※このパートに暴力描写が含まれております。ご注意ください。
だが筋肉野郎は、伊達に筋肉を付けているわけじゃない。奴は女子を捕らえていない、もう一本の腕を自分の顔の前に構え、二人の蹴りを受け止めた。
「す、すげえ……なんて厚い筋肉だ!」
足に強い手応えを感じた茶髪男子が、驚きの声を上げた。
「ほほォ、このオレェを直接に攻撃するとは、命は惜しくねェようだなァ!」
こんな強い自分の前で生徒たちが反抗するとは思わなかっただろう、筋肉野郎の余裕の表情は怒りへと豹変する。その血眼の中に潜んでいる威圧感は、毒ガスのように教室に充満していやがる。
「気を付けて! 仕掛けてくるわよ!」
何かに気付いた黒ツインテール女子は、大声で茶髪男子に伝え、二人は筋肉野郎がガードしていた腕を振るうと同時に、飛び込み競技の選手みたいに空中で華麗な回転をこなし、転ぶことなく着地に成功した。
「ルールに従わねェわりぃ子たちは、懲らしめてやる!」
筋肉野郎が手を高く上げ、親指を立ててスイッチを押す準備をしていやがる。またあのきたねえ手を使う気かよ!
だが、「青は藍より出でて藍より青し」ということわざがある。あの筋肉野郎が担任しているクラスの生徒たちなら、きっと何か打つ手があるはずだ。
「へっ、何度もその卑怯な手に乗ると思うなよ!」
俺の予想を裏付けるかのように、茶髪の男子生徒が袖から細い糸のようなものを飛ばし、見事に筋肉野郎を持っているスイッチを巻き付けた。
「なにィ!?」
「そーれ! へっ、いただきだぜ」
状況が作戦通りにうまく運んだ茶髪男子は、やすやすと糸を引き、スイッチを我が物にした。
「ナイス! うまくやったわね、直己」
「名雪こそ、いいタイミングで教えてくれてありがとよ」
得意げに笑っている二人は、互いの名前を呼んで顔を見合わせている。未だに超展開で戸惑っている他の生徒たちは、まったく比べものにならねえ。
「おらァ! さっさとそいつを返せェ!」
スイッチを奪われて怒り心頭に発した筋肉野郎は、目の前に赤い布で挑発された牛のように突進する。しかし、やつは自分が捕らえていた女子の存在を忘れ、手を放しやがったぜ。
「今よ! 早く逃げて!」
好機を見出した名雪は、一刻も早くそれを活かそうと大声を出した。ずっと逃げたがっていた女子は、慌ただしくボタンを押して、ずっと廊下で様子を窺っていた俺たちをよそに走り続ける。
扉が開いてしまったため、中の状況は機械がなくても丸見えだ。突然、何かの衝動が俺の血液を沸騰させ、体を熱くする。きっと他のみんなも、俺と同じことを考えているだろう。
「おい、これからどうすればいいか、言わなくても分かるよな?」
「やれやれ、やはりそうなるのか。本当に君ってやつは……仕方ない、僕も付き合うことにしよう」
「本当、秀和くんは困る人を放っておかないもんね~私も一緒に協力するよ!」
「もう、さっきからやりたい放題ばっかり……今度こそアタシたちが倍返ししてやるんだから!」
「どうやらお決まりのようですね。それではみなさん、参りましょう!」
みんなは俺の考えを読み取っているように、誰一人も反対の意見を出さなかった。彼らの熱い言葉は、後ろから俺を押してくれている。
目の前の筋肉野郎は、体がデカくて性格も凶暴だけど、俺たちの力をこいつにぶつければ、きっと勝てるさ!
