「ア、アルティナ殿! 一体何を、むごがぁっ!?」
流石に抗議の声を上げたクレスタだったが、屈んだままの姿勢でアルティナがスカートの裾を捲り上げ、ふくらはぎに括り付けていた物を取り出して躊躇いなく彼の口内に突っ込む。更にそれの左右に伸びている紐を彼の後頭部に回し、そこでしっかりと結びつけてしっかりと固定してしまった。
「う、うえぁ、おうっ!」
ここまで驚くほどの短時間でやり遂げてしまったアルティナは、床に転がっているクレスタと眺めながら、(やっぱり騎士団工作部隊開発の拘束具は、優れ物だわ)と道具の使い勝手の良さを改めて認識し、開発担当者の能力に感心した。そこでゆっくりと立ち上がったアルティナは、酷薄な笑みを浮かべながら無様な彼を見下ろす。
「口の中に入れた物は細かい網目状の布地の中に、水分の吸収率と膨張率が抜群の、乾燥させた海藻の繊維質を寄り合わせた物が入っています。唾液を少しずつ含んで口の中で膨らんで、大声が出せなくなりますの。ですから、遠慮なく呻いても宜しいですよ?」
「はっ、はごえっ! ろうな、おどうすえ!」
「はい? 何を仰られているか、全く聞こえませんわ。ここら辺に力を入れて、お喋りあそばせ!!」
「ぐばぁっ!」
明らかに顔色を変えて訴えてきた相手の腹部に、アルティナは容赦なく渾身の蹴りを入れる。そして相手が涙目で身体を丸めて縮こまろうとする中、組み合わせた指をわざと盛大に鳴らしながら低い声で恫喝した。
「うふふ……、クレスタ様は私の事を可愛がってくださるそうですから、私も私なりの方法で、クレスタ殿を可愛がって差し上げますわ。両親の話では、クレスタ様の魅力はお腹の皮下脂肪だから、存分に堪能してくるように言われておりますし」
「ぐほっ、うがぁっ、や、なんあ」
しっかり誤解を招くように両親の指示であると告げたアルティナに、クレスタが驚いて目を見張る。しかし彼女はわざとらしく「両親」という言葉を繰り返し、彼等が承知の上だとほのめかした。
「両親の話では、クレスタ様には被虐趣味がおありとか。それを公にできないと困っておられて、思い余った末に父に相談されたことで私に白羽の矢が立ったと聞きました。両親から『もう我慢なんかしなくて良い。クレスタ様とお似合いよ。思う存分おやりなさい』と言われました。この縁談の話を聞いた時は、望外の幸運に思わず歓喜の涙を流しましたわ」
「ふぇっ、うえぇぇっ! いあうっ!!」
そして恫喝口調から一転、今度は恍惚とした口調であらぬ方を見上げながら独り言のように告げるアルティナを見上げて、クレスタの顔色は死人の如く白くなった。そんな彼を見下ろしながら、アルティナが晴れやかな笑顔を振り撒く。
「私、幼い頃から破壊衝動が止められなくて、無抵抗の使用人達を何人も半死半生の目に……。あ、お断りしておきますが、死者は出しておりませんのでご心配なく。あっさり殺してしまったら、つまらないですもの。『生かさず殺さず』が私のモットーですから、これから末永くお付き合いくださいませ」
「よ、ひょうあんひゃ、あいおっ!!」
「今日、こちらに伺うにあたっては、両親からくれぐれも粗相のないようにと言い付けられておりますので、力一杯精一杯クレスタ様を愛でさせていただきますわっ!!」
「ぐげぇっ!!」
宣言すると同時に、アルティナは先程蹴った腹を体重をかけて思いきり踏みつけた。そしてそのまま不敵に微笑む。
「安心なさってください。他の方とのお付き合いもあるでしょうし、服の下だけに跡を残して差し上げます。これから長いお付き合いになるのですから、そこの所はきちんと信用していただきたいですもの。今回は顔合わせの、お試しですものね」
「ぎぇっ!! ば、ばえでっ!!」
「さあ、軽く鬱憤晴らしといきましょうか……」
「ひぃっ! ああめへっ!」
