――???
「ここは……?」
アサヒは困惑していた。
一瞬眩い光に包まれたかと思ったら、得体のしれない場所にいたのだから。
どれだけぐるぐると辺りを見回しても、わからないことだらけだ。
ただ一つのことを除いては。
「カグヤ、大丈夫か」
「……」
彼女も一緒に、ここにきてしまったということだ。
驚いているのか。それとも怯えているのか。少なくとも余裕がある風ではない。
いつもと違う彼女の表情に、アサヒの緊張はより一層高まる。
「ほら、手、握ってろ」
「……うん」
はぐれることのないように、彼女の手をしっかりと握る。
こうして二人は、ゆっくりと歩き出した。
※
しばらく歩き回ってみて、ようやく理解した。ここはあの帆船の中だ。
しかし、帆船に見えるのは外側だけ。内部は現代的、いやそれ以上といっていいぐらいに機械的なものだった。
まるでSF映画にでも出てきそうな――そこまで考えて、彼はある仮説に至った。
「宇宙船だ……」
「宇宙、船?」
「ああ。多分噂は本当だった……あのサイトを見た人間を、こうやって集めてるんだ」
「何のために?」
「わかんねぇ。けど……」
「俺がついてる」
彼女の顔をしっかりと見つめ、そう言った。
「……うん、そだね」
その言葉に、カグヤの表情は明るさを取り戻す。
「よーし!こうなったら宇宙人をこの目で見てやる!」
「おう!その意気だ!」
声を潜めながらも、二人は元気よくそう言いあった。
※
「!」
さらに歩き回っていると、何かの気配を感じた。
二人はとっさに物陰に隠れて、様子をうかがう。すると――
「しっかし、今回やたら収穫多かったな」
「ホントだよ。この惑星の奴ら、どれだけ現実から逃げたいんだか」
「ちょっと同情しちまうなぁ?」
「まったくだ」
通路の奥から、そんな会話をしている二人組の男――宇宙人だろうか――が歩いてきた。
体格は成人男性ぐらい、顔はすっぽりと仮面で覆われている。全身にアーマーを着込んだそれは、彼らの日常からは大きく剥離した存在だった。
「なんか、思ったより人間ぽいね……」
「そこ、重要か?」
「ちょっとは」
息を潜めながら、ひそひそとそんな会話をかわす二人。
幸いなことに聞こえてはいないらしい。
男たちはそのまま、通路を横切って行った――
かに、思えた。
「おいそこ、虫がいるぜ!」
「うげ、潰せ潰せ!」
アクシデントは、突然起こった。小さな虫が数匹、床を這っていたのだ。
男たちは足を振り下ろし、踏みつぶそうとする。
「おいこら、逃げんなっての!」
それだけならよかったのだが。
何の因果か、神の悪戯か。そのうちの一匹が、アサヒたちが隠れている物陰の方へと逃げてゆく。
そして。
「おい!」
「何だ、卵でも見つけたか?」
「いや……」
「人間がいた」
彼らは、見つかってしまった。
※
「がぁっ!」
「アサヒ!」
数分後。彼らは男たちにブリッジらしき部屋へと連行されていた。
床に投げ出され、顔面を強打するアサヒ。
部屋には、銃で武装した男たちが複数人いた。
「ったく、どっから忍び込んだんだぁ?」
「おい誰だよ!転送装置のスイッチ入れっぱなしにしてたの!これのせいだろ!」
「悪い悪い、それ俺だわ」
「悪いで済むかよ!」
「まぁまぁ、捕まえられたんだしよかったじゃねぇか」
がやがやと騒ぐ男たち。そんな様子に、
「何なんだよお前ら!いったい何が目的で!」
憤りが爆発し、立ち上がって怒鳴り散らすアサヒ。しかし、
「騒ぐなガキ!」
「ぐぁっ!」
ガッ!
