世俗から大きく離れた森は、辺り一面が緑色に染まっている。そよ風に吹かれる木の葉の音と小鳥のさえずりが、とてもここは戦場とは思えないやすらぎをもたらしている。
「風が気持ちいいね~。できればここでリゾートでもしたいなぁ」
菜摘は両手の指を絡ませて、頭の上に上げてながら背を伸ばしている。その緊張感のない仕草はとても可愛らしい。
「いいですか、端山さん。これはお遊びではありませんよ。下手したら命を落とすかもしれませんので、くれぐれもご注意ください」
それに対して真面目な千恵子は、何気なく恐ろしいことを言って菜摘の注意を促している。
「わ、分かってるよ……でもみんなが一緒なら、大丈夫なんじゃないかなって……」
「しっ、お静かに! 何かが聞こえます!」
突然、千恵子は何かの気配に感づいて、人差し指を口元に立てた。その情報を聞いた俺たちは、さすがにこれ以上喋ってはいけないと判断し、全員黙り込んで応戦状態に入った。
静まり返った森の中で、ただ向こうの茂みからざわざわと音が聞こえる。今まで戦場に立ったことのない俺たちは、恐る恐るそれに少しずつ接近する。
「俺は様子を見に行く。哲也、援護を頼む。他のやつらは後ろで待機してくれ」
敵を驚かさないために、俺は小声で指示を出す。哲也はすぐ自分の役割を理解し、頷いたあとにすぐ俺の前に移動し、盾を構えた。
茂みは目の前にあるはずなのに、何故か凄く遠く感じる。しばらくすると、俺と哲也は茂みに着いた。
「よし、行くぞ……準備はいいか?」
「ああ、いつでもいいさ」
「それじゃ、3つ数えるぞ……3、2、1! そりゃ!」
タイミングを見計らって、俺は一気に茂みを両側にどかす。しかし俺たちが目撃したものは、あんまりにも予想外すぎて拍子抜けした。
草が盛んに生えている地面に、ただ一本のかかしが呆然と突っ立ていて、風に揺れている。俺と哲也が顔を見合わせて、話す言葉が見つからない。
「えっ、なになに? な~んだ、ただのかかしかぁ~」
様子を見に来た菜摘は、そのかかしを見たとたんに、それを脅威のない対象と判断し、安心して大きな息を吐いた。
いや、どう考えてもおかしい。なんでこんな森の中にかかしがあるんだ? それに、あのざわざわした音もあそこから出てるし……どうやら、こいつに裏がありそうだぜ。
「しゃーない、別のとこを探すか」
俺は何事もないように装い、身を翻して先へと進む。哲也と菜摘は、俺の後ろについてくる。
「どう? 何かあったかしら?」
向こうにいる美穂が、俺に質問を投げてくる。
「いや、ただのかかしだ、大したことねえ。あっちに行ってみようぜ」
そう言うと、俺は続いて前に進むことにする。
そして俺の予想通りに、少し歩いていると、またしてもあのざわざわした音が聞こえてくる。気になった俺は振り返ってみると、いつの間にかあのかかしが茂みから出て、俺たちとの距離が縮んだ。
「あ、あれ? あのかかし、さっきは茂みの中にいたよね!? どうして急に……まさか、これは幽霊!?」
小心者の千紗は、いつになく鋭い勘を利かせながら、弱気になって身を震わせている。
「ふん、やはりあのかかしは怪しいぜ! 遠慮するな、ぶち壊せ!」
異状に気付いた俺はそう言い、拳銃のバッジを時計に付けて応戦体勢に入る。
しかし、次の瞬間に起きる出来事が、俺たちの常識を疑うほど尋常じゃなかった。
これ以上隠し通せないと判断したのか、かかしに何か変化があった。丸い頭が一瞬にして膨張し、尖った大きな牙を剥き出しにして襲いかかってくるその姿は、まるで狼のようだ。
もちろんそのホラーのような恐ろしい瞬間をこの目で捕捉した仲間たちも、驚きを隠していられなかった。
「きゃあああああああああーーー!!! かかしが化けたああああああぁぁ~」
ホラーに弱い菜摘を始め、他の女子たちも一目散に逃げ出した。ここはお化け屋敷じゃないとはいえ、そのインパクトは十分トラウマになりそうだな。
俺も最初は驚いたものの、何とか理性を保って弾丸をかかしの醜い顔に打ち込んだ。するとかかしの頭が割れた風船のように凹んでいき、最後は黒い霧になって消えちまった。
そういえば、俺のこの時計は模造品なのに、バッジを設置してもちゃんと反応するんだな。聡のやつ、なかなかやるじゃねえか。
「今のはなんなんだ、一体? どう考えてもただのかかしじゃねーよな!?」
未だにこの突発的な状況を飲み込めていない聡は、慌ただしく大声を出している。
