Moratorium Crisis(モラトリアム・クライシス)

いつだって、日常は斜め上の方向に急加速していく。
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⑤魔法少女、著作権侵害に抗う。

公開日時: 2021年11月27日(土) 00:22
文字数:9,549

紀尾井大学の気怠い昼下がり。テラスで昼食を摂り終えた茂良野聖那もらのせいな、鳥井千亜紀、安室春の3人は、夕方までの空きコマの潰し方を模索するかのように、今日も途切れ途切れの他愛のない会話を続けていた。しかし、そんな日常はまた不図した拍子に急展開へと転がって行ってしまうものである。

千「…そういや俺さぁ、最近よく考えることがあるんだけどさ」

3人の中で一番口数の多い千亜紀が、徐に新しい話題を投げ込んできた。

千「俺、一度でいいから魔法少女になってみたいんだよね」

それは、ナックルカーブのようなまるで捕り方のわからないボールであった。

聖「……!?」

ツッコミなら百戦錬磨の聖那も、今回は捕球して投げ返すこともままならず完全にひるんでしまった。一体何と言ったんだ、こいつは。

少しの間があって、すっくと春が立ち上がり、千亜紀の方を見下ろしてこう言った。

春「めっちゃわかる」

聖「いや共感しちゃうのかよ!?」

千「おおっ同志よ!やっぱカッコいいもんな~感動しちゃうもんな、魔法少女って!」

まさかのキャッチボール成立に、早くも聖那はアウェイになる。だがそういう展開には慣れているので、平静を装いつつ煽る意味を込めて深掘りを進めてみることにする。

聖「へ、へぇ~…魔法少女になりたいっていう、そのこころは?」

千「いや~、この前深夜に適当にテレビのチャンネル回してたら魔法少女モノのアニメやっててよ、こんな年端としはもいかない可愛い女の子がさ、心身傷つこうとも世界の命運を背負って全力で悪の敵に挑んでんだぜ!俺は感動して涙が止まらなかったよ!ああいう全力をぶっ放して正義を貫くため一生懸命になれる可愛い女の子に俺はなりたい!!」

最後の可愛い以下の部分は依然として釈然としなかったが、隣の春も同じアニメに看過されていたのか大袈裟に頷いている。

聖「成程ねぇ…で、魔法少女になったら一体何をする気なんだ?懲らしめたい奴でもいるのか?」

千「え!?うーんと、それはだなぁ~…」

この突拍子のない変化球もただ不意に思いついただけの浅い話題であることを見越し、敢えて掘り進めるのはグダグダ展開を終わらせる常套手段であることを聖那は学習していた。案の定千亜紀は何も考えていなかったのか、露骨に思い悩んでいる仕草を見せている。

春「…やりたいことなら、あるよ」

しかし、ただ共感していただけだと見込んでいた春がここで話を推し進めてきた。

春「もし僕が魔法少女になったら…この世の著作権侵害をすべて取り締まってやる!!」

握られた拳がわなわなと震えているのを見るに、おふざけよりも結構本気の度合いの方が高そうである。キャッチボールが見たことのない変化球ばかりになっていく様に聖那は唖然としながらも、一応話を拾っていくことにした。

聖「えーっと、安室春さん?どうして著作権の話が出てきたんです?」

春「2人とも、僕がネット上で絵師をやっているのは知ってるよね?」

絵師とは文字通りイラストレーターのようなものだが、ゲームやアニメのキャラクターなどを二次創作として描いてSNSや投稿サイトにアップロードしている者をそのように呼称することが多い。春は大学入学以来絵師をやっているらしく、様々なキャラクターを高いクオリティで描いているため、ネット上ではフォロワーやファンも結構多いとのことである。

春「イラストの投稿を続けて何年か経つけど、基本的には自分のページでイラストを見てほしいから、無断転載お断りの文言は投稿するたびに付け加えてるんだけど、ちょっとネット上を歩くと適当な掲示板やらまとめブログに平然と無断転載されてることがザラなんだ。とくに許せないのは、課金形式の投稿サイトに載せたイラストまで転載されて自由に見れるようになっちゃってることなんだよ!」

