ロープウエー風の乗り物に登ると、俺と千恵子はシートベルトを着用した。少し遠くにいる菜摘を眺めると、彼女はもう先ほどのショックから立ち直ったみたいで、明るい笑顔を浮かべながらこっちに手を振るっている。ふう、元気そうで何よりだ。
一方、隣に座っている千恵子は、突然俺に軽くお辞儀をして、謝罪の言葉を述べた。
「狛幸さん、先程は熱くなってしまい、お二人にご迷惑をお掛けしてしまったことをお詫び申し上げます」
「別に気にしてねえよ。でも、なんでそこまで俺に拘るんだ? 迷惑だと思うなら、さっき菜摘と争わなければいいじゃん」
俺の質問を聞いた千恵子は、何故か急に頬が赤くなって、返事に困ってもじもじしている。いつもの凛々しい顔はどうした。
「そ、それは……狛幸さんと一緒にいると、何だかドキドキしていますので」
「ほほうー。さては恋かな?」
俺は少しからかってみたが、千恵子は気付かずに真面目に返事した。
「いえ、恋とはまだ少し違うような……そうですね、今までわたくしの人生をお冷やに例えるのなら、狛幸さんに出会ってから、わたくしのお冷やは色んな飲み物が混ざったように、彩り始めた感じです」
へー、すごい比喩だな。さすが料理人といったところか。まあ、分かりやすくていいよな。
でも、確かにその通りだな。最初千恵子に出会った時は、頑固と言えるほどルールに厳しかったイメージしかなかったけど、最近は考え方が柔軟になってきた感じだな。この前も何度も、俺たちの度肝を抜いたしさ。やはり「あの件」の影響は大きかったか。なんだかんだ言って、千恵子も女の子だよな。刺激を求めるのは、若者の性というやつか。
「そうなんだ。けどさ、千恵子はルールを破るのは嫌いじゃなかったのか?」
「確かにそうなのですが、ルールを破る度に、新しい可能性、そして新しい自分を見出せるような気がします」
千恵子は少し頭を下げて、優しそうな目をしている。彼女の口から明らかになる、今まで知らなかった心の内は、俺への信頼の証なのだろうか。
「あの……狛幸さん? さっきからずっとぼーとされていますが、どうかされました? もしかして、こんなわたくしのことを、ガッカリしていらっしゃるのでしょうか……?」
物思いに耽ってずっと黙っていた俺を見て、千恵子は心配そうにこっちに目線を送ってくる。
だが、そんな彼女の思いを、俺は無視するわけにはいかねえんだ。ちゃんと応えてやらねえとな。
「考えすぎだろう。誰だって強くなりたいし、ダメな自分を変えようとしてる。千恵子だって、そんな一面を持っていることを知って、とても嬉しかったぜ。教えてくれてありがとうな、千恵子」
「狛幸さん……うふふっ、きっとそう答えてくれると信じておりました」
安心した千恵子はほっと胸を撫で下ろして、両手を合わせて可愛らしい笑顔を浮かべた。
「そう思ってくれてありがとうな。さて、その思いを胸にしまって、あいつらに俺たちの強さを思い知らせてやろうじゃねえか!」
「はい! みなさんで協力して、生き残って元の場所に戻りましょう!」
俺と千恵子は真剣な眼差しで互いの顔を見合わせて、心に秘める熱い決意を固める。
「はぁいみなさん、地獄への搭乗の準備、できているのかしら? 今から説明をするから、よぉ~く聞いて頂戴。聞き逃してもセカンドチャンスはないから、心して聞くことね」
空気を読まないドレス女の艶っぽい声が、俺の機嫌を損ねる。ふん、そこまで言うなら、聞いてやろうじゃねえか。
「目の前にコントローラーが見えるでしょう? それを手に取って頂戴」
ドレス女の指示に従って、俺たちはブーメランの形をしているゲーム機のコントローラーらしきものを手に取った。緊張のせいで手のひらににじみ出ている汗が、滑らかなプラスチックの上で落ち着きがなく踊り出す。
そしてドレス女に続いて、狂科学者の声が響く。
「ここから先は、色んな障害物がある。ぶつかる前に指示が出てくるので、よくボタンを押して避けなければならないんだ」
なるほど、アクションゲームにはよくあるQTEってやつか。こいつは面白くなりそうだぜ。
「ただし、その指示を見るには、君たちの頭上にあるヘルメットを被る必要がある」
狂科学者が出してくれた新たな情報をたどり、俺たちは無意識に頭を上げる。そこには、バイクに乗っている人がよく被るヘルメットがぶら下がっている。
手を伸ばしてそれをキャッチし、手に取ってよく見てみると、顔の部分が完全に黒いガラスに覆われ、中の様子を見ることができない。うさんくせえけど、やるしかなさそうだな。
俺は渋々とヘルメットを被ると、電源が勝手入って、黒いスクリーンも光り出す。ゴールまでの線路図が書かれているけど、正直この際役に立つとは思えねえな。
「ヘルメットのスクリーンが光っているとは思うが、ここから指示が出てくるので注意することだ。しかし……」
狂科学者のだるそうな声に反して、その内容はとても思わせぶりだった。俺たちは耳を立てて、一度しか聞けない大事な説明を聞き逃さないように神経を引き締める。
「君たちが見える指示は、『隣に座っている人』の方だ。よって、言葉で伝えなければならない」
おいおい、ややこしいな。こりゃ反応神経だけでなく、信頼関係まで問われるぜ。
だが、俺がまだ完全にこの状況を理解していないうちに、奴らが俺たちに更なる大きな「爆弾」を投げてきやがった。
「最後にもう一つ。指示が出る時に、ボタンを押し間違えると座席に仕組んであった爆弾が起動するので、くれぐれも気をつけるように」
この衝撃的な情報を耳にした学生たちは、突然恐怖に襲われて大きな絶叫を上げ、この空の静寂を破る。それはまるでジェットコースターが坂から落ちる時のようだが、今はこのマシンはまだ動きすらもしていねえぜ。
なるほど、これで生徒が死んだとしても、「生徒の不注意による過失」という理由で水に流すつもりか。だが、そんな甘い妄想を、俺たちは必ず生き残ってぶっ壊してやる!
