先程犬死にした男子の一件のインパクトが強かったのか、騒いでいた生徒たちは少し大人しくなり、集中してお気に入りの武器を物色する。
ざっと見れば、バッジは数千枚もある。人数分あるのは助かるけど、このバッジの海の中で欲しい武器を探すのに一苦労しそうだな。
とはいえ、便利な方法はまったくないわけじゃない。バッジはカテゴリーごとに箱に保管され、その正面に貼ってあるタグがバッジの種類を教えてくれる。
とりあえず、一番使いやすそうな剣と銃を探そうか。状況に応じて使い分ける必要もあるかもしれないしな。
だがその前に、俺は仲間を呼び集めた。
「みんな、ちょっといいか」
「うん? どうしたの秀和くん?」
「今からみんなは、自分の好きな武器を探してきてくれ。20分後は一旦、正門前で集合だ」
「おう! 今のはなかなかリーダーっぽかったぜ、秀和」
「そりゃ、リーダーだからな。さあ、早く武器を手に入れて、あいつらをコテンパンにしてやろうぜ」
「そうね、地獄の彼方へと落としてやろうではないか」
「よし、それじゃ行動開始だ」
こうして俺たちは解散して、各自お目当ての武器探しを始めた。
およそカップラーメン5杯分が出来上がる時間が過ぎ、俺は3枚のバッジを弄びながら外に出る。既に何人かが正門に待機し、楽しく雑談している。
「おっ、秀和くん、時間ぴったりね」
一番早く俺の気配に気付いた美穂は、こっちに向いて声をかけた。
「そうなのか? 人が多すぎて探すのに結構苦労してたから、てっきり遅くなったのかと」
「まあまあ、まだ時間がたっぷりあるし、ゆっくりやろうね。で、秀和くんはどんなのを選んだの?」
菜摘は軽やかなステップでこっちに近付き、俺の手のひらを覗き込む。その後ろにいる哲也も、菜摘と一緒に俺の選んだバッジを確認する。
「両手剣と、両丁拳銃か。君にしては随分と普通なチョイスだな。で、もう一つのバッジはなんだい? 銃には見えるんだが」
俺の手に持っているバッジを見て、哲也は評価する。
「ワイヤーガンだ。昨日直己が糸で筋肉野郎のスイッチを奪ったのを見て、こいつは必要だと思ったんだ。これがあれば、後で移動するのも便利になるしさ」
「そうか。あの一瞬だけでここまで閃くとは、やはり君は大したものだな」
「ふふっ、だろう? 自慢じゃないけど、こういうアイデアをものにして、新しい可能性を生み出すのは俺の特長なんだぜ。んで、そういう哲也は何を選んだ?」
「僕かい? 僕はこれさ」
哲也は手のひらを開くと、そこには盾が描かれているバッジがあった。
「何で盾なんだ? まあ、一応体当たりすれば攻撃できないこともないけど、あんまりにも効率が悪いんだよな」
俺は思わず、心の中にある疑問を口に出す。しかし哲也の返答は、俺の心に今までにない大きなインパクトを与えた。
「君はあんまりにも危なっかしいからね。目を離せば何をしでかすかは分からない。だから僕は、君を守らないといけないんだ」
……おいおい、マジかよ。いくら親友とはいえ、さすがにここまで言うとは思わなかったぜ。やべ、痺れすぎて泣きそうじゃねえか。
「ふふっ、二人とも本当に仲良しなんだね」
傍らで俺たちを見守っている菜摘は、あどけない笑顔を見せ、明るいオーラを放っている。三年前の様々な思い出が織りなす暖かい友情は、今になっても衰えそうにない。
「当たり前だろう、あんなこともあったしさ。あと、二人じゃなくて三人だろう。菜摘を除けば話にならないぞ」
「その通りさ。三人いてこその鋼の大三角じゃないか」
「あはは、それもそうだよね。ありがと、秀和くん、哲也くん」
いつの間にか、俺たちは自分が置かれている状況を忘れ、過去の喜びに浸って会話を弾ませた。
新たな仲間たちのはしゃいでいる無邪気な声が、この耳に届くまで。
「見よ、この混沌なる力を手に入れた我の姿を! 契りを結ぶ小さな指輪から、禍々しき赤き光を放っているぞ! これなら負ける気がするまい!」
「おお、かっこいいね宵夜ちゃん! 私も負けていられないな~魔法少女マナ、太陽より舞い降りて邪悪なる魂を浄化してあげる!」
相変わらずコスプレイヤーになりきっている宵夜と愛名が、決めポーズを取っている。先ほどの殺戮としたを空気を忘れさせてくれそうだ。
「ちょっとそこの二人、ふざけないの! ここは戦場なのよ、同人誌の特売会じゃないわ! って、あんたは写真を撮ろうとしないの!」
「そんな~、一枚ぐらいいいじゃないか……って蹴るな蹴るな!」
二人の写真を撮ろうとするも、風紀委員の名雪に止められた直己。まったく、いつまで経っても懲りない奴だな。
「やれやれ、相変わらず人騒がせな……それにしても、このスマホすごすぎだろう……あとで寮に帰ったらちゃんと研究しねーとな!」
傍らに立っている聡は、手に新型のスマホを握って両目を光らせている。これは機械オタクとしての性なのか。
「あら、素敵なエメラルドポールでございますわね、友美佳さん」
「違うわよ、百華。これは竹槍よ。うん、何だか実家を思い出すわね……って、あんたのそれって注射器? ずいぶん大きいわね」
少し離れた場所に、竹槍で素振りの練習をしている友美佳と、重そうな注射器をいとも簡単に抱えている百華がいる。一体どういう腕力をしているんだ、二人とも。
「優奈ちゃん、千紗ちゃん、絶対にここから生き残ろうね! 約束だからね!」
