Moratorium Crisis(モラトリアム・クライシス)

いつだって、日常は斜め上の方向に急加速していく。
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③クロスロード宗教戦争

公開日時: 2021年11月13日(土) 15:46
更新日時: 2021年12月8日(水) 22:30
文字数:9,201

季節はまだ春だが朝から曇天が広がっており、正午になって紀尾井大学に付属しているチャペルの鐘が鳴り響いても、まだ肌寒さを感じる金曜日であった。都心にある大学敷地内は高層の建物が立ち並んでいることもあって、ビル風のようなものが吹き荒れており余計に寒さが身に染みる。2時限目の講義を終えた茂良野聖那もらのせいなは、昼食の宛を探しにキャンパス内のクロスロードへと進み出た。

聖「今日は昼飯どうすっかなー、寒いから外にラーメンでも食べに行くかな…」

曇天を見上げながら呟いていると、風に煽られて1枚チラシのような紙が膝にぶつかってきた。迷惑そうにそれを拾い上げ、ゴミ箱に破棄するべく丸めようとすると、何やら仰々しい文言が連なっているのが目に入った。

聖「何だこれ…紀尾井大学クロスロード広場の高層ビル建設反対…?」

「広場の高層ビル建設反対にご署名をお願いしまーーす!!」

「我々の数少ない憩いの場は剥奪されるべきではありませーーん!!」

気付けばクロスロードの一画を占めている広場に人だかりができており、シュプレヒコールが繰り返されている。しかもその集団の中心で拡声器を握っているのは、聖那の良く知る2人の友人であった。あからさまな溜息をこぼしつつも、その2人の下へ足を運んでいった。

春「やぁ聖那、元気にしてるかい?」

千「聖那もここに署名してくれ、特に理由は訊かないでいいからよ」

聖「拡声器で人に話しかけんじゃねぇ、うるさいし恥ずかしいわ」

こちらに気付いた鳥井千亜紀と安室春が、拡声器を口元に翳しながら話しかけてきた。

聖「で、理由は是非聞かせてもらいたいんだが、おまえら何やってんの?」

千「んなもん見りゃわかるだろ、大学運営に対する反対デモ…いや署名活動だ」

春「いま僕らが立っているこの広場に、17階もの高層ビルの建設計画があるんだ。ただでさえ狭苦しいこのキャンパスに唯一確保されているこの多目的広場を潰されてしまっては、学生の伸び伸びとしたキャンパスライフに支障を来してしまう。例えばこの昼時にランチスペースを広げている人もその場所を追われてしまう。この広場を維持したいという意思を持つ同士…いや学生を僕と千亜紀が先だって集めているというわけさ」

都心に位置するこのキャンパスは狭い敷地ながら学生数は多く、昼休みの学食は毎日混雑しており、コンビニ飯や出張販売車の弁当をベンチで食べる学生も目立つ。そんな学生の占有比率が高い多目的広場が潰されれば、不自由を強いられるという主張のようだ。

聖「言いたいことはわかるが…そんなに固執するほどのものでもないような」

千「いやいや、ここが潰されたら大量の昼飯難民が出るってことなんだって!」

聖「そもそもおまえらそんなにこの広場で昼飯広げることないじゃん」

春「問題は昼飯難民だけじゃないんだよ。文化祭を含め色んなイベントに運用できるキャンパス唯一の開放的なスペースが失われることがこの反対運動の争点なのさ。そもそも高層ビルが建つことで常時圧迫感に覆われるようなキャンパスにすべきではないって言い分もあるし」

拡声器を持つ2人の背後のデモ集団も様々に声を荒げている。こうしたデモ活動はいつの時代もあまり良い印象を感じ得ないものであるが、徐々にヒートアップしてきているような気がして聖那はちょっと後退る。

聖「…なぁ、こういうのって程々にしておいた方がいいんじゃ…」

「そこまでだ、デモ活動の学生ども!」

すると背後から、通りの良い聞き覚えのある声による一喝が飛んできた。振り向くと、友人の1人である倉吉紘未がスーツを着こなして仁王立ちしており、紘未の背後にも同じスーツ姿の学生が十数名程控えてこちらを睨み付けてきていた。