聖「おまえ、イラストで小遣い稼ぎまでしてたのか」

千「あー、春って結構際どいの描いてるときあるからなぁ。でもそういうのって、春に限らずよくあるっちゃある話だよな」

聖「あまり困っているようなら、弁護士に相談するとか?」

春「こんなの逐一弁護士に頼ってたらキリがないよ。法律の規制もあんまり宛にならないし、だからこそ魔法少女になった暁には、その力で最低限僕の著作権侵害だけは解消させてやるんだ!」

いつもはローテンションな春の口調が段々と早口に、熱を帯びてきているのを感じた。こうなっては止まらないと思った聖那は、せめて釈然としない部分だけは解消しようと満を持して質問する。

聖「理由はわかったが…魔法『少女』である必要はないんじゃないか?」

春「いやいや、魔法『少女』ならどんな手を使っても可愛いから許してもらえるでしょ?」

聖「そんなわけねぇだろ!?魔法少女も日本にいる以上は日本の法律で裁かれるからな!?てか一体どんな手を使おうとしてるんだよ!?」

千「わかる、わかるわ~。魔法少女の魅力ってそこにあるよな!」

聖「おまえはさっき魔法少女は正義を貫くものだって言ってなかったっけ!?」

なんだか目の前で熱くなっている2人に不純な動機と偏見を認めざるを得なくなってきた(そもそも『少女』になりたいと思っている時点で不純以外の何物でもないと思うが)。やがて大袈裟に頷いていた千亜紀が春とガッチリ握手を交わす。

千「おっしゃあ!こうなったら俺も魔法少女になった暁には、春の著作権侵害を片っ端からぶっ潰してやるぜ!」

聖「おまえが本当にやりたいこと考えなしで話を始めていたことがよくわかった」

春「ありがとう千亜紀!是非協力してくれ!」

聖「…ていうかおまえらすっかり盛り上がってるけど、どうやって『魔法少女になる』つもりでいるんだよ?」

「それなら、この私が力を貸してやろう」

話題の消滅を阻止するかのようにテラスの階段口の方から、黒いスーツにピンク色のネクタイを身にまとった大柄な男が近付いてきた。黒いサングラスをかけてはいるが、見覚えのある外見、聞き覚えのある低音ボイスである。

「…私は、日本魔法少女推進協会の石須賀という者だ」

聖「かつてないほど如何わしい肩書背負ってきたぞこの人!?」

石須賀とはもう初対面ではないはずなのだが、石須賀の方が初対面を装って3人に相対している。

石「ここには魔法少女になれる素質…エネルギーというか波動的なものを察知して参った次第だ」

聖「いやその辺の定義はしっかり決めとけよ」

春「そ、それは僕らに魔法少女になれる可能性があるってことですか!?」

千「おいまじかよ!?本当に魔法少女になれちゃうのかよ!?」

聖「おまえらは少しでいいから疑う心を持ってくれよ!?」

石「貴方がたが望むのであれば、私が魔法少女としての力を与えよう…ただしこれは契約であるからして、代償を伴うものである」

黒いサングラスを指でクイッと上げ、石須賀は表情を変えることなく迫ってくる。

春「もちろん、タダで魔法少女になれるとは思ってはいないですよ…何を要求されたとしても応えて見せます」

千「最近の魔法少女は代償に心身を削られても不思議じゃないからな…覚悟はできてるぜ」

聖「物騒だな最近の魔法少女!?あとおまえら少しでいいから自分を大事にしてくれよ!?」

石「決意は揺るがないようだな…それでは契約の条件をここに提示する」

石須賀が咳払いをすると、春と千亜紀の間には緊張感が張り詰めた。

石「契約の条件は…この大学の学食の肉うどんの食券(税込550円)である!!」

聖「…ってただの腹を空かせた外部のおっさんじゃねーか!!」

石「…いまなら初回お試し価格として、天ぷらそばの食券(税込440円)でも契約できるがな」

聖「体験サービスみたいなアプローチにしようとしてきてる!?てかどんだけ奢ってもらいたいんだよ!?」

千「…初回お試し価格?そんな半端な気持ちで魔法少女やろうって言ってんじゃねぇんだよ」

春「僕らは本気です…だから最初から本契約で始めますよ!」

いつの間にやら春も千亜紀も肉うどんの食券を購入しており、石須賀に向かって掲げていた。

聖「契約の代償が軽すぎて最早喰いとめる余地がねぇよ!!」

石須賀はその2枚を黙って頷いて受け取ると、引き換えに十字クロスのペンダントを2人に手渡した。

石「それでは早速、魔法少女に変身してもらう。方法は簡単だ。このペンダントを掲げながら、『モラトリアム・マーベラス・パワー・メークアップ』と叫ぶだけだ。そうすればペンダントに込められた魔力が解放され、魔法少女としての力を得ることができる」