銃の後部で強く殴りつけられ、再び床に叩きつけられる。
「おい、あんまり乱暴にすんな。商品になるかもしんねぇんだからよ」
それを見ていた男の一人が、殴りつけた男を諫める。
「商……品……っ?」
「そ、お前たちは売られんの。奴隷ってやつ?」
奴隷。その単語を聞いた瞬間、アサヒとカグヤの背筋にひやりとしたものが駆け抜ける。
「甘い言葉につられて、ホイホイついてきて……ホントバカな連中だよ」
「どこへ行っても、現実から逃げられやしねぇってのに」
「「「ハハハハハハハ!!」」」
男たちは、下品にゲラゲラと笑いたてる。
「ふ、ざ、けんなあぁぁぁっ!」
直後。アサヒの怒りが爆発した。
「ぶっ!?」
「うあっ!」
素早く立ち上がると体をねじり、背後の男の顔面に左で裏拳を浴びせる。そのままの勢いで右の回し蹴りを隣の男の側頭部に食らわせ、大きく後退させる。
「んのヤロ!」
こうされては黙ってはいられない、と正面の男が殴り掛かる。が、
「オオ、ラッ!」
「うっ!?」
腕を交差させてそれを受け止め、右手で相手の右腕をねじり上げる。
そしてすぐさま腰を入れた左でのパンチを相手の腹部に叩きこむ。
男がよろよろと後ろに下がると、アサヒは肩で息をしながら構えを取る。
「お、おい……もう撃っちまおうぜ」
「けどよ……」
銃を使うか否か。男たちが揉めていた――そんな時だった。
パァン!
乾いた音が、部屋に響いた。
「あぁっ!」
瞬間、アサヒの右脚に激痛が走る。
おびただしい量の血液が流れだし、床へ倒れこみもだえる彼。
「まったく、何をやっているんだお前らは」
コツコツと足音が響く。
呆れた様子でそう言いながら歩いてきたのは、黒いスーツに身を包んだ、小太りの男だった。その手に持った拳銃の銃口からは、まだ煙が噴き出していた。
「隊長!」
隊長――そう呼ばれた男は、アサヒとカグヤを交互に見ると、横にいる男へ言った。
「おい」
「ハッ!」
「何故、男がいるんだ?」
「ハッ?」
意味が分からない、といった具合に聞き返す部下。
「何故男がいるんだ、と言っているんだ!」
「も、申し訳ございません!ですが、何か問題でも?」
「男の奴隷は必要ない!今すぐ廃棄しろ!」
その言葉に、部下がざわつき始める。皆、「何を言っているんだ」という様子だ。
「た、隊長!本部からそんな命令は受けていないはずでは……?」
「私の命令に……逆らうつもりか?」
「い、いえ!」
男に凄まれ、部下たちは渋々アサヒの肩を両側から担ぎ上げ、運んでいく。
「アサヒを離しなさいよっ、この宇宙人!」
「おおっと、君は別だ」
たまらず飛び出すカグヤだったが、男に阻まれてしまう。
「アサヒっ!アサヒいぃぃぃーーっ!」
室内に響き渡るカグヤの絶叫。しかし無情にも、アサヒの姿は閉まりゆくドアの向こうへと消えてしまった――
※
――船内 廃棄処理室前通路
「お前も災難だったなぁ。隊長の気まぐれで殺されちまうんだから」
「ぐぅ……」
朦朧とする意識の中、目線だけで男をにらみつけるアサヒ。
「よし、ここだ」
しばらくして、男たちの動きが止まる。そこには、厳重に閉じられた高鉄の扉があった。
「この先はブラックホールに繋がっている……宇宙の墓場さ」
「今からお前をここに放り込んで、おさらばさ」
言いながら、男はパネルを操作し、扉を人が入る程度まで開く。
真っ黒な暗黒の空間――そうとしか形容できない光景が、そこに広がっていた。
「おい早くしろ、俺たちまで巻き込まれちまう」
「そうだな」
男たちはアサヒをぐい、と前にやると、
「じゃあな」
そう言って、彼を突き飛ばした――
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