「この国には戸籍はないのですか?」
「国民全員分の戸籍はないね。今、アウステリア王国のノウハウを借りて導入しているところだよ」
デボラが事もなげに答える。
一晩経ってデボラも落ち着きを取り戻したようだ。
今日は言葉が穏やかである。
冒険者ギルドの食堂で食事をした後、会議室では作戦会議が行われていた。
「国民の職業ってどうやって把握してるんですか?」
「九歳になると鑑定士による調査が行われるんだよ。学院に入る前の年齢さね。今では全員の記録が行われているんだけど、昔は鑑定されると、騎士系か魔導士系かに分けられて学院に入れられてたんだ」
やはり、鑑定を行う時期は各国で結構違うようだ。
「鍛冶師とか薬師とかはどう区分されるんですか?」
「ああ、語弊があったね。魔法が使えるか、使えないかで分けられると言った方がよかったね。だから、使えない方に区分されるね」
「鑑定士はいますよね?」
「この街にもいるはずだよ。たぶん城塞の中にいると思うから、合流するのは難しいかもね」
今は、町中にアンデッドがあふれている状態なので、領都の兵は城塞に、警備兵は城門詰所や、警備兵詰所に、冒険者は冒険者ギルドに、一般人は各家に閉じ込められている状態なのである。
ここまで状態が悪化したのは最近になってからなので、各所にはまだ食糧は残っているかも知れないが、早くアンデッドを駆逐しないと食糧や水が補給できないので餓えてしまう事になるだろうとデボラが言っていた。
レヴィンは何から取り掛かるべきか考えていた。
「アンデッドが出現した付近に何かのマジックアイテムがないか調べてみるのはどうでしょうか?」
「昨日あんたが言ってたアンデッドを呼び出すアイテムのことかい?」
「そうです。魔法探知を使って反応があるか確認してみませんか?」
「そうだね。特に策もないしそれを試してみるとしようか」
聞き取りを行うと、魔法探知を使えるのは八人だった。
八組の冒険者パーティに一人ずつ黒魔法を使える人物がいたようだ。
早速、アンデッドが跋扈する街中へと飛び出していく。
各パーティで別れると、手分けして魔法探知で反応がないか探っていく。
レヴィンもダライアスと共に、地図を片手に反応を確認していた。
「火炎球」
ドゴオオオオオオオ!
「火炎球」
ドゴオオオオオオオオ!
群がってくるアンデッドに火炎球をぶちまけていく。
やはり、アンデッドに火魔法は相性がいいようだ。
魔法をくらって息絶えていくアンデッド達。
いや、元々息絶えてるんだけど。
ダライアスも片っ端からアンデッドの首をはねていく。
普通であれば、首をはねようが何をしようが、動きは止まらないはずなのだが、蒼天の剣は思ったより高性能の魔力剣のようだ。
魔霊界から相手に精神的ダメージを与えているのだろう。
確実にアンデッドを葬っていく。
火炎球と魔法探知を交互に使用して進んでいく。
それにしても、よくここまで増えたものである。それだけアンデッドの数が多いのだ。
火炎球で敵を葬っていると、少し離れた場所に、一体の人間に見える何かを発見する。
タキシードのような服装をした紳士のような、それはダライアスの方へ近づいていく。
「レヴィン! こいつはアンデッドなのか!?」
こんなアンデッドだらけのところに生者はいないだろう。
一応、声をかけてみるレヴィン。
「そこのお前ッ! とまれッ!」
その身なりの良い男は、レヴィンとダライアスから少し離れた位置で立ち止まると、言葉を発した。
「吾輩に命令するか、人間よ」
この世界のアンデッドがどのような存在か解らないが、人語を解するという事は、そこらの死体から出来たアンデッドとは違うのだろう。
レヴィンは尋ねる。
「お前は何者だ?」
「吾輩か? 吾輩はアンデッドである。名前はまだない」
お前はどこかの猫かと心の中で突っ込みつつ、敵認定するレヴィン。
「では敵という事だな」
「生者は、吾輩の敵だ」
その言葉を合図にレヴィンは魔法を解き放つ。
「火炎球」
ドゴオオオオオオオオオオオオ!
火炎が派手にまき散らされるが、一瞬早く敵はその姿を黒い霞状に変化させていた。
「後ろだッ!」
ダライアスの声が響く。
レヴィンは後ろを振り向かずに、左へと飛んで、地面を転がりつつ魔法を放つ。
「轟火撃」
天から熱線が照射され、その空間に黒い火炎をまき散らす。
倒したか確認しようと、じっと見つめるが、そこには何の痕跡もない。
跡形もなく消し去ったかとも思ったが、あっけなさすぎる。
辺りを窺っていると、今度はダライアスの後ろに出現した。
「ダライアスッ!」
その言葉で察したのか、彼は蒼天の剣を後ろへ向かって薙ぐ。
「ぐぅ!」
男からうめき声のようなものが漏れる。
すぐに距離を取る、その男。
剣が当たった腹の部分が黒い塵と化している。
その顔は怒りに満ちていた。
「人間如きが、吾輩に傷をつけるだとッ!」
そう言うと男は右手を前に出して、叫んだ。
「吸魔霊呪」
その手から赤色の光弾が発射される。
狙われたダライアスが回避動作を取ろうと身をよじるも間に合わない。
光弾を左半身に受けたダライアスの体から力が抜けていく。
彼の体から赤色のオーラのようなものが抜け出し、その男に吸収されていった。
「神霊烈攻」
その瞬間、レヴィンが魔法を発動すると、じわじわとオーラを吸収していた男をまばゆい光が包み込む。
捕食の瞬間に隙ができるのは万国共通である。
「ぐわぁあああああああ!」
男は体中から煙を立ち上らせている。
レヴィンが続けざまに魔法陣を発現させたその時、男の体が黒い霞となり消えた。
倒したと言うより、おそらく逃げたのだろう。
「それにしてもお天道様が昇っててもダメージ受けないんだな」
「なんだ? アンデッドは日光に弱いのか?」
疑問の声を挟むダライアス。
「一般的にはそう言われてる」
前世では、と心の中で付け加えるレヴィン。
この世界ではどうか解らない。あの専門家の老人に聞いてみるのもいいかも知れない。
それにしても他のパーティは大丈夫かね?と心配していると、近くで悲鳴が聞こえた。
レヴィンはダライアスとアイコンタクトを取ると、悲鳴が聞こえた方向へと走り出した。
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