「分からねえ……あんなイカレたやつらのことだ、化け物一つや二つぐらい作ってもおかしくねえだろう」
「あり得ますね……どこまで気が狂っているんですか、あの方々は」
俺の推測に、千恵子は賛成した。正直、最初は虎や獅子とかの野獣と思っていたけど、まさかこんなとんでもねえやつが出てくるとはな……甘く見ていたぜ。
「どうやら、あいつらも本気のようだね。ちゃんと気を引き締めないと、後で痛い目に遭うぞ、秀和」
いつも冷静な哲也も、さすがにこんな化け物を目撃すると不安になるな。険しい表情をしている彼は、俺に注意を促すように親切に声をかけてくれた。
「ああ、そうだな。これはただの戦いじゃねえ、もはや戦争と言っても過言じゃねえな」
動悸が鎮まらねえ。冷や汗は俺の額を伝って、重力の作用で滴る。全身の神経を引き締めて、俺はわざと大げさにそう言った。みんなに真剣になってもらうためだけでなく、自分に言い聞かせるためでもあった。
「それにしても、よくあんなに銃を使いこなせてるよね、秀和くんって」
「ああ、どう見ても初めて使っているようには見えないな」
俺の銃捌きを見て、驚く菜摘と哲也。確かに普通の高校生が出来るようなことじゃないよな。
「まあ、色々あってな。実は去年はとある人物に出会って、そいつに銃の使い方を教わったんだ」
「えっ、それってどちらさまですか? もしかして暴力団の人間とか……」
「えええええ!? 秀和くんが……暴力団に!?」
千恵子の推測を聞くと、菜摘は思わず大声を漏らす。
まあ、普通こうなるよな。けど、ちゃんと誤解を解かねえと。
「違うって! 俺がそんな奴らと付き合うわけねえだろう!」
「じゃあ、相手は誰なの?」
やべえ、どんどん問いつめられてる。仕方ない、ここは潔く告白するしかないか。
「えっと、女の子だ」
これで、みんなが納得すると思う……
「ええええ!? 女の子!? 私の知らないところで抜け駆けするなんて、ずるいよ!」
……はずがなかった。やっぱり現実はそう甘くない。
「ククク……待ちに待った始まりの戦いは、これにて開演の幕を開ける! 戦場へと降り立つ戦士達よ、今こそ絆を結び、生死の境界線を超えて、勝利をこの手に収めようではないか!」
突然、宵夜は笑い出して、またしても意味不明な言葉を放っている。そしてまるでリハーサルでもしておいたかのように、愛名がすぐさま彼女の言葉に続いて通訳を始めた。
「よーし、ついに戦いが始まった! ここに来た私たちは、みんなで協力して、生き残って勝とうね!」
うん、なるほど、実に分かりやすい。って、「ついに」って……何を期待しているんだ、君は?
「その通りですね。皆さん、いきなりこんなことになってしまい、不安になるのはわたくしも同じです。ですが、ここで迷っても仕方がありません。『脱兎組』を結成した以上、ここはやはり一致団結して、助け合うことが大事だとわたくしは思います。狛幸さんがここに転学して以来、わたくし達の仲が深まっていく傾向を見受けております。あの時からわたくしは感じたのです。そう、今のわたくし達ならやっていけると。だからみなさん、やりましょう!」
千恵子の熱い激励は、仲間たちの心の迷いを打ち払った。彼らはキリッとした眼差しになって、バッジを腕時計に設置した後、しっかりと武器を握り締めてうんと頷いた。
そう、その答えに言葉なんて要らない。その行動しようとする決意さえあれば、何よりの返事だ。
「よし、みんなもやる気満々で安心したぜ。それじゃ、さっさとボスを探してケリをつけようじゃねえか」
チームの団結力で固まっていく絆の強さを見て、心の中は暖かい何かに包まれているような気分だ。負ける気がしねえぜ。御機嫌な俺は、歩くペースも早くなり、樹木の隙間を掻い潜って向こうの様子を確認する。
【雑談タイム】
聡「それにしてもすげーな、この腕時計。まさかバッジを乗せるだけで本物の武器が出るとはね。こいつは稼げそうだ」
秀和「稼ぐって、どうやって?」
聡「ほら、課金アイテムとかさ」
秀和「ああ、なるほどな。おもちゃでも生産して、それで売り込む作戦か。まあ、悪くはねえけどな」
聡「甘い! そんなんで稼げると思ってんのかよ! オレが言いたいのは、もしこの作品はソーシャルゲームとか出たら、このバッジに出ている装備は課金制でしか入手できないようにすれば……うへへへへ」
秀和「さすがゲーマー、次元が違いすぎるぜ」
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