反逆正義(リベリオン・ジャスティス)

Phase One——Ten days in heaven(or in hell)
九十九零
九十九零

リボルト#04 謎だらけの現実 Part4 マトモな奴はいねえ

公開日時: 2021年4月20日(火) 18:31
文字数:4,963

 今度は、扉に大きな「J」が書かれているBクラスだ。杖の中に、鋭い隠れ刃がおぞましい銀色の光を放つ。どう考えてもろくなことはなさそうだな、うん。

「よし、いくぞ」

 足場を確認しコントローラーを構えた聡は、再びそれを弄じり始めて中の真実を暴き出す。


 今度はまた、とんでもない光景だ。割れたハートマークの付いた黒いTシャツを着用している生徒たちが、カッターらしき刃物を手に持って何かを切り裂いているようだ。

 奴らの踊っているように見える不規則で激しい動きは、その裏に大きな怒りが潜んでいるらしい。

「何やってんだ、あいつらは?」

「うん、ちょっとみづれえな……待ってろ、今拡大するから」

 聡も中の様子に好奇心を抱いているのか、自ら画面をズームインしてくれた。

 スクリーンに映るのは、男女が抱き合ったりキスしたり、未成年者が見れば思わず顔が赤くなる程のような写真ばかりだった。現にうちの女子が手で顔を隠しながら、指の隙間から写真の内容を興味津々に覗こうとしているからな。

 だが、今この写真たちは、残酷な魔の手たちによって悲惨ひさんな最期を遂げている。一体奴らの目的は何だ?


「うおおおお! うらやましいぜ! くそっ、こんなヤツがいるからオレたちはモテねえんだよぉ!」

「どいつもこいつも、イチャイチャしやがって……けしからん! マジでけしからん! こんなやつらにはこうしてやる!」

「孤独な私たちを置いておいて、自分だけが幸せな恋をして……そんなことをして、許されるとでも思ってんの? バッカじゃない!」

 なるほど、「嫉妬ジェラシー」か。俺はなんとなく、扉に書いてある意味深なアルファベットを理解できたぜ。となるとさっきのAクラスの「P」は、「傲慢プライド」という意味か。

 ん? 待てよ、どこかで見たことがあるような……

 だが、俺はあれこれ考えているうちに、Bクラスの教室の中にまたとんでもない展開が始まった。


 Bクラスの一人の男子が、カップルの写真を積み上げると、ポケットから一つ小さな箱を取り出して、棒切れらしきものを手に取った。

 マッチだ。さては写真を燃やすつもりだな?

 男子は机の上に立ち上がり、マッチをつけると高らかに叫んだ。

「リア充ども、燃え尽きやがれぇぇぇーーー!!!」

 男子の指先が離れると、マッチが重力の作用によっておもむろに落ちていく。それと写真の山積みが重なった瞬間、炎は一瞬にして広がって、鮮やかな写真たちを包んでしまう。

 燃えさかる炎は、やがて写真の山積みに跨がっている男子の股間までに蔓延したが、当の本人はまったく逃げる意思はなく、両手のひらを上に向けて、狂気の満ちた笑い声を上げている。

 その異様な姿を見守っている他のBクラスの生徒たちも止めるどころか、彼の行為をたたえていやがる。


「野郎、派手にやるじゃねえか!」

「これから毎日、リア充写真を焼こうぜ?」

 炎上している教室の中に、天井の防火装置から恵みの雨が降り注ぎ、彼らの放逸ほういつな行動をいましめている。しかしそれはただの焼け石に水だった。理性を狂わせた彼らには、もはや自分の欲望のままに動くことしか知らないだろう。

 そして教壇の上に、赤と白のドレスを着ている大人っぽい女性が、生徒たちを見下しているように座っていて、口紅で赤く染まっている口元を妖しく歪ませている。奴はこのクラスの担任なのか?


「うふふふ……思う存分、他人の幸せを滅ぼしなさい」

 意味深な一言が、彼女の口から放たれた。それを聞いた俺たちは、恐怖のあまりに鳥肌が立った。

 ……一体何がどうなってやがる。やはりこの学校はおかしいぜ!

