【アバン】
秀和「ふん、まさかこんな大勢で先生たちを抗議するとは、夢にも思わなかったぜ。
だけど、なんかワクワクしてきたぞ……」
哲也「まったく、君って奴は……まあ、こんなこと、多分一生この一度しか体験できないだろうな。ある意味貴重だな」
千恵子「みなさん、準備はよろしいですか? そろそろ行きますよ!」
菜摘「あっ、九雲さん手が震えてる! 大丈夫?」
千恵子「だ……だだ大丈夫ですよ、こんなことぐらい!
板前の娘であるこのわたくしが、どんな問題でも料理して見せます!」
秀和(こりゃ緊張してるに違いねえな……やれやれ)
リボルト#05 不平等条約
The unjust treaty
扉を開けた先は、不気味な闇が漂う薄暗い空間が広まっていく。教務室の設備とは思えない、高級感の溢れる机と椅子がずらりと目の前に並んでいやがる。
そして先生の面影のかけらもない「化け物」たちが、招かれざる客の俺たちに冷たい目線を送ってくる。
「何だね、君たちは」
メガネをかけている少し痩せ気味の中年男性は、俺たちに素っ気なく声をかけた。こいつの真ん中の髪がほとんど禿げていて、汚れた白衣を着ている。その第一印象は、正に狂科学者そのものだぜ。
だが、それで俺たちの決意を崩すと思ったら大間違いだぜ。俺の思いに応じるように、千恵子は一歩前に踏み出して、凛々しい目付きで先生たちの方を見つめながら、今までずっと我慢してきた怒りをこめて両手に持っている抗議書をぎゅっと握り締めた。封筒から見える皺は、波のようにこの場の空気を揺るがす。
「突然押し掛けて誠に申し訳ありません。差し出がましいようですが、わたくしたちは先生方に抗議しに参りました」
「抗議だとぉ? いい度胸してんじゃねえか」
狂科学者から少し離れた場所に座っていた、セミロングの茶髪をしている誰かが乱暴な言葉遣いを吐き出し、机に置いていた両足を下ろした。見た目は20代のイケメンで、ファッションも割と今風だ。もしこいつは教師側じゃなかったら、今頃美穂のやつはきっと前に出て告白していただろう。
「んぐ……今は、そんな暇じゃあない……おご……先に、このステーキを喰わしたまへ……ぶひっ」
その近くに座っているのは、バスケットボール三個分の大きさもある太っ腹を持っているデブだ。汚い音を立てながら、サッカーチームも食べ切れないほどのデカいステーキを平らげていやがる。
俺は千恵子の方を見やると、彼女の顔は明らかに嫌悪感を覚えているような表情だ。せっかくのキレイな面容が台無しだぜ。
そして先生たちの自分勝手な行為を見かねた千恵子はついに耐えられず、またしても我を忘れて大声を出した。
「ちゃんと人のお話を聞いてください! あなた方は偽りの宣伝をし、生徒達を親の理想通りに育て上げると称している一方、裏では生徒たちに不正を働かせ、正当な教育を放棄しているのです! 事実と相違していることをするのは、詐欺に当たりますよ!」
「そうだそうだ! 早くオレたちをここから出しやがれってんだ!」
「しかも、生徒たちにエッチなことをするやつまでいるのよ~ちゃんと説明してくれないと許さないわよ?」
千恵子の力強い声に感染されたか、聡と美穂はすぐ彼女に続いて野次を飛ばした。
「言いがかりもいいところだな。証拠はあるのかい?」
ふん、その言葉を待っていたぜ。これでてめえらはもうこの落とし穴から逃げられると思うなよ!
「さすがは狂科学者、頭脳派だな。だがてめえは甘いんだよ。こんなこともあろうかと思って、あらかじめ作戦を練っておいたんだぜ! 聡、例のアレを!」
「ハハッ、言われなくてもそうするぜ! 目をかっぽじってよく見てみなっ!」
聡は腕に装着していたスクリーンをはずして、化け物たちもよく見えるように掲げた。ピッと電源の起動音と共に、さきほど俺たちが見ていた他のクラスで起きた惨状がそのスクリーンで、余すところなく再現している。
「いいですか、先生方。これは別のクラスで撮影した映像でございます。とても学校で起きる光景とは思いません」
「て……てめら何でそれを!」
20代ヤンキーは急に席を立った。さては弱みを握られて焦り出したかな?
