ドデカサソリのハサミが聡の命を奪う直前に、突然どこからともなく現れる一閃が、ハサミをそいつの肢体から切り離した。そしてすぐさま続く無数の銀色の光が、無情にもドデカサソリの巨大な体を八つ裂きにした。ドデカサソリの崩壊に伴って、そいつに刺さっていた剣を握っている俺は飛び降りて着地した。しばらくすると、あの忌々しいサソリもついに先ほどのかかしのように、黒い霧となって散っていった。
「ひえ~一体なにがどうなってんだ? 怖すぎてチビリそう……」
聡は未だに自分が助かったことに気付かず、体も表情も硬直している。
それにしても、誰がやったんだ? どう考えても、うちの人間がなせる技じゃなさそうだな。
「ふん、危機一髪か。相変わらずそそっかしい連中だな。油断大敵って言葉を忘れたのか」
あっ、この上から目線のセリフはもしかして……!
「広多! なんでここにいるんだよ!?」
自分と何度も衝突している気に食わない相手を目にした聡は、驚きを隠せずに目を大きく丸くした。
「ちょっとした気まぐれだ。奴らのくらだん遊びに付き合うのは億劫だが、卑怯な手で勝利を手中に納める奴らの姿を考えていると、腹が立って仕方がなくてな。何としても、俺がこの手で止めなくては」
大きな鎌を手にしている広多は、いつも通りに素っ気なく振る舞っている。その姿は、まさに死神そのものだ。さらに彼は以前着ていた黒いコートに赤い部分が増えて、格好良さを増している。
「どうしたんだ、その服は?」
「気にするな、ただのイメチェンだ。ずっと同じ黒い服ばかり着ていると気が滅入るからな」
こいつ、わざわざ俺たちの制服と同じ色に変えてくれちゃって……口には言ってないけど、案外ノリノリじゃねえか。やれやれ、素直じゃねえな。
その時、広多は向きを変えて、まだ固まっている聡に接近しようと歩き出した。
「な、何だよ?」
「おい、いつまでぼさっとしているんだ。この俺が命を救ってやったんだぞ、感謝の言葉ぐらいはないのか」
信じられねえ……あの一匹狼の広多は、自ら話し掛けたぞ! どういう風の吹き回しだ?
「ちょ、おま! 何だよその恩着せがましい言い方は! 相変わらずムカつく野郎だな~」
広多に挑発され怒り心頭に発した聡は、拳を振りかざして殴りかかろうとする。しかし次の瞬間、広多は聡の拳をパーで包み、そう言った。
「ふん、やっといつもの元気が戻ったか。この調子で最後まで奮闘してくれると助かる」
広多の今までのイメージと大きく離れたその言葉は、俺たちの心を大きく揺るがした。彼の顔はまだマフラーに隠れているためその表情が読み取れないが、その眼差しはなぜか優しそうだった。俺たちの努力と熱意は、とうとうあいつに伝わったってわけか。
「急に何言い出すんだよ! 気持ち悪いぜ!」
もちろん、聡はすぐにそれを受け入れるはずがなかった。彼は素早く拳を引き戻し、その手を開いて広多の額に乗せた。
「おまえ、今日様子がおかしいぞ? 風邪でも引いてんのか?」
「馬鹿言え、この俺がこんな低レベルの病気にかかるものか。ちょっと大事な話があるから、少し離れてろ」
状況をまだ飲み込めていない聡に疑われていながらも、広多は依然として自信に満ちている。白目になっている広多は軽く聡の手を自分の頭から引き剥がすと、今度は俺のほうに歩いてきた。
「お前は確か……狛幸といったな。少しいいか」
「いいけど……どうした、改まって」
「ちょっと見て欲しいものがあるんだが」
そう言うと、広多はコートを開いて、中に挟まれているファイルらしきものを取り出した。俺はそれを受け取って中の資料を確認すると、思わず全身の血液が熱く感じる。
「なんだこれは……敵の極秘資料じゃねえか!」
「ああ、奴らが作っていた怪物の情報の一部だ。行動パターンや弱点も書かれている」
「それ、どうやって手に入れたんだ?」
「お前たちが壁の中に入った時に、こっそり教務室の中に忍び込んだのさ。まあ、造作もないことだったがな」
自分がやったら絶対に冷や汗が流れるような経験を、広多は何事もないかのように冷静に語っている。一体何者なんだ、こいつは?