春「これはこれは、総務委員長の倉吉さんじゃないですか」

千「俺たちを止めに来たってか!?随分と偉くなったもんじゃねぇか!!」

紘「偉くなったつもりはないんだが…おまえらの無様な姿を見てられなくなってなぁ」

千「んだとコラァ!?この広場は絶対潰させねぇからな!?」

怒号が巻き起こり、早くも一触即発な険悪ムードになってきた。聖那はいつもくだらない茶番を演じ合っている友人3人がこの険悪ムードの中心で対峙しているという現実に戸惑うほかなかった。

聖「おい、取り敢えず落ち着いて…場所を替えて話し合った方が…」

紘「おまえら、一体何に執着してやがるんだ?どうせ大したことじゃないんだろう?」

春「随分と粗末に見られたものだね。昼飯難民の増加やイベント会場の制約、総務委員として軽んじていいものなのかい?」

春はいつもの会話トーンを維持しているように聞こえるが、それでも背後のデモ集団の扇動に繋がっている。

紘「もちろん軽んじてはいない。新しく高層ビルが建つとはいえ校舎の一部だ。テラス付きの大きなカフェテリアやいくつもの多目的ホールを設ける予定になっている。建物の中なら今日みたいな曇天から雨が降りしきっても昼飯難民を抑えることは可能だ。それでもまだ運営側に反対する理由があるか?」

春「くっ…そんな配慮をしているとは」

聖「え、めっちゃ簡単に論破されてない?」

千「反対する理由大アリだ!このキャンパスが益々狭苦しく感じるだろうが!自ら大学の魅力を下げてどうすんだって話だ!」

紘「狭苦しく感じるのは最初だけだ、すぐに慣れる。それに新設のビル内には新しい研究室をいくつも増設する。これは学生生活の資質を向上させるものと考えるが?」

千「くそ、紘未のくせに真っ当なこと言いやがって!」

聖「だからあっけなく敗れすぎだっつの!大丈夫なのかよ?」

紘「そのうえビルの上層部は一般企業にもテナントとして賃貸する計画がある。家賃収入も今後の学校運営に組み込まれることになっているのだ。ビル建設に反対するおまえらにこの収益の代替案が出せるのか!?」

千「なんだと!?外部の人間も流入してくるなんて初耳だぞ!?」

春「これほどまで大規模な計画が練られているとは…」

聖「いやおまえら全然情報収集足りてねぇじゃねーか!!さっきから口先だけかよ!?」

デモ部隊からもざわつきが漏れ出している。動揺しているのは明らかで、紘未がゴミを見遣るような眼差しを向けて一歩前に出る。

紘「さぁ、大人しく解散してもらおうか!今ならこの騒動を不問にしてやってもいい!」

千「ば…馬鹿野郎!仮に学生のニーズを満たすビルが建設されたとしても、完成までの間は学生に窮屈なキャンパスライフを強いることになるんだぞ!?それが学生の意見も無くして許されていいってのか!?」

春「そうだそうだ、入学時期によってキャンパスライフに不自由が生じるようなことはあってはならない!」

紘「愚問であり屁理屈だな…おまえらが駄々をねるまでもなく、すべてはお上の思し召しなのだ!!」

紘未が高らかに一喝すると、遠くの曇天から雷鳴が聞こえてきた。いまにも雨が降り出しそうなほど空が暗い。だがデモ部隊はひるむことなく、怒号交じりの反発を続けている。

春「こんな横暴が許されてなるものか!神に誓って我々はこの土地を死守する!」

千「その通りだ!俺たちは与えられた使命をただ全うするのみだ!!」

ここに来て聖那は目の前の応酬に何か引っかかり始めた。何か、ニュアンスが少しずつ変化していっている気が…?

