反逆正義(リベリオン・ジャスティス)

Phase One——Ten days in heaven(or in hell)
九十九零
九十九零

リボルト#05 不平等条約 Part4 それぞれの思惑

公開日時: 2021年4月20日(火) 18:31
文字数:4,273

 どれぐらい時間が経ったのか、重い足取りで誰もいないDクラスの教室に戻った俺たちは、疲れ切った体を椅子に投げ出して、ぐったりと座り込んだ。飛び交う溜め息が、俺たちの気力をことごとく奪い取る。

「もうなんなのよ、あの化け物たちは! あんなのがうちの学校にいるなんて聞いてないわよ、気色悪い!」

 未だにこの現実離れした状況を飲み込めていない優奈は、バンバンと机を乱暴に叩きつけながら愚痴を零している。

「まあまあ、落ち着いて優奈ちゃん」

 同じアイドル仲間である冴香は、苦笑しながらも優奈の肩を撫でて彼女をなだめようとするが、焦りのあまりに気が気じゃない優奈は、そんな冴香の言動に思わず皮肉を言った。

「あんたよくこんな状況で落ち着けるわね! ある意味スゴすぎて感心しちゃうわ!」

「いいえ、確かに立花さんの言う通りです。こういう状況だからこそ、一旦落ち着いて整理しようではありませんか」

 メンバーの大半が混乱している中、千恵子は相変わらず氷のような透き通った声で、俺たちの精神を安定させる。


「そうだな。とりあえず今のところで分かったことは、この学校から出るためには、ここの教師全員を倒さなければならないことだ。そして明日は、サバイバルバトルが行われることだ」

「サバイバルバトル……聞くだけで凄くイヤな予感がしちゃうな……それにあのメガネの先生は、『命に関わる』って言ってたし……」

 哲也の冷静な分析を聞いて、憂鬱ゆううつな顔をする千紗。やはりか弱い女子には、いきなり戦わされるのは無理があったか。

「ふん、そんな奴らの余興よきょうに付き合う暇などあるまい。どうせ最初からは、俺たちをここから出すつもりはないだろう。あいつらはただ、俺たちを手のひらの上に踊らせているに過ぎん。ここでくだらない作戦を考えてる暇があれば、別の方法を探すほうがずっと早い」

 両腕を広げた体勢で椅子の背にもたれかかり、足を組んで座っている広多は、目を閉じながら一人で勝手にしゃべり始めた。その傍若無人な態度は、まるで針のように俺たちの心を突き刺している。


「だからどうしろつってんだよ! 扉を開けてあの忌まわしい荒野に逃げろとでも言うのか! てめえは、去年に起きたあの大惨事を忘れたのかよ!」

 堪忍袋の緒が切れた聡は、ついに我慢できずに机を叩きつけて、広多に怒鳴り始めた。そしてその内容にある言葉に、俺は思わず反応した。

「『大惨事』? 何のことだ、それ」

 俺の質問を聞いたみんなは、一斉にこっちに怪訝の満ちた視線を送ってきた。そしてしばらくの間、教室は痛いほどの静けさに包まれてしまう。

 ヤバいな……どうやらまずいことでも聞いちまったみてえだ。

 だが哲也は、俺にこの真相を知る必要があると判断したらしく、隠さずに答えてくれた。


「あの荒野には恐ろしい野獣が棲んでいるんだ、秀和。去年ここに来たばかりの学生の一部は、帰心きしんで我を忘れてあの荒野に迷い込んだが、そのほとんどが野獣に食いちぎられてしまったんだ」

「喰われた……だと?」

 哲也の口から出た恐ろしい情報に、俺は思わず耳を疑う。さきほどより更に激しい悪寒が走ったせいで、俺の体は金縛りに遭ったように動けなくなった。

「ああ。あのろくでない先生たちに、生中継を見せられたからな。まさしく悪夢だったよ」

 残酷な事実を語っている哲也は、さすがにいつも冷静な彼も理性を保てず、声が震え出した。そして他のみんなもトラウマを思い出したのか、顔に浮かんでいるのは悲しい表情しかなかった。

