Moratorium Crisis(モラトリアム・クライシス)

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④勇者、幻の平和をもたらす。

公開日時: 2021年11月20日(土) 12:33
更新日時: 2021年11月26日(金) 23:53
文字数:10,752

ここはモラトリア王国。肥沃な土地の上に築き上げられたその国は程よい感じに栄え、国民は日々豊かな生活を送っていた。しかし、王国の辺境に突如として魔王が現れたとの噂が流れ、魔王の放つ魔物の目撃情報、そして郊外農村の被害情報が徐々に王都へと届くようになり、日に日に近づく魔の手に国民は少しずつおののき始めていた。この状況をいよいよ看過できなくなった若き国王ヒロミ・モラトリアは、王都庭園に刻まれていた選ばれし者にしか抜けぬ伝説の剣『夢幻むげん』を引き抜いた男セイナを勇者に命名し、王国軍の衛兵である大盾使いのチアキと魔導士のハルを護衛に付け、魔王が現れたという辺境の地へ偵察命令を下した。そんな彼らの出立から3日後のことである。

チ「もう結構歩いてきたけど、まだ魔物には出くわしてないよな…せっかく鍛えたセイナの剣の腕も鈍っちまいそうだなぁ?」

先頭を歩くセイナの背中の鞘に収まっている『夢幻』を眺めながら、チアキが退屈そうにぼやく。

セ「警戒を怠るなよチアキ。そして俺のことは心配いらない…必ずや勇者の使命を全うし、王国に吉報を持ち帰るのだ!」

そう言って拳を掲げた途端、突然そこに雷が落ちたかのように、痺れるような衝撃がセイナの全身を襲った。頭の中が一瞬白くなり、すぐに我に返ったが、今度は視界のすべてがわからなくなったかのような混乱がどっと押し寄せてきた。

聖「あれ…?俺はなんでこんなところに…?いつも通り大学に講義を受けに行ったんじゃなかったのか…?」

セイナは自分が茂良野聖那もらのせいなであることを突如として思い出した。

チ「おい、どうしたセイナ?急に固まっちまってよ」

聖那は聞き馴染みのある声に振り返ったが、そこに佇んでいたのは馴染みのある鳥井千亜紀の姿をした衛兵であった。

聖「…なぁ、今これは一体どういう状況なんだ?」

チ「何を寝惚けたこと言ってんだ?国王陛下の命で、辺境に現れた魔王を偵察しあわよくば討伐するんだろう?」

聖那は情報を整理しようと脳をフル回転させた。しかし処理が追い付かず一瞬フリーズしたのち、下された結論はどうにかしてこの面倒臭い茶番から逃れなければという危機回避、現実逃避であった。

聖「それって…最初から国王が出向いて片付ければよくね?」

チ「おいマジで寝言は寝ていってくれよ!?急に何を言い出すんだおまえは!?」

呆気あっけに取られた表情をしたチアキが拍子抜けした切り返しをしてきた。

聖「だってこの展開ってあれだろ?王国を魔王がおびやかしてきたから勇者パーティを遣わして撃退するってよくある話。あれって正直時間の無駄だと思うんだよ。国王様が魔王と首脳会談して早いとこ落としどころ見つけた方が断然経済的なんじゃないかって」

チ「ばっ馬鹿言うな!国王陛下に最前線に立てと言ってるようなものじゃねぇか!」

聖「べつに剣を振り回せって言ってるわけじゃねぇよ。まずは和平交渉するのが先だろって」

チ「そ、そんな話が通じる奴だと思ってるのか、魔王が!?」

聖「通じなかったのか?」

チ「…それは知らないけど…多分ホラ、強大な魔力的な何かで最終的には吹き飛ばしてくるに違いない!やはり国王陛下の命を1秒たりとも危険にさらすわけには…」

聖「魔王が攻撃してくるところ見たことあるのか?」

チ「…そ、それも知らないというか全然情報入ってきてないというか…」

聖「おいグダグダじゃねぇかよ、大丈夫なのかこの世界観!?」

しどろもどろになっているチアキに詰め寄っていると、ダークブルーのクロークを被った魔導士が間に割って入ってきた。フードで頭をすっぽり覆っているので口元しか見えないが、このサイズ感は恐らく安室春なのではないか。