「まさか盗んだのか? なんでそこまで……もしバレたりしたら、絶対ひどい目に遭うに決まってるのに」
「お前達の努力がふいになるのを、見るに忍びないからな。ここまで命を賭けて、奴らの仕組んだ恐ろしい運命に抗おうとしている以上、勝たなければ意味はない」
広多の答えは、あんまりにも意外すぎて思わず耳を疑ってしまう。だが彼の口調はしっかりしていて、嘘をついているように聞こえない。どうやらこいつも、ちゃんと決意したようだな。
「んで、この化け物たちは一体なんなの? まさか学生たちをさらって人体研究で作ったものじゃないでしょうね?」
美穂は急に俺たちの会話に割り込んできて、この場にいる俺たちが抱えているもっとも大きな疑問を口にした。
「いや、ちょっと違う。どうやら奴らは、俺たちから負の精神エネルギーを集めて、それでこの化け物どもを作っているようだ。お前達が先程戦っていたあのサソリは、ある嫉妬心の強い女子から放出しているエネルギーを抽出して作られたものらしい」
広多の貴重な情報を聞いて、俺は手に持っている資料の存在に気付き、ページをめくり始めた。すると俺の手はさっきのドデカサソリのページに止まり、そのページに書かれている情報をじっくりと閲覧している。そこには、ドデカサソリの呼び名、行動パターンや弱点など、余すところなく掲載されている。まるで攻略本みてえだ。
「なるほど、こいつ『ジェラシー』というのか。自分は一番と思いこんでおり、自分より優れている者を見つけ次第殲滅する……」
これですべての謎が解けた。なぜあいつはキレイな女子しか狙わなかったのか、それに哲也が盾を構えた時に攻撃するのを止めたのかも。盾が鏡になって、あいつの姿を映し出したんだ。自分が一番だと思ってるから、たとえそれが影でも攻撃できなかっただろう。
「こいつはいいものだぜ……サンキュー広多、助かった」
俺はファイルを持っている手を軽く上げて、広多に感謝の意を示す。
「礼には及ばん。そんなことより、さっさと連中を始末して、こんなところから出よう」
広多はまだブラック・オーダーへの憎悪感が残っているのか、さっきの優しい眼差しが消えて、いつもの険しい雰囲気に戻った。彼は背中をこっちに向けて、真っ直ぐ先へと急ぐ。
「おい、一人で行くのかよ? 危ねーぞ?」
聡は遠く離れていく広多に向かって、大声で彼を呼び止めようとする。すると、広多は少しこっちに目線を送ってそう言った。
「何を言っている。早くついてこないと置いていくぞ?」
そして、また勝手に歩き出して颯爽に突き進む。やれやれ、相変わらず格好を付けやがって。
「よし、そんじゃ俺たちも行くか!」
俺は元気な笑顔を浮かべながら、みんなを呼びかける。こんな頼もしい仲間と、相手の情報が丸分かりのこのファイルさえある限り、もはや負ける気がしねえぜ。
そんな自信が熱い思いへと変わって、俺たちは迷わずに勝利への道を踏み出す。
【雑談タイム】
聡「それにしても、あの広多がねえ……オレは夢でも見ているのか?」
秀和「いい加減受け入れろよ。仲良くなれてよかったじゃねえか」
広多「勘違いするな。別に仲良くしようと思っていない。俺はただ、奴らに勝たせたくないだけだ」
秀和「やれやれ、言うと思ったぜ。まさにクーデレの定番セリフだな」
広多「……クーデレ? 何だそれは?」
秀和「知らなくていいんだぜ」
広多「教えろ。教えなかった場合、3秒後にこの鎌で……」
秀和「おいやめろ! こんなとこで仲間割れしてる場合じゃねえだろう!」
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