君の瞳は蝋色だった。

―—殺し屋じゃダメですか―—
蒼月凛
蒼月凛

第一話 「昨夜の失敗」

公開日時: 2022年5月27日(金) 18:25
更新日時: 2022年6月12日(日) 17:14
文字数:5,548

I wonder if the person standing in front of me already knows all my inner thoughts.

But on the other hand, I know all your inner thoughts.

Iori's Memoirs 2046/05/08




昨夜の失敗。

 

 それは俺を寝させなかった。

 

 

 

「よいしょ」

 

 バッグを肩にかけ、玄関のドアに手をかける。

 

 

 

「いってらっしゃーい」

 

 二階から聞こえる、妹の声。どうやってドアを開けるこの小さな音を判別したのだろうか。

 

「いってきます」

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。声を若干張り上げ、二階にいる妹に聞こえるよう言った。

 

 

 

 ドアを開く。

 

 閑静な住宅街に、差し込む陽光。

 

 自宅の周りを囲むフェンスの上では、スズメとカラスが戦闘を繰り広げる。勝者は当然カラスだが、スズメたちはそのフェンスを離れ、何と自分の頭の上に。

 

「ったく」

 

 お構いなく歩き出そうとすると――。

 

「ちょ、痛い痛い痛い!」

 

 急に突いてくる。全く、動物の思考は読み取れない。

 

 人間も、含め。

 

 スズメは三分ほど俺の頭の上に滞在した後、どこかへ飛んで行った。巣まで送ってほしかったのだろうか。

 

 

 

 まぁいい。

 

 

 

 均等感覚に並べられた電柱が刺さる、道路を歩む。真っすぐに伸びる二車線道路は、そのまま目の前に広がる丘に向かって伸びる。

 

「お、ようイオリ!」

 

「ん? うわっ!」

 

 目の前に一瞬だけ、金髪の背の高い男が映りこむ。しかし刹那、俺の肩に超重量の負荷がかかり、思わず左足が後ろに出て歩行を妨げる。

 

「ったく、肋骨折るぞこの野郎」

 

 危うく右手がいつの間にか後ろに回った男の腹部に飛びかけるが、ギリギリで止め、その代わり奴の右脇腹を掴む。

 

「いぃぃたたたたたたたた!!!!!!」

 

 ふっ、と超重量が退き、肩が若干楽になる。乗っかかってきたやつはアスファルトにぶっ倒れているが。

 

「そ、そこまでやるか⁉ 普通『引っ付くなよーあはは』じゃね⁉」

 

「お前、次乗っかってきたら鼻骨折ってやるからな」

 

 風岡風斗(かざおか ふうと)。俺の同級生で、かつ、

 

 

 

 〈同業者〉、だ。

 

 

 

 ばっ、と伸びた髪、制服からはみ出て見える体操着、そのほかもろもろ身に着けているものは、そう、「スポーツ出来そうな奴」のそれである。制服の裾が短く切られている様も、時代遅れの番長を彷彿とさせる。

 

顔も比較的整っていて、特徴的なのは瞳の色だ。真っ黄色に輝くその双眸は、無邪気な様を感じさせながら、どこか強い芯を持っているような感じも出す。

 

 

 

 見かけはやんちゃな高校生に見えるが、こいつは今ズボンにナイフを二丁、胸ポケットに毒針を三十本、ついでに解毒薬の粉末、リュックの中には愛銃を所持している。

 

 殺しの基本セットがきっかり装備されている。

 

 

 

「......いい装備だ」

 

そう言うと、おっ、と驚いてみせたフウトは、

 

「お前を殺すためのだ」

 

と、どこか嬉しそうに言う。

 

「冗談だろ?」

 

「半分ガチだ」

 

「ほぉ」

 

 

 

「「ふッ」」

 

 睨み合ってまた隣に並び、学校に向かって歩き出す。

 

 

 

親友、そう周りには語っているが、奴がいつ歯をむき出してくるか分からない。同じ組織所属とは言え、同業者殺しなんて頻繁に起こるものだ。

 

 互いに警戒しながら、今日も「親友」をかたどる。

 

 

 

「なぁ」

 

「どうした」

 

