「男の奴隷は必要ない」と捨てられた俺が、伝説の勇者になった件 ~俺たちの名は、エヴォリュート・ソル~

さぼてん
さぼてん

ヌシ様

公開日時: 2021年3月4日(木) 12:00
文字数:1,892

「おっちゃん、おかわりっ!」

パンくずが頬についたまま、アサヒは叫んだ。

「おっ、やっぱ若い子はよく食べるねぇ!」

皿を嬉し気に受け取ると、中年の男は鍋からスープをよそい、アサヒへ返す。

「あざっす!」

そう感謝の意を述べて、再びアサヒはスープをかき込んだ。

 

彼は今、湖の外れに建つ一軒家にいた。その経緯が、これだ。


 

「あのぅ……何、してるんですか?」

 

数刻前。そうやってアサヒたちに話しかけてきた、一人の少女。彼女の声色には、困惑の色が見て取れた。

無理もない。見知らぬ男が上半身裸で叫んでいるのだから。悲鳴を上げなかっただけ、彼女は強いと言える。

 

「えっ、いや、あの……腹が減ってて。魚を獲ろうかな、と」

アサヒはハッと我に返り、答えつつも服を拾い着なおす。

「お腹、減ってるんですか?」

「そうなんだよ。昨日からなんも食ってなくてさ」

同時に、彼の腹の虫が大きく鳴いた。

 

「あの……」

そんな様子の彼に、少女はおずおずと言った。

 

「家に、来ますか?」

と。

 

 

「ふぅーっ、美味かったぁ。ごちそうさまでした!」

「そりゃどうも、喜んでくれたようで何より」

そして今に至る。アサヒは満腹になった腹をさすりながら、満足げに呟いた。

「ありがとな、ユウナちゃん……だっけ。君がここに連れてきてくれなかったら俺、今頃飢え死にしちまってたかも」

「えへへ」

アサヒは目線を下げ、ユウナ――そう呼ばれた少女にも感謝の意を伝える。

 

「しっかし兄ちゃん、旅人だろ?路銀を切らしちまうなんて、随分おっちょこちょいなんだな」

「ハハ……」

そう言って、アサヒはバツが悪そうに頭を掻いた。

『無一文になってしまった間抜けな旅人』。この親子の間で、彼はそう通っていた。

「お父さん」

ユウナは、中年の男――彼女の父、ティムの前に立ち、

「何だい、ユウナ」

「私、そろそろ行ってくるね」

そう告げた。

「気を付けるんだよ」

「うん!」

彼女はドアを開け、元気に駆けていった。

 

「あの、ユウナちゃんはどこへ?」

「ヌシ様のところさ」

「ヌシ様……?」

 

 

「~~~♪」

――湖のほとり。ユウナは一人、誰かに呼びかけるように唄っていた。

 

「あ、いたいた!おーい!」

そんな彼女のもとに、アサヒがやってくる。

「アサヒさん、どうしてここに?」

「ティムさんから聞いたんだ」

アサヒは彼女の隣まで来ると、湖を見渡した。

 

「さっき歌ってたけどさ、あれ何なんだ?」

「ヌシ様が好きな唄なんです。毎日、こうしてるんですよ」

そう言うと、彼女は続きを唄い始める。それを横で聞き入るアサヒ。

 

《うむ。いい唄じゃないか》

(ああ。俺もそう思う)

精神内にて、ソルとそんな会話をしていた時だった。

 

ザバァ!突然、水面が大きく波打った。

 

「な、何だ!?」

驚いた様子で辺りを見回すアサヒ。次の瞬間――

 

「グオォォ―――ッ!」

雄たけびをあげ、水柱を立てながら30メートルはあろうかという巨大な影が姿を現した。

それは豊かな髭のようなものをたくわえた、魚の怪物だった!

 

「怪物っ!?」

警戒し、ユウナをかばうように立つアサヒ。しかし、

「ヌシ様!」

それを横からくぐりぬけ、彼女は嬉しそうに駆けてゆく。

「ヌシ様……あれが!?」

 

魚の怪物――否、ヌシ様は湖の岸へゆっくりと近づくと、その額をユウナのもとに差し出す。

彼女はそれに応じ、手を額へと重ねる。

彼女を見つめるヌシ様の黄色い眼は、まるで孫を見るような優しい目をしていた。

 

《どうやら、心配はいらないようだな》

ソルがつぶやく。

(ああ)

アサヒは警戒を解き、微笑ましそうに見つめていた。

 

「アサヒさん!」

そんな彼に、ユウナが声をかける。彼女はアサヒを呼ぶように、手を振っていた。

「ん、どうしたんだ?」

アサヒが近寄ると、そこにはヒレを差し出すヌシ様の姿があった。

 

「乗せてくれる、って言ってます!」

「え、いいのかよ」

「私はたまに乗せてもらってますから」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

そう言って、二人はヒレへ乗る。ヌシ様は巧みにヒレを動かすと、二人をその背に乗せ、ゆっくりと泳ぎ始めた。

 

「すっげぇ!空飛んでるみてぇだ!」

ヌシ様の背から見える光景に、アサヒは興奮を隠せなかった。

地球にいたころは見たことがなかった――いや、地球上のどこへ行っても見ることなんかできない光景に、ただただ感心しきるばかりだった。

 

 

「ありがとなーっ!」

すっかり陽も落ちた夕方。アサヒとユウナの二人はヌシ様に手を振り、別れを告げていた。

ヌシ様はゆっくりと振り返ると、湖の奥深くへと潜ってゆく。

 

「もう遅いし、帰ろうか」

「はい!」

それを見届けると二人は湖を後にし、ティムの待つ家へ向かって歩き始める。

 

――その晩、アサヒはティムの家で世話になることとなった――

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