聖「なんだか全然力が湧いてこなさそうな呪文だな!?」

千「おっしゃわかったぜ!それじゃあ早速…」

千・春「『モラトリアム・マーベラス・パワー・メークアップ』!!」

聖「うわっ!?おまえらちょっと待てって…!?」

たちまち俗に言う『変身バンク』なるものが始まった。春は髪が肩のあたりまで伸びてカールがかかり、頭には花をあしらったカチューシャが掛けられ、服も丸みのあるワンピースのような、全体的にひらひらふわふわとした印象のコスチュームになった。他方で千亜紀はストレートな髪が腰の辺りまで伸び、肩には踝まで届くマントが掛けられ、平均男性よりやや高めの身長に見合ったタイトでスレンダーな印象のコスチュームになった。そして両者の決めポーズと決め台詞がそれぞれ披露される。

春「この世の悪に正義の鉄槌を下す!モラトリア・パープル!!」

千「私がいる限りすべての悪に繁栄は許さない!モラトリア・ヴァイオレット!!」

聖「…ってカラーリングが被っちゃってるじゃねーか!!」

魔法少女の服装が、春が薄目の紫、千亜紀が濃い目の紫という全体的な配色である。

石「それは当然だ…2人とも肉うどんの食券で契約したのだからな」

聖「奢った食券によって配色が変わってくる設定なの!?」

春「やば!本当に魔法少女になってる!すごーい千亜紀美人になってるー!」

千「まじでやばいよね!春もめっちゃ可愛くなってるし!写真撮ろ写真撮ろ!」

石「あーお2人とも、安易にSNSなんかに上げて身バレしないようにしてね。これ定款だから」

魔法少女になった春と千亜紀はすっかり浮かれて手初めにスマホで記念撮影を始めた。言うまでもなく声も姿も女子のそれになっている。背丈や顔の印象は変わっていないので春だ千亜紀だと認識はできるのだが、急に別人のような距離感が生じてきて聖那は思わず不安になってきた。

聖「お、おいおまえら…本当に春と千亜紀なんだよな?」

恐る恐る、聖那は春の肩に手を置いて振り向かせようとした。

春「…きゃっ!?」

しかし春は驚いて小さく悲鳴を上げると、振り向きざまに片手に出現してた魔法ステッキのようなもので聖那を薙ぎ払ってきた。

聖「がはぁっ!?」

かわすことも儘ならず、聖那は冷たいテラスの床に受け身もとれずに叩きつけられた。

千「ど、どうしたの春!?」

春「…なんか、急にこの人が私の肩に手を掛けてきて…!」

千「うわー破廉恥な男!幼気いたいけな女の子に死角から触ってくるとか最悪なんですけど!?さっさと懲らしめた方がいいよ!」

春「そうよね!えーっと、魔法ってどうやったらぶっ放せるのかな」

聖「待て待て待て待て!早まるなよおまえら!!俺のこと忘れたわけじゃないだろうな!?」

魔法少女になった2人が揃ってゴミを見るような目で見下してくるので、聖那は必死になって声を荒げて訴えかけた。

春「もちろんわかってるよ聖那。ついでに魔法の練習のターゲットになってくれたらなーと思って」

聖「冗談はその魔法少女フォルムだけにしてくれよ!?」

「フハハハハハ!魔法少女よ、貴様らの相手はこの私だぞ!!」

突然テラスの隅の方から、聞き覚えのあるトーンの高らかな笑いが飛んできた。聖那が立ち上がってその声の方を見遣ると、シルクハットを被り、黒い蝶ネクタイとベストを着こなした手品師のような格好の男がいつの間にやら佇んでいた。顔には不気味な笑みを施した仮面がついており、口元だけは半分くらいが割れて剝がれたように露出している。

千「な、なんだこいつ…一体何者なの!?」

「私の名はミヒロ・ヨシクラ…魔法少女誕生による危難を察知し、電脳世界より馳せ参じた者だ!」

聖「めっちゃ小物感溢れる敵の演出!!」

恐らく正体は倉吉紘未なのだろうが、今回はミヒロと名乗って魔法少女の敵役のような立ち位置で話に加わってきた。

春「電脳世界!?それってどういうこと!?」

ミ「フハハハ!魔法少女よ、これが何かわかるかな…?」

小物感溢れる仰々しい喋り方をするミヒロは徐に電子タブレットを取り出し掲げると、画面いっぱいに幾つかの画像を広げてスクロールしてみせた。

春「…そ、それは私が投稿してきたイラスト!しかも課金しないと閲覧できないサイトに投稿したやつ!」

ミ「そうだ!一通り私は保存している…そしてこれらを毎日色んなサイトにアップロードしているのだぁ!!」

聖「都合よく著作権侵害してる敵の設定で話が進んでる!?」

春「なっ!?貴方が私のイラストを無断転載し続けているのね…許さない…!覚悟しなさい!!」

一瞬にして怒りをあらわにした春は、(魔法の使い方がわからないためか)魔法ステッキのようなものでミヒロに殴り掛かった。それをミヒロが無駄に大袈裟なアクションで回避していく。

ミ「おやおや危ないじゃないかぁ、怪我でもしたらどうするんだい?傷害罪で起訴されたり慰謝料請求されたりしちゃうよぉ?」

聖「いや敵役が法律を盾にしてくんじゃねぇよ!?」

千「何よ!あんただって春の著作権を侵害しまくってんじゃないの!」

ミ「人聞きが悪いなぁ、俺は親切心からやってあげてるんじゃないかぁ!俺が貴様のイラストの露出を増やしてやったお陰で認知度が上がってぇ、それがきっかけでフォロワーやファンが増えてるのも紛れもない事実なんだよぉ!懲らしめられるなんて以ての外、むしろ宣伝広告に寄与した報酬を受け取ってもいいくらいだと思うんだよねぇ!?」

千「うーわ、たちの悪いインフルエンサー気取りね…やっぱこういう奴は一発以上殴らないと収まらないわ」

聖「おまえはそのステッキで殴りたくてうずうずしてるのがバレバレなんだよ」

ミ「まったく気性が荒いねぇ…たとえこの俺を封じ込めたとしても、この世界に無断転載を働く奴は数知れず!俺を懲らしめたところで何の意味もない!著作権侵害なんて、早いところ諦めちまった方が身のためってもんだぜ~!?」

聖「こいつはこいつで煽ってばっかでまったく攻撃する素振りがねぇな!?」

ケタケタと嘲笑するミヒロを前に、春は魔法ステッキのようなものをぎゅっと握り締め、たかぶる気持ちを抑えようとしていた。

春「…そうね。貴方1人を始末したところで世界は何も変わらない。でも、それを変えるために私は契約して魔法少女になった!だから微塵も諦めるつもりなんてないわ!!」

石「そうだ!魔法少女の力とは即ち、不可能を可能にしようとする少女の純真なる願い、その強い想いなのだ!!」

聖「その魔法少女の中身、不純な成人男性だけどな」

石「安室春、いまの貴方なら『魔法』を使えるだろう…叶えたい願いを胸に強く抱きつつ、『魔法』を解き放て!!」

石須賀が熱血コーチの如く春を煽ると、春が正面に構えた魔法ステッキのようなものの先端、宝石を施したような装飾がバチバチと音を立てて発光し始めた。だが春は怯むことなく、目を閉じて集中している。

千「…わ、私も手伝うからね!!」

いまいち展開について来れていなかった千亜紀は、慌てて自分も魔法ステッキのようなものを春のそれに重ね合わせた。発光がさらに眩しくなってくる。そして春は準備ができたのか、千亜紀のステッキもろとも自分のステッキを真上に掲げて叫んだ。

春「…魔法よ!!」

すると、春と千亜紀を中心にきらめきを伴った衝撃波が発生し、テラスからこの世界全体を包み込むように急速に膨張していった。聖那はあまりにも非現実的な展開に避ける術を持たなかったが、衝撃波を浴びても特段痛くも痒くもなかった。

ミ「ああつっ!?な、なんだこれは!?」

しかしミヒロの方を見遣ると、こちらも何ら外傷を負った様子はないのだが、手持ちの電子タブレットがショートしたのか軽く煙を上げており、本気で慌てふためいているのがわかった。

千「…だ、大丈夫!?春!?」

他方で、『魔法』を発動した春も崩れるようにその場にへたり込んでしまい、それを千亜紀が支える格好になっていた。

春「…ありがとう千亜紀、今の出魔力をほとんど出しきっちゃったみたい…でもなんとか立てるわ」

聖「おいおい…一体何が起きたってんだよ?」

周囲を見渡してみても、何ら変わった様子はない。ただ、ミヒロがショートした電子タブレットを食い入るようにスライドしまくっていた。

ミ「な、なんだこれは!?どうなっている!?俺がアップロードした画像が…どのサイトからも削除されている!?何故だ、何故ハルさんのイラストだけがピンポイントで見れなくなっているんだ!?」

春「ふふふ…私は自分で描いたイラストはすべて憶えているわ。だから私が投稿したすべてのイラストと、ネット上で合致する無断転載ファイルとをリンクさせる『魔法』を発動したの。結果として、ネット上に拡散された私のすべてのイラストは芋蔓いもづる式に削除されたってことよ!」

聖「なんだろう…凄い奇跡を起こしてるんだろうけど成し遂げていることが地味だ」

千「まじで!?すっごーい!!『魔法』ってそんなことができるのね!!」

聖「おまえは魔法少女やるならやるでもうちょっとやる気出せよ」

しかし、タブレット操作に没頭していたミヒロは、少しずつ落ち着きを取り戻してきたのか、逆に再び小さく笑い声を上げ始めた。

ミ「フハハハハ、どんな小細工を使ったのかは知らないがぁ…俺のローカルフォルダには1点も欠けることなくハルさんのイラストがしっかり保存されているぞ!?徒労だったなぁ魔法少女よ!また一からアップロードを繰り返していくだけだぜぇ!!」

千「あー、はいはいもうそういうのいいんで」

威勢を取り戻したミヒロに向かって千亜紀が面倒臭そうに魔法ステッキのようなものを一振りすると、先端から光り輝く鎖が飛び出してあっという間にミヒロの全身に巻き付いた。ミヒロはバランスを崩してこちら側に情けなく倒れ込み、手放したタブレットがテラスに転がった。

ミ「ああっ!俺のタブレットォ!?おい魔法少女、俺のタブレットが壊れてデータが読み込めなくなったらどうしてくれんだ!弁償しろ!てかなんだこの捕縛は!?傷害罪…じゃない暴行罪で起訴されたいのか!?」

千「無駄に口煩くちうるさいなぁこの敵…ねぇ春~そろそろ終わりにしようよ」

束縛されていながら後で物凄く疲れそうな暴れっぷりをみせているミヒロを尻目に、千亜紀は眠たそうな顔で春に声を掛けた。しかし、春は神妙な面持ちで魔法ステッキのようなものを見つめたままである。

春「終わりにしたいんだけど…終わりにするには…この世界で著作権侵害がきれいさっぱり起きないようにするには…全人類を改心させるような『魔法』を使わないといけない…でもそんな『魔法』、想像もつかないし…そもそも力が足りない…!」

石「その通りだ。『魔法』は不可能を可能にする手段ではあるが、万物を思い通りにする力ではない…」

聖「うわびっくりしたぁ!?急に同じラインに入ってくんなよ!?」

傍観に徹していた聖那の真横に音もなく石須賀が並び立ち解説を入れてきたので、思わず変なリアクションが出てしまった。

石「ヒトの意識に介入し認識を思い通りに変えること自体容易なことではない。況してや世界中の不特定多数のヒトに『魔法』をかけることは実質不可能に近い…途方もない魔力が必要になる。肉うどんを何杯すすってもそんな魔力は供給しきれないだろう」

聖「いや魔力っておまえが摂取したエネルギーを変換してんのかよ!?」

石「先程の電脳世界への干渉も、魔法少女1.5人分の魔力を惜しみなく費やしたからこそ成功したようなものだ…」

聖「それって実質750円(+税)で世界を動かしてるってことだよね?そんなにお手軽に世界を変えられちゃっていいの!?」

石「変えられちゃってもいいのさ…何故なら…魔法少女は可愛いから何をしても許してもらえる!!」

聖「おまえら元締めも結局そういう思想でやってんのかよ!?」

拳を握り締め熱くなる石須賀に対し必死にツッコんでいると、やや疲れを見せ始めていたミヒロが再び喚き声を上げた。

ミ「おいこら魔法少女!これ以上戦う気がねぇならさっさと開放しろ!俺は一刻も早くハルさんのイラストのアップロードをやり直さないといけねぇんだ!!」

千「いや最初おまえから絡んできたんだろうが…ねぇ春どうするの?取り敢えずこいつの口も縫い付けとく?」

春「…ううん、ちょっと待って千亜紀。確認したいことがあるの」

不図、春が何かを思いついたのかテラスに転がっていたミヒロの電子タブレットを拾い上げ、何か操作を始めた。

ミ「ば、馬鹿野郎!まさか俺が保存しているイラスト自体を削除する気か!?そんな勝手なことが許されると思ってんのか!?」

春「私ね、さっき『魔法』を使ったとき、無断転載されたサイト上だけじゃなくてそのサイトからダウンロードされたオフライン上の画像ファイルもすべてリンクさせて削除したの。でもこのデバイスのローカルフォルダには私が投稿したイラストがすべて保存されてる…つまり、貴方は正式に課金したうえで私のイラストを閲覧して保存していたことになる…ねぇ、何故貴方は無断転載を働いたの?」

その指摘が図星だったのか、抵抗していたミヒロは電池が切れた玩具のように急に鎮まった。

ミ「…俺はもどかしくてたまらなかったんだよ…こんなに綺麗でクオリティの高いイラストを描いてるのに、小規模な投稿サイトで小銭程度の稼ぎしかしていないなんて…ハルさんにはもっと活動の場を広げて活躍してほしいんだ!同人作品の表紙を飾ってみたりとかさぁ!だからハルさんの魅力を俺がもっと拡散して、より多くの人に注目してもらいたくて…」

聖「おいおい、まさかの熱狂的なファンってオチかよ」

春「…私の作品を愛してくれてありがとう。でも私がどこまで活動するかは、私が決めることだから。貴方には何か別の形で、これからも私のことを応援してくれたら嬉しいかな」

ミ「…ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした…これからも…頑張って下さい…」

うつ伏せで半ベソになっているミヒロの前で、春が電子タブレットを返しながらしゃがみ込んで優しく答えてみせると満足そうな顔をして、退屈そうに待つ千亜紀の方へ戻って行った。

千「こんな幕切れでよかったの?」

春「そうね。譬え魔法少女であっても、私が叶えられるのはほんの些細なことだけだった。でも満足してる。結局私がやりたいことは世界を正すなんて大それたことじゃなくて、もっと沢山のイラストを描いて、1人でも多くの人に喜んでもらうことだって改めてわかったから」

千「…そう、春が満足してるなら私もそれでいいわ。もう魔力もあまり残ってないし、今回はこれでお開きかしらね」

石「貴方がたのパフォーマンスは見事だった。今後も肉うどんの食券を提供してもらえれば、いくらでも力を与えられるが?」

石須賀は魔法少女としての活動の継続を打診してきたが、春も千亜紀もこれ以上特にやりたいことはないようであった。

春「今回はここまでにしておきます、ありがとうございました」

千「またそのうち魔法少女やりたくなるかもだから、そのときはよろしく」

そして2人は、雲一つない青空を見上げて高らかに宣言するのであった。

春・千「…私たち、普通の女の子に戻ります!!」

 

聖「いや頼むから普通の男子大学生に戻ってくれよおおおお!!?」

突然友人が魔法少女になる話を作ってみたかったのですが、魔法少女になって何を解決させようか、何か今まで聞いたことのないような敵を相手にしたいなと思案を巡らせていたら、なぜかこんな展開になりました笑

著作権に抗うってタイトルを付けるくらいなら、普通に街角で活躍している魔法少女の姿を撮られてネット上で拡散されて、それに対して魔法少女が迷惑してブチ切れる、みたいなストーリーでもよかったかもしれないなぁとも思いました。

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