ハ「確かに魔王を直に見たという報告はないし、直接的な被害が出ているわけではないんだ。ただ手下と思しき魔物による小規模な被害が散見されている…畑を荒らされ作物を盗まれた、鉱山の採掘場を潰された、とかね。住民が被害を喰い止めようとして返り討ちにあったなんていう二次被害も訊く。王都としては実態の把握と事態の収拾に乗り出したいけど、公に軍隊を動かして国民を刺激するような真似はしたくない。だから勇者を筆頭に選ばれたボクら3人が水面下での調査を命じられたというわけさ」

ハル(?)が丁寧に解説を挟んでくれたので、一応これまでの経緯は大体理解できた。ただ、納得できない箇所があるとすれば…。

聖「…じゃあ、なんで俺がその『勇者』になってんだっけ?」

ハ「それはセイナがこの国に代々伝わる剣、『夢幻』を引き抜いたからだよ」

そう言ってハルが背中を指差してきたので、右手を伸ばして背負っている鞘から剣を引き抜いてみた。刀身は翡翠のような色味で透き通るように輝きを放っている。柄は豪勢な装飾が施されているが、全体的に見た目よりも軽い印象である。

ハ「その『夢幻』は遥か昔に侵略してきた魔王を退けたと言われている、伝説の退魔剣なんだよ。以来王都庭園に刺さっていたこの剣は選ばれし者にしか引き抜けないとされてきた。それをセイナが引き抜いた。だからセイナが勇者として命名されたってわけ」

聖「選ばれし者にしか『引き抜けない』だけであって、俺にしか『扱えない』とは限らないんじゃないか?」

ハ「確かにそうだけど…でもセイナ、いま勇者を辞めたら完全無職になるよ?」

聖「はっ!?無職!?以前やってた仕事に戻れるんじゃないの!?」

チ「以前やってた仕事なんてねぇだろーが。ニートのくせに酒場で飲み散らかして、酔ったノリで王都庭園に侵入してその剣を引き抜いちまったのが事の発端だろ」

聖「勇者になった経緯いきさつが軽薄すぎるだろ!?名誉ある肩書どころかかえって懲役扱いじゃねーか!」

チ「仕事をもらっただけありがたく思えって話だよ」

いつもは調子のいい言葉を並べてくる千亜紀だが今回は真面目な感じで言い包められてしまい、なんだか分が悪い。

ハ「まぁいきなりの勇者なんて大役で不安になるのもわかるけど大丈夫さ。大盾での防御しか取り柄のないチアキと、王国屈指の偉大なる魔導士であるハル、このボクが付いているんだから!」

やたらと自信を前面に出してくる春は喋り方こそいつも通りであるが、どうしても看過できない違和感があるので満を持して訊いてみる。

聖「なぁ春…今回のおまえ、なんか声のトーン高くないか?まるで女みたいな…」

ハ「え?ボク女だけど?」

ハルが深々と被っていたフードを取っ払うと、ボブカット金髪碧眼女子がそこに現れた。碧眼なのはカラコン、金髪はヅラでも被っているのだとしても、元々の春が童顔であっただけにかなり完成度の高い美少女っぷりであった。

聖「ばっ…!?お、おまえどうして女に…?」

ハ「だってほら…勇者パーティには1人くらい女キャラがいた方がいいと思って…」

聖「いやそんな理由であっさり性別転換しちゃうのかよ!?」

ハ「な、なんでそんなこと言うんだよ…ボクが女じゃ、ダメだって言うの…?」

急に恥ずかしさを禁じ得なかったのか、ハルが再びフードを塞ぎ込むように被り、その陰からこちらを上目遣いで見つめてきた。くそ、露骨にあざとくしおらしい態度を見せてきやがる。ウブな反応なのかからかわれているのかわからないが、不覚にも女キャラになった友人を可愛いと思ってしまい、聖那自身も徐々に照れ臭くなっていった。

聖「…わ、悪かったよ、ハル…」

ハ「…セイナ…」

次の瞬間、聖那は何かに背中を強く押されて弾かれたように地面に叩きつけられた。そして立て続けに付近で爆裂音が響き渡り、倒れたばかりの身体を衝撃と粉塵が襲った。

チ「大丈夫かセイナ!?敵襲だ!!」

顔を上げると直ぐに、チアキが敵襲から大盾で庇ってくれたが反動で突き飛ばされてしまっていたことを察した。直前までしおらしい体勢だったハルも一転して杖を掲げて防御結界のようなものを展開している。衝撃のあった正面は砂煙が広がっていて、敵の姿がわからない。