「おっと、話題をそらすんじゃねえぞ。まだこっちの話は終わってねーぜ」
「氷室さんのおっしゃる通りです。それでは、話を続けさせて頂きますね」
「黙れ! もうこれ以上は何もしゃべるな!」
逆上した20代ヤンキーは、こっちに近付いてきて、聡の持っているスクリーンを奪おうとしていやがる。危機を感じた俺と哲也は、聡の前に出て彼をかばう準備に入った。
だが、教務室の裏から響いてきた大人の女性の声が、まるで香水のようにこのきなくさい空気を抑えた。
「あら、なかなか面白そうじゃない。続けさせて」
室内に木霊するヒールの音と共に、奥の扉から人影が見えてくる。
赤と白のドレス。さっきBクラスで見た奴だ。
「ちっ……女は引っ込んでろよ!」
男としてのプライドが彼を動かしているのか、不服な顔をする20代ヤンキー。
「口の利き方になってないわね。あんまり私をバカにすると、痛い目に遭わせるわよ? ほら、こんな風に」
ドレス女がそういうと、瞬間移動したかのように20代ヤンキーに一気に接近し、鋭いかかとでそいつの革靴の履いている足を踏みつけた。
「ぐわあああ!!! て、てめえ……」
ダメージを喰らった20代ヤンキーは、痛みで顔を歪ませている。俺はヒールに踏まれたことはないが、あの反応を見ればとても痛そうだ。
「さて、邪魔者も大人しくなったことだし、続けて頂戴、そこのあなた」
得意げに20代ヤンキーを見下ろしたドレス女は、千恵子の方を振り向いて、艶っぽい笑みを浮かべている。
「は、はい……」
驚きの顔色を見せている千恵子は、ぎこちなくどもっている。まあ、あんな並外れの動きを見たら、誰でも驚くだろうな。現に仲間たちもビビってるし。
「本来ならば、学校は生徒たちに安心できる環境を与え、成長できるように教育する義務があります。ですが、わたくしたちは毎日、先生のいない教室の中で虚しい時間を過ごしているのです! 更に他のクラスをしていること見ていると、もはやここは学校と言っていいのかと思うぐらい、怪しく感じてしまいます」
気を取り直した千恵子は、この上ない正論を訴えた。同感しているみんなも、思わず頷いている。
だがドレス女はまったく動じずに、平然とした顔で言い返す。
「それで? そのビデオを撮って、私たちを告発でもするつもり? あなたたち、自分の立場を分かってるでしょうね?」
「い、いいえ……先生を告発するなど、とんでもありません。ただ、わたくし達をお家に返して頂ければと……もう一年も、家族と連絡が取れませんでしたので」
ドレス女の言葉が帯びている威圧感が、ハンパなくおびただしい。さすがにいつもキリッとした千恵子も怯え始めた。
「あら、家族思いな子なのね。そういうところ、先生は嫌いじゃないわぁ」
ドレス女が珍しく生徒である千恵子を褒めやがった。しかし次の瞬間、ドレス女が千恵子のあごを手に取り、もてあそぶように撫で回す。
「ひゃっ!? な、なんですか……?」
「でもね、忘れてはいけないことがあるの。あなたの両親は、あなたがもっと立派な人間になってほしくてここに送ったの。違うかしら? まだ学業も終わっていないのに急に帰ったら、お父さんもお母さんもがっかりするでしょう?」
「うっ!? そ、それは……」
こいつ、なかなかやるじゃねえか。うまく千恵子の心の弱みを付け込んで、思いとどまらせようとする魂胆か。けどな、千恵子は一人だけじゃねえんだ。俺たちもいることを、忘れてもらっちゃ困るぜ!
「勝手に正当化してんじゃねえよ。てめえらがちゃんと教師としての職務を果たしてねえから、俺たちはこの行動に至ったんだ。分かるな?」
「はっ、そう言えばその通りでした! 危ないところでした……」
俺の声で目が覚めた千恵子は、慌ててドレス女の手を引き剥がすと後ろに下がった。
「あら、なかなか鋭いじゃない。だからと言って、そう簡単に帰すわけにもいかないわよ。まだ三年も経ってもいないのに、今あなたたちを帰したら、家族の人たちにどう説明したらいいのかしら? たとえ帰れたとしても、きっと家族の人たちは、『こんなことで弱音を吐いては、将来社会に出られない』と言って、またあなた達をここに連れてくるだけよ」
くそっ、黙って聞いてりゃ言いたい放題しやがって……! けどこいつの言ってることは、確かに一理あるな……うちのあの頑固な親父なら、99.9999パーセントの確率でそうする!
「秀和、たった1日経っただけで帰ってくるとは、いい度胸だな。あそこの学費、いくらかかると思うんだ? 私がこんなに苦労しているのに、お前は人の苦労を踏みにじって……もうこの世に生きていても仕方がない、あとは自分で何とかするんだな。さらばだ、我が息子よ」
……と、親父はとんでもねえ行動に走るかもしれねえな。
だが、これからの展開は、俺たちの予想を遥かに覆した。それは運命の分岐点の始まりに過ぎなかったことを、誰も知らなかった……
【雑談タイム】
秀和「こいつら、ただの怠け者かと思ったら、なかなかやるじゃねえか……こいつは侮れねえぜ」
聡「つーかさ、なんであのばばぁが瞬間移動できるんだよ? どう考えても人間じゃねーだろう、アイツ」
秀和「知るかよ。こんなろくでもねえトコに来た時点で、人間もクソもねえだろう」
宵夜「やはりこやつらは、魔界の住人なんじゃ……」(ゴクリ)
愛名「おっ、興奮してるの宵夜ちゃん?
なんか熱血アニメみたいな展開で、私までドキドキしてきちゃったね~まるで自分も役者の一人みたい!」
優奈「メタいわよ、あんた……」
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