 ドン引きしている俺の頭の中に、哲也の言葉を素材にして、勝手に様々な光景を作成し再生が始まる。この目で確認したわけじゃないのでそれほどインパクトは大きくなかったが、多少の恐怖を覚えたことに違いはねえだろう。

 だがこの恐怖はあっという間に怒りになり、冷や汗が一瞬ガソリンに化して、俺の冷めた体を燃やし始めた。


「あいつらめ……好き放題やりやがって!」

 俺の拳は鉄槌てっついのように上空から素早く落ちて、机とぶつかる重い一撃が咆哮をあげた。そして胸に情熱の炎が燃えている俺は、何も考えずにただひたすら直感で俺の決意を表す。

「こうなった以上、俺たちは全力であいつらをぶっ潰すしかねえみてえだな!」

「やめたほうがいい。所詮お前には無理な話だ」

 俺の熱意のこもった思いを、早くも広多の心ない一言で蹴られちまった。だがその言葉はかえって俺の対抗心を燃やして、この決意を最後まで貫き通すと決めるきっかけになった。

「はっ、言ってくれるじゃねえか。無理と言われたらかえって証明したくなるぜ! 本当に無理かどうか、俺が試してから決めることだな!」

「ふん、命知らずめ……後であの世に堕ちても後悔するなよ」

 負け惜しみのつもりか、広多は相変わらず傍若無人な態度で振り舞っている。それに反して、聡は俺に激励の言葉を投げてきた。


「へっ、あんなヤツのふざけたことに耳を貸すな、秀和! どうせここにいても、地獄にいるのとかわんねえよ! オレはおまえを応援するからな!」

「勇気と無謀の違いも知らないのか、この機械マニアが」

「んだとー!? つくづくムカつく野郎だな、おい! もう頭に来たぞ!」

 頭に血がのぼった聡は、ガタッと立ち上がって、袖をまくり出した。その様子からすれば、いかにも喧嘩を始める姿勢だ。

 もちろんそのきな臭い光景を見ている千恵子は、黙って見過ごすはずはなかった。

「もう、お二人とも、お静かに! 今は仲間割れしている場合ではありませんよ!」

「仲間だと!? 誰がこんなヤツと……!」

「ふん、俺も随分となめられたものだな。一匹狼の俺には、仲間など生温なまぬるい繋がりにすがるつもりなどあるまい」

 そう言い放った広多は、ゆっくりと扉へと近付き、そして次の瞬間に彼はこの言葉を繋いだ。


「こんな仲良しごっこに付き合っている暇はない。邪魔したな」

 こっちに見向きもせずに、広多は扉を開けて廊下に出て行ってしまった。

「あっ、暗元さん!」

「ほおっておけよ、委員長。あんなヤツを引き留めても時間のムダだぜ」

 千恵子の呼びかけを、ニヤリと笑っている聡は意地悪にそれをさえぎった。

 あんまり感心しねえけど、確かに聡の言う通りだ。これ以上二人の衝突が激化したら、もはや作戦会議どころじゃねえな。

「そうだな、あいつは一人でいる方がお似合いだし。それより、早く作戦会議を続けよう」

「そ……そうですね。では、これからの予定について、ご意見のある方はいっらしゃいますでしょうか?」

 少し寂しそうに扉のほうを見やった千恵子は、すぐ気を取り直して話を進めた。さきほど聡と広多のいざこざでなかなか話せなかった俺は、なんとかずっと我慢していた口を開けることができた。


「俺は計画通りに、明日は奴らのサバイバルバトルに参加するつもりだ。危険なのは承知の上だけど、さっき広多に無理って言われて、どうしてもあいつに証明してやりたかった。それに、みんなの自由を取り戻すためでもあるからな。油断はできねえ」

「君にしては珍しい選択だね、秀和。ルールに縛られるのが嫌いじゃなかったのかい?」

「今は状況が違うんだぜ、哲也。それに君もさっき言ってたじゃねえか、外にはたくさんの野獣が潜んでいるってさ」

「なるほど。選択の余地がない、ってことかな」

「ああ、その通りだ。悔しいけど、ここは奴らの条件を飲むしかなさそうだな」

 そう言った俺は少し黙り込んだ後、何かを思い出したかのように下げた頭を上げて、言いたいことを補足した。

「もちろん、これはゲームじゃないことはよく分かっているつもりだ。俺は別に、みんなに無理についてこいとは言わない。参加したくない人は、手を挙げてその旨を伝えても構わねえ」

