そんな中、冴香の一言が俺たちの注意力を彼女に移させた。
「あっ、そうでした! チームの名前を決めないといけませんね」
「チーム? どういう意味なの、冴香さん?」
「さっき菜摘さん、ビッグ・デルタとか言っていたじゃないですか。私たちのユニットの名前、トリニティノートを思い出したので、やっぱりここは新しい名前を考えたほうがいいんじゃないかなって。ほら、せっかくみなさんがここに集まって、一緒にここから出るために頑張ってますし……少し余計だったでしょうか?」
冴香の微かな心配を、俺は躊躇なく力強い言葉で追い払った。
「いや、いいアイデアだと思うぜ。その方がチームワークの向上に繋がるからな」
「ふふっ、ありがとうございます、秀和さん」
冴香の愛おしい笑顔は、重い不安に苛まれている俺の心を癒してくれる。
「わたくしも賛成です。では、どのような名前に致しましょうか?」
真面目な千恵子も、ウキウキとした表情を顔に浮かべ、話をうまく進めた。
「へへっ、面白そうじゃねーか。何を隠そう、実はもう考えてあるんだぜ」
「へー、どんな名前なの?」
何かが閃いた聡に、優奈は無関心そうに質問する。
「聞いて驚くなよ! スーパーウルトラ・アルティメットシャイニングバースト……」
やたらと格好よさそうな英単語を、聡はまとまりなく並べている。これはチームより、必殺技の名前に似合いそうだな。
「だっさ~! そんな長い名前、呼べるわけないでしょうが!」
「うわぁぁぁー!!!」
自分が格好良いと思って工夫を凝らした名前があっさりとボロクソを言われて、失望のあまりに聡は両手で頭を抱えて、声の限りに叫んだ。まあ、当たり前の結果だな。
「う~ん、急に名前を考えろって言われてもね……ねえ秀和くん、何かいいアイデアはない?」
知恵を絞ってもなかなか思うように閃かない菜摘は、俺に振ってきた。やれやれ、結構すぐ頼っちゃうんだな。
「ああ、あるぜ」
「凄い、さすが秀和くんだね! どんな名前か聞いてもいい?」
「そうだな……『脱兎組』と名付けておこうか」
「らんにんぐらびっと? 走るウサギのこと?」
「ああ、その通りだ。脱兎組と書いて、『ランニング・ラビット』と読むんだ。ほら、ウサギって逃げ足は早いだろう? それにウサギはかわいいし、女子受けもいいじゃん」
「うんうん、確かに! それに語呂もいいから読みやすいよね~」
俺の考えに、何の反対の意見もなく快く賛同する菜摘は、嬉しそうに頭を縦に振るっている。
「でもね~、逃げるって何だかネガティブなイメージが強い気がするわ……」
一方優奈は、眉間をひそめて承諾を渋っているようだ。
「そう難しく考えなくていいんだぜ。逃げることは、別に格好悪いことじゃねえぞ。戦いにおいて、自分の力不足を知って、一時撤退することも少なくねえ。逆に無理に背伸びして、後で無駄死にするよりはずっとマシだ」
「へー、あんた見た目は喧嘩しか知らないバカっぽかったけど、案外凄いこと言うのね」
「まあな。賢い時は冷静に分析するけど、焦ったりするとただのバカに逆戻りするするんだぜ」
「……こんなことが言えた時点で、もうバカじゃないと思うわよ」
呆れている優奈は、冷や汗を流しながらジト目でこっちを見つめている。
「他のみんなも、この名前でいいよな?」
念のため俺はみんなの意見を尋ねてみたが、特に異議を出す人はいなかった。
「それじゃ、決まりだな! よし、明日のサバイバルバトルは、俺たち脱兎組がやつらをコテンパンにしてやるぜ! おー!」
「おおおおおーー!!!」
俺は左手を握り締めて高く挙げ、高らかに叫んだ。そしてクラスメイトのみんなも、俺に続いて雄叫びを上げている。
くぅ~、何かアニメの主人公みたいに輝いてるぜ、俺! すげーいい気分だぜ!
