ここは三十畳は超えるであろう広大な和室。室内は暗く、燭台に立てられた蠟燭が部分的に周囲を照らしており襖には龍虎の絵が描かれている。
その部屋の中央で束帯姿の縄衣一が無表情ながら真剣な眼差しで縄を手にしてただ一人、華麗な能を舞っている。
─縛道と云うは縛る事と見つけたり─
─我、闇の仕置き人となりて目の前の悪を─
─縛る!─
片膝をつき、勇ましい様子で縄を握った腕を前へ付き出す縄衣。
「キまった。美しいほどに……」
今日は日曜日。工場はお休みの日である。昼過ぎとなり友達のいない縄衣は特にやることがないので、天気も良いことだしせっかくだから河川敷を散歩することにした。
パジャマを脱ぐと、だらしないぽっこりお腹が姿を現す。チェック柄のシャツ、紺色のジーンズへ着替えるとマンションの部屋を出た。
河川敷へ着き特に行く宛もなくポケットに手を突っ込み猫背で歩き続けたが、そのうち歩くのが面倒になり独り土手に体育座りで座り込み、川をボーッと眺め始めた。
川の流れとは美しいものだ。まるで仕事の疲れを洗い流してくれるように思える。縄衣はしんみりとその景色に浸るのであった。
そんな彼の近くを幸せそうな家族やカップルたちがニコニコ会話しながら通り過ぎてゆく。
何だろう? すごくつまらない。能面のような無表情の額に血管が浮き上がった。今日はもう家に帰って巨乳もののAVでも見よう。そう思って立ち上がろうとした時……。
「おにいちゃん、一人なの?」
「!?」
一人の細身で小柄な少年が縄衣に話しかけてきた。その少年は小学校低学年ほどの年齢に思える。
「それは僕に聞きているのかい?」
「うん」
「……何か僕に用でもあるのかな?」
縄衣は不思議でならなかった。全く見覚えのない子供が一体なぜ話しかけてきたのだろうか?
「ぼくね、友だちがいないから一人で退屈してるんだ。おにいちゃん、いっしょに遊んでくれないかな?」
少年からの意外な誘いに驚く縄衣。
友達……思えばそんなものはいなかった。厳しい父から受ける過酷な修行を幼少期から続け、友達と遊ぶ時間などなかったのだ。そもそも本人のその怪しい雰囲気や家系により近寄りたがる者はいなかったのだが。
実家が裕福なこともあり、厳格な父とは対照的に優しい母親からはでんでん太鼓や蹴鞠の玉などのおもちゃをたくさん買ってもらえたが、それらのものは縄衣の虚の心を満たせるものではなかった。
「フフフ、いいだろう……」
「わーい、やったーーー!」
跳び上がる少年からは無邪気な喜びが見て取れる。
「ぼくの名前はてら。宇宙と書いて、てらって呼ぶんだ。よろしくね!」
「僕ははじめ、漢字の一ではじめさ……」
二人は自己紹介も兼ねてその場で自身の現状について語り合う。もっとも縄衣の方は闇の仕置き人であることを隠さなければならないので、一人暮らしをしつつ梱包工場で働いている程度の内容に留めていた。
「次はぼくの番だね。実はぼく、学校には行ってないんだ」
「どうして?」
「ぼくね、お父さんとお母さんが離婚しちゃってからお父さんと二人でアパートで暮らしてるんだけど、学校へ行こうとするとお父さんに殴られちゃうんだ」
(うっ!?)
縄衣から持ち前の邪悪な波動を嗅ぎつける能力が発動し、ビンビンと反応する。
「宇宙くん、ちょっとシャツをめくってくれるかな?」
「う、うん」
少年が上半身を露出させると、縄衣の予想通りそこには隠されていた無数のアザが確認できた。
(やはりそうか、学校へ行くと虐待が見つかるから止められているんだ。こんな幼い子供に何て酷いことを……)
闇の仕置き人として、いや一人の大人として断じて許すわけにはいかない! 縄衣に流れる禁縛師一族の正義の血が煮えたぎる。
「ねえおにいちゃん、何して遊ぶの?」
「そ、そうだね……」
とりあえずお仕置きは夜に行うとして、今は少年を楽しませるためにどうしようか縄衣は迷う。自分の部屋に連れていくのは非常にマズい。なぜならそこには大量のAV(主に巨乳モノ)があるからだ。とても隠しきれるものではない。
「そうだ、面白いものを見せてあげよう!」
縄衣はグッドアイデアを閃くとその辺に落ちている小石を拾い、それに縄を巻きつけて思いっきり引っ張った。
「す、すごい!!」
小石は凄まじい音を立てて独楽のように高速で回転し、それはいつまでも回り続ける。いつまでも。
「フフフ……縄衣家禁縛流奥…いや、何でもない」
子供心をがっしり掴む縄衣。行き場のない二人が出会い、そこには絆が生まれようとしていた。それは本当の兄弟のようにも思えるのであった。
そんな時。
「オイィィッ! こんな所にいたのか! まったく世話を焼かせやがってぇぇ!」
腕にタトゥーを入れた見るからに輩な金髪の男がこちらに向かって怒鳴り込んだ。宇宙の笑顔が一瞬にして不安なものへと変わる。
「お父さんごめんなさい! 勝手に家を出てごめんなさい!」
「おい宇宙〜、あとでたっぷりお仕置きしてやるからな〜。帰るぞ!!」
宇宙の腕を強引に掴み、引っ張るように連れて行く父親を縄衣はただ黙って見つめていた。
(フフフ……夜が楽しみだよ)
小石はまだ回り続けている。
ここで風切り音と縄のカットインが入ってCMへ。後半へ続く。
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