「〈あれ〉がバレた」

 

「……お前も落ちたもんだなぁ。どうした、助けてほしいのか?ならお前の心臓を差し出せ」

 

 隣の男はそりゃまた随分えぐいことを言ってくれる。やっぱり、こいつは俺を殺したいみたいだ。まぁ俺を潰せば自分が成り上がれるからな。よっぽどのことが無い限り、お前を返り討ちにしてやるが。

 

 それより、

 

 

 

昨日の夜は眠れない。

 

 

 

 例え一日に百人爆殺したとしても、その夜は寝れる。ぐっすり。

 

 死者の怨念など所詮は意識。これまで五百人を殺めてきたが、まだ、俺は生きている。そして寝て、何事も無かったかのようにその次の日を過ごせる。

 

 なのに、

 

 なのに。

 

 昨日の夜は眠れなかった。

 

 

 

「はぁ……」

 

「ため息つくなんて珍しいじゃねぇか。そんなまずい輩にバレたのか?」

 

「ああ、この世で最も、バレたくなかった人物にな」

 

 はぁ……。

 

 そろそろ「天罰」たるものを、受けねばいけない時なのか……。

 

 

 

〈私立フラナリー学園・高等学部棟二階・A組の教室〉

 

 

 

「よっと」

 

「なぁ、少し気になった。今さっきの話、詳細に聞かせろ」

 

「……誰にってことか?」

 

「あぁ」

 

 教室の机にバックを置いた突然、隣に席が位置するフウトからその話を浴びせられるわけなので、俺はつい場所を選べと奴の足の甲を砕こうとしたが、流石にもう人が集まってきている。そんな手荒な真似は出来ない。

 

「......凛花だ」

 

「......それはまずいな」

 

 一秒の空白を開けて、フウトは顔をしかめた。

 

「なるほどだから、今日は共々来なかったわけか」

 

「......気づかねぇからそのままいたが、お前毎日共に通ってるもう一人くらい忘れんな」

 

 フウト、俺、リンカ。いつもこの三人で幼稚園、小学校、中学校、高校と来た。

 

 だから必然的に、通学路も重なる。俺の家の隣はリンカ、そして二個飛ばした先にもフウトがいるのだから。

 

 今日は敢えて、リンカの家に呼びに行かなかった。というか行けなかった。

 

 いつも一緒に通学路を進み、途中で合流するフウトは俺がリンカといないことに気づくべきなのだが、気づかないということは、なるほど確かにこいつも友情たるもの、捨ててしまったようだ。

 

 

 

 ただまぁ、俺がリンカにバレてしまったことに「まずい」の感想の一つも吐けるのならば、少しの〈心〉は持っていると見ていいだろう。

 

「で、もうそろチャイムなるけど、来ないじゃん」

 

 フウトが言う。確かに、現在時計は八時二十八分を指し、あと二分でホームルームが始まる。今家を出てるのなら遅刻確定、校門をくぐったくらいならギリギリ間に合う程度だ。

 

 俺の横はフウト、前がリンカ。前方に空席が目立ちながら、俺とフウト除く他生徒がゆっくり着席していく。

 

 

 

「今日の欠席は、一名。凛花さんです」

 

 日直が読み上げてやっと、あいつが来なかったことに気づいた。時が流れるのは早く、もうお昼休みだ。

 

 

 

〈私立フラナリー学園・中等学部棟屋上〉

 

 

 

「そりゃそうだろ、人が人を殺めるところなんて、実際に見たらトイレにこもること確定」

 

「そうか?」

 

「俺も初めて殺しをやった時な、もう次の日は一日中吐き続けてたわ」

 

「へぇ」

 

 四階建ての校舎の一番上、屋上は昼休みの穴場スポットだ。俺たち以外にいない理由としては、ここはずっとカギがかけられてて入れないこと。勿論、隣の棟のトイレから飛び乗れば余裕で入れるのだが、この事実は俺とフウト、そして......あいつしか知らない。

 

「......申し訳ないな」

 

「なんでだ?」

 

「.......なんでだろうな」

 