しかし途中で哲也が俺に声を掛けてきて、一つ大事なことを思い出させてくれた。
「秀和、盛り上がっている途中で済まないが、まだリーダーは決まっていないんじゃないか?」
「はっ、俺としたことが! 確かにリーダーがいないとまずいよな! えっと、誰にしようかな……」
俺は慌てて周りを見て適材になりそうなやつを探しているが、哲也の俺にそんな暇を与えてくれず、何気に意味深な言葉を投げてきた。
「大丈夫さ、それなら目星がついている。そうだな、みんな?」
さりげなく俺の役割を取った哲也は、いかにも司会のようにこの場を仕切っている。そして哲也の視線に釣られて、俺も彼と一緒に周りを見渡す。すると、他のみんなの視線は、まるで事前に打ち合わせでもしたかのように俺に止まっている。
「な、なんだよ、そんなにジロジロ見て……恥ずかしいだろう」
「もう、何とぼけてるの! リーダーは秀和くんに決まってるじゃない!」
菜摘は満面の笑顔を浮かべて、俺の後ろから肩をポンポンと叩いた。やれやれ、この空気じゃ断れそうにねえな。
「えっ、なんで俺が!? いや、聞くのはやめておくぜ。大体予想はついてきた。で、その代わりに……」
「その代わりに?」
「副リーダーは、千恵子にやってもらうぜ」
リーダーがいれば、副リーダーも不可欠だな。だが、さきほど騒いでいたクラスメイトたちは、今度はいきなり同時に黙った。
「えっ……わたくし、ですか?」
「ああ、そうだぜ。だって千恵子って責任感強いし、真面目だしさ……正直、俺は千恵子の方がリーダーにふさわしいと思ってたんだけど、リーダーは俺なら千恵子が副リーダーしかねえだろう? これでも頼りにしてるんだぜ」
「そうなのですか……ありがとうございます、狛幸さん」
俺の炎のような言葉が彼女の心にある氷を融かしたのか、あの普段凛々しい千恵子が俯いて、白い頬に赤みが浮かび出た。
「もちろん他のみんなも、異論はねえよな? 昨日の新歓パーティの件をまだ気にしてる人はいると思うけど、今は私情を挟んでいる余裕はないぜ」
このことは正直あんまり口にしたくないけど、千恵子のためにもここは覚悟を決めておかねえとな。
「いや~気持ちは分かるけど、また変なルールを作られそうで怖いわね。スケジュールが訓練とかできっちりしてて、休み時間がないとかさ」
「なるほど、そういうことか。まあ、みんなはもう一つのチームだし、こうして素直に自分の意見を話して、互いがどうやって成長していくかもちゃんと考えておかないとな。千恵子も色々反省しているみたいだし、ここは大目に見てやってほしいんだ。千恵子も、それで問題ないよな?」
「はい。よくよく考えてみましたら、わたくしは今まで皆さんのご意見を、きちんと拝聴したことがありませんね。これからも少しずつ、自分の至らないところを直していきたい所存です」
「ほら、本人もそう言ってるし」
「そうね……まあ、あんたはリーダーなんだし、ここはあんたに任せるわね」
「別に俺はリーダーだから偉いとか、そういう問題じゃないだろう。みんなは同じ仲間である以上、上下関係とかは気にしないでほしい。いつも通りにやればいいぜ」
「いつも通り……ですか」
「ああ。それじゃ決まりだな。リーダーは俺で、副リーダーは千恵子ということで! それじゃ改めて、明日の勝利に喝采を! おおおおおーー!!!」
「おおおおおーー!!!」
「やれやれ、気が早すぎなんじゃないか、秀和。まあ、そのノリは嫌いじゃないけどね」
俺の呼びかけによって、教室は再び歓声に満たされている。この時俺たちの心の炎は、誰よりも熱く燃えているに違いないだろう。
運命の歯車が既に大きく狂い始め、あらぬ方向へと動き出すことも知らずに。
【次回予告】
秀和「さて、ついにここまで来たか……バトルものになると、武器や派手な必殺技とかも不可欠だな。
ここからの展開が読めなくてワクワクしてきたぜ!」
哲也「落ち着くんだ秀和。これはゲームじゃないって聞いたじゃないか? 油断は命取りだぞ」
秀和「そりゃ分かってるけどさ、けどやはり血が騒ぐじゃん? 暴れ出した後に先生たちの悔しそうな顔を想像したら、ますます興奮が抑えきれねえぜ! ほら、アクション映画の爆破シーンを見て爽快感を覚えるみたいに! なあ、聡?」
聡「おいおい、リアルのオレたちはただの凡人なんだぜ? あんなヤツらに勝てるのかよ!?」
秀和「やってみなきゃわかんねんだよ!」
菜摘「なんか……会話に入りづらい雰囲気だね」
千恵子「……同感です」
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