ゲームから離脱したヒロインは異国の地にて完全撤退を目論む

詩海猫
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公開日時: 2021年9月7日(火) 19:21
文字数:1,952

そして翌日から二人の住まう家には大量の手紙や招待状を裁くに始まり、登校したら朝から挨拶だけに留まらず、お昼や放課後や休日の約束を取り付けようとする生徒たちに突撃されるという日々が始まった。


が、


二日目の放課後、昼休みまでは頭を抱えて流れに任せていた二人だが、授業終わりと共に立ち上がり頷き合うと、ぱっと離れて走りだした___真逆の方向に。

「あっ!メイデン嬢!」

「バーネット嬢!お待ちを!」

声をかけてくる生徒たちに見向きもせず、ジュリアもアリスティアも目的の場所に向かった。


アリスティアの目的の場所は普段登校してくる校舎入り口でなく、所謂いわゆる裏口とすらいえない従業員専用通路よりさらに狭そうな細い路地。

そこへ“遠見”を発動させながら人のいない廊下を選び、道のない所はひょいと窓から飛び降りて、誰にも会わずに到着すると、その路地を通り抜けてジュリアとの待ち合わせ場所に向かった。


ジュリアも同じく“遠見”を発動させながら逃げたはずだがアリスティアほどハードな道程ではない__このルートを提案したのはアリスティアで、ジュリアには自分の方に人目を引きつける分最短で危険の少ないルートを用意した。

何故かといえばアリスティアは編入してすぐアカデミー内マップを脳内に叩き込み、人気ひとけや人目につかない場所を既に把握していたし、窓から飛び降りたところで浮遊魔法で問題なく着地出来るからだ。


浮遊魔法で自分自身を浮かせられる魔法使いは案外少ない。

移動魔法陣もあることからこの能力を伸ばす人が少ないせいもあって、出来る人でも中型動物を移動させる程度であり、自分を自在にしかも無詠唱で無造作に使うのはアリスティアくらいのものだ。

ついでにアリスティアが学内を隈なく散策して逃げ道を把握しているのは乙女ゲームのイベントから逃げる為に以前の学校で極めていた延長だったりする。


抜けていった先に親友の姿を見つけて、

「ジュリア!」

と声を上げると、

「無事だったのね、良かったわ」

とジュリアも息を吐いた。

「ジュリアこそ。面倒なのに絡まれなかった?」

「彼等が絡むなら間違いなく貴女の方でしょ。さ、早く帰りましょう」

アカデミーの近くに家を借りたので、二人の通学は徒歩だ。

わざわざ馬車を使うまでもないと思っていたが、考えるべきかもしれない。


やがて二人の住む家が見える所に差し掛かった所で、様子がおかしいことに気付く。

道行く人が家の前を避けたり回れ右したりしている。

よくよく見てみると、家の前に妙な連中が屯ろしているのがわかる。

「町のごろつきのようね……」

ジュリアも同じく足を止めて呟く。

「でもなんで?妖精の祝福って横取りしたり出来ないものなんでしょ?」

妖精の祝福は何人でも受けられるし際限はないが、他人から奪うことは出来ず、また受けた当人に無理矢理使わせることも出来ない__妖精は祝福を授けた当人が心から望んでいなければ手を貸さないからだと教わった。


実際学内の生徒の殆どは祝福を授かっているがこういった危険に晒されたという話は聞かない。

「奴等本人、というより雇い主に尋いてみるしかないでしょうね__とりあえず護衛を呼ぶわ」

バーネット家の私兵は各地に常駐していて、万が一の際は直ぐに呼べるよう手配済みである。


物陰に身を隠しながら〝伝魔法〟を使おうとした所に女性の悲鳴が響いた。

どうやら家に使いに出された女性が捕まってしまったらしい。

察するにどこかの貴族の家の使用人だろう、二人に何か直接渡すよう指示されたに違いない。

知り合いではないが彼等の間をすり抜けて呼び鈴を鳴らそうとした彼女を奴等は取っ掛かりになる人物と捉えたに違いない。


「場の空気、読みなさいよっ……!」

ジュリアが盛大に舌打ちし、アリスティアは駆け出す。

「アリスッ!」

「大丈夫!そこまで近付かない!」

物陰から出れば奴等から視認されてしまうが、この距離では魔法が届かないのだ。

届く距離まで走って止まると、アリスティアは空かさず火魔法を放った。

「うわぁっ?!」

「あちちちっ!」

いきなり火を放たれてならず者達は飛び跳ねて火を消しにかかるが、人質を取った奴は動かない。

よくよく見ればそいつに放った火は消えているようだ。

(魔法が相殺されている?てことはあれがリーダー?!)

アリスティアが思うのと同時に、

「おい、ターゲットはあの娘だ」

とそいつがならず者共に指示をだすと同時に火が消えた。

アリスティアは再度構えるが、そこにバシャン!と水が降りかかってきた。

水魔法で先手攻撃をかまされたらしいがアリスティアに水はかからなかった。


いつの間に来ていたのか目の前に昨夜祝福をくれた水の妖精・エインセルカがいた。

彼女が庇ってくれたらしい。

見れば祝福をくれた妖精のうちもう二人、サラマンドとリーパーも目の前に庇うように浮かんでいた。



















遠見の魔法…自分に近づく人間を予め感知する魔法。索敵スキルのようなもの。

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