聖「…一体何なんだよ?うわっ!?」

よろよろと立ち上がっていると、今度は突風が3人の方へ押し寄せ、広がっていた砂煙が一瞬で晴れた。すると目の前には、刺々しい装甲と黒いマントをまとい、禍々しい仮面を着けた大柄なヒト型をした何かが佇んでいた。緊張感と悪寒が一帯を覆う。

チ「な、何者だ、貴様!!」

チアキが大盾を構えながら怖気ずくことなく叫ぶと、不気味な存在はゆっくりと両手を掲げた。

「…我は魔王、魔王イ・シースカだ…!」

聖「魔王の方からこっち来ちゃったよ!?」

RPGを始めたらいきなりラスボスが出現するパターンのやつである。これは基本的に勝ち目のない『負けイベント』というやつなのだろうか。そうだとしても、痛めつけられるのはまっぴらごめんだ。あと十中八九モデルが石須賀さんだ。

チ「魔族の親玉が態々わざわざ姿を現してくれて、こっちの探す手間が省けたってもんだぜ。だが不意打ちを仕掛けてきたからには、早速さっそくケリを付けようってことでいいんだな、魔王様よ?」

聖「おい馬鹿チアキやめろ煽ってんじゃねぇ、絶対勝てないって!」

勇者の風上にも置けない狼狽ろうばいっぷりをひけらかしていると、魔王は聖那とハルの方を指差してきた。

魔「…いや、ちょっとそこのリア充爆発しろって思って、つい」

聖「いやいきなり人間み溢れる嫉妬で本気の爆発仕掛けてきてんじゃねぇ!!」

チ「『リア充爆発しろ』の点だけは全面的に同意してやるが、それとこれとは話が別だ!」

聖「俺が悪かったよチアキ謝るから否定してくれ!あとハルおまえまた照れてんじゃねぇぞ!?」

やや顔を背けているハルを尻目に、聖那は背負っている『夢幻』の柄に渋々手を掛ける。やはり、勝負は避けられないのか。

魔「…あいや、本当に通りがかっただけなんで」

聖「って戦う気ゼロかよ!?まぁそれはそれでいいけど…」

チ「オイオイ、そんなんで簡単に見逃してもらえるほど世の中甘くねぇんだぞ、魔王様?」

聖「なんでこっちが絡んでる不良グループみたいになってんだよ!?」

チ「大体なぁ、あんたの手下が俺たち国民の食糧やら資源を横取りしてて迷惑してるんだ、このまま黙ってニアミスで終わらせるわけにはいかねぇんだよ!」

ハ「ねぇセイナ、さっきからチアキに勇者の台詞取られてない?」

聖「取られてるんじゃなくて勝手に使われてるんだよ!いま戦闘に発展させたら勝ち目なんてないのに…」

魔「…それならば、やむを得ない」

魔王は冷たそうに吐き捨てると、右手側に禍々しいオーラの溢れる大きなワープホールのようなものを展開し、何かを取り出そうと両手を突っ込んだ。

チ「おい、何をする気だ!?」

聖「やべぇって!なんか巨大な兵器とか来ちゃうって!」

しかしチアキもハルも臨戦態勢になっていて逃走する気はないようである。聖那だけがビビっていると、やがて魔王はよっこらせとオッサンみたいな声を出して荷車のようなものを引っ張り出してきた。そこには野菜やら果物やら焼き菓子やら宝石やらインゴットやらがどっさりと積まれていた。

魔「これらをすべてやるので見逃してほしい」

聖「本当に戦意のカケラもないなこの魔王!?」

チ「何言ってんだ、その荷車に載ってんのはどれもこれも俺たちの国で採れる資源とその加工品じゃねぇか!おまえらが盗んだものの一部を返してもらうだけじゃ何も解決しないんだよ!」