そして屈んだアルティナは、再びスカートの裾から手先から肘まで位の長さの棒状の物を取り出し、恐怖に震えるクレスタの眼前に突き出しながら不気味に微笑んだのだった。
「これだけの物を隠して堂々と持ち歩けるなんて、こういうビラビラしたドレスも意外に有用性があったのね。今の今まで毛嫌いしていて、真面目に考えてみたことがなかったわ。その辺は反省しないといけないわね」
それなりに最近の鬱憤晴らしを終えて部屋を出たアルティナは、廊下を歩きながらしみじみと自分の服装についての感想を口にした。その内容をユーリアが聞いたら「そういう用途で、ドレスを着る方なんていません!」と突っ込まれそうだが、周囲に全く人影は皆無であり、窘められる心配もなかった。そして漸く廊下の向こうにメイドの姿が見え、さり気なく声をかける。
「あの……、すみません」
「え……、えぇ!? あ、あの、どうかされました?」
その動揺っぷりを見れば、アルティナが今頃はクレスタと共に寝室にいると思っていたのは明白だったが、そんな事はそ素知らぬふりで如何にも困ったように申し出る。
「執事の方を呼んでいただけますか? クレスタ様が何やらお疲れのようで、座って少しお話ししているうちに、急にお眠りになってしまって……。無理矢理起こすのも申し訳ないのでそのまま暫くお待ちしてみたのですが、全くお目覚めになる気配がないものですから……」
神妙にそう告げると、そのメイドは動揺しながらも頷く。
「こちらで少々お待ちください! 只今、呼んで参ります!」
「お願いします」
軽く頭を下げたアルティナは、狼狽著しい彼女を見送ってほくそ笑んだ。するとすぐに先ほどのメイドが、若干険しい表情の執事を伴って戻って来る。
「アルティナ様。旦那様がお休み中とか」
「はい、そちらの部屋です。様子を見ていただけますか?」
「分かりました」
出て来た部屋をアルティナが手で差し示すと、彼は足早に向かってドアを引き開けた。そして長椅子に横たわって目を閉じている主に駆け寄り、軽く身体を揺すりながら呼びかける。
「旦那様! どうされました?」
「……ゅで、……、がい……、……けも……、っ……」
僅かに身じろぎして声は漏らすものの、目を覚ます気配のないクレスタに、彼は当惑した表情になった。ここで背後から、アルティナが声をかける。
「クレスタ様は、最近お仕事がお忙しかったのですか? それなのにわざわざ私の為にお時間を割いて頂いて、申し訳なかったです」
「はぁ……」
一々運ぶのも面倒くさいとクレスタを蹴り転がしながら寝室から移動させ、気絶した彼を苦労して長椅子に引きずり上げて寝かせたアルティナは、そんな事は微塵も感じさせずにしおらしく提案した。
「取り敢えず寝室の方に運んで、ゆっくり休んでいただきたいのですが」
「確かに、その方が宜しいでしょうね」
その執事は溜め息を吐いて同意し、控えていたメイドを振り返って指示を出した。
「おい。ここに、ギルとアーガスを呼んできてくれ」
「分かりました」
とても一人では主を移動できないため、使用人をメイドに呼ばせに行かせた執事に向かって、アルティナは当然の如く要求を繰り出す。
「それでは、馬車を一台用意していただけますか? 我が家の馬車で母が帰ってしまいましたので、それで屋敷に戻りますので」
「……少々お待ち下さい、手配致します。取り敢えずアルティナ様は玄関まで移動していただけますか?」
「分かりました」
彼は一瞬舌打ちしそうな表情になったものの、恭しく頭を下げて歩き出し、アルティナはその後を無言で進んだ。
(上手くいきすぎて拍子抜け。予想以上の戦利品も確保できたしね)
無事にこの屋敷から立ち去る算段を付けたアルティナは、玄関に向かって歩きながら太腿にくくりつけてきた物のことを考え、一人静かに笑みを零した。
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