禁滅の縄

~闇の仕置き人「禁縛師」の美しき闘い~
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縛合・其ノ弐  童へ賜う子守唄〜後編〜

公開日時: 2022年11月27日(日) 03:49
更新日時: 2022年11月27日(日) 04:43
文字数:2,946

 古びた道場にて正座をしている一人の男。背筋をピンと伸ばし、両足の付け根に手を添えて目を瞑っている縄衣。白ブリーフ白ソックス姿でピクリとも動かなかい彼の様子からは鍛錬された精神の持ち主であることが伺えられる。


 「縛道」と勢いよく筆書きされた歴史を感じる扁額へんがくが見守る静寂の中、時刻は19時となった。側に置いてあるスマホから最近のアイドルの曲が流れると同時に切れ長の鋭い目が突然開く。


「臨・兵・縛・者・皆・陣・列・在・禁!!」


 正座のまま勇ましく九字を切る縄衣。


 「いざ参らん!」


 目覚めた闇のハンター。彼は立ち上がり、正面の壁に一文字に掛けられている破邪の縄と紫マスクを手にとり、その縄で自らを亀甲縛りしてマスクを装着した。


 「神衣かむい装着」


 仁王立ちで深呼吸すると縄衣一族の血が身体中からほとばしる。研ぎ澄まされる感覚…フィットする縄の感覚…うん、今日も調子がいい。


 道場にはアイドルの曲が流れ続けている……。



 ─一方その頃、宇宙てらくんのアパート─


 悪い父親と宇宙くんは貧相な和室で二人一緒に晩飯を食べていた。立膝をつきクチャクチャと汚い音を立てて咀嚼する父親がピクリと何かに反応する。


 「オイィィッ宇宙〜、今ご飯をこぼしたなぁ〜?」


 「ご、ごめんなさい! もうしませんから!」


 必死に許しを請う宇宙くん。わずか米一粒でも見逃さない神経質な父親の機嫌が損なわれた。


 「誰のおかげで飯が食えてると思ってんだ? 食事マナーの悪い駄目な子供にはお仕置きしねえとな〜」


 「ごめんなさい! 許してください!」


 「おい立て、宇宙ぁ〜」


 言われるがままに正座の姿勢から立ち上がる宇宙。少年は今にも泣きそうな顔をしている。これから起こることを理解しているからだ。


 「オラァッ!!」


 吹き飛ぶ宇宙。悪い父親の蹴りが小さな宇宙くんの胴体に炸裂した。男は胴体ばかりをいつも狙うのだ。それは虐待が発覚しないように服で隠れる場所を狙うという卑怯な狡猾さが表れていた。


 「うわぁ〜ん、痛いよぉ〜〜!」


 泣きじゃくる宇宙の胸ぐらを掴み睨みつける悪い父親。


 「馬鹿野郎、そんな大きな声で泣いたら隣の奴に怪しまれるだろうが! 殴って黙らせてやるぜ!」


 悪い父親のボディブローが放たれた。邪悪な拳が可哀想な宇宙くんのみぞおちに入りそうになったその時……。


 窓が割れる音がした。突き破ってきた"回転する何か"が悪い父親の拳を弾く!


