ドルトムットの邸宅に到着すると、執事のジェルマンが出迎えてくれた。
別に待ち構えていた訳ではなく、たまたま居合わせただけのようだ。
ジェルマンに、皆は今日何をしていたかをさりげなく聞いてみる。
ドルトムット卿は執務室で政務を執り行っていたようだ。
相次ぐ息子の死に動揺していたようだが、少しは吹っ切れたのかも知れない。
夫人の方は、ほとんど部屋に閉じこもっていたようだ。
庭園を少し散歩されていたらしいがわずかな時間だけだったとの事である。
マイセンは出かけたようだが、ウォルターはしっかりと見てくれているだろうか?
フレンダは、家庭教師のバーバラと短剣での稽古をつけてもらっているようだ。
今、稽古中であるようなので、顔を出してみる事にした。
邸宅の広場へ向かうと、カンカンと木をぶつけ合う音が聞こえてくる。
その音に誘われて、稽古の場に到着する。
見ると、フレンダと女性が木の短剣で剣と剣をぶつけ合っている。
女性の方は家庭教師のバーバラだろう。青色のショートカットの髪が動くたびにわずかに揺れている。
傍らには、二人の女性がいた。オレリアとルビーである。
二人も剣のようなものを持っているので、稽古を受けているのかも知れない。
フレンダのこういうところは初めてみるので新鮮だ。
真剣な表情でバーバラと斬り結んでいる。
二人の剣のぶつかり合いは、まるで剣舞のように美しく、見ているレヴィンを魅了した。
魔法が使えないフレンダの事だから、短剣の稽古に長い時間を割いてきたのだろう。
かなり無駄のない動きのように見えた。
それでも、流石のバーバラと言ったところか、軍配はバーバラの方に上がった。
木の短剣をフレンダの喉元に突きつけながら彼女は言った。
「強くなったわね。私も、うかうかしてられないわ」
「先生、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げながらお礼を言うフレンダは、頭を上げたところでようやく少し離れたところでにいるレヴィンに気づいたようだ。
慌てて、わたわたし始める彼女は、いつも通りの表情を見せている。
レヴィンが手を振ると、やっと自然な笑顔を見せてくれるフレンダ。
やはり、彼女は笑っていた方が良い。レヴィンはそう考えながら広場を後にした。
向かうは蔵書室だ。昨晩、ドルトムット卿に閲覧許可をもらっておいたのである。
アウステリアにある全ての書籍の閲覧権をもらったレヴィンであるが、それを行使しなくても許可してもらえた事は僥倖である。
強権を発動する事になんとなく抵抗のあるレヴィンであった。
蔵書室につくと片っ端から本を漁り始める。
夕食までまだ時間はあるので、心置きなく魔法の本を探す事ができる。
それからレヴィンは、本探しに没頭した。
夕食の時間になった。
一応、ジェルマンに蔵書室にいると伝えておいたので、使用人が迎えに来てくれた。
結論から言うと、魔導書は見つかった。
何冊か有用な本が見つかったので、レヴィンの心はほくほくしている。
部屋に入ると、ドルトムット卿以外のメンバーが揃っていた。
ただ、今日の夕食は、いつものメンバーに追加してバーバラも参加する事になったようだ。
レヴィンは何故だか解らなかったが、特に異論もないし、口を出せる立場でもないので何も言わない。
しばらくして、ドルトムット卿が入ってきて、席に着くと料理が運ばれてくる。
彼は、食べ始める前に、話し始めた。
「明日には、フレンダがドルトムットを発って王都へ行く事になる。今日は、お礼の意味も込めて、長年フレンダの家庭教師を務めてくれたバーバラ殿にも夕食に参加してもらった。喪中のため、大したものも出せないが楽しんで欲しい」
送別の意味も込めて夕食に招待したのか、と納得するレヴィン。
まだ肝心の本人から返事を聞いていないのだがいいのだろうか。
「バーバラ殿、長い間、フレンダがお世話になった。感謝している」
「いえ、剣の稽古ばかりで、その他の事はあまり教えてあげる事ができませんでした。申し訳なく思っております」
「そんな……先生には、多くの事を教えて頂きましたわ。本当に感謝しておりますわ」
「フレンダ嬢……王都へ行っても元気でやるのだぞ?」
「……はい」
そんなこんなで夕食が始まった。
レヴィンもバーバラに話しかけてみた。
彼女は海賊戦鬼で冒険者のランクはBだと言う話だ。
こんなところに有能な人材が……とレヴィンは彼女も連れて帰りたくなった。
ちなみに海賊戦鬼は魔法も使える。ただ、使用可能なのは水魔法に限られる。
「フレンダ嬢は魔法は一つも覚えていないんでしたよね?」
「そうですね。闇魔法なんて誰も知りませんもの」
「私に魔法の知識がもっとあればよかったんだけど……」
バーバラは申し訳なさそうにしている。質問にそんな意図はなかったので、レヴィンは慌てて謝った。
その後、フレンダはバーバラに明日、王都へ出発するから来てほしいと伝えていた。
レヴィンは、ここらで襲撃の話を出してみるかと、話題を変えてみる。
「そう言えば、今日、怪しいヤツらに襲われちゃいましたよ……しかも2回も」
「何ッ!? それは本当かね?」
すかさず反応するドルトムット卿。
レヴィンはマイセンの方を窺うも、何も聞かなかったかのように振る舞っている。
しかし、少し顔が強張っているように見える。
「返り討ちにして、誰が背後にいるか聞き出して警備隊に突き出してやりました」
「いったい誰が黒幕なのかね?」
「神殿ですよ。まぁそれ以外の者も関わっているようですが」
レヴィンは少しハッタリをかましてみる。
ドルトムット卿は驚きを隠せないようだ。何故、神殿勢力がレヴィンを襲うのか理解できないでいる。
他の者も驚いた表情をしている。
「それ以外?」
「まぁ、それは追々解るでしょう」
レヴィンは言葉を濁した。
彼の考えが当たっているならば、今夜もう一度襲撃があるはずだ。
しかし、それはレヴィンではなく、ドルトムット卿を狙うものであろう。
「追々ね……」
レヴィンはそう言うと、冷めた料理にフォークを突き刺した。
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