※このパートに残虐描写が含まれております。ご注意ください。
しかしそんな俺たちを嘲笑うかのように、現実はそう甘くはなかった。悲惨に転がっている屍の山が、命はいかに弱いかを語っている。
よく見ていると、死体はほとんど女子で、額に大きな穴が開いていて、流れている血が池のように溜まっていやがる。
なんて猟奇的な殺し方だ。一体どこのどいつがやったんだ?
俺は疑問を抱えているうちに、突然目の前の平地が黒い影に覆われて、一気に暗くなった。どういうことかを知るべく頭を見上げると、とんでもねえやつがやってきやがった。
そいつは山のような、ドデカいサソリだった。そしてそいつが地面に落ちてきた瞬間に、地響きがゴゴゴと鳴り始め、俺たちの鼓膜を容赦なく冒していやがる。
地響きが少しずつ収まっていき、やっとまともに立てるようになったが、ドデカサソリは既に俺の前に接近していやがる。しかしこいつは攻撃を繰り出さずに、ただ俺を見据えている。一体どういうことなんだ?
「な、なによこいつ! こんなのがいるなんて聞いてないわよ!」
少し離れた場所に、他のクラスの女子がヒステリーに大声を出した。もちろんドデカサソリも無視するわけなく、すぐさま向きをそっちに変えた。
「しー! 声が大きいよー」
彼女の近くに、もう一人の女子がいる。容姿端麗なヒステリー女子と違って、顔に雀斑がついていて、お世辞にもかわいい女の子とは言えない。
そして何故か、ドデカサソリは目の前にいる獲物である俺を無視し、女子二人組に向かって走り出した。
「ちょ、なんでこっちに来るのよ! もう、逃げるしかないわね!」
「待って! おいてかないでよ~」
ヒステリー女子は雀斑女子の手を繋がずに、自分の身だけを守ろうと先に逃げ出し始めた。出遅れた雀斑女子は、そそっかしい足取りで転びそうになるも、何とか走れた。
しかしあのドデカサソリの一歩は、人間の20~30歩に相当する。そのため、ドデカサソリはすぐに女子二人組を追い詰めた。
「きゃっ!」
雀斑女子は、急に足元が地面から離れて、大きくずっこけちまった。見る見るドデカサソリは、目の前にいる雀斑女子を見下ろしている。
「お、お願い……殺さないでぇ……」
絶望の底に落ちる雀斑女子は、瞳が涙で潤っている。彼女は弱々しい声で最後の足掻きしようと、命乞いをしている。
困っている人を助けるのは普通だが、戦慄が走っている俺は、どうすることもできなかった。それに距離もかなり離れているため、走っても間に合わねえだろう。
あっという間に、ドデカサソリは素早く尻尾の毒針を前に突き出し、獲物に目掛けてトドメを刺す。
だが、標的は雀斑女子ではなかった。一方ヒステリー女子の頭がドデカサソリの毒針に貫かれたという惨状を、俺たちは目撃しちまった。飛び散る赤い血しぶきが、一気に拡散して周りの地面や樹木にべったりと付いてしまった。
なるほど、あそこに倒れてた死体たちも、あいつの仕業ってわけか。けど、なぜあいつは目の前にいる雀斑女子を狙わずに、遠く離れたヒステリー女子を攻撃したんだろう? あいつは遠視なのか、仲間を見捨てたのを見かねて罰を与えようとしたのか、それとも……
「い……いやああああああああああー!!!」
後ろから聞こえる悲鳴が、俺を現実に引き戻す。振り返ると、そこには尻餅をついている千紗がいる。彼女は頭を抱えて、情けなく泣き出している。でもまあ、こんな衝撃的な光景を見たら、泣くなと言われて泣かないほうがおかしいだろう。
「ダメよ千紗! こんなとこで泣き出したら……」
優奈は焦って彼女を窘めたが、もう手遅れだ。千紗の悲鳴に気付いたドデカサソリは、毒針に刺さっている犠牲者を乱暴に捨てると、凄まじい勢いでこっちに向かって突進してきやがる。
こいつはまずいぜ。うちはヒステリー女子に劣らないほどの美少女が大勢いる。何とかしなければ、うちの女子全員が殺られちまう!
「お前ら、早く下がれ! ここは俺たち男子が食い止める!」
俺は女子たちが前に出ないように、急いで腕を振るい、指示を出した。心得た女子たちは、森の中に隠れて身を守っている。
「気をつけてね、秀和くん!」
「もしわたくし達の力が必要なら、遠慮なくおっしゃってください!」
菜摘と千恵子の頼もしい声援を耳にした俺は、感謝の意を示すために目線を送って頷いた。
「『俺たち』って……まさかオレも?」
渋々前に出た聡は、俺の話の内容を確かめようと質問をしてきた。
「ああ、そうだ! 本物の怪物討伐だ、滅多にないチャンスだぜ? お前はこういうのが好きじゃねえのか?」
「冗談言ってる場合かよ! そんなの、ゲームだけで十分だぜ!」
俺のブラックジョークを真に受けて、冷静を失った聡は大声で反論する。へー、意外と幻想と現実をうまく分けられるやつだな。
そんな会話が続いているうちに、ドデカサソリがだんだんこっちに近付いてきて、俺たちに攻撃を仕掛けてきやがった。
「危ない、秀和!」
盾を構えている哲也は、見掛けによらず軽やかなステップで俺の前に出て、ドデカサソリの毒針を受け止めようとしている。
体の一部しか防げない小型盾であんな大きな毒針を受け止めるには、さすがに無理はある。俺は哲也の安否を心配しているが、何故か毒針が盾に触れる直前に止まった。
一体なんなんだ、このサソリは? 行動パターンがまったく見えねえぞ! だが、敵が止まった今はチャンスだ! その忌まわしい尻尾を、この俺が切り落としてやる!