 「痛てぇっ!」


 鞭で叩かれたような痛みに思わず拳を押さえる悪い父親。一体何が起きたのか? 辺りを見回すと見慣れない短い縄が落ちていた。


 「縄?」


 「フフフフフ……」


 「誰だっ!?」


 怪しげな何者かの声に反応して振り返ると、そこには紫色のマスクを着け亀甲縛りをした白ブリーフの変質者がいつの間にか室内の窓際に立っていた。


 「なっ、何だぁテメーは!?」


 「わらべへ狼藉を働く不届き者め……」


 「どこの誰か分からねえが、人ん家のことに口出しすんじゃねえよ!」


 「君の悪行、見逃すわけにはいかない」


 「うるせえ! 子供っていうのは親の所有物なんだ! 俺の物にしつけをして何が悪い!!」


 「フフフ……どうやら君は縛られたいようだね」


 得体の知れない男の登場に最初こそ動揺したものの気を取り直しファイティングポーズを取る悪い父親。実はこの悪い父親にはとある経歴があったのだ。


 「このイカれ野郎がナメやがって……。俺はボクシング元ライト級王者だ。不法侵入への正当防衛で半殺しにしてやるぜ……。死ねぇーーーっ!」


 何人もの対戦相手を沈めてきた龍のタトゥーの入った右のフックが縄衣の顔面へ放たれた。元チャンピオンだけあって鋭いパンチである。


 「ば…馬鹿な?」


 確かにそこにいたはずの変質者の姿が消えており、振るった拳には縄で蝶結びされていた。


 「そんな遅いパンチで僕を捕えることはできない」


 背後から奴の声が聞こえた。とっさに振り向くと奴は腕を組んで壁にもたれかかっていた。


 「くそぉーーーっ!」


 自慢のパンチを馬鹿にされ頭に血が登り、左右のラッシュをこれでもかと縄衣に繰り出す悪い父親。しかしまるで残像を相手にしているかの如くその拳は空を切るだけで一発も当たらない。


 「ハァ……ハァ……ハァ……」


 そしてついに息が上がりその場で前かがみの姿勢となり動けなくなる。


 「フフフ……。そろそろ必殺技でキめてあげよう……」


 何だかとても嫌な予感がする……。走馬灯が走った。何もかも暴力で解決してきたその精算が今、圧倒的強者により行われようとしている。


 「まっ…待て、弱い者を痛ぶろうってのか!?」


 「……」


 ギリギリと縄が唸る。


 「弱者の痛みを思い知るがいい!」


 「許してぇーーーーーーっ!!」


 「縄衣家禁縛流奥義、禁縛破きんばくは!」


 「アーーーーーッ!」


 あっという間に亀甲縛りされる悪い父親。悶絶し身体をピクピク痙攣させている。


 「縛合終了、キまった。美しいほどに……」


 美しき闘いは終わった。部屋の隅で体を震わせ怯える宇宙くんに優しく語りかける闇のハンター。


 「さあ、もう大丈夫だよ」


 「あ、あなたは一体誰……?」


 そこにいるのは唯一の友達である縄衣だ。だが、マスクによって顔の下半分が隠れているので正体は一切分からない。


 「フフフ……、それは秘密さ」


 そして謎の男は入ってきた割れた窓から外へと飛びだし闇の中へと消えていった……。


 「か…カッコいい」


 少年は大きくなったらこの謎のヒーローのような強くてカッコよくて立派な男になろうと決心したのであった。



 ─次の日の午後─


 河川敷の土手で独り体育座りをして川を眺める縄衣。彼は宇宙くんとまた会えないかと期待していたのである。


 「おにいちゃーーん!」


 遠くから声が聞こえた。間違いない。これは宇宙くんの声だ。少年は全速力でこちらへ向かって近づいてくる。


 「やあ宇宙くん、今日は何して遊ぼうか?」


 「ゴメンおにいちゃん、ぼくもう行かないといけないんだ。だから今日はお別れの挨拶に来たんだ」


 お別れ? どういうことだろうか?


 「お〜い宇宙〜そろそろ行くよ〜〜〜!」


 聞き慣れない声の方を向くと、そこには人の良さそうな老夫婦が宇宙を呼んでいた。


 「ぼくね、親戚のおじいちゃんおばあちゃんのところで暮らすことになったんだ。おにいちゃん、きのうは遊んでくれてありがとう、おにいちゃんのことは忘れないよ!」


 縄衣は少年が幸せになれて良かったと思う反面、ちょっぴり寂しかった。初めての友達、別れとは早いものだ。


 「フフフ、またいつか会おうね」


 差し伸べた縄衣の手を力強く握る宇宙。その握手には強い友情の気持ちが込められていた。


 遠ざかってゆく宇宙を見つめながら縄衣は少年へ今思いついた歌を贈る。



 アスファルト縄を擦付けながら

 夜中に走り抜ける

 チンケなスリルに身を任せても

 ポリスにおびえていたよ

 It's your rope or my rope or somebody's rope

 誰かのために縛れるのなら

 It's your rope or my rope or somebody's rope

 ムショも怖くはない

 Get briefs and socks

 ひとりでは 解けない縄のパズルを抱いて

 Get briefs and socks

 この街で AVに甘えていたくはない

 Get briefs and socks

 僕だけが 縛れるものがどこかにあるさ

 Get briefs and socks

 ひとりでも 失った愛をとりもどすよ



 ─縛合・其ノ弐 童へ賜う子守唄 完─

 

 



 


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