つれづれグサッ

つれづれなるままに、日くらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、なにやってんだろおれってなる。
犬物語
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やらかしてしまった科学の『誤り』

公開日時: 2020年10月19日(月) 18:00
文字数:2,588

人類は優れた知性と学習能力に恵まれた生物です。とはいえ全知全能ではありませんから当然失敗も経験するわけです。科学の分野でも日々失敗と改善が絶えず繰り返されていますが、そのなかでも今回は『骨相学』というものに触れてみて、誤りとされた研究を生涯通して行った人物についても書いていこうと思います。

 皆さんは「しっぱいした!」という経験はありますか? まあ自己啓発的な意味で捉えれば「このやり方では成功しないことが解った!」という意味では失敗ではない捉え方もありますが、科学の世界では日々失敗がつきものであります。度重なる実験の末にある現象を発見し、それを論文化して発表した後は専門学者たちによる重箱の隅をつつくぅ、まではいかないかもしれませんが厳しいチェックがあります。他の実験場でも同じ条件で実験をし、再現性があったり確実なる成果を確認できた場合にやっと論文としての評価が生まれるわけです。


 昔は哲学者が「これはこう!」と言えばだいたいの人は信じるような世界でした。だからこそ世界は4つの元素で成り立ってるとか好き勝手なこと言えたわけですけど、現代ではそんなものは通じません。さて、今回取り上げる『骨相学』はどのような変遷をたどっていったのでしょうかねぇ。



骨相学とは?


 19世紀初頭。ドイツの医師だった『フランツ・ジョセフ・ガル』は、パーソナリティー特性や才能は、その人の頭の外観を見るだけでわかると主張しました。解剖学の研究に基づいたこれらの主張は『骨相学(cranioscopy)』と命名されそれなりの知名度を博したようです。意味合いとしては『心の研究』だそうです。脳は必要なものがすべて備わっている事故充足的な『器官の集まり』という主張です。その部位の成長が外側にある頭蓋骨の形成に影響させ変形を促すということでしょう。確かに脳は各分野ごとに担当機能がありますが、頭蓋骨に影響を及ぼすなんて話は聞いたことがありません。しかし脳の機能局在、つまり脳のどこにどのような機能があるか、という研究については彼が先進的なこともあってか、新鋭的な人材である貴重さ故に貴族などは彼の理屈を自らの利益につなげようともしたようです。


 『頭蓋骨の形はその内側の脳の形成の結果であり、頭蓋骨の形に対応した脳の各部位の機能を観察することができる』――これは当時の理論としても甚だ疑問に思われていましたが、大衆から見れば『わかりやすく手っ取り早い』ものです。だって『頭蓋骨の形で我が子の将来的な見込みがわかる』のですから。そしてガルは頭蓋骨の地図を作り始めました。数多くの偉業をなした人物の頭蓋骨の形状を調べ、頭蓋骨の違いを決めるものは何かを考え、同じ理由で犯罪者、精神疾患者などの頭蓋骨も調べ、さらには動物の頭蓋骨までも研究対象にしたのです。結果として人間の頭を27の領域に分断し、19箇所が動物と共通していると主張します。例えば『頭頂部が膨れているのは神を崇める能力がある印だ』などという、まあ現在の人々にとって明らかに間違いだろうとわかるものですが、それでも彼の研究は当時革新的であり、故に最先端だったのです。


 ウィーンでの活動中はあまり受けませんでしたが、パリに移り住んでからは徐々に大衆の心をつかみ受け入れられるようになっていったそうです。最もよく受け入れられたのはイギリス。貴族たちが彼の研究を利用し、植民地支配の劣悪さを正当化するために用いました。アメリカなどでも徐々に知られるようになるのですが、それでも一定の数の反対的意見があったようです。そもそも、当時脳に損傷した人に関する研究は多くあり、ガルが主張した部位を損傷しても、ガルの主張通りの変化をきたすことがなく、それどころか徐々に機能を回復させることもできたのです。まあリハビリですよね。脳は可塑性などがありますし、ある部位に損傷を受けてもそばにある別の部位が代わりに担当してくれたりするので実現することですが、これはガルの理論ではありえない話でした。骨相学は当時の科学でさえ否定されるような理屈だったのです。



フランツ・ジョセフ・ガルという人物が残したもの


 とはいえ、彼が残した功績は骨相学という不明用な過ちだけではありません。彼は精神科学への重要な貢献を重ねたそうで、確かに立派な研究者であったことは間違いありません。この例に言えることは『誰にでもミスはあり得る』ということ。スポーツの分野でもそうです。毎年エラーゼロの名プレイヤーなんていません。野球においては打球をはじくこともあるし、バスケットボールでも4歩あるいてしまうこともあるでしょう。テストで満点を獲得することは難しいですし、凡ミスでテストの点を下げる結果になることもあるでしょう。彼が生涯にわたり研究した骨相学は結果として科学的に否定され過去の産物、誤りとして存在することになってしまいました。しかし、冒頭でも話したとおり、これは『違うということが解った』。つまり前進とも考えられます。彼は生涯を通して骨相学を研究しました。それがあったからこそ数多くの反論があり、では真実はどこにあるのか? という探求にも繋がります。結果として過ちであったことは仕方ありません。しかし彼は骨相学を研究するためにウィーンを飛び出しパリへと向かい自分の信念を貫きました。結果はどうあれ、彼の志は研究者として素晴らしいものがあったと思います。こういう失敗があったからこそ、のちのちの研究者は脳の構造をより慎重に探り、観察する方法を編み出し、現代では脳の構造を知ることはおろか、それを利用し脳波だけでモノを操ろうとする研究さえ登場してきました。現代科学は、彼の例にもれず多くの失敗、誤りのもとに築かれた確固たる土台をもとに確立しているのです。




 失敗することはムダではないのです。それはいずれたどりつく成功への1歩であり、彼の研究は脳科学、神経科学への大きな貢献でもあります。わたしはフランツ・ジョセフ・ガルという人物を決して『汚名を残した』と評価することはできません。


 みなさんはどうでしょう? 失敗を恐れて1歩踏み出せない、なんて状況に覚えがありませんか? たしかに結果として思っていたものとは違う場面に遭遇することは多々あります。しかし、だからといってアタナがたどってきた軌跡は全てムダだったのでしょうか? いいえ、そんなことはありません。っていうか、それを決めるのはアナタ自身ですよ? ここで問題なのはアナタがどう決断するかということで、なんでしたらこのガルさんのようにウィーンからパリへ飛び出してでも自分の信念を貫いちゃっていいじゃないですか。手段はたっぷりあります。あとはアナタの決断次第ですよ?

あなたがこれまでの人生で思い出せる『最高の失敗談』ってありませんか?


え? わたしぃ? ははっ、わたしなんて失敗ばかりの人生さ! ははは! はは――はぁ………あ、いやなんでもないです。

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