俺たちが通っている石製の長い廊下の形は、まるでファンタジーものではよくある洞窟のようだ。しかもその両側が、プロジェクターで投影されたような映像らしき画面がたくさん浮かんでいる。ジャングル、お城、都会、宇宙、サイバーワールド、などなど……
様々な色が、虹のように一つの絵を織りなす。この絵の向こうにある世界が、不思議な魔力を漂わせて俺たちを引き込んでいるみたいだ。みんなもまるでスーパーマーケットに迷い込んだかのように、あちこち目移りしている。
「わあ~すごい! まるで本物の冒険みたい」
天真爛漫な菜摘は、これから危険な戦いが始まるにもかかわらず、ウインドウショッピングをしている時みたいにはしゃいでいる。
「学校の地下にこんな空間があったとは……驚いたな」
哲也は人差し指でメガネの真ん中の部分を押し続け、鋭い眼光で辺りを見回している。
「はぁいみんな、感心している暇はないわよ。今から出発するから、そこで立ってて待機して頂戴」
ドレス女の拍手音は、俺たちの注意力を彼女に集中させた。彼女は片手をあごに当て、壁に映っている「世界」たちを凝視して物色している。
「できれば、今すぐ私が築き上げた世界をみんなに見せてあげたいんだけど、いきなり出しても面白くないわね……みんなにもっと早く馴染んでもらえるよう、ここはやはりチュートリアルステージと行こうかしらね」
そう言うと、ドレス女は森らしき映像をタッチして、その画面が一回転し、前に浮かび上がった。そしてくっついた人差し指と中指を離れさせ、画面を拡大させた。
緑葉がそよ風に吹かれて揺らぐ音と滝水の音が響き、臨場感満点の演出がなされている。まるで俺たちは、既にそこにいるかのように。
「へっ、最近の光学技術はすげーな、ここまで再現度の高い映像が撮れるとは」
機械マニアの聡は、この映像の凄さに息を飲み、思わず賞賛の言葉を漏らす。
しかし、ドレス女の口から発された返答は、俺たちの度肝を抜かさせた。
「ただの映像じゃないのよ。この壁の中に入れば、すぐその場に移動できるわ」
「壁に入る……? そんなこと、物理的には難しいと思うが」
常識を覆す言葉を、哲也は疑わずにいられなかった。
「考えてもしょうがねえだろう。もしかしたらタイムマシンや空間移動装置かもしれねえ。とりあえず入ってみようぜ」
「あっ、待つんだ秀和! まったく、もう少し警戒心という意識はないのか……」
哲也の呼びかけをよそに、俺は迷わず壁の中に飛び込んだ。すると視界があっという間に白く染まり、体も渦巻きに吸い込まれているようにグルグルと回る。
俺がまだこの状況に飲み込めていないうちに、今度は全身が軽くなり、俺の感覚を狂わせる。次の瞬間、白い空間が顔料に染み着いたみたいに、先ほどの森が少しずつ現れていく。
「ちょ、何なのよこれ! 私たち、宙に浮いてるじゃない!」
信じられない光景を目の当たりにして、驚きの声を上げる名雪。彼女の言う通り、俺たちは上空で森を俯瞰している。そのため木も小さく見え、至る所まで緑色に埋め尽くされている。
「まさか、このまま落ちるんじゃないでしょうね!?わわわ、勘弁してよ~!」
いつも強気な優奈は、さすがにこの状況でもアタフタと手を激しく上下に揺らし、無意識にコミカルな表情を顔に出している。もしかして彼女は俺と同じく高所恐怖症か?
……ん? ちょっと待てよ、高所恐怖症?
今自分が置かれている状況を考えると、思わず悪寒が走る。さっきは冒険心が溢れていてすっかり忘れていたが、俺は今空中にいるんだった!
「うわああああああー!!!!! 死にたくねえー!!!!!」
恐怖に支配された俺は、情けない叫びを漏らす。
しかもこの高さから落ちると、たとえ命に別状がなくても、骨が十数本折れるに違いねえ。人間には骨が215本もあるから、十数本は大したことじゃないと言いたがる奴もいるだろうが、もう少し命を大事にしてほしいものだな。
「あらぁ、その心配なら要らないわよ」
またしても聞くだけで鳥肌が立ちそうな、ドレス女の声が俺たちの後ろに響く。それと同時に、俺たちの体がゆっくりと地面に近付いていく。足がピタッと土地に密着した時に、化け物どもが既に俺たちの前に待機して、蔑んだ目付きで俺たちを見ていやがる。
「くっくっく、たっぷり聞かせてもらったぞ、実にいい泣き声だった」
「まさか自ら弱点を教えてくれるとは……とんだ愚か者だ。うえへっへ」
俺の大失態を見ていた鬼軍曹と狂科学者は、ゲラゲラと嘲笑ってやがる。くそ、覚えてろよ……!