「言われなくてもそうするわよ。あたしたちトリニティノートは、三人じゃないと意味がないでしょう! ね、千紗?」
「う、うん……わたしもそう思うよ」
「それじゃ、いつものアレ、いっくよ! 『トリニティノート、今日も気分は最高!』 おー!」
「おー!」
「お、お~」
トリニティノートの三人は、ライブの本番前みたいに互いを応援し合っている。へー、みんな気合い入ってるな。
「ねえねえ、私たちもアレをやろうよ!」
アイドルマニアの菜摘は、トリニティノートの真似をしようと提案した。
「おいおい、マジかよ? こんな大勢の前に恥ずかしいだろう」
「いいじゃないか。目立たないようにすればいいだけの話さ」
気後れしている俺に、何故か少し乗り気の哲也。まあ、菜摘をガッカリさせちゃ悪いし、ここは付き合うことにしようか。
「それじゃ、『友情の証』を用意~」
菜摘は「友情の証」と称したリストバンドを腕に付けて、拳を握ったままでそれを見せつけた。俺と哲也もすぐリストバンドを装着し、よく見えるよう腕を立てた。
「はい、それじゃ行くよ! 鋼の大三角、絆の強さは誰にも壊せない!」
菜摘は明朗な声で口上を述べ、拳を前に出す。俺と哲也はそれを復唱し、同じく拳を出して菜摘の拳にぶつけた。
「うーん、やはり大事なことの前にこれをやると、気が引き締まるね~」
何か重要な儀式を済ませたみたいに、菜摘は満足げに笑みを浮かべている。やれやれ、本番もこれぐらいやる気を出せればいいんだけどな。
そういえば、千恵子はどうしたんだろう? と、俺はそう思った時に、ちょうど千恵子は扉から出て、こっちに歩いてきた。
「皆さん、お待たせ致しまして申し訳ありません」
「おっ、お帰り千恵子。大丈夫だ、そんなに待ってないし」
「うんうん、気にしなくて大丈夫だよ!」
「ありがとうございます……あっ……」
突然、千恵子は何かに気付いたみたいで、なにやら意味深な表情に変わった。
「どうしたんだ、千恵子?」
「あっ、いえ……何でもありません」
千恵子は頭を横に振って、何かを隠そうとしている。まあ、本人は言いたくなかったら仕方ないか。
「それでそれで、九雲さんはどんなバッジを持ってきたの?」
やれやれ、本当に好奇心旺盛だな、菜摘は。
「わたくしですか? はい、こちらです」
俺たちに打ち解けている千恵子は、何も隠さずにすぐ手のひらを開いた。早くその内容を知りたい俺たちは、千恵子の行動に釣られて頭を乗り出した。
すると、俺たちは思わず目を見開いた。なぜなら、そのバッジの絵柄は包丁や鍋など、ほとんど調理用の道具だった。まあ、千恵子らしいといえば千恵子らしいが。
「なるほど、俺たちの穫った獲物を調理して、打ち上げ会でも催すつもりか。ここまで考えたなんて、さすがだな、千恵子」
俺は雰囲気を和ませようと、冗談半分でそう言った。しかし千恵子は俺の意図を知らずに、真に受けて返事をした。
「いいえ、これはわたくしは戦うための武器ですが……様々な武器を見て回っておりましたが、やはりこちらのほうが取り扱いやすそうなので」
なるほど、そういうことか。職業病だな、こりゃ。
「うん……ユニークで凄くいいと思うよ、九雲さん」
個性的な選択に呆れている菜摘だが、それでも何とかしてフォローしようとした。
「そうなんですか? ありがとうございます、端山さん」
菜摘の表情に気付かず、言葉の意味だけを受け止めた千恵子は、穏やかな笑顔を浮かべて、ぺこりとお辞儀をして礼を言った。
「そう言えば、千恵子はもう袖の中に包丁を隠し持ってるよな? だったら別にバッジは必要ないんじゃ……」
「本当は刀が欲しいところですが、生憎全部取られてしまいました」
千恵子は手を頬に当て、残念そうな顔を浮かべる。
「えっ、九雲さんって刀が使えるの!?」
意外な情報を聞いて、菜摘は思わず驚く。
「はい、毎朝木刀を振る練習は日課です。そうすれば精神をより集中できると、お父様がおっしゃいました」
「へえ~すごいな、九雲さんって!」
それを知った菜摘は、憧れの目で千恵子を見つめる。
「さて、おしゃべりはそれぐらいにして、そろそろ出発するとしようか」
「そうだな。やつらに俺たちの凄さを見せてやろうじゃねえか。おーいみんな、そろそろ行こうぜ」
俺はみんなが聞こえるように、大声で呼んでこっちに集まるように指示を出した。そして堅実な足取りで、これから戦場となる森へと進入する。
さて、どんなやつが出てくるのか。ワクワクするぜ。
【雑談タイム】
秀和「ついにこの時がやってきたか。まさかゲームでしか体験できないことが、こうして目の前に起きているとはな……さてと、武器の準備を……あっ」
哲也「どうした、秀和?」
秀和「そういえば、俺のこの腕時計は偽物だったよな……うまく作動できるかどうか心配だぜ」
聡「大丈夫だぜ! 俺が作ったこのレプリカは、外見だけじゃなく、内部に入っている回路もちゃんと一通り複製しておいたぜ! 電流が走るやつ以外はな」
秀和「へー、じゃあ俺のこいつもバッジを付けると武器が出ると?」
聡「多分出るんじゃね? 試したことねーけど」
秀和「やれやれ、肝心な時に故障しなけりゃいいんだけどな……」
聡「おいおい、いかにもフラグくせえセリフじゃねーか、今の」
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