さて、俺も早くパートナーを決めて、あの胡散臭いマシンに乗る準備をしねえとな。
「あの、秀和くん!」
突然、俺の近くに活気のある声がする。聞くだけで声の持ち主は分かるが、さすがに顔を向けないと失礼だよな。
「どうした、菜摘?」
「あ、あのね……よかったら、一緒に乗らない?」
菜摘は俯いて、顔を赤く染めながらまたカーディガンの裾をいじっている。しかも上目遣いで俺の顔を見ていて、まさに乙女モード全開だな。
ったく、デートじゃあるまいし、もう少し緊張感を持てよ……って、別の意味で緊張してるよな、菜摘は。まあ、断る理由もないし、別にいいんじゃないかな。
「ああ、別に構わないぞ」
「本当に? えへへ、ありがとう秀和くん」
これでパートナーが決まり一件落着と思いきや、現実はそんな簡単なものじゃなかった。
「あの、狛幸さん……厚かましいお願いですが、もしよろしければわたくしと……」
千恵子の氷のような澄んだキレイな声が、俺の神経に反応を起させた。千恵子のほうを見やると、彼女も少し恥ずかしそうに、目線を逸らしながらも時々こっちにチラ見してくる。これはこれは、菜摘とはいい勝負になりそうだな。
もちろん菜摘も気付かないわけがなく、先ほどの明るい表情が急に険しくなった。恋する乙女の危機だな、こりゃ。まあ、一番危ないのは俺なんだけどな!
だがこれはまだ終わりではなかった。予想外の三人目の勧誘者の登場により、更に俺の神経に大きな衝撃を与えた。
「秀和さぁ~ん♪ あの、もしよかったら一緒に乗りません、か……?」
嬉しそうにこっちに走ってくる冴香は、既に先客がいることに気付き、途中で一気にテンションが下がってしまったようだ。
君もか、冴香! 菜摘と千恵子が来ることはある程度予想していたけど、まさかの現役アイドルにまで目を付けられたとは……やれやれ、人気者は大変だな。
「す、すみません! お邪魔しました~」
状況の飲み込みがいい冴香は、早速空気を読んで早くもそそくさと立ち去った。そんな彼女を、俺は少し寂しい目で見送る。言葉に詰まって、何を言えばいいか分からなくなってきた。
そして再び菜摘と千恵子の方を振り返ると、二人は俺の存在を忘れて、急にジャンケンを始めた。
「悪いけど九雲さん、たとえあなたでも、この勝負に負けるわけいかないよ! 好きな人と、二人っきりの時間を過ごすために!」
「そんなの不公平です! 端山さんは狛幸さんと、中学の時からのお付き合いではありませんか! だからここはせめて、わたくしに譲って頂きたいです!」
……君たち、一体なにと戦っているんだ。
「真面目で料理ばかり作ってる九雲さん、あんまりゲームをしたことがないよね? だったら、この勝負はもらったよ!」
「ふふっ、甘いですよ端山さん。ジャンケンはただのお遊びではありませんよ? 常に相手の動きや表情からそのパターンを分析し、最善の一手を出さなくてはなりません!」
「そんなこと、言わなくても分かって……」
「ちなみに、わたくしはパーを出しますね」
「えっ!?」
千恵子の意外のカミングアウトで、菜摘は思わず戸惑う。まあ、いきなりそう言われると誰でも慌てるだろう。
「隙ありです!」
好機を掴んだ千恵子は、自分が勝ったも同然のように、凛々しい笑顔をして手を前に出す。
そして瞬く間に、勝負は既に決まっていた。菜摘のチョキと、千恵子のグー。やれやれ、こりゃ一本取られたな、菜摘。
「うふふ、わたくしの勝ちのようですね」
「し……信じられない! 秀和くんと同じ手を使うなんて……! 九雲さん、卑怯だよぉ……!」
予想もしなかった結果を受け入れず、言葉にできない敗北感が菜摘のガラスハートを無慈悲に砕いた。彼女の目は、涙に満たされてうるうるしている。ああ、かわいそうに。
「ねえ秀和くん! 秀和くんが九雲さんに教えたの!?」
菜摘はまだ納得のいかない様子で、いきなり立ち上がって俺の胸倉を掴んできて、不満を込めた声で俺を問いただす。
「いや、教えてないぜ。千恵子は賢そうだし、これぐらい自分で考えたんじゃないのか? っていうか、一回その手にハマったら、予想ぐらいしとけよ」
「だって九雲さんに限って、あんなことをしないと思ってたのに……ううう」
「端山さん、現実には色んな罠があるのです。人を信じるのはいいことですが、あんまり油断しすぎると危ないですよ」
「はい……肝に銘じておきます」
やれやれ、いつもに増して熱くなりすぎないか、千恵子は。まあ、そういうところは嫌いじゃないけどな。
「んで、そろそろ乗ってもいいか? 本来の任務を忘れてるんじゃないだろうな」
「あっ、わたくしとしたことが、熱くなりすぎてつい……! お待たせ致しました、狛幸さん」
我に返った千恵子は、凛々しい顔が一転し、演技とは思えない速さで先ほど俺を誘った時の乙女モードに戻った。いや、演技じゃないような、これ?
一方菜摘は、涙がまだ乾いていないうちに、ふらついた足取りで哲也のほうへと移動した。
「ううう……悔しいけど、仕方ないか~ここは哲也くんで我慢しとこう」
「我慢って……君という人は、もう少し言葉を選らんでほしいものだな」
哲也は苦笑しつつも、いやがることなく菜摘の肩を支え、二人で一緒にマシンに乗った。
「それでは、わたくしたちも共に行きましょう、狛幸さん」
「ああ、そうだな」
千恵子に声を掛けられた俺は、物思いから現実に戻り、彼女の跡を追ってマシンに乗ることにした。
【雑談タイム】
菜摘「ううう……しくしく……」
秀和「元気出せよ、別に離れ離れになったわけじゃないし」
菜摘「それはそうだけど、乙女としてプライドというものがあるんだよ! 特に勝てると確信したその瞬間に、こんなずるい手で負けへと変わるなんて……」
千恵子「端山さん、それを『戦術』と言って欲しいのですが……」
菜摘「でも、次こそは負けないからね! 覚悟してね、九雲さん!」
千恵子「ふふっ、いつでも挑戦をお待ちしておりますよ。それでは、次はグーを出しますね」
菜摘「もうその手には乗らないよ! 私はチョキを出す!」
千恵子「あら、左様でございますか。それではわたくしは、パーを出しますね」
菜摘「グー!」
千恵子「チョキです!」
菜摘「パー!」
聡「……無限ループって怖くねえ?」
秀和「こうなったら、『枝』や『ジャム缶』でも増やしとこうか」
聡「なんじゃそりゃ」
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