絆で結ばれた自信を胸に秘めて、俺たちは迷わず前に進む。
「んん? んだよおめェらは!?」
増援が入ってイラついたのか、筋肉野郎はこっちを見るなり、更に額の青筋を増やし、目玉を突出させていやがる。その姿は、もはやただの怪物にしか見えねえ。
「わりぃけど、これ以上は好きにさせねえぜ!」
自信に溢れている俺はニヤリと笑い、哲也に目線を送る。
親友である哲也はすぐ俺の意図を理解し、一斉にしゃがんで教壇を持ち上げた。そして次の瞬間に、それを思いっきり筋肉野郎に投げつけた。
重い教壇は拙い回転をした後、筋肉野郎に強い衝撃を与え、奴を窓側に飛ばしてやった。
「さあ、次はわたくしがっ!」
目を閉じていた千恵子は、声で戦況を判断していたのか、急に瞼を開けて、窓側に倒れ込んでいる筋肉野郎に素早い足取りで近付く。
目標の間近に接近した千恵子は、広い袖からミニサイズのフライパンを取り出し、筋肉野郎の顔に目掛けて渾身の一撃を喰らわした。「ゴン」と鈍器を連想させる大きな物音は、俺たちを呆然とさせた。
……おいおい、よくそんな重いものを持ってたな。
だが、これはまだ序の口に過ぎない。俺はいつも大人しいイメージに反して過激な行動をした千恵子に感心している間に、次は美穂が雄叫びを上げながら筋肉野郎に向かって走っていった。
「おおおおおおおおおおーーー!!!」
牙を剥き出しにした野獣のように、美穂は恐ろしく目を光らせて、後先も顧みずにただまっすぐ進む。そして筋肉野郎の無防備な急所に、無慈悲な蹴りを繰り出した。
「んごぉぉぉぉぉォ!? て、てめェ……!」
「はああああああーーー!!! どうよ、このスケベクズ、参ったか!」
イケメンに対する態度とは打って変わったかのように、美穂はゴミを見ているような目で筋肉野郎を見下しいる。たくましい股間を踏みつけている足は、未だに止める様子がなく、力度が少しずつ増していく。
アニメやゲームの主人公たちがたまに遭遇するシチュエーションだが、俺は自分がその一員じゃないことを密かに幸運に思っている。
「や、やめろぉぉぉぉぉぉォ!! オ、オレェの息子がぁぁァ!!」
筋肉野郎の豚みたいに無惨な声が、俺たちの聴神経に今までにない衝撃を与える。驚きと嫌悪感に支配された俺たちは、思わず耳を塞いだ。
「やめてほしいの? いいわよ、トドメを刺してあげるわ!」
まだ勝利がもたらした喜悦に浸っている美穂は、勢いに乗って追撃を始めた。筋肉野郎の後ろから頭を力強く叩きつけると、奴の頭が床に倒れ込み、デカいケツを突き出しているような情けない体勢になっている。
俺たちはこれで決着がついたと思いきや、次の瞬間に美穂はどこからともなく銀色の何かを取り出し、そのまま一直線に筋肉野郎のケツに刺しやがった!