 俺は静かに辺りを見回して、みんなの結論を待つ。クラスメイトたちは俺のこの急な発言で戸惑っているのか、顔を見合わせて返事に困っている。

 しかし、その迷いもすぐさま霧のように消え去っていく。


「わたくしもご一緒致します。狛幸さんを一人で危険な目を遭わせてしまえば、心が落ち着きません」

「もちろん僕も行くよ。昔からのよしみだし、何より君は危なっかしいからね。何をしでかすかは分からない」

「私も私も! ふふふ、久しぶりに『鋼の大三角ビッグ・デルタ』の活躍だね! なんだかワクワクしちゃうなぁ」

 千恵子、哲也、そして菜摘の三人は、加入の声明と共に、俺に暖かい言葉を掛けてくれた。やはり持つべきものは友だな。


 言葉の持つ力は偉大だぜ。やがて他のクラスメイトたちも声を掛けて、一緒にサバイバルバトルに参加する決意を表明してくれた。その意思に偽りはないかと確認すると、みんなの思いは揺らぐことなく、頷いてその決意の固さを示してくれた。

 ったく、どいつもこいつも命知らずだな! みんな愛してるぜ!

 もちろんそんな恥ずかしいことを言えるはずがないから、俺は空気を読んで大人の反応をした。


「ありがとよ、みんな! おかげで心強くなったぜ」

「あら~、もしかして怖いのかしら、秀和くぅん? うふふ、キミもカワイイところがあるんじゃない」

 菜摘の友達である美穂は、艶っぽい声で俺をからかう。改めて考えると、なんでこの性格が真逆な二人が友達になれたんだろう。まあ、俺と哲也もこのパターンだけどな。結局すべては縁だな、うん。

「怖くないと言ったら信じるか?」

「まさか~アタシには分かっちゃうのよ、人の感情とか。アタシの中にある第六感シックス・センスがそう言ってるわ」

「また例の超能力ってやつか? そいつは大したもんだぜ」

「まあ、そんなところよ」

 ずいぶんと余裕そうな顔してるな、こいつ。下手に嘘を付いたらバレるだろうな、高い確率で。気をつけないと。

「ほら、あの千紗って子は、キミについていくかどうかを悩んでるらしいわよ」

 美穂の指さした方向を見ると、そこに両手を膝の上に置いて、全身がガクガクと震えている千紗がいた。俯く彼女のその顔には、先が見えない未来への不安が漂う。


「無理しなくていいのよ、千紗。行かなくても、誰も責めたりしないんだからね」

 意外なことに、そんな怯えている千紗を慰めているのは冴香ではなく、いつも彼女をからかっている優奈だった。なんだかんだ言って、やはり同じユニットの仲間なんだな。

 しかし更に俺をびっくりさせたのは、千紗の返事だった。

「そ、そうしたいけど……ダメだよ! みんながこんなに頑張ってるのに、自分だけが逃げるのは、ずるいと思うの」

 内気で小心者のイメージの強い千紗は、自分の中にある葛藤を口に出した。俺には、こんなダメな自分を変えたいという、小さく見えて大きな彼女のこころざしが潜んでいる気持ちが感じ取れた。心の中で、思わず「偉いな」と褒めたくなる自分がいる。

【雑談タイム】


秀和「ふう……やはりウザい先生がいないと気分がいいぜ。清々するな」

聡「そうだな! あいつも出て行ったことだし、まさに『鬼に金棒』だぜ」

秀和「まあ、あいつには悪気はないと思うけど、今はそれどころじゃなさそうだな。さて、次はどうしようかな……」

冴香「はいはーい! いい提案があります!」

秀和「ん、なんだ? 言ってみてくれ」

冴香「せっかく皆さんが集まったことですし、これも何かの縁だと思って!

   このチームに、何か名前を付けてみませんか?」

聡「おっ、いい質問だな! 何を隠そう、実はもう考えてあるんだぜ! 

  ハイパーウルトラ・アルティメットギャラクシーシャイニング……」

秀和「長いから却下!」

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