「大丈夫ですか、狛幸さん?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
心配してくれている千恵子に格好悪いところを見せられないので、ここはやせ我慢しても「怖かった」なんて言っちゃいけない。
「その割に、足がすごく震えているが」
「しょうがねえだろう、この高さだからさ……」
哲也は突如、俺が隠そうとしてることを暴いてしまう。悪意がないのは分かっているが、もう少し空気を読んで欲しいものだな、哲也。
「せっかくの戦争ゲームが始まるというのによ、ここで獲物を殺しちまったら面白くねえだろう。昨日の足を踏まれた鬱憤、今日はここで晴らさせてもらうぜ!」
いい加減にしろよ、ヤンキーめ。いつまでそのことを根に持ってんだ。それに足を踏んだのは俺たちじゃねえし!
「早くぴちぴちした女子たちを屈服させてェ、オレェを奉仕してもらうぜェ……いひひひひいィ」
筋肉野郎は相変わらずドスケベ根性を全開させ、いやらしく指を動かす。それを見ている女子は、全員は恐怖のあまりに二三歩下がって、物凄く嫌そうな顔をしている。
「もぐ……御託はもうよい……ふんぐ……あんまり長引きすぎると、おふ……おいしいメシが、まずくなる……ぶひぃ」
大食いデブが、今日はカツ丼を貪っていやがる。相変わらず汚い食べ方が、千恵子の怒りの沸点を試そうとしている。彼女の拳が、いつ大食いデブに襲いかかってもおかしくないぐらいだぜ。
「で、どうする? ここでドンパチでもしろってんのか?」
俺は周りの木々を見て、これから戦火に燃やされている悲惨な光景を想像すると、思わず気が重くなる。
「いや、君たちの戦場はここではない。その向こうにある島だ」
おいおい、回りくどいな。だったら最初からあそこに送れよ……と、つっこみたいところだったが、ここは空気を読んでおいたほうがよさそうだな。
俺たちは狂科学者の指さした方向を見ると、そこには巨大な無人島があった。ところどころ、こっちの森より多くの木に覆われていて、まるでジャングルみたいだ。
だが、森と無人島の間に広くて深い海があり、渡れる橋が見当たらねえ。泳いでいけとでも言うのか? もしそんなことしたら、戦う前にみんながへばっちまうぜ。
「まあ、そう焦ることはない。言いたいことは分かっている、今から教えてやろうではないか」
俺たちが抱えている疑惑を予知していたかのように、狂科学者は少し得意そうな顔を浮かべて、勝手に話を進めた。
「ボクたちも結構気が短い性分でね、君たちを泳がせてゆっくり待つ余裕はないさ。ただその前に、ちょっとしたテストをしてもらう」
テストか……今更先生らしさをアピールするのかよ。いくらでも遅すぎるだろう!
と、俺は心の中でそうつっこんでいる間に、狂科学者がまたその手に持っているリモコンのボタンを押した。
すると、不思議なことが再び起こった。何もなかったはずの空に、急に軌道が出現し、その下に何か乗り物らしき機械が吊されている。まるでロープウエーみたいだな。なるほど、こいつに乗れってんのか。やることが派手すぎるぜ。
「今から二人でペアになって、そこの機械に乗りたまえ」
へー、二人乗りなのか、これ。遊園地のデートではドキドキ必至の本番だけど、あいにく今はそういう甘いシチュエーションじゃねえんだ。
生徒たちは化け物どもの真意を分からないまま、疑問を胸にしまって次々と乗り物に入った。
【雑談タイム】
聡「いよいよ本格的になってきたみてーだぜ! それにしても、学園の地下にこんな不思議な場所があったとはな……」
秀和「あれ、お前らは去年行ったことはないのか?」
聡「ないんだよ、これが。まあ、あん時に先生に抗議するとか、誰もが考えたことがねーしな」
秀和「なるほどな。ってことは、俺はこの空間を開けた『鍵』というわけか」
聡「確かにそいつは言えてるぜ」
哲也「だが本当の戦いはここからだ。気を抜くんじゃないぞ、秀和、聡」
秀和「もちろんそのつもりだ。こんなことをする連中だ、油断したら命取りになるからな」
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