ハ「…いやチアキ、ちょっと待って」

チアキがド正論を言い放っていると、何かに気付いたハルがこれを制して1人荷車の方へと小走りで駆け寄って行った。

聖「おいハル、危ないんじゃないか…?」

ハ「確かにこれらの作物や鉱石はこの国で採れる品種と同じ…でも品質が格段にいい物ばかりだ。王宮でもなかなかお目に係れるレベルじゃない。インゴットの純度も高いし、ぜんぶがぜんぶ盗品であるとは考え難い…」

ぶつぶつと呟きながら、ハルは魔王の荷車漁りに没頭していく。

ハ「…何よりこの煌めく果実のパイが、見た目は難だけど…ものすごく甘くて美味しい~~!」

聖「結局甘い物に釣られてるだけじゃねーか!!」

魔「…フッ、美味しくて当然だ。我が魔界は地底にあり、魔力が込められた湧水で潤っている。その湧水で栽培された作物や精錬された鉱物は必然的に人間が生産したそれらよりも高品質な物になる。それにそのパイは魔界にある樹海で採れるまろやかな樹液をふんだんに使用していて…」

聖「めっちゃ丁寧ていねいに解説してくるなこの魔王!?」

察するに、魔王は手下にこの国の資源を奪わせて、自らの土地で高品質になるよう生産や加工をしていたということになる。これが意味するところは何なのか…。聖那は恐る恐る、魔王に訊いてみることにした。

聖「…おい魔王、あんたの目的は一体何なんだ?俺にはただ、人間の真似事をしたくて手下をけしかけているようにしか見えないんだが?」

禍々しい仮面のかれた暗い目元越しに、初めて魔王との視線が合った気がした。

魔「我々魔族は古より、この国の辺境の地下深くに封印され続けてきたが、幾星霜の年月を経て封印が弱まり、ようやく地上に再臨することが叶った。そして現代の地上、人間界を見て我は深く感動した…肥沃な土地に多種多様な作物が実り、人間の手による繊細で精巧な加工品や工芸品が数多生み出され、周辺諸国との交流も盛んで王国が日々活気に満ち溢れている。実に魅力の尽きない世界だと感嘆がまなかった。だがその一方で、煮え切らない想いもあった。以前と比べて魔法の素質を持つ人間が稀有けうとなり、作物の栽培や鉱石の精錬の質が著しく落ちている。何より人間は体力的に脆弱なので1日の労働量にも限界があり生産性に限りがある。素晴らしい加工技術を培っていながら、素材を扱う時点で既に価値を落としてしまっているのだ。これは由々しき事態である。非常に勿体ない。そこで我は考えた…体力や魔力に秀でた我々魔族が素材の生産を高品質に展開し、それを人間が加工すれば、より価値のある商品が生み出され更にこの国土が潤うのではないか…そう、これが我が理想とするこの世界のアップデートである!!」

魔王は段々と力強く、最後にはわなわなと拳を掲げ、それはそれは大胆に己の理想を語った。

チ「なにをのたまうかと思えば、結局は人間界の侵略が目的なんじゃねぇか!」

魔「我々は暴力的な手段を用いて人間の土地住まいを脅かす気はない。人間界とは良好な関係を築き繁栄を共にしたいと願っている」

チ「国民の資源をせっせと横取りしておいて、説得力が足りてねぇんじゃねぇか!?」

魔「我々魔族には現状、人間と交渉する手段も通貨も持ち合わせていない。成果物をサンプル提供することで納得してもらう他ない」

チ「おまえら魔族が生産を担ったら、いま畑や炭鉱で働いている国民の仕事がなくなるだろうが!!」

聖「ちょっとストップ。これ以上言い争っても何も話は進まない」

ヒートアップする魔王と衛兵の口論を、勇者が一旦静止させることになった。聖那のなかでは既に腹が決まっていた。これはよくある勇者と魔王が戦うRPGじゃない、ゲームのジャンルが違うのだと。

聖「ここから先は、やっぱり国王様に相手してもらった方が話が早い。人間界と魔界との首脳会談だ」

チ「セイナ、おまえって奴は!国王陛下を危険に晒すなと言ってるだろうが!」

聖「大丈夫だろ、この魔王ただの意識高い系だし。おーいハル、転移の魔法って使えたりするのか?」

ハ「王宮に転移するんでしょ?できなくはないけど、ボクもいきなり陛下と魔王を対面させるのはどうかなって思うよ」

さっきからずっとハルは魔王の荷車を食べ漁っていて、終いには生野菜にまで手を出そうとする勢いであった。

聖「国王陛下と魔王の首脳会談が上手くいけば、あの煌めくパイを城下町でも食べられる日が来るかもしれないぞ」

ハ「転移!モラトリア国王宮・ヒロミ陛下の自室!!」

即座に身をひるがえしたハルが杖を翳し、恐ろしい速さで3人と魔王を取り囲むように魔法陣を張ったと思ったら、次に瞬きをした時には周囲は小洒落こじゃれた洋室に変わっていた。部屋の片隅で読書に勤しんでいた若き国王ヒロミは、突然の大所帯の転移に驚いて椅子ごと転倒し、片手に持っていた紅茶を盛大にカーペットにぶちまけた。

チ「おいこらハルっ!容易たやすく陛下の自室に転移してくるんじゃない!」

ハ「えー、だって直行しないと他の衛兵に魔王が見つかって面倒臭いじゃん」

魔「勇者よ…モラトリア国王との謁見の席の手配、感謝いたす」

聖「あー、取り敢えず穏便に済ませてくれよな?」

ヒ「おまえたち…一体どういうつもりだ…俺は魔王を偵察して来いと言ったんだぞ…招待状を預けた憶えはないんだがな…!?」

ゆっくりと立ち上がったヒロミは案の定怒りで顔が引きつっており、とても穏便に始まりそうにはない。

チ「へ、陛下!突然のご無礼をお許しください!その、色々と込み入った事情がございまして…!」

ハ「国王陛下!是非とも魔界産の煌めくパイを城下町にて販売してください!!」

恐れることを知らず、ハルがチアキを押し退けて即行で滑り込み、煌めく眼差しでヒロミに向かって訴えかけた。勢いでフードが外れ、再び金髪碧眼が露になる。ヒロミは突然のハルの言動に理解が追い付かず困惑し、また不覚にも可愛さでひるんでしまった。

聖「…よし、よくやったぞハル。だがこれ以上は話がややこしくなるのでお預けだ」

ハルのお陰でアポなし謁見のハードルが下がったが、こいつ女キャラになってから甘党レベルが跳ね上がっているのではないだろうか。

 

数十分後。

場所を王宮の応接室に移し、かくして人間界の若き国王ヒロミといにしえより生きる魔界の王イ・シースカによる首脳会談が実施された。ただし魔王が王宮に居ると知られては大混乱になるため、衛兵の厳重警戒の下極秘に催された。魔王はヒロミに対して先も語った理想を再び大胆に語り、その脇で聖那ら3人は控え、聖那は所々で橋渡しのような補佐を務めた。最初は心が穏やかではなかったヒロミは次第に落ち着きを取り戻していったが、最終的には興味と苦悩がごちゃ混ぜになった何とも言えない表情になった。

ヒ「…魔王よ。貴様の理想とするところはよくわかった。永きにわたり封印されてきた地底の魔界と手を結ぶことで得られるメリットも決して魅力がないわけではない。問題があるとすれば国民感情として、魔族とどこまで共生できるのかというところだろうが…まぁこれも時間が解決してくれることだ。魔族を国外追放する権利は俺にはない。ならばたもとを分かつよりは同盟を結ぶ方が遥かに経済的でもある」

こっちもこっちでなかなかに大胆な理屈付けをしてくるな、と聖那は聞き入っていた。

ヒ「だが決して履き違えてはならない事実がある。周辺諸国を含め、地上は人間が支配する世界であるということだ。魔族が人間界に取って代わり表舞台に立つなどということは断じてあってはならず、貴様はそれを半永久的に保障しなければならない。…そこでだ。なんでも1つだけ、貴様の願いを受け入れてやる。その取引を以って人間界と魔界の序列とし、そのうえで貴様の理想の体現に協力してやろう」

魔「相分あいわかった」

聖「魔王二つ返事かよ!?今の一瞬で結構プライド失ったよ!?」

完全に力関係でおとしめられることになった魔王であったが、咳払いをすると立り上がり、高らかに要求を宣言した。

魔「それでは国王よ、叶えてもらおうか…隣国クリシスの若く麗しき第二皇女ヨシカの身柄の引き渡しを!!」

その要求の中身を聞いた途端、聖那ら3人も国王ヒロミも重い金縛りに遭ったような、かつてない緊張感に丸め込まれてしまった。

聖「…結局1番欲しいのは女ってことかよ!?」

現状、精一杯のツッコミであった。

チ「隣国クリシスの第二皇女って、まだ御歳12,3くらいじゃなかったっけ…?」

ハ「そうだね。魔王は実はただのロリコンだったってことでしょ」

魔「現代の地上、人間界を見て我は深く感動した…この世にこんなに可憐で神々しい少女がいたのだと!だが国境を越えてまで人攫ひとさらいをするようではモラトリアとクリシスとの間にも無用な争いを生み出しかねない、無用な争いで繫栄したこの国が廃れてしまっては本末転倒…ならばこの国を魔界の協力で一大国家に急成長させ、その見返りとして政略結婚の如くクリシスの第二皇女を手にする!これが我の真の目的なのだ!!たとえ人間界に序列を付けられようともこれだけは譲るわけにはいかぬのだ!!」

聖「魔王とは思えないほど平和的で健気!!でももう下心でしか理想語れなくなっちゃったよ!!」

ヒ「クリシスの第二皇女…その要求は受け入れられん!隣国の皇女を人柱にした上での繁栄など、国民にも周辺諸国にも示しがつかんではないか!」

魔「聡明なる国王は、いかなるケースも想定したうえで条件を提示してきたものと思ったのだがな。まぁ案ずるな、直ぐにとは言わぬ…期限付きの停戦協定のようなものだと捉えてもらって構わない」

禍々しい仮面越しに、不気味なにやけ顔が浮かんでいるのがわかった。国王ヒロミがなんでも要求を1つだけ呑むと不用心に提案してしまったのは、ヒロミもまた魔族を恐れている1人であることの証明であり、それを見越した魔王は自らが優位に立つ余地を限りなく残した条件提示をぶつけていたのであった。やはり腐っても魔王である。

ヒ「期限付きであっても…ヨシカ皇女は駄目だ…ヨシカちゃんは…俺が将来妃にと考えている女子おなごなんだからなあああ!!」

わなわなと震えていた若き国王は、机を強くグーパンして立ち上がり、精一杯に声を張り上げた。

聖「隣国の皇女をちゃん付けした!?」

ハ「え、そうなのそうなの?国王陛下ってヨシカ皇女とそういう関係なの!?」

チ「いや、そこまでお会いする機会も親しくしている様子もなかったと思うが…」

ハ「あー、陛下も所詮はロリコンってことね」

聖「ハル、それ以上つつくと多分命に関わってくるぞ」

しかし人間界の王も魔界の王もそんなガヤが耳に入らないほど、過剰なまでの睨み合いを利かせていた。

魔「交渉決裂だな…よろしい、ならば戦争だ」

かつてないほど冷たく恐怖心を煽るような声音で魔王が吐き捨てると、掲げた右手にたちまち大きな暗黒の魔力エネルギーの渦が発生し、応接室は突風で吹き荒れる戦場と化した。

魔「モラトリア国の王を討ち、我がこの国を統べ、そして隣国クリシスの第二皇女をなんとしてでも手に入れる!!」

ヒ「何をしている勇者セイナ!俺を護れ!俺とこの国を護れ!!いますぐここでこの憎き魔王を討ち滅ぼすのだ!!」

聖「うわあああ急に最終決戦になっちまったよちくしょう!!」

状況が状況なだけに、最早『負けイベント』などと考えているどころではなくなった。チアキとハルも戸惑いながらも戦闘態勢を整える。

魔「勇者よ、実に粋な計らいであった…お陰で躊躇ためらうことなく我が力を奮うことができる…!」

聖「やめてくれー!感謝してるなら強大な魔力的な何かで最終的に吹き飛ばしてくるのやめてくれー!!」

膨大な魔力弾を差し向けられて勇者の風上にも置けない悲鳴を上げていると、ハルが杖で聖那の背中の剣をコンコンと小突いてきた。

ハ「セイナ、いまこそ『夢幻』の力を発動して、魔王を撃退させて!」

聖「発動させるって、何をどうするんだよ!?」

ハ「使い方は伝承のままだけど…『夢幻』はその銘の通り夢幻ゆめまぼろしを見せる力を持つんだ。ちょっとやそっとじゃ解けないようなね。どんな幻術を見せるかを強く念じて剣を振れば、放たれた斬撃を浴びた相手をその幻術にかけることができるって感じ!」

聖「武器っていうより遠距離魔法道具の類ってことかよ!?」

よく見れば、確かに硬い物に当たれば簡単に砕けてしまいそうな翡翠色の刀身ではある。そんなことより、この状況を一発で鎮めるだけの幻術を直ぐにでも考えなければならない。幻術というよりハッタリだ。この場を凌ぐために最も有効なハッタリはなんだ?相手は元より戦闘意思のない意識高い系の魔王…このいさかいの発端は…目的は隣国の第二皇女…。

魔「勇者も国王も…まとめて吹き飛ぶがいい!!」

聖「さ…させるかああ!!」

即興の幻術を思い浮かべながら、勇者聖那は一思いに『夢幻』を振り回した。一思いに振り回した結果、かなり広範囲のライトグリーンの衝撃波が応接室内に広がり、魔王を吞み込んだ。視界が眩しい光で溢れてから、もとの室内の明るさになるまで10秒近くかかった。

 

聖「…上手くいったのか?皆大丈夫か!?」

チ「…ああ、問題ない」

ハ「ボクも大丈夫。で、魔王はどうなった?」

振り向くと、先程まで盛大な魔力と恐怖心を放っていた魔王は膝から崩れ落ち、ガックリと項垂うなだれていた。

魔「…そ、そんな馬鹿な…それではもう、諦めるしかない…」

ボソボソと呟いたと思ったら、立ち上がって例のワープホールを展開し、そそくさと室内から去って行ってしまった。

魔「覚えていろ人間…いつか必ず、また我は再臨するのだ…!」

恨めしいというよりは悔しそうな、悲哀に満ちた捨て台詞であった。

チ「ふぅ、一時はどうなることかと思ったが…これで魔王を退けたと言っていいのか?」

聖「いいんじゃね?一応目的はし折ったわけだし、幻術がかかっている間は不貞寝ふてねしてるんじゃないの。どれだけ効果が続くかは知らんけど」

ハ「ねぇねぇ、魔王にはどんな幻術をかけたの?面白いくらい残念な感じで帰っていったけど」

聖「早い話、第二皇女を諦めてもらえれば済むからな。『隣国の第二皇女は既にイケメンの許嫁と成婚予定で身重みおもである』って幻術にした」

チ「うーわ、あの若さで身重とかエグい設定にしたな…よくそんなハッタリが利いたもんだ」

聖「あの魔王は過剰なまでに純真だったしな…余程第二皇女に惚れ込んでいたってのもあるかもしれないが」

ハ「ああ、だから国王陛下もうずくまって悶えて悲哀に満ちているのね」

見遣ると、若き国王ヒロミも『夢幻』の幻術にかかっており絶望に打ちひしがれていた。

ヒ「う、嘘だ…そんなことが…信じたくない…けど…ああ、俺はどうすれば…」

聖「あちゃー、剣を振り回しすぎて国王様にもハッタリがかかっちゃったか」

チ「おおいどうすんだよセイナ!?このままでは公務に支障が…ていうかクリシスに顔向けできなくなるぞ!?」

聖「まぁスキャンダルみたいなハッタリなわけだし、公然とそういう話をすることもないでしょ。いつまで効果が続くかは知らんけど」

ハ「何はともあれ一件落着だね。この『夢幻』はロリコン退魔剣として歴史に語り継がれることになるだろうね」

聖「ってそんな品のない継承の仕方はやめろ!!」

ハ「ボクはこの国の史実を記録する仕事も担っているからね…甘い物奢ってくれたら考えてあげるよ!」

聖「ここにきて新しい設定を追加するのは…てかおまえまだ食べる気なのか?」

ファンタジーによくある勇者が魔王に挑む話ですが、「国王が最初から解決できればよくね?」という素朴な疑問から今回の短編が出来上がりました。一応この作品の舞台は現実世界の大学なのですが…今回のようなファンタジー展開も結構出てくると思います。あといつもの登場キャラが急に性別変わったりとか。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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