「お前、殺し屋だろ。情は要らない。ばあさんがいつも言うだろ。『殺し屋には心は要りません。持てばそれまで。殺されます。例え殺されなくとも、私が』ってな」

 

 俺とフウトが所属している組織のトップの発言を引き合いに出して、フウトが言う。

 

 確かにそうだ。俺は殺し屋。人の人生を踏みにじってはぐしゃぐしゃにする。そんな奴に心なんて持つ権利は無い。

 

 

 

 でもなぜか、なぜかリンカに、申し訳ない気持ちが沸く。

 

「なら謝ってこいよ。お前の初恋なんだろ」

 

 そう、フウトが言う。

 

「実は......銃を捨てたんだ。証拠になるだろうな」

 

「なっ」

 

 フウトが驚く。すぐにいつもの素性の測れない凍った目つきになるのだが。

 

「どう思ってるかな、あいつ」

 

「警察はどうすんだお前」

 

「俺にとって、あいつらなんか蟻以下だ。今学校を四方八方囲まれても、俺は逃げ切れる自信がある」

 

「ほう。でお前を止めれるのは俺だけか」

 

「無理だやめとけ。延々と殺し合いが続くだけだ」

 

「そうだな互角だもんな」

 

「いいや俺の方が上だ」

 

 いつの間にか昼食を食べ終え、一枚の写真を眺めながら、俺はしょうもない会話をフウトと重ねていた。この下は特別教室なので、「殺し屋だ」なんて叫んでもよっぽどのことが無い限りバレない。

 

 まぁ別にバレてもここを爆破するだけだが。

 

 ......リンカがいないからな。

 

 

 

 夏の空はとても眩しい。ここら一帯は〈ハーモニア〉だか言うよくわからん組織が空を浄化して青空を映しているらしいが、とても人工とは思えない美しさだ。

 

 

 

 その中で光り輝く太陽は、俺たちを照らす。中庭には神秘的な陽光の差し目が光り、一本の桜の木が立つ。昼休みは水を撒くため立ち入り禁止だ、だから周りの人が映らず、その木だけが、屋上から下を見る俺の視界を綺麗に彩った。

 

 

 

 ふと、そこに一人の人影が映る。

 

「......あれ、今ってスプリンクラータイムだから中庭入れないよな」

 

「おう、入れねぇぞ。立ち入り人か? 生徒だったらとっ捕まえて生徒会室に連れ込んでやる」

 

 フェンスにもう一人分の重さが乗っかり、隣にフウトが現れる。

 

「あれ、掃除のおばさんか?」

 

「違うな、身長が違う。お前、遠くも見れなくなったのか。防犯カメラに気づかなかったのはそのせいだぞ。お前との共同任務えらいことだったからなおい」

 

「はいはいすみませんねぇ~。まぁ、バレてお前を盾に銃弾撃ち込まれてくれればいいなぁ」

 

「ったく、お前さぁ」

 

 互いにせめぎ合いながら、四階層下の中庭に視線をフォーカスする。

 

「うんん......あれは......」

 

 

 

 茂る葉を避け、ゆっくりと歩く影を捉える。

 

 身長は159cmほど、長くて風に吹かれればゆらゆらと揺れる繊細でとても綺麗な青髪。制服は着ておらず、私服のままだ。

 

 髪の長さと身長、遠くからでも感じる雰囲気から女性だろう。歩き方も、いつも見ているような既視感がある。まるで幼稚園の頃、小さな頃から......。

 

 

 

 あれ、もしかしてそいつは、

 

 

 

 ――リンカだった。

 

 

 

「おおい! あれリンカだぞ!それに......!」

 

 俺と同じくして気づいたフウトは、隣で素っ頓狂な声を上げている。

 

「なっ⁉」

 

 俺は先に、清掃中の中庭を歩く人物をリンカだと当てたが、フウトは先に、

 

 

 

 リンカが持っている、拳銃をフォーカスしていた。

 

 それは俺が殺し屋稼業を始めてからずっと使用している、年季の入った愛用の、銃。そしてそれは、昨日の夜、殺しを見られてしまい捨ててしまった、俺の銃。

 

 

 

「発煙筒!」

 

「了解!」

 

 フウトが制服の内ポケットから、携帯型の発煙筒を取り出し、中庭めがけて投げた。

 

 中庭の周りはガラス一枚挟んで西はカフェテラス、東は図書館だ。今の時間帯、人が密集しているに違いない。リンカが持っているのは拳銃。サイズもあってよく見える。もし影からリンカが姿を現せば、例え拳銃を使わずとも、一階層にいる生徒は大パニックだ。

 

 なぜリンカが拳銃を持って学校に来たのかは分からない。しかし、あまり大事になってしまっては......!