俺は設置していた拳銃のバッジを両手剣のバッジに交換し、質量を持った剣を手にすると、ドデカサソリの尻尾に飛びかかってそれを斬ろうとする。
「覚悟しろ、このサソリめ! 自慢の尻尾がなけりゃ、どうすることもできねえだろう!」
俺は掲げていた剣を、勢いよく振り下ろす。これでドデカサソリも、ただのカニになる……ゑっ?
なんと、ドデカサソリの尻尾が鋼のように硬く、剣の刃がそれにハマって抜けねえ! おいおい、マジかよ……
だがヤバいのはこれだけじゃなかった。痛みを感じているドデカサソリは、剣を握っている俺ごと尻尾を振り回しやがった。普通の人間である俺は、その絶大の力に勝るはずがなく、反抗する術も見つからないまま、ただ回されるしかなかった。
「おーい、いい加減にしてくれよ! 目が回る~」
「ジェットコースターじゃないんだぞ、秀和!」
恐怖を紛らわすために俺は叫び出したが、哲也は持ち前のジョークセンスで俺にツッコミを入れた。
このまま投げ出されるのかと思ったその時に、奇跡が起きた。突然ギザギザした緑色のリングが飛んできて、ドデカサソリの堅固な尻尾を真っ二つに切り刻んだ。その結果、俺は尻尾による拘束から解放され、宙に浮いた。
「今だ秀和! アイツにトドメを刺してやれー!!!」
下から響いたのは、聡の熱い叫び声だった。彼の片手に一台のスマホが握られて、先ほどのリングと同じ緑色の光を放っている。
なんだ、案外やる気あるんじゃねえか、こいつ。そんな彼の情熱を応えるためにも、俺も頑張らねえとな。
「サンキュー、聡! よし、覚悟しろ、この化け物サソリめ! おりゃああああああーーー!!!」
俺は刃が下に向くよう、剣の取っ手しっかりと握り締めた。そしてそれを頭上に持ち上げた後、すぐに力強く下ろしたままで、体を重力に任せて急下降する。
俺とドデカサソリの距離は、少しずつ縮んでいく。そしてついに、この刃がドデカサソリの頭に直撃した!
「キュルルルルルルルーー!!」
ドデカサソリは耳障りな鳴き声をした後、力尽きてぐったりと伸びやがった。にじみ出る毒々しい緑色の液体を見ていると、思わず鳥肌が立つ。
「大丈夫か、秀和?」
俺の状況を心配している哲也は、息を切らしながらこっちに走ってくる。
「ああ、なんとかな。ふー、とんだスリリングな体験だったぜ」
「派手にやったじゃねーか! そのまま動くなよ、今写真撮るから!」
熱い心を持っている聡は、こんな俺の勇姿を脳裏に焼き付けるために、スマホを構えてシャッターを切る準備に入った。
「あっ、待って! 私も撮る撮る~」
そしていつの間にか、森に隠れていたはずの菜摘もデジカメを構えて、ベストアングルを探し始めた。
「うわっ!? まったく、しんしゅつきぼちゅ……やべえ、噛んじまった」
失態をした聡は、照れ隠しに目線を逸らした。しかしその瞬間に、思わぬ事態が発生しちまった。
死んだはずのドデカサソリが、最後の力を振り絞って大きなハサミを振るい、聡に攻撃を繰り出しやがった!
こいつ、まだ生きてたのかよ!
あまりにも急展開だったので、誰もがそれを阻止する余裕がなかった。聡に至っては、表情こそ強張っているものの、体が完全に固まって、さっきのすげえ攻撃を出すことは不可能に近いだろう。
くそっ、早くもうちの脱兎組に初めての犠牲者が出るのかよ! それじゃみんなとの約束、果たせねえじゃねえか!
「やめろおおおおおおぉぉーー!!!」
焦りのあまりに、俺は思わずそう叫んだ。人間の言葉が分からない化け物に対して、この虚しい叫びに意味がないと知りながら。
だが、そんな俺の思いが天に伝わったのか、この救いのないと思われた展開に、またしても変化を遂げた。
【雑談タイム】
聡「おいおい、ウソだろう? 早くもオレは出番なしかよ!?」
秀和「今までありがとう、聡。お前のこと、決して忘れねえからな」
聡「勝手に殺すなー!」
秀和「まあ、あの作者のことだ。きっと何とかしてくれるだろう」
聡「マジで? それならいいけどよ……この状況で起死回生できる方法はあるのか」
秀和「ある!」(キリッ)
聡「なんでそう言い切れるんだよ!」
秀和「俺は作者と一心同体だからな~というのはウソだけど、さすがにここでネタバレしたらまずいからな」
聡「やっぱそう来るのかよ……つまんねーな」
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