だが空気を読まないヘルメットは俺たちの絆を試すかのように、スクリーンに最初の指示が出た。
これは上を指す緑色の矢印だ。条件反射ですぐ上を押そうとしたが、先程のルールを思い出した俺は何とか指の動きを止めた。ふうー、危ねえ危ねえ。
「下です、狛幸さん!」
「上だ」
凛とした張りのある千恵子の声に反応して、俺はすぐに続いて彼女に指示を教える。その後、俺は彼女の言う通りに下を押した。
すると座席は、少し下に動いた気がする。続いて上からは、空気の流れが変わり、何かが頭の上に掠った音がする。
俺は自分と千恵子が一つ目の危機を避けた喜悦に浸る暇もなく、すぐさま後ろから響く大きな爆発音が俺の心臓を揺るがす。
早くも犠牲者が出たのか。さてはルールを忘れて、指示が出た瞬間にすぐボタンを押しただろう。気持ちは分かるけど、その焦りが命取りになっちまったみたいだな。その中に、俺たちのチームメンバーがいなければいいんだけど。
「うわ!? なに今の!?」
ヘッドホンから美穂の大きな叫び声が聞こえる。まあ、こんな状況じゃ驚かない方がおかしいだろう。
「ば……爆弾の音……怖いよぉぉーー!!」
次は弱気になる千紗がパニクって、慌ただしく心を襲われる恐怖を言葉にしている。
「あ、慌てるんじゃないわよ! ばばば、爆弾ぐらいどうってことななないわ!」
強気な名雪が大声でみんなの恐怖を抑えようとしているが、度々どもっているその声から、彼女も怯えていることを隠せていないのが分かる。
「名雪、怖いのか? 大丈夫だ、このおれがそばにいるからな!」
「ちょっと、変なこと触んないでよ、この変態!」
「おふっ! い、今のパンチは効いたぜ……」
そんな名雪を直己がなだめようとしたが、相変わらず失敗で終わってしまった。パンチを喰らった直己は、満更でもなさそうだ。
やれやれ、全然変わってねえな、こいつら。
仲間たちに気を取られていると、やがて次の指示が浮かび上がる。なるほど、この通信機能は俺たちの集中力を分散させるための作戦の一つか。本当に陰険な連中だな。
「狛幸さん、左です!」
「あいよ。千恵子は右だ」
千恵子の指示通りにボタンを押すと、今度はまた座席の位置が変わった。そして右からはまた、すっと何かが通り過ぎた音がした。
何だ、慣れればそんなに難しいことじゃねえよな。
……と、俺はそう安心していたが、早くも奴らがとんでもねえ行動に走ることを、あの時の俺は知る由もなかった。
およそ三分後、もうみんなが操作方法に慣れているだろうと思われる静かな空から、またしても爆発音が起こってしまう。
「なんで!? ちゃんと指示通りに教えたのに……きゃあああああああ!」
予想外の状況に戸惑っている女子が、何故か自分も爆発に巻き込まれた。まだ素晴らしい青春を最後まで堪能していないものの、ここで悲惨な最期を遂げてしまった。
一体とういうことなんだよ、これ? あの子は自分が指示通りに教えたと言ったんだけど、もしかして混乱しているせいで記憶が間違ったのか? それとも……
真実を知りたい一心で、夢中になった俺は化け物どもが教えたことを頭の外に捨て、ヘルメットを外して俯瞰した。
って、ここってこんなに高いところなのか! 下は海とはいえ、高所恐怖症の俺にはたまったもんじゃねえぜ。
それはそうと、俺は目を疑うような光景を目撃してしまった。
「おいおい、マジかよ……」
なんと海の上に、戦艦が浮かんでいやがる! 実際の戦争に使われている奴ほどデカくはねえけど、俺たちを打ち落とすのに十分だろう。もし俺はヘルメットを外さなかったら、きっとどこの誰かがボタンを間違えて爆弾を起動させたと勘違いしていただろう。
この化け物どもめ……ここまで計算してやがったのか! ダメだ、早くみんなに知らせねえと!
「どうかしましたか、狛幸さん?」
「ヘルメットを外せ、千恵子。とんでもねえことが起きていやがるぜ!」
「えっ、どういう意味ですか?」
「下に戦艦がある! 奴らは俺たちを皆殺しにする気だ!」
「なっ……皆殺しですって!?」
「ああ、つまり血祭りってやつだ!」
こんな緊急事態にもかかわらず、俺は何故か千恵子の質問を一々答える。そしてもう一度頭を下げて様子を確認すると、戦艦が徐にこっちに近付いてきやがる。
普通なら絶対に「冗談は止めてください」と怒られそうだが、今の千恵子は俺を疑うことなく、すぐヘルメットを外した。その忌まわしい鉄の城を自分の目に収めた彼女は、さすがに動揺を隠せなかった。
「はっ、本当に戦艦が……! どうしましょう、狛幸さん? わたくしたち、今は武器を持っていなくて、丸腰なんですよ!」
くそっ、確かに千恵子の言う通りだ。せめて銃や手榴弾ぐらいがあれば……ん?
いや、待てよ。武器ならここにあるじゃねえか! しかもとびきり凄いやつが!
「千恵子、まだ諦めるのが早いぜ。武器なら一つだけある」
「えっ? それってどういう……あっ!」
ドヤ顔を浮かべている俺は、答えを暗示するよう座席をポンポンと叩いた。聡明な千恵子は、すぐ俺の意図を読み取ることができたようだ。
「もしかして、この座席にある爆弾で……?」
「ああ、その通りだぜ。爆弾を起動させたらこいつを落として、あの戦艦にお見舞いしてやる!」
「凄い発想ですね……ふふっ、狛幸さんらしいですね」
千恵子は俺の吹っ飛んだ提案を何のツッコミも入れず、ただ静かに微笑んで受け入れた。何だこの天使は。
しかし、すぐさま千恵子は真面目な顔に戻って問題点を指摘してくれた。
「ですが、そうすればわたくしたちも爆発に巻き込まれますが……」
「大丈夫だ、そんなこともあろうかと思って、さっきからずっと爆弾の爆発する時間と、爆発した後にマシンが海に落ちるまでの時間を数えておいたぜ」
「そうだったんですか? それで、どれぐらいかかるか分かりましたか?」
「ああ。爆弾が起動されて爆発するまでには約9秒間で、マシンが海に落ちるまでには約4秒だ。あらかじめこいつを落ちそうなぐらいに壊して、戦艦が来たら爆弾を起動して、5を数えたら飛び降りるんだ!」
「なるほど、なかなか面白い作戦ですね。ですが、チャンスは一度のみ。もし失敗したら、わたくしたちは確実にあの戦艦の標的になるでしょう」
「どの道やられるんだ。たとえ可能性が低くてもやるしかねえ」
「ええ、その通りですね。狛幸さんの作戦に乗ることにします」
俺と千恵子は真剣な眼差しでお互いを見つめ合って、頷いて自分の決意を示した。
さて、下にウロチョロしてる奴は、どこにいるかな?
忌まわしい鉄の城は、俺たちの期待を応えているかのように、急にUターンしてこっちに近付いてきたぜ。エスパーかよ、こいつ。
「おい、やってくるぞあのバカ」
敵が接近しているというのに、俺は目標を発見したいたずらっ子のように、心の興奮を抑えきれず嬉しそうに千恵子の肩を素早く突きながら、小声で言った。
「了解です。それではやりましょう!」
「ああ、そうだな」
シートベルトを外すと爆弾がすぐ起動されてしまうため、俺は手をできるだけ高く上げ、このマシンを支えている縄を掴むとそれを握り締めてありったけの力を費やしてそれを千切ろうとするが、思っているより縄が固く、なかなか思う通りにいかない。
くそっ、こんな肝心な時に……!
「狛幸さん、これを!」
俺の顔に浮かぶ焦りに気付いたのか、千恵子はすかさず袖の中に隠れている包丁を俺に渡してきた。気が利くな。
「すまねえ、助かるぜ!」
俺は早くも千恵子が渡してきた包丁を手に取り、力の限りに縄を切り続ける。するとマシンはバランスを失い、重力の作用に操られてその高度は一気に下がって、ぶらぶらと揺れている。ふうー、自分が考えた作戦とはいえ、いざやってみるとやっぱ怖えな。
「よし、次はシートベルトを外すぞ」
「はい!」
合意した俺と千恵子は、一斉にシートベルトを外した。そしてすぐさま座席から、ピピピと死神の嘲笑いが聞こえる。
だがそんなことはどうでもいい。今やるべきことは、カウントに集中してこいつを落とすことだ!
「1、2、3、4……」
俺は自分の手を千恵子のに重ねて、一緒に目を閉じて時間を数え始めた。全身の血液が、沸騰しているように熱くなっている。
そして、ついに運命を決める瞬間がやってきた。
「5!」
ほぼ同じタイミングで声を上げた俺と千恵子は、後先考えずにマシンに強いパンチで叩きつけて、そこから飛び降りた。圧力と重力に負けて、二人乗りのマシンは縄から離れて、そのまま垂直下降を始めた。
そして4秒後、マシンは丁度戦艦にぶつかり、デカい穴を開いた。続いて爆弾の爆発が戦艦に貯蔵している火薬に点火し、あの忌まわしいものに引導を渡してやった。
その威力は、俺の思った以上に凄まじかった。飛び散る火花と鼓膜に響く大きな爆音が、俺たちの心に刻んでいる。
「わお~なんて眩しいんだ。まるで花火みてえだぜ」
「ふふっ、よい余興でしたね」
海面に浮いている俺と千恵子は、この一生に一度しか見られない光景に心を打たれ、自分の置かれている状況を忘れて観賞を始めた。
時間が経つにつれて、火勢も少しずつ弱まっていった。我に返った俺と千恵子は、互いの存在に気付き、視線を相手に移した。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「そうだな。島ももう目の前だし、泳いでいけば何とかたどり着けるだろう」
「ええ、そうですね……はっ!」
安堵して笑顔になっていた千恵子は、突然表情が一変して驚きの色になる。どうやらこの危機がまだ終わっていないらしい。
「どうした、千恵子?」
その真相を知るべく、俺は千恵子に質問を投げた。
「さ……さ……」
言葉に詰まる千恵子は、片手を上げると俺の後方を指して、ぎこちなくどもっている。
「さ? 何のことだ……うひゃあ!」
話が見えない俺は、千恵子が指さしている方向を見やる。そして俺はすぐに今の状況を把握し、思わず声を上げた。
水面には、三角形の何かがいくつか浮いていて、こっちに近付いてきやがる! もしかしてこれって……鮫のヒレなんじゃねえか?
「やべえ! 早く島まで泳がねえと!」
「はは、はい! 料理人であるわたくしがここで料理されたら、家族に合わせる顔もありません!」
危機感が俺たちの生存本能を呼び覚まし、全身はまるで操り人形のように勝手に動き始めた。今俺たちがやるべきことはたった一つ。鮫たちのエサにならないように、必死に向こうまで泳いでいかねえと!
しかし、俺たちが泳ぎ始めると、水が動いて波を起こしてしまう。それに気付いた鮫たちは、早くもこっちに移動してきやがる!
地の利を得た鮫たちは、俺たちが想像以上に速いスピードで、俺たちとの距離を縮めた。このままじゃ島に上陸する前に、確実にこいつらの昼飯になるぞ!
「おい、もっと速く泳げねえのか!?」
「もう、これ以上は……限界です……!」
焦る俺が促しても、千恵子は既に息を切らして、泳ぐスピードも下がっちまった。やはり陸地で生きている俺たちには、分が悪すぎるというのか!
もはやこの絶望的な状況を変えられるのは、奇跡しかないというのか!
「こんちきしょうーー!!!」
悔しさのあまりに、俺の心にたまっている怒りがこの言葉と共に爆発した。
しかし次の瞬間に、本当に奇跡が起きた。
なんと、上からもう一台のマシンが落ちてきて、鮫たちの頭上で爆発した。驚いた鮫たちは、せっかくの獲物も手放して引き返した。
ふうー、助かったぜ。だけど一体誰が……?
「よかった、間に合ったみたいだな」
「秀和くん、九雲さん! 二人とも大丈夫?」
遠くから聞き覚えのある声が。なるほど、この二人ならやりかねねえな。
「はい、大丈夫です。助けてくださったこと、感謝致します」
「やれやれ、おかげで助かったぜ。それにしても、哲也、菜摘、派手にやるじゃねえか」
「ふふん、君たちのことを放っておくわけにはいかないからね。まあ、もしこのヘルメットに通信機能が付いていなかったら、僕たちも同じ結末になっていたかもしれない」
あっ、そういえばそうだった。それで俺たちの作戦を知ったわけか。真似していたとはいえ、なかなか見事だったぜ。
「ですが、お二人はどうやって縄を切ったのでしょうか? わたくしのように、袖に包丁を隠し持っているのでしょうか?」
「えっへん! こんなこともあろうかと思って、これを用意しました!」
そういうと、菜摘は自慢げに自分の肩掛けカバンを見せびらかす。中にはナイフだけでなく、催涙スプレーやスタンガンなど物騒なものが入っている。
思い出した。菜摘が中学の時にいじめられていた頃、よくそのカバンの中に色んな防犯グッズを入れてたっけ。どうやら今も愛用してるようだな。
「なるほど、そういうことでしたか。とても素晴らしい心掛けでしたよ、端山さん」
「とりあえず礼を言うぜ、哲也、菜摘。君たちは命の恩人だ」
「もーう、水くさいよ秀和くん! 友達を助け合うのは当たり前でしょう?」
菜摘は急にむすっとした顔になって、俺の肩に手を置いた。
「菜摘の言う通りだ。そんなに深く考え込む必要はないさ」
哲也もそんな俺を慰めようと、菜摘と同じく手を俺の肩に置いた。ったく、くすぐったいじゃねえか。けど、悪い気がしねえぜ。
「へっ、それでこそ俺の親友だ。さて、新手が来る前にさっさと上陸しようぜ」
「ええ、そうですね。もうこれ以上鮫や爆発はこりごりです」
そう言った後、俺たちは急いで島へと泳ぎ続けた。
俺たちの冒険は、まだまだ終わっちゃいねえ。いや、むしろまだ始まったばかりだぜ。ここまで楽しませてくれた礼を、奴らに53倍にして返してやらねえとな。
待ってろよ、化け物どもめ。俺たちは必ず、この決着を付けてやる!
【次回予告】
秀和「ふう、やっと島に上がれたぜ……だけど、本当の戦いはこれからだよな」
哲也「ああ、そうだ。奴らが僕たちの命を狙っている以上、何を仕掛けてくれるかは分からないな」
千恵子「みなさん、くれぐれもお気を付けください。先程のドキドキは、未だに抑えていませんので」
菜摘「うん、そうだね……私たち、脱兎組だもんね! 最後まで抜け出してみせるんだから!」
???「ふふふ……そう威張れるのも、今のうちだけどね」
秀和「だ、誰だてめえは?」
???「私は誰か、それは大事なことじゃない。大事なのは、君は仲間とここで人生を終える運命だよ」
秀和「ふざけやがって……勝手に決めつけるんじゃねえよ! てめえのようなやつは、俺は最初にぶっ潰してやる!」
???「ふふふ、焦ってるね君。いいよいいよ、そのまま私の思う通りに動いてくれて、そしてそのまま負けるといいのさ」
秀和「それは俺に対する宣戦布告ってやつか? てめえのように調子こいてるやつは、大抵最初にやられちまうんだよ。覚悟しろ!」
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