紘「フン、やはりな…おまえら、大学のビル建設反対は所詮建前なんだろう?そこにオフィスが建とうが行楽施設が建とうが関係ない。ただこの広場一帯を掘り返されることを回避したいだけなんだろう?大学側に隠されて埋まっている聖域を護りたいがためにな…!」

聖「…は?何だって?聖域が埋まってる…?」

違和感を抱いていたところに、違和感しかないワードが突如として降りかかってきた。」

千「へっ…まぁ大学側が気付いてないわけないよなぁ、そっちこそ最初から俺たちの聖域を潰すいい機会を見つけたようなもんだろう?」

春「最初から全面戦争だっていうのは覚悟してるんだよね…」

また雷鳴が近づき、突風が広場一画を襲った。聖那が次に目を開けると、千亜紀と春を始めデモ部隊が一斉に身をひるがえし、一瞬でダークグリーンのローブをまとっていた。

千・春「我ら『モラト教』の聖なる地下礼拝堂は何人たりとも破壊させるわけにはいかない!!」

紘「調子に乗るなよ異端の信仰者ども!!」

聖「なーんで宗教戦争みたいなことになってんだ!!?」

繰り返される雷鳴の下、殺伐とした雰囲気は斜め上の方向に様相を変えつつあった。

紘「聖那、これは宗教戦争そのものさ。俺らの大学が外国の某宗教系列の団体による運営だってのは知ってるよな?」

聖「あ…は、ははい」

傍観に徹していたつもりが紘未から解説を持ち掛けられ、余所余所しい変な応答をしてしまった。

紘「この大学が創設されたとき、教育方針を巡ってその団体は二分した。社会的エリートとして資する素養を追求する宗派と、自由で多角的な教養を育むことを理念とする宗派…後者はあろうことか独自の教典教義を生み出し大学に根付こうとしたため、異端派閥としてこれを弾圧し追放した。しかしその後入学した生徒の中に異端派閥の息のかかった者がいたのだろう。大学敷地の隅の地下に秘匿ひとくされた礼拝堂が造られ、『モラト教』なる信仰が続いた。その信者である卒業生が大学運営にも関わるようになり、いまではお上である学校法人にも異端信者が紛れ込んでいてこのデモ部隊を扇動している可能性が否定できない…そういう緊迫した状況なんだよ」

聖「闇が深すぎるだろこの大学!?時代感覚がおかしくない!?」

春「そう、このビル建設の情報だって元は運営に紛れている同士であるOBから得たもの…我々の聖域を護るために動いているのはこのデモ部隊だけじゃあないのさ…!」

聖「その割には情報量めっちゃ薄かったけどな!?」

千「神は言っている…!我らの聖域は滅ぼされる定めではないと…!!」

聖「だあああもう似合わない台詞せりふ続けるなって!おまえら一体いつからそんな如何いかがわしい宗教に入信しちまったんだ!?」

仰々しい雰囲気にいよいよ耐え切れず、毅然としている千亜紀と春に詰め寄っていく。

千「いつからって…入学した時の新歓で声かけられただけだけど?」

春「そういや聖那はサークルとかそういうコミュニティを忌避してたからあのときいなかったよね」

大学の新歓ではクロスロードが数多の部活やサークルからの勧誘の手で埋め尽くされ、入学したばかりの聖那はとても立ち入る気になれず、千亜紀と春とは早々に別行動をとっていた。成程、新歓に扮するなどして謎の宗教への手引きがなされているというわけか…。

春「ていうか、僕たち聖那が想像しているような薄気味悪いカルト集団とかそういう類じゃないからね?」

千「そうそう、俺たち大学生は当然にモラトリアムを享受し、限られた時間を自由に過ごしていいんだと唱えているだけなんだよ!」

紘「…その思想を『モラト教』などと神格化してまでのたまうことが低俗なのだとお上は当初から仰っているのだがな」

『モラト教』の布教を阻止しようと思ったのか、紘未が聖那の方へゆっくりと歩み寄って来た。

千「おまえこそお上お上って馬鹿の一つ覚えに、窮屈そうで哀れなこった。本音はもっと自由にはっちゃけたいんじゃねぇのか?」

聖「リア充っぷりなら紘未の方が断然上だけどな。毎日公私にアホみたいなスケジュール熟しているし」

紘「そうだ。おまえたちにはメリハリがない。モラトリアムと怠惰を履き違えてもらわれては困る。この大学から怠惰を貪る卒業生ばかりを輩出するようでは、お上である運営に、ひいては我々の大学を創り導かれた御神に示しがつかない!!」

聖「そ、それは俺にも大分刺さるんだが…」

帰宅部なうえにバイトや課外活動に励むでもなく勉強しかしていない聖那にとって、怠惰とはまではいかずとも単調なキャンパスライフを送っていることは否定できない。

千「だぁからおまえらは意識高すぎ系なんだっつの!おまえらこそ崇高な信奉めいた理念を押し付けて来るんじゃねえ!!」

春「当然聖那はこっち側の人間だよね。キミこそモラトリアムを体現している、我々の思想に叶う学生と言っても過言ではない」

紘「ぬかせ!学業優秀の聖那をおまえらのような腑抜けた学生集団と同類扱いにはさせん!聖那こそ我々の神に応え得る学生足り得るのだ!」

聖「おいこらてめぇら!野郎が挙って俺を引っ張り合ってんじゃねぇ!気持ち悪いだろが!!」

そのとき、まさに宗教戦争の只中で両サイドから身体を引き伸ばされていたその付近を狙って、天空で唸りを上げていた雷がいよいよ落ちたのか突然ほとばしる閃光と衝撃が襲い掛かり、周囲の学生は皆成す術無く吹っ飛んだ。

聖「いってぇ…な、何が起きたんだ…?」

衝撃で耳がキーンとなっており頭もクラクラしているが、何とか地面に叩きつけられた身を起こして爆心地を見遣ると、いつの間にかそこに1人の大柄な人間が立っていた。羽織っている純白のローブが強風に煽られて小煩こうるさくはためいており、太ましい腕を組んで、眼鏡を通して厳かな表情でこちらを見下ろしている。

聖「…え?もしかして石須賀さん…?」

「私は石須賀ではない。私は神だ」

どこからどう見てもこれまで見かけた石須賀にそっくりなのだが、その男は何を躊躇たmらうことなく神を自称してきた。

聖「…いやいや、その声も図体もまんま石須賀さんですよね?」

千「も、もしかして貴方は、我ら『モラト教』の神、モラトリアでは…!?」

春「モラトリア神が我々の窮地にいよいよご降臨くださった!!」

聖那の疑念を他所に、千亜紀と春は神と称する石須賀を見るや否や平伏し、仰々しくへりくだり始めた。他の吹っ飛ばされていたデモ部隊ことモラト教信者も続々と何か似たようなことを唱えながら神に向かって平伏し始めた。

紘「だからそんな程度の低い神がおわせられるものか!この御方こそ我らの学び舎を導かれた神であらせられる!おまえらのような怠惰な学生を成敗するためにご降臨なさったに違いない!!」

背後では紘未が負けじと声を上げ、紘未の取り巻きもひざまずいて神に向かって祈りを捧げる姿勢を取っていた。神を中心に2つの陣営が取り囲むようにこうべを垂れ、突っ立っているのは神(?)と聖那だけになった。

聖「おいおいどうなってんだよこの状況…てかあんた急に現れて神なんて自称して、どう収拾つけてくれんだよ!?」

なんかもう離れようにも離れたら離れたで明日を迎えるのがなんだか怖いので、この石須賀っぽい男がどうにか話をまとめてくれることを期待するしかなかった。やがて男は両手を腰に当て、生徒を指導する教師のように周囲を見渡して喋り始めた。

神「…いやあのさ、おまえら人間が何と言おうと神は俺だけだから。おまえら人間がどんな理由でどんな名前で神を呼んでいようが詰まるところ俺に収束するんだよ。わかる?」

聖「え、何このオラオラ系の自称神…」

やたらと当たりの強そうな教師みたいな口ぶりに、首を垂れていた両陣営が騒めき始める。

千「えと、あの、神、様…は、我々の地下礼拝堂を護って下さるんですよね?」

春「我々は貴方を崇拝しております!我々のモラトリアムをどうか御護りください!!」

神「えー、礼拝堂引っ越せばよくね?」

恐る恐る声を振り絞る『モラト教』の千亜紀と春に対し、神は何とも素っ気ない回答を下した。

千「え…?まじですか?」

神「だって礼拝堂つったってただおまえらが遊ぶのに都合がいい溜まり場と化してるだけで、年月を重ねるごとに溜まっていった電化製品やらレトロゲーの筐体きょうたいやら大量の食糧やら衣類やらエロ本やらをまとめて引っ越すのが面倒だからこうしてデモなんかやってんだろ?この際処分するものは処分して新しい遊び場を部室棟のどっかに作れよ」

千「うっ…そ、そうですね…」

聖「って図星なのかよ!?くだらない実態にも程があるだろ!?」

神「それに崇拝っつったって礼拝も何もしてないしな。おまえら布教のための活動月に何回やってるよ?」

春「つ…月に2回です、第2と第4の水曜に…」

神「あーダメダメ、礼拝は毎週日曜にやらなきゃ。そうじゃないと礼拝堂名乗っちゃダメ」

聖「めっちゃボロクソに言われてる!まじでただの怠惰な学生の集まりじゃねーか!!」

紘「はっはっはっは!傑作だな!自ら崇めていた神によって聖域を解体されられてしまうようでは世話はない。やはりこの御方は我が大学を正すためにご降臨なさったのだ!!」

『モラト教』が徐々に委縮していく様子を紘未が高らかに嘲笑していたが、神は一段落ついたのか今度は紘未の方に歩み寄って来た。

神「あんたが総務委員長さん?あのねぇ、ビル建設するのはいいんだけど、その期間中お弁当の販売車が来なくなっちゃうんだよね。あの唐揚げ弁当が食べれなくなるのは口惜しいからさ、何とか交渉してわかりやすいとこに車付けてもらってよ」

紘「えっ!?は、はい、善処いたします…」

聖「おいこの人やっぱり石須賀さんだろ。少なくとも神じゃなくて一学生だろ」

神「あとさぁ、これから建つビルって17階建てだっけ?なーんか中途半端なんだよね、思い切って52階建てとかにできない?」

紘「ご、ごじゅっ!?いやそれはさすがに…」

神「52階建てにしてさ、学生レベルのカフェテリアに限らずもっと美味い料理店入れたりとか、アミューズメント関係やファッション関係も詰め込んでよ。映画館とかもあるといいなぁ。そうすりゃ態々わざわざ電車乗って新宿やら渋谷やらまで足を運ばなくてもいいし」

聖「神なのに普通に電車乗るとか言っちゃってるよ!?」

神「あ、夜はいい感じでライトアップしてくれれば…」

紘「いやちょっ…ストップストップ!そういうの条例とか都市計画とか色々引っ掛かっちゃうんで…」

神「あ?神の前に条例も都市計画も無意味だろ?神の思し召しなんだから善処に善処を重ねたまえよ」

紘「は、ははあ…?」

その後も勢いのまま自称神が大学に関わる注文(大半は無理難題)を矢継ぎ早に取り付けていくので、紘未は狼狽ろうばいし徐々に憔悴しょうすいしていった。

神「あーあとチャペル内の俺の肖像画、もうちょっとイケメンに描いたの飾るよう手配しといてね、んじゃ後よろしく~…ぶえっくし!うわーさむ…こんな服装で来るんじゃなかったわ」

聖「いや待てやコラ!?好き放題言うだけ言って帰るんじゃねぇよ!?」

満足そうに立ち去ろうとしていた自称神の男を、不覚にもツッコミで呼び止めてしまった。

神「…不躾ぶしつけな学生だな。私は神だぞ?神が信じられぬとでも言うつもりか?」

聖「ああ、信じられねぇよ。神なら黙って見守りやがれ。俺らはロクでもない奴らばかりかもしれねぇけど、限られた時間の中で思い思いにキャンパスライフを送ってんだよ」

なんだか大言壮語を吐いたような気がしたが、聖那自身の単調と認めざるを得ない学生生活まで否定されそうな予感がして、不思議と後悔はなかった。

神「…フッ。おまえの中でしっかり信じているものがあるのなら、それはそれで構わんよ。信念をもって、堂々と生きることだ」

自称神の男はこちらに背を向けたまま、しかし注目する学生全員に聞き及ぶように言い残して、キャンパスの陰に去って行った。気付けば風は収まり、分厚い雲に覆われた空からは所々光が差し込んできていた。まるで嵐が去ったようであった。

聖「…やっぱりあれ石須賀さんだよなぁ、色々大丈夫なのかな、あの人」

 

土日の休みが明け、月曜日になった。聖那のこの日の時間割は午後からの大教室での講義であり、アイスコーヒーを飲んで昼食後の微睡まどろみを抑えつつ、早めに着席して始業を待機していた。

千「よう聖那!夕方暇か!?」

後方の座席にバッグをどさりと下した千亜紀が話しかけてきた。春も一緒である。先週の宗教戦争沙汰があって以来だったので、聖那はややぎこちなさを隠せなかった。

聖「あ…ああ、とくに予定はないけど?」

千「部室棟の地下にレトロゲーの筐体があるんだとよ!一勝負やってかねぇか!?」

春「もちろん一番負けた人が今度の飲み代の奢りってことで」

聖「そ、その筐体って、まさか地下礼拝堂にあったやつ…?」

千「ちかれいはいどう…どこの話してんだ?」

春「礼拝堂はこの大学にはチャペルが1棟あるだけだけど」

恐る恐る訊いたのに、2人にはキョトンとした表情を返されてしまった。

春「礼拝堂にレトロゲーの筐体が置いてあるわけないじゃん」

千「そうそう、変なこと気にせず部室棟の地下に行こうぜ!」

紘「さっきからその話、聞き捨てならないな…」

会話をどこから聞いていたのか、いつの間にか教室に入って来ていた紘未がいぶかしむような声音で言い寄ってきた。まさか、また信奉めいた言葉を並べて大学の規律を正そうと迫ってくるのか。

紘「…そのゲーム、俺にも1枚噛ませろ」

聖「っておまえも遊ぶんかああい!?」

紘「え?なんだよ聖那、俺が混じったら都合悪いのかよ?それともビビってんのか?」

聖「おまえらのリアクションにビビってるわ!!先週あれだけ『モラト教』だの神に応え得る学生だの衝突しといて、何事もなかったかのような日常に戻りやがって!!おい、この話は結局どうなったんだよ!?」

思わず声を荒げ、聖那はバッグに仕舞い込んでいた捨て損ねのチラシを引っ張り出し、3人の前で机に叩きつけた。

千「えー、何々…?紀尾井大学クロスロード広場の高層ビル建設反対…?『モラト教』…?うわ、シンプルに怖いな」

春「こんな如何わしくて過激な団体がこの大学に潜んでいたとはね…」

紘「おい聖那、どこでこのチラシを手に入れた?下手したら警察沙汰になるかもしれねぇから総務委員として確認しときたいんだが」

見事なまでに何も知らないような反応を返され、逆に聖那自身の方が戯言たわごとを並べているようにしか見えなくなりつつあった。

聖「それは、おまえら、先週、クロスロードのあの広場で…」

窓から見える風景を指差しつつ振り向くと、広場は既に工事用の高いフェンスで囲まれており、重機が地面を掘削し始めていた。

紘「お話の広場は先週からもうとっくに工事に入ってるぞ。土日の間に下準備は終えたんだろ」

地下礼拝堂なんて最初から存在していなかった…?先週の出来事は現実ではなかった…?混乱する頭に、アイスコーヒー(ブラック)の苦みが込み上がってきてなんだか気持ち悪くなってきた。

聖「…悪い、俺早退するわ…出席の代返頼んだ」

そう言い残し、聖那は荷物をまとめて足早に教室を去った。

春「どうしたのかな聖那、またヘンな夢でも見てたのかな」

紘「さぁな。てか、聖那が代返頼むなんて珍しいんじゃねぇか?」

千「うむ、そういやあいつの出席番号知らねぇや…一応メッセ送るけど返事来るかね?」

 

同じ頃、キャンパスの隅のベンチでは石須賀が移動販売車で買った唐揚げ弁当を広げ、なんとも美味そうにもりもりと平らげていた。

数年後、予定通り17階建ての高層ビルが建ったという。

お察しの通りかもしれませんが、筆者はモデルにしている某大学のOBです。

当時はよく移動販売車のほか弁を買って広場で食べていたのですが、そこに高層ビルが建ち始めたので昼飯難民になりました。でも大学周辺がオフィス街なので(混雑を掻き分けて)色んなランチを味わうきっかけにもなりました。カツレツ屋さんがお気に入りでした。

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