「男の奴隷は必要ない」と捨てられた俺が、伝説の勇者になった件 ~俺たちの名は、エヴォリュート・ソル~

さぼてん
さぼてん

その夜、そして――

公開日時: 2021年3月4日(木) 12:10
更新日時: 2021年3月11日(木) 15:42
文字数:1,820

「ティムさん」

「アサヒ君か、どうしたんだい?」

 

――深夜。目が覚めてしまったアサヒは外の空気を吸いに行こうとベッドを出たところ、椅子に座りながら飲み物を飲んでいるティムを見かけ、話しかけていた。

 

「その……ありがとうございます。ご飯だけじゃなく、泊めてもらったりして」

「人生は持ちつ、持たれつ。礼なんかいらないさ。それにね……」

ティムはアサヒの方へ向き直り、優しくほほ笑んだ。

 

「礼を言いたいのは、私も同じだ」

「え?」

礼を言われる――そんな心当たりのないアサヒは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 

「あんなに楽しそうに人と話すユウナを見るのは、随分久しぶりだったから」

「数年前、妻が亡くなってから。ユウナはすっかり人と話さなくなってしまっていた」

「でも、あの子にはヌシ様が」

「確かに、ヌシ様には感謝してもし切れない。ヌシ様がユウナの心をつなぎとめてくれていたことは事実だからね」

「けれど、それでも彼は人間じゃない……どうしても限界はある」

「だからね。本当に君が来てくれて助かったよ。これであの子も――少しは一歩、踏み出せるかもしれない」

「いえ、俺はそんな……」

照れくさそうにするアサヒを、ティムは優しい眼差しで見つめていた。

 

「さて、私はもう寝るよ。君もあまり夜更かしはしないようにな。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

そう言って明かりを消すと、彼は寝室へと入っていった。

それを見届けて、アサヒは外へ出た。

 

「綺麗な星空だ……」

見渡す限りの星の下。アサヒは深く息を吸い込んだ。

次元奴隷商のこと。

カグヤのこと。

これからやるべきことは山積みだ。

 

「いよっし、明日からまた気合、入れてくか!」

ユウナの、ティムの笑顔を思い返し、彼は高々と拳を突き上げ、誓う。

 

『誰にも、あんな笑顔を絶やさせはしない』と。

 

 

――同じころ。

 

「……それで?」

とある部屋の中。椅子に座った一人の男が、重々しく口を開いた。

「不慮の事故により商品を失った。君はそう言いたいのだね」

真っ黒なスーツに、きちんと分けられた髪型をした初老の男。

「左様でございます、ボス」

相対するは、小太りの男――カグヤを連れ去ったあの船の隊長であった。

「君の部下の報告とは随分と違うようだが?」

「そ、それは部下が勝手に……」

「ふむ。では……」

 

『男の奴隷は必要ない!今すぐ廃棄しろ!』

『私の命令に……逆らうつもりか?』

 

『ボス』――そう呼ばれた男がおもむろに指を鳴らすと、どこからともなく音声が流れだした。

 

「こ、これは……」

小太りの男の顔から、一気に血の気が引いた。無理もない。それは紛れもない、自分自身の発言だったのだから。

 

「音声記録装置の存在くらい、君ならばわかっていたはずだ。自己保身に焦るあまり、君は初歩的なミスを犯した」

「も、申し訳ございませんっ、ボス!」

「君の処遇は後程伝える。下がりたまえ」

『ボス』はより一層威圧を強め、言い放った。

「はっ……」

男は反論することもなく、ただ言われるがままに部屋を後にする。

 

「全く……ああいう手合いには困ったものだ」

男が出て行ってから、そう呟く『ボス』。そんな時、扉をノックする音がした。

「入りたまえ」

「失礼します」

部屋に入ってきたのは、若い男だった。彼は緊張した面持ちで立っていた。

 

「そう、力を入れてもらわなくても構わないさ。私は礼を言いたいだけなんだから」

『ボス』はゆっくりと男へ近づくと彼の肩に手を置き、優しく言い放つ。

「はっ!ありがとうございます!」

「君の報告のおかげで、あの男の処遇が決められそうだ。感謝しているよ。これからも精進したまえ」

「はっ!かしこまりました!」

「いい返事だ。よし、下がりたまえ」

「では、失礼いたします!」

『ボス』はそれだけ伝えると、男を下がらせる。再び、部屋には彼一人だけとなった。

 

「しかし……」

『ボス』はガラスの向こうに広がる宇宙を見つめながら、報告書を手に独り言をこぼす。

 

「『光の戦士』か……フフ……これは面白いことになりそうだ……!」

それは、あの船に現れた謎の存在――ソルのことを指していた。

 

「エヴォリュート……ソル!」

男は口元をゆがめ、面白そうにその名を呼ぶのだった――

 

 

「……君!」

「うん……」

「アサヒ君!」

「!?」

 

――次の朝。ティムの叫びに、アサヒは目を覚ました。見ると、彼の額からは大粒の汗が流れ落ちていた。

 

「何かあったんですか!?」

その様子にただならぬ気配を感じ取ったアサヒは、ティムに問う。

 

「ユウナが……いないんだ……!」

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