 

 

 

 ぶしゅっ、という音が屋上にいる俺に聞こえるほど鳴り響き、あっという間に吹き抜けが煙で満たされる。

 

 

 

「すまん! 手伝ってくれ!」

 

「しゃあねぇ。今回ばかりは殺さねぇよ」

 

 俺とフウトはフェンスを乗り上げ、壁に足を付けた。組織の〈おばさん〉に鍛えられた身体能力は、壁を走る程度の易々としたものでは無い。

 

「「よっと!」」

 

 壁を蹴って、宙に舞う。

 

 上履きがきぃぃ、と悲鳴を上げながら、煙が埋め尽くす吹き抜けを滑り、あっという間に一階に到着する。

 

 そして直ぐ、

 

 

 

 ぐしゃ、と中庭の土を踏み潰す音を立てながら、俺は急加速してリンカが立っていた地点へと動く。フウトも一秒と遅れず隣に並び、広い中庭を駆け抜ける。

 

「ったく、大騒ぎ起こしやがって! なにやってんだあいつは!」

 

 俺も全くもって分からない。なぜ、俺の捨てた拳銃を持って学校を訪れる。

 

 ピンク色の煙をかき分けながら、俺は走った。そして数秒後、

 

 目の前に、青い髪で黒いジャージを身に纏った、リンカの姿が映る。

 

 拳銃を片手にぶら下げて、あたふたしている。

 

「っと!」

 

 俺は左足の力を抜き、わざと重心をずらす。すると俺の体は斜め四十五度まで傾き、転びそうになる寸前までそれる。

 

 しかし、その勢いを生かして、今度は右足を強く蹴った。すると綺麗な弧を描いて俺はリンカの横へ滑り込む。

 

 そして右手に拳銃をぶら下げたリンカの右腕を掴み、握っていなかった拳銃を軽く拝借する。ハンカチを銃口に被せ、地面に向けて残弾を発射し終わると、その拳銃を制服のポケットに少しだけ入れ込む。

 

「何やってんだ......っと!」

 

 続いてフウトがリンカの四肢に正確にハンドカフを取り付けると、地面に倒し無抵抗状態を作り上げた。

 

 

 

 この間、およそ六秒。

 

 発煙筒の煙が消えるまで残り三十秒ほどだ。

 

「うわっああ」

 

 四肢を手錠でロックされたリンカは、もがく。

 

「何やってんだ」

 

 指で「生徒たちを対処しろ」とフウトに送ると、「後でコーラ奢れよ」と返しながら、金髪の番長は一瞬でその姿を消した。

 

「もう一度聞く。何やってんだ」

 

 真水色の瞳をした彼女は、両手首に嵌められた手錠をがしゃりと地面に置くと、話し始めた。

 

「だから......これを返しに行こうと思って」

 

 俺のポケットからはみ出る拳銃を人差し指でつつく。

 

「なんで返すんだ。警察に出したんじゃないのか」

 

「ううん、出してない。お母さんにも言ってない。昨日見たことは。昨日イオリ君がしたことは」

 

「......」

 

「だって、言ったら捕まるんでしょ、イオリ君」

 

「何言ってんだ。捕まるわけないだろ。十六で殺しをしてる奴が、そう易々と捕まると思うか? お前を......お前を殺そうとしてた殺人鬼が」

 

「殺人鬼......」

 

 目の前の少女が何を考えているのか、よくわからなかった。

 

「ねぇ」

 

 そしてその少女は口を開いた。

 

「私を、弟子にしてください!」

 

 ......。

 

「......は?」

 

 俺は唖然としたまま、発煙筒の煙が消えるギリギリまでぽかーんとしてしまっていた。

 


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