「あっ、そうだわ。ヘルメットに通信機能があるから、使いたい人はどんどん使っちゃって頂戴ね」
おしゃべり好きなドレス女は、焦る学生たちの気持ちをないがしろにして、得意げに余計な一口を加えた。もちろん学生たちは納得するはずもなく、大声を上げて抗議を訴えている。
「ふざけんなよおい! 人の命を何だと思ってんだよ!」
「もうやだ! 早くここから出してよ~」
「う゛ぁくだんだって!? 気でも狂ったんじゃないか!?」
「ええ゛ーい! こいつら、頭がおくぁしいぜ!」
絶望に囚われて理性が混乱している学生たちは、お化け屋敷に彷徨っているかのように奇声を放ち、この場を一気に混沌へと変えてしまった。
「はーい、嫌なのは分かるけど、抵抗をしてもダメよ。ちなみに今シートベルトを外す場合も、爆弾が起動するから、逃げないほうが身のためよ」
ドレス女の気障りな声は、何とか混乱する学生たちの騒動を抑えられたが、根本的に解決したわけとはいえない。ヘルメットに内蔵されているヘッドホンから、学生たちの不満を帯びている声を漏れている。
「よし、全員着席したようだな。それでは発車させるぞ」
「くっくっく、無事に渡れることを祈るぞ、『選ばれし戦士』たちよ! まあ、ここで戦死を遂げる奴のほうがよほど多いがな」
「先に死ぬんじゃねえぞ、てめえら! 先に向こうで待ってるから、大人しくオレに殺られろよ!」
鬼軍曹と20代ヤンキーは、柄にもねえセリフを口に出しやがった。ライバルキャラかよ、てめえら。
そしてついに、ロープウエーは徐々にスピードを上げていき、前進を始めた。
一歩間違えれば、奈落の底へと落とされちまう。ヘルメットで視界を遮られている俺たちは、集中力を全ての運命に繋がるコントローラーに移し、しっかりと握り締める。震えている両手は、恐怖心の表れだ。さすがに俺も無敵ってわけじゃねえからな、それにケツの下にあるこの爆弾がいつ爆発してもおかしくねえ。正に絶体絶命の状況だぜ。
しかしこの状況で、迷っている俺に救いの手を差し伸べてくれる人がいた。暗闇とあいまって、その手のぬくもりが一層強く感じる。
「怖がることはありませんよ、狛幸さん。貴方のそばには、わたくし、そしてみなさんがいるのですから」
「千恵子……」
千恵子のささやきが、俺の心に安らぎを与えてくれている。その優しい声が、俺にどれだけ力を付けてくれているか、彼女には分かるだろうか。
「絶対に一緒に生き残りましょうね、狛幸さん」
ああ、なんて美しい声だ。それはまるで恵みの泉のように、俺の乾いた心の砂漠を潤してくれている。
その時、俺は千恵子の手が震えているのを感じた。やはり彼女も、こんな思いがけない事態に直面して怯えているのだな。だがこんな時だからこそ、俺も仲間として彼女を励ましてやらないとな。
「ああ、もちろんさ。ここまで来た以上、今更弱音を吐いていられるかよ!」
そうだ、俺には頼もしい仲間がいるじゃねえか。裏切りなんて汚らわしい存在は、俺たちのチームに存在するはずがねえぜ!
だから信じよう。輝かしい未来のために!
後ろから吹いてくる追い風が、俺たちの勝利を高らかに祈っている。ふっ、いい気分だ。これなら負ける気がしねえぜ。
【後書き】
聡「ヒュー、熱いねおまえら」
千恵子「ひっ、氷室さん!?」
秀和「おい、何故聞こえてるんだよ!?」
聡「忘れたのか、コイツに通信機能が付いてるんだぜ」
千恵子「はっ……そうでした! ううう、もうお嫁に行けません……」
秀和「大げさすぎだろう」
直己「あっちはなかなかいい雰囲気だな……なあ名雪、おれたちもしよっか?」
名雪「イヤよ! 絶対イヤ!」
直己「即答!? そんなに冷たく言わなくてもさ~」
名雪「イヤなのはイヤなの!」
優奈「あ~あ、お腹空いたわ~早くお肉食べたい」
冴香「優奈ちゃん、朝ご飯を食べたばかりなんだよ?」
優奈「あんなで全然足りないわよ~。もっとガッツリと食べたいの!」
千紗「そ、それならケバブとかどうかな……?」
優奈「でかしたわ! さすがは千紗ね♪」
千紗「えへへ、そんなことないよ」
秀和「おいおい、お前らフリーダムすぎるだろう……さっきのいい雰囲気が台無しだぜ」
千恵子「くすっ、でも賑やかでいいじゃないですか」
秀和「ははっ……まあな」
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