キーンコーンカーンコーン
昼の休憩時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。ここは某所にある総従業員30名ほどの中小企業の梱包工場である。
この古びた工場ではベルトコンベアで流れてくる段ボール箱をビニールバンドで縛るという手作業をひたすら行う。8時間の勤務ずっとそれを行う。何のためにそんなことをするのか? それは誰にも分からない。
「おい縄衣~、メシに入るぞ!」
「あっ、はいっ!」
禁縛師の末裔で本編の主人公である縄衣一は高校卒業後、つい1ヶ月ほど前にこの工場に就職したばかりだ。まだまだベテランの先輩たちに比べて動きがおぼつかない。
彼はアクション系の主人公ながら怪しい陰の雰囲気を漂わせている。
178cmの身長に対し78kgの体重(自称)と肥満までとはいかないが、色白のぽっちゃりとした体型でありポッコリとだらしなく腹が出ている。極めて太い眉毛、切れ長の三白眼、能面のような顔立ち、真ん中に分けて跳ねた髪型、声変わりしきっていない中性的な声など実に特徴的である。
彼を見た10人中9人はあえて口にはしないだろうが"きっと奴は童貞でイチモツはポークビッツのように小さいだろう"と推測するに違いない。
だらだらした様子で休憩所に皆が集まるとテレビのスイッチが入りニュースが映し出された。
「続いてのニュースです。本日午前7時頃、人材派遣業会長兼国会議員である金満阿久夫氏が自宅にて何者かによって縄で縛られているのが妻によって発見されました。金品には手はつけられておらず、縄の食い込み具合により犯行は深夜に行われたと推測され……」
ニュースの音声に先輩の一人が反応する。
「おっ、こいつは金に汚いと評判の悪い悪~い政治家さまじゃねえか。ざまあねえぜ! どうやらやったのは正義のヒーローのようだな。世の中まだまだ捨てたもんじゃねえな」
今度は年配の別の先輩が縄衣の肩に腕を回して絡み始めた。
「まったくどこの誰だか分かんねえけど大した野郎だぜ、同じ縛り屋として誇りに思うわ。なあ縄衣、お前も早くこいつみたいに一人前の縛り屋になれよなぁ?」
「は、はあ……(うっ、この人酒臭い!)」
─そして時は進み深夜零時─
静かな闇に包まれた山林の中に二階建ての立派な別荘がある。窓からは灯りが消えており、建物の中の者はすでに眠りについていると見て取れる。そしてその入口の前には黒いスーツ姿の見張りが2人立っていた。
「あー眠いぜ。俺たち何でこんな無駄なことしてんのかな?」
「何だって最近、縛り魔が現れるようになったらしいじゃねえか。だから俺たちのボスである徳梨さまが用心しているんだとよ」
「まったく、悪いことしてる国会議員さまってのは用心深いもんだぜ。こんな深夜の山奥になんて誰も来ねーっつーの」
その時、草をかき分ける音が近くで鳴った。
「誰だ!」
すかさず見張りが音の方向へ懐中電灯を向けて身構えると、草の陰から鳴き声とともに一匹の猫が飛び出した。
「ニャーオ」
「チッ! まったく、驚かせやがって。誰も来るわけねえよな田中? ってあれ?」
どういうわけか猫に気を取られている僅かな時間の隙に相棒の田中は忽然と姿を消しており、地面にはスイッチが入りっぱなしの懐中電灯だけが落ちていた。
「おーい、田中〜どこ行った?」
わけも分からず左右を見回して相棒を探す鈴木。ふと耳をすませば何かがギィギィと擦れるような音が聞こえる。
おそるおそる音の方向である上方へとゆっくり懐中電灯を向けると、何とそこには縄によって木の枝に逆さに吊るされた哀れな田中の姿があった!
彼は目と口を開けたままの悶絶した顔で亀甲縛りされており、足首に巻かれた縄の先が木の枝に巻き付けられている。それが左右にプラプラと揺れて音を立てていたのであった。
「あっ…あっ…あっ…」
得体の知れない恐怖により満足に言葉を発せず腰を抜かす鈴木。後ろへ尻餅をつくと背中が"何か"にぶつかった。
「ハッ!?」
体を震わせながらゆっくり振り向くとそこには何者かの黒いシルエットが闇に紛れて立っていた。鈴木は怯えた表情で懐中電灯を"それ"に向けると、そのおぞましい存在の正体が光によって写し出される。
変態……自らを亀甲縛りした、白いブリーフを履いた色白のぽっちゃり体型の男であり、無表情な能面のような顔の口元には忍者のように紫色のマスクが装着されている。そして手には縄が握られていた。
「禁」
その極めて怪しい男が気の抜けたような甲高い声で言葉を発すると、鈴木は叫ぶ間もなく一瞬で縛られてしまった。
「ふうっ、あとは中で寝ている徳梨を縛って終わり。仕事は今日も朝から早いからね」
そう、独り言を呟くこの男こそがあの中小梱包工場で働いている縄衣一その人なのである。日中の梱包作業員は世を忍ぶ仮の姿に過ぎず、夜の姿である闇の仕置き人こそが真の縄衣一なのだ!