「ひぎやああああああああああああーーー!!!」
とうとう筋肉野郎が史上最悪の断末魔を上げた。天辺まで届く騒音が、まるで槍のように俺たちの耳を貫き、脳内に木霊する。
Gクラスの連中も、突然の騒音に対応する術もなく、ただ床に悶えて苦しむしかなかった。ただ、一番距離の近いトドメを刺した張本人は、割と何ともなかったようだ。
「ふ、ふふふ……思い知ったか、アタシの実力!」
得意げに両手を腰に当てている美穂は、高らかに声を上げ、満足そうに笑っている。
あまりの健闘っぷりに、さっき筋肉野郎と戦っていた二人も思わず賛嘆した。
「すげえ……あんなやつを一人で倒したなんて……なあ、名雪?」
「すごいってものじゃないわ、直己! あの無我夢中の境地、決して一般人では達せないものよ……あなたたち、一体何者なの?」
名雪と呼ばれていた黒いツインテールの女子は、俺たちにあり触れた質問を投げてきた。
「俺たちはDクラスの人間だ。うちの教室に先生がいないから、あまりにもおかしいと思って別の教室を捜査してるわけ」
「それでおれたちと鉢合わせした、ってわけか。そっちもなかなか大変そうだけど、まあうちらのクラスよりはまだマシだな」
直己という名の茶髪男子は、すぐ状況を飲み込み、俺の言葉を繋いで結果に導いた。
そして二人は軽くお辞儀をし、感謝の気持ちを伝えた。
「とにかく、色々ありがとうね。おかげで助かったわ」
「ああ、いくらおれたち二人でも、コイツにはさすがに叶わないぜ」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」
二人のお辞儀に釣られたのか、冴香も自然にお辞儀をしていつものセリフを口にした。
「そうそう、自己紹介を忘れてたわ。私は萩野 名雪、風紀委員よ。よろしくね」
「おれは相川 直己だ! 気楽に直己って呼んでくれ」
何かを思い出した二人は、それぞれお自分の名前を名乗った。俺たちも一人ずつ、軽く自己紹介を済ませ、今まで起きたことを説明した。
「そうなのね……やはり尋常じゃないわね、この学校は。一体どうしたというのかしら」
「分かりません。だから、こうして真相を見つけて、先生方に突きつける所存です」
「よし、そうと決まれば即行動よ! みんな、教務室へと突撃するわよ」
「……その格好で?」
「格好? 私の格好がどうした………あっ!」
直己の指摘により、先ほど筋肉野郎に捕らえられていた女子と同じくきわどい制服を身に包んでいるのに気付いた名雪は、素早く腕で露になっていた肌を隠す。
「やれやれ、風紀委員ともあろうものが、そんなはしたない格好をするとは………うぎゃあっ!」
いやらしい目付きで名雪を見ながらからかっている直己は、突然悲鳴を上げた。
「か、勘違いするんじゃないわよ! こ、これはあの変態教師に着せられただけよ! うう、やっと何とか忘れられたのに、思い出しちゃったんじゃない……もう、直己のバカ!」
直己の腹を凹ませている名雪の足が、パンチラにならないよう中途半端な高さに上がっているせいで、震えが止まらない。だがそれが逆に直己に異様な快感を与え、彼はそれに逆らえずによだれを垂らしてしまう。
「やめなさいよ、その顔! 気持ち悪いわよ!」
「だ、だったらその足を下ろせ……いや、やはりそのままで頼む……」
「はぁ!? あんた、あの変態教師に変なことを吹き込まれたんじゃないでしょうね!?もう、さっさと行くわよ!」
羞恥心で周りの空気も熱く感じるように、名雪の頬はざくろのように赤くなる。そして素早く直己を蹴った足を下ろし、扉の方を振り向くとさっと廊下へと歩き出した。
「あの二人、仲が悪いのでしょうか」
この光景を見た千恵子は、疑惑を隠し切れず顔に浮かべている。
「いや、むしろ逆だぜ。喧嘩するほど仲がいいかもしれねえ」
「そうなのでしょうか……」
俺の回答に、千恵子はイマイチ納得できないようだ。まあ、すぐには無理な話だろう。
「さて、僕たちも急ごうか」
「ああ、そうだな」
哲也の声に応じて、俺も体を動かして前進する。
廊下を歩いている途中、俺は大事なことを思い出して、聡に声をかける。
「どうだ、聡? うまく撮れたか?」
「ああ、バッチリだぜ! これであのクソ教師どもも言い訳ができなくなるさ!」
