君の瞳は蝋色だった。

―—殺し屋じゃダメですか―—
蒼月凛
蒼月凛

第一章 「始まり、そのはず」

プロローグ 「最悪」

公開日時: 2022年5月27日(金) 17:25
更新日時: 2022年6月12日(日) 17:07
文字数:2,368

Huh, I wonder how they found out.

I wonder if this is what they call a decline in power.


Iori's Memoirs 2046/05/07


なんとなく。

そう、なんとなくだ。

 

 

 

俺が殺し屋を始めた理由は、なんとなく、だ。

 

両親は幼いころにこの世を去ってしまい、俺は名前すら憶えていないどこかの家庭に引き取られた。

 

そこでの教育は一般的に捉えるとまぁ、少し、「歪んだ」ものだった。

例えば、返り血を痕跡なく洗い流す方法。普通じゃこんなこと学ばないよな。


他に刃物の扱い方、実弾銃の扱い方、AIM練習、一番きつかったのは深い傷が出来た足の応急手当の方法。もう少し深く入れば切断不可避だった。やばくない?


まぁ、とりあえず常識では考えられないものを、物心つく前から教え込まれたってわけ。


そして、俺が十二歳に行きそうな時だっただろうか。初めての殺しを行った。

 

 ターゲットは大手証券会社の幹部。なぜ殺すのかよくわからなかったが、言われるがまま拳銃を手に、奴を尾行した。

 

「ばん」

 

 簡単だった。そして、

 

 ――楽しかった。

 

 

 

飛んでくる血液は、どうもおいしくてたまらない。人によって味が変わるのも特徴だ。豚野郎の血は吐きそうなほどまずいが。


一人、二人、三人、飛んで五人目のそこのあなた。

多数のターゲットでもお安い御用。警察に通報しようと画面を叩く暇があるならせいぜい抵抗しな。俺なら「110」の三桁をスマホで打つ前に五人は殺せるね。


時間が経った。


そして少し意見が合わなかった偽のお母さんを殺した。

俺の愛銃のラバーを破いたからだ。

少し、重い何かが心にのしかかった。その時は。

でも、一晩寝ればすぐ忘れた。



「ばん」

「ばん」

「ばん」

なんて可愛らしくて重厚な音だろう。

この一音、この美しい一音が深夜の路地に鳴り響く。すると、目の前の〈対象〉は赤い液体を汚くまき散らしながら倒れるのだ。


「ふん...ちょろい」

俺は発砲後の煙がたつ銃口をぺろっ、と舐めると、それを腰のホルスターに入れ、鮮血を洗い流した後、そこを立ち去った。

通りすがるパトカーを運転する警察官の焦り様と来たら、更にたまらなく面白い。


この〈日常〉が四年続いた。

続いた時だった――。

 

 

 

〈2046年6月9日〉

 

しまった。

 

やらかした。

 

 

 

「一織…君……?」

 

「チッ」

 

殺しの現場が見られたのは、四年間の殺し屋稼業の中で、今日が初めてだ。

 

時刻は二十二時を回り、あたりは街灯無では歩くことすら恐怖を覚える暗さだ。路地裏でカラフルに輝く自販機の明かりと、電柱に釣り下がる蜘蛛の巣だらけの蛍光灯の下、俺は殺しの現場を見られてしまった。

 

 

 

――カチャリ。

 

一度ホルスターにしまったピストルを、再度引き抜いて銃口を目撃者の眉間に一ミリの誤差も無く向ける。その時、金属と金属が優しく擦り合わさり、音階としては高いものの十分恐怖を感じさせる音が深夜の路地裏に響き渡った。

 

 

 

俺は殺し屋。

 

 

 

履いたブーツはあらゆる匂いが付着しないよう特殊加工がされている。一足十万円は下らないその代物に、流れてきた相手の血がどろっと付着した。水溜まりの上、俺はピストルを片手で構えて静止する。

 

 

 

なぜバレた、そんなことはどうでもいい。

 

 

 

殺しを見られたのなら殺すまで。

 

 

 

「私を……殺すの……?」

 

彼女は、長い髪の毛を微細に震えさせていた。そして細く華奢な体も。でも不思議と、銃を突きつけられても動かなかった。そして涙も流さなかった。ただ、驚いているような表情を作っていた。

 

「あぁ殺すさ」

 

そりゃ当然だ。自らの命が惜しいからな。

 

万が一俺の情報をリークされた場合、俺は安心して過ごすことが出来ないから。同業者殺しなんてよくあるもの。七年間も名を馳せてきた以上、俺を狙う者は少なからずいるだろう。また警察なんかにも目を付けられては厄介だ。

 

一番手っ取り早くて確実なのは、俺を見なかったことにすること、そして俺と出会わなかったことにすること。

 

「……」

 

彼女は黙っていた。そして顔をこちらに向けたまま。じっと静止して、銃口を見つめた。俺の隣に倒れる死体になんか目も暮れずに。

 

 

 

――死ね。

 

 

 

心の中でそう唱えた。俺の中では、これが殺害のトリガーとなる言葉だ。これを唱えれば、俺の右人差し指は細い引き金を引っ張り、中から50口径の銃弾が脳天を貫通する。

 

 

 

――死んでくれ……凛花……。

 

 

 

そう相手の名前を唱えた。凛花。俺の同級生だ。

 

小中と同じで、またクラスを離れたことが一回しかない。そして生憎、家も隣。そして幼稚園も同じだ。俗に言う、幼馴染ってやつなんだろう。だから周りの友達からは焼酎コンビと呼ばれていたりする。

 

まぁ、今日でその焼酎コンビは解散するのだがな。

 

 

 

人殺しにとって、人間関係とはスーパーのレシートと同じくらい要らないものだ。持つと逆に自らを命の危機に立たすことになる。

 

 

 

だから要らないんだよ。

 

じゃあな。

 

 

 

――ガチャリ。

 

 

 

今度はスライドを後ろに引き、もういつでも撃てる準備が完了する。何度、このシチュエーションを体験しただろう。通算五百人をも殺めているので、五百回前後か。

 

そのどれも、とても容易く実行できた。今と同じように、マガジンをセットしてスライドを後ろに引き、そしてトリガーを指で引っ張るだけ。

 

 

 

簡単だよ。それで人が殺せるんだよ。

 

 

 

ありがとう、でもさよなら。

 

「ッ!……」

 

 

 

俺の右人差し指は、なぜか動かない。そしてかなり震えていた。

 

いつしか、がちゃがちゃと音を立てるまでに、震えていたのだ。

 

「クソッ……!」

 

俺の手は、とうとう動かなかった。

 

がちゃり、

 

そう音を立て、俺のピストルは地面に落ちた。

 

 

 

「ごめん」

 

俺はそう口に出し、足に力を入れ、隣に聳える店の壁を駆ける。

 

血だまりの上に倒れる一人の男。それを見つめたままの、一人の少女。

 

俺は去り際に、何度もその光景を見直してしまった。

 

 

 

 

 

 

――君の瞳は、蝋色だった

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート