナリスの言葉に、苦虫を噛み潰したような顔で重く数回頷くシルファ。表情からは何やら強い感情が滲み出ている。それはルナリスも同様だった。

 

 ふと、目に入ったあるものに興味が行く。

「あれは何?」

 指差した先には一軒の露店。

 流れていた重い空気が壊れ、ルナリスとシルファはゆっくりと顔を上げた。

 ルナリスは一瞬だけ驚いた表情を浮かべる。

「あれはスコルの店ですね。軽食の一種です」

 スコルと呼ばれたそれは、サンドイッチによく似た食べ物だった。焼いたパンのような生地に、肉と野菜をたくさん挟み込んでいる。

「へぇ、美味しそうだな」

 ぐうぅぅっ、とシンリの腹の虫が鳴いた。

 ルナリスがくすりと笑う。

「お食べになりますか?」

「いいの?」

「構いませんよ。では少々お待ちください」

 そう言い残し、シルファが止める前に自ら店に出向いていった。


「いらっしゃ──ルナリス様!」

「お一つ頂けますか?」

「もちろんですよ。すぐお作りします」

 店主の女性は、焼きたてのパンに肉と野菜を挟み、特製のソースを掛け、紙で包んであっという間に一つのスコルを作り上げた。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

 ルナリスはスコルを受け取ると、どこからか硬貨を取り出した。

 店主は両手と顔をぶんぶんと振る。

「いいえ、お代は結構です」

 だが、ルナリスも頑として引かない。

「私もただの一人のお客ですから」

「そ、そうですか……?」


 代金を支払い終え、スコルを持って優美に歩いて戻った。片手に紙袋を持っているにも関わらず、彼女の気品は損なわれていない。

「お待たせしました」

「ありがとう」

 シンリは受け取るなり、中からスコルを取り出し、上下左右隅々まで観察した。

 まだ湯気が立っていて温かいふんわりとしたパンに、挟まれた多くの肉と野菜がべろりと顔を出している。具の厚みが凄い。

 ぐぎゅるるるぅ、とまたも盛大に腹の虫が鳴った。

 どこからかぶりつこうかと、手元のスコルをじっと見つめる。


 不意にシルファがルナリスに珍しく冷めた視線を向けた。

「姉様、どうしてお金を持っているのですか?」

 訝しげな視線に刺され、ルナリスの身体がびくんと跳ねる。

「えっ!? ど、どうしてかしらねぇ?」

「そういえば、城門に来たのも城から来たにしては早かったですよね?」

「そ、そうかしら? 気のせいじゃない?」

「姉様、もしかして度々、黙って城下へ遊びに来ているのでは? そして今日も……」

「そ、そそそ、そんなこと、ないわよ?」

「やっぱり……」

 あからさまな動揺に確信したのか、シルファが大きく肩を落とす。呆れた様子でルナリスをじろりと睨んだ。

 ルナリスは余計に焦り、目を泳がせた。

 委縮しているからか、彼女の姿がやけに小さく見える。そのせいだろう、ルナリスから放たれていた威厳が感じられなくなっていた。


二人のやりとりに、シンリはスコルにかぶりつくのも忘れて見入っていた。

「何か違和感が……」

 しどろもどろなルナリスに、何か引っ掛かる。

「あっ、言葉遣い」

 違和感の正体に気付き、ぽつりと呟く。

 いつの間にか、ルナリスが敬語ではなくなっていた。

「────っ!?」

 ルナリスが息を呑んだ。

「もしかして、そっちが素とか?」

「そ、そんなことないですっ」

 ぶんぶんと首を振っている。だが、赤みを帯びた顔のせいもあって、発した否定の言葉からは説得力がまるで感じられない。

 シルファは頭を押さえ、溜め息を漏らした。ルナリスのことをよく知る彼女の反応もまた、シンリの指摘が正しいことを証明している。

 ルナリスはより一層顔を赤らめた。

「い、行きますよっ」

 華麗に身を翻し、逃げるように歩を早める。


「なるほどね、王様らしくない王様ってところか」

「アレが本当の姉様――ルナリス様だ」

 いつの間にか隣に立っていたシルファは、シンリにのみ聞こえるほどの小さな声でそう言うと、ルナリスを追った。

「本当のルナリス、か」

 後ろ姿を眺めていたシンリもまた二人を追う。

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