静かなるハンターは獲物を仕留めるべく玄関のドアを開けると足音も立てずに内部へと侵入した。彼は靴など履かず白いソックスだけを履く。これは足音を立てないための合理的な理由に基づいているのだ。
今回のターゲットである徳梨津巳夫議員は先日お仕置きした金満阿久夫議員と深い交流のある老人であり、裏で不正な中抜きを行っているけしからん男だ。縄衣の手に握られた正義の縄がギリギリと唸る。
建物内部は真っ暗ではあるが、それは縄衣にとって問題ない。いや、むしろ都合が良い。先祖代々伝わってきた修行によって彼は暗闇でも全てが視える。漆黒の闇こそが禁縛師の得意とするフィールドなのだ。
広大な吹抜けのホールが広がり、中央には大きな階段、そして二階を囲むように回廊が続いている。見たところでは誰もいないようだ。きっとターゲットはどこかの部屋で眠っているのだろう。一階、二階、前、左右にたくさんのドアを確認できる。
数歩進んで「今日は帰ったら何を食べようかな?」と思ったその時、急に辺り一面が眩しくなった。思わず手で目を遮る縄衣。
「うっ!?」
「のこのこ罠に掛かったかこの愚か者め!」
室内の証明は灯され、一斉に多数のドアが開いた。そこから黒スーツの男たち、そして二階正面からはターゲットである徳梨が姿を現す。その数、総勢20人!
護衛の男たちの手にはマシンガンが握られており、それは全て縄衣に向けられている。強力な武器に囲まれた絶体絶命な状況だ。徳梨が勝ち誇ったように口を開く。
「きさまの動きは監視カメラで丸見えだわ。 ワシに牙を向いたその愚かさを思い知るがいい!」
しかしこんな危機的な場面であるにもかかわらず縄衣は冷静そのものだった。
「↑フ→フ→フ…そんなおもちゃは僕には通じないよ」
縄衣の強がりと思える発言に徳梨は怒りを顕にする。
「ぐぬぬ、減らず口を叩きおってぇ〜……撃てーーーーっ!!」
男たちのマシンガンが一斉に火を吹いた! 左右、正面ととてもかわしきれるものではない。どうする縄衣!?
「縄衣家禁縛流奥義、鎧縄鏡転法!」
とてつもない速さで縄跳びをする縄衣。その縄のバリアは放たれた銃弾を弾き返し、男たちのいる正反対の場所へと戻っていった。
「ばっ!」「びっ!」「ぶっ!」「べっ!」「ぼーーっ!」
銃弾を受け倒れ込む護衛たち。一転攻勢もはや残されたのは徳梨のみである。禁縛師の恐るべき力が開放された瞬間であった。
「キまった、美しいほどに……」
「あっ…あっ…あっ……誰か助けてぇーーーっ!!」
腰をぬかして尻餅をつく獲物に迫る闇の仕置き人。ホール中央の巨大シャンデリアに縄を投げて絡ませると振り子の要領で一気に奴の目の前へと降り立った。
「フフフフフ……」
縄衣は徳梨へ向かいジワジワとにじり寄る。
「わ、わしが悪かった……、そ、そうだ! 金をやろう! いくら欲しいんじゃ!? 百万はどうじゃ!?」
「……」
「分かった! では一千万やろうではないか!」
無表情な縄衣に握られた縄がギリギリと唸る。
「禁!」
「アアアアァァーーーーーーーッ!!」
禁縛師の訪れし夜、また一つの悪に縄の裁きが下された。最強の戦闘術"禁縛"から逃れられる者など存在しない。その血が引き継がれる限り正義の灯火が消えることはないのだ。
「縛合終了」
縄衣は闇の中へと姿を消した。
─そして梱包工場の昼─
キーンコーンカーンコーン
「おい縄衣〜、メシに入るぞ!」
「あっ、はいっ!」
いつものように休憩所に皆が集まりテレビにニュースが写し出された。
「続いてのニュースです。本日午前7時頃、オリンピック委員会会長兼国会議員である徳梨津巳夫氏が別荘にて何者かによって縛られているのが使用人によって発見されました。警察は先日の事件と同一犯による連続緊縛事件として……」
「おっ、また悪い奴がお仕置きされたみてえだぜ」
「ピイィーーーッ!!(口笛)」
「いいぞいいぞ〜、もっとやれーーーーっ!」
年配の先輩が縄衣の肩に腕を回して酒臭い息を吐きかけながら説教を行う。
「おい縄衣〜、今日は3回もミスったじゃねえか。早くこいつみてえに立派な縛り屋になれよなぁ?」
「は、はぁ……すいません(あんただってやらかしたじゃないか!)」
「おいおい源さん、あんまり縄衣をせかすもんじゃねえぜ、まだまだ半人前なんだからよ」
一同「ハハハハハ!!」
─縛合・其ノ壱 美しき捕縛者 完─
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