「そうか。よく頑張ったな、聡。今回はお前が一番役に立ってくれたぜ」
俺は手を聡の肩に乗せて、彼の活躍を称えた。
「へへっ、秀和が頼んでくれたからやると決めたんだ。他の人だったら、いくら土下座してきてもやる気は出せねーけどな」
「マジか。そいつは光栄だな」
昨日の聡とまったく違って元気に返事してくれた彼を見て、俺の心の奥から何か熱いものが感じる。
だが時間は俺に感動に浸っている暇を与えてくれず、またしても新たな出来事が俺の注意力を分散させようとしている。
「あっそうだ、コイツを渡しとくぜ」
聡はポケットから何か帯のようなものを出して、俺の方へと投げてきた。俺はそれをキャッチして手元でよく見ると、近未来風の腕時計が薄暗い廊下の中に光っている。
「何だこれは? ただのプレゼントじゃなさそうだな」
もしかして、こいつは哲也が昨日言ってたあの忌まわしき腕時計のことか? いや、いくらなんでも聡はそんなことをするはずが……
「ああ、あの連中が作った腕時計の偽物だ。お前はそれを付けないと、後で怪しまれるだろうと思って、昨日一夜漬けで作っておいたのさ。どうだ、そっくりだろう?」
「そっくりも何も、そもそも俺はまだ本物をちゃんと見てなかったし……でもまあ、気持ちは受け取ったぜ。ありがとうな、聡」
「気にすんなって。オレにできることはこれぐらいしかねーからな」
「そんなことないぜ。お前は実に大した奴だ」
少し自嘲気味そうな聡を、俺は迷わず励ました。誰にだって、そいつにはそいつなりの価値があるからな。
「みなさん、こちらです」
千恵子の真剣な声と共に、俺たちも条件反射で足を止めた。薄暗い2階の廊下の突き当たりにあるのは、その高さから放つとてつもない威圧感を帯びる教務室の扉だ。紫と緑の毒々しい色の組み合わせが、俺たちの鳥肌を立てる。
「さて、いよいよだな……準備はいいか?」
「へっ、ここまで来て引き下がるかよ!」
「そうですね、それにみなさんもいるんですから!」
「この地獄から出るために、これぐらいどうってことはないわよ! かっこいいイケメン、そして菜摘とのお仕事が待ってるんだから!」
「満場一致、だな。もう迷うことはないだろう」
「よし、それじゃ行くか!」
だが、今の俺たちは強い絆で結ばれている。怖いものなんか吹っ飛ばしてしまえ!
先陣を取った俺と千恵子は、左右から扉を強い勢いで押し付けて、未来への新たな一歩を踏み出す。
【次回予告】
哲也「やれやれ、それにしてもずいぶんと大騒ぎになってしまったな。
きっと先生たちも、タダで済ましてはくれないだろう」
秀和「仕方ねえだろう、あんな状況だったしさ……
まあ、これだけ仲間が集まれば、きっと何とかなるじゃね?」
聡「だといいけどよ……相手は大人なんだぜ? そう簡単に聞いてくれないだろうね」
千恵子「確かに、今の状況は厳しいかもしれませんが……
それでもわたくしたちは、自分の気持ちをきちんと伝えなければなりません!」
菜摘「おおー! 九雲さん、なんかかっこいいね~よーし、私もやる気が出てきちゃった!
そしてら二人で一緒にモデルのお仕事をしようね、美穂ちゃん!」
美穂「ええ、もちろんよ! そのためにも、あの教師失格の腐った大人たちにいたーい目に遭わせてやんないとね!」
宵夜「万人の英傑が今、魔界への扉に集う! 運命の分かれ道は、一体どこへと繋がる!?」
愛名「それでは、また来週~♪」
優奈「アニメじゃないんだから、これ!」
百華「ですが、いつかアニメになるかもしれませんよ~?」
直己「マジで!? いや、いくらなんでもそれはさすがに……」
秀和「だが可能性は0じゃねえだろう? 現にこのサイトの小説から改編されたアニメもいくつかあるしさ」
哲也「しかし秀和、その小説たちがアニメ化されるまで、どれぐらい時間が経ったか知ってるだろう?
相当の労力を費やさなければ難しいと思うぞ」
秀和「それでもやってやるぜ……ここまでやってきたんだ、諦めてたまるかよ!」
哲也「やれやれ、相変わらず君って人は……まあ、そういうところは嫌いじゃないけどね」
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