 そして俺たちは、次々へと残りのクラスを覗いてしまった。


 Cクラスでは、生徒たちは犯罪者たちが犯行している瞬間のビデオを見て、赤い「正義」の文字と大きく書かれているプラカードを掲げながら、社会の不公平を激しく批判している。


 Dクラスは……あっ、俺たちのクラスだ。どうりで誰もいないわけだな。


 Eクラスの生徒たちは、体育館のような広い室内で、様々な商品が置かれている棚から好きなだけ奪い取っていやがる。その場面は至って混乱で、床に散らかっている商品はともかく、奪い合いから殴り合いへのエスカレートも少なくねえ。


 次はFクラス。こりゃまた目に余るぜ。中の連中はバイキングを食べ放題してるせいで、脂肪の塊をぶら下げていやがるぞ。きたねえ肉汁やソースが飛び散り、床はまるで抽象画のように汚れていやがる。

 お料理に一番拘る千恵子がスクリーンに映っている異常な生命体を目にすると、思わずショックを受けて茫然としている。その瞳の輝きは、いつの間にか消えていた。

 さすがに俺も我慢ならず、胸の中にずっと溜まっていた憤慨ふんがいを言葉にした。

「まともな奴はいねえのかよ、この学校は!」

 しかし、すぐさま哲也と菜摘のツッコミが入ってくる。


「君も人のこと言えないだろう、秀和」

「秀和くん、それを言ったらおしまいだよ?」

 うわ、気まずい。超気まずいぜ。その気まずさのせいで、俺の全身は燃えたように火照ちまう。

「お、俺のはあくまで個性なんだよ、こ・せ・い! さあ、さっさと次行くぞ、次!」

 俺は早くこの場から消えたいと思い、適当なことを言うとぎこちない足取りで隣の教室へと移動する。


 さて、いよいよ最後のGクラスだ。女性の艶めかしい肢体をかたどったピンク色の「L」のアルファベットが、俺たちの思惑をあらぬ方向に誘導しようとしている。

「何だか、物凄くイヤな予感がします……ですが、気になって仕方がありません……! はっ、わたくしは一体、何バカなことを……」

 真面目な千恵子も何となく想像が付いたからか、眉間をひそめて不機嫌そうに扉を見つめていながらも、赤く染まる頬が彼女の恋心を物語っている。やはり千恵子も女の子だな、うん。

「うう、どうしよう……胸のドキドキが激しくて止まらないよ……!」

 天真爛漫な菜摘も、緊張した初々しい表情を顔に浮かべて、両手で胸を押さえている。

「この中にイケメンがいるような気がするわ! ねえ聡くん、早くやっちゃいなさい!」

「おまえ、何でもすぐイケメンに連想するのかよ……しゃーねーな、やってやるよ」

 相変わらずイケメンに目がない美穂を見て、聡は冷や汗を流し、白目で彼女を見返した。

 すでに操作に熟練した聡は、慣れた手付きでコントローラーを動かして、「プライベート・サーチャー」を思うまま操作している。

 そしてそのスクリーンが映した映像は、今まで以上に、俺たちに未曾有みぞう驚天動地きょうてんどうちを見せた。


 扉が示した通りに、中の生徒たちはコンビニでよく置いてある成人向けの、いわゆる「いかがわしい本」を注視していやがる。興奮で体を震わせている生徒もいれば、羞恥心を覚えて目を逸らす生徒もいる。

 しかし、担任の先生はそういう「不届き者」を見つけ出し、またしてもスイッチを押してルールに従わない生徒たちにキツい電撃を浴びせる。

「なに目ェをそらしてんだ! ちゃんと読めェ!」

 デカい図体をしている筋肉教師は、額の青筋を立てると、何も考えずにスイッチを力一杯押しやがった。その分電流も強くなり、無慈悲にか弱い女子たちを襲いかかる。

「ひゃっ……せ、先生、もう許してくださぁいぃぃ!」

「あああ……こんなの、恥ずかしくて読めませんよぅぅ!」

 目を逸らしたのは、ほとんど女子だった。彼女たちは苦痛の満ちた嬌声を上げ、苦しそうに体をもだえている。この場面を見ているこっちまでが恥ずかしく思えてきた。


「もう、何よあの変態先生! 気持ち悪いわ~」

「無力な女子達に、あのような残酷な体罰を与えるとは……許せません!」

「みんな……持ちこたえて……!」

 やはり同じ女子として見過ごすわけにはいかないのか、憤怒ふんどと心配の気持ちのこもった、うちの女子たちの声が廊下を満たしている。

 それでも女子たちの声が血迷った筋肉野郎の耳に届くはずがなく、狂気の笑い声を上げてスイッチを押し続ける。


「ぎゃはははは! もっとだ、もっと叫べェ! おめェらのいやらしい声が、オレェにとって最高のご褒美プレゼントだァ!」

「いやあああああーーー!!!」

 悲鳴を上げるGクラスの女子たち。俺たちはただ呆気にとられて、手も足も出なかった。

 俺は自分の無能に情けなく思い、歯を食い縛る。握り締めた手のひらに、深い爪跡が残る。

 このままおよそ2分半続き、筋肉野郎の脂汗の付いている親指がようやくスイッチから離れた。体罰を受けたGクラスの女子たちは力尽きて、机の上に体を投げ出すと息を切らし始めた。

