それからあっという間に時間が経過し、休日になった。
特に狩りに行く予定も立てなかったため、一人で精霊の森へ行く事にした。
アリシアもシーンもクラスでお茶会に誘われたそうだ。
とりあえず、小鬼の秘密基地に行くが誰もいない。
中に入ってみたが、心なしかテーブルや椅子に埃がたまっているような気がした。
レヴィンは何やら不穏な気配を感じ、村まで行ってみることにした。
十月にもなると、