 しかし、それでは終わりではなかった。


「どうやらァ、ただ教科書を読むだけじゃあ物足りねえようだなァ。よォし、それじゃあ『実習』でも始めようじゃあねェか」

 実習。学校では違和感がないほど普通の言葉だが、このいかがわしいクラスだと、もはや別の意味にしか聞こえない。

「……!? そ、それってもしかして……」

 Gクラスの女子の一人が、その意味を理解したらしく、恐怖のあまりに思わず肩をすくめて、ブドウのような大きかった瞳も一瞬してレーズンのように縮んだ。

「ほォ、よく分かってんじゃねぇかァ。じゃあ、最初はおめェから始めてやるとするかァ」

 声を出した女子は筋肉野郎の注意を引き、不幸にも実験体の一人目として選ばれた。


「い、いやよそんなの! あたしもう帰る!」

 もちろんそんな非行を許すわけにはいかないので、女子はあくまで自分の貞操を守るために逃げ出そうとした。

「おい、どこに行くんだァ? オレェの前で逃げようとするとは、いい度胸じゃねェかァ」

「いやぁ! 放して!」

 が、か弱い女子が筋肉だらけの野獣の前では、力の差があまりにも大きすぎた。片方の手首を握られるだけで、女子は身動きが取れず、扉の前であがくしかできなかった。

 丈の短いセーラー服の隙間からはっきり見える女子のくねる肢体の曲線は、なんとも官能的だ。


「おいおめェら、こいつの服を脱がせェ」

「い、いや! お願いだから来ないで!」

 筋肉野郎が教室の一角に座っている男子三人の方を、殺気を帯びた鋭い眼光で見やり、彼らにおいしいようでおいしくない課題ミッションを与えた。それに対して女子は必死に叫んで、一刻も早くこの地獄から抜け出そうとする。

「で、でも……」

 男子たちは、同情の目で筋肉野郎に捕まっている女子を見てためらっている。さすがにいくらなんでも、そこまで根性は腐っていないようだな。

「オレェの命令に逆らう気かァ? ならばこいつを喰わしてやろうかァ!」

「ひっ!」

 筋肉野郎は、再び忌まわしきスイッチをかざし、それを押す準備に入った。それを見た男子生徒たちは、情けない声を漏らした。

「ただし、今度はただ痺れるだけですまねェぞ! 今までより高い電流を流して、おめェらが黒焦げになるまでスイッチを押し続けるからなァ! さァ、どっちを選ぶんだァ!?」

 筋肉野郎のまったく生気が感じない枯れた声が、生徒たちの反抗意識を根こそぎ削りやがった。

 選択肢を与えているように聞こえるが、これでは選択の余地は毛頭ねえ。これからの展開は、昼ドラマを見ているようにすぐ予想できそうだぜ。


 案の定、男子たちは唾をゴクリと飲み込むと、おもむろに女子の方へと近付いていく。

「う、うそでしょう……」

 裏切られて心が冷めてしまったのか、女子の目は完全に絶望に感染し、いびつに変形した。

「ご、ごめん……」

 男子の一人は謝ったが、その興奮している表情を見ると、謝罪の価値もないに等しい。一体保身のためにやっているのか、それとも……

 男子たちは、少しずつ女子に近付いていく。もうすぐ手に届く範囲だ。

 この時点では、すでにうちの女子たちは全員動揺を隠せず、この状況を変えようとしている。しかし、いくら扉を開けようとしても、それがまるで岩石がんせきのようにびくともしねえ。


「もう! 早く開いてよ!」

「何ですか、この扉は……全然動きません!」

「どうしよう! このままじゃあの子が……!」

 みんなの声を聞いてる俺の心も、熱い鍋に入れられた気分で落ち着きが保てなくなった。くそっ、どうにもならねえのかよ!

 だが、全てが悲劇で終わると思っていたその瞬間、流れを大きく変えた二つの声が響いた。


「そこまでよ、この変態教師め!」

「もう見てられねえ……今日こそここで決着を付けてやる!」

 椅子に座っていた長くて黒いツインテールの女子とショート茶髪の男子が、とんでもねえ跳躍力で一気に天井に飛び上がり、筋肉野郎に襲撃しゅうげきを仕掛け出す。

【雑談タイム】


哲也「何なんだいこれは!? 僕たちの知らない間に、他のクラスがこんな非常識なことを!」

秀和「常識もくそもねえよ。外があんな寂れた場所だと分かった時点ですでにおかしいだろうが」

菜摘「もうなんでもあり、って感じだね……トホホ」

千恵子「その通りですね……それにしても、この扉は何とかなりませんか!? えい、えい!」

秀和「いつまでやってんだよ! 手が腫れてるぞ」

千恵子「狛幸さん、そこまでわたくしのことを……」(ポっ)

聡「いや、手に怪我をしたらおいしい飯が食えなくな……ぐわっ!」

広多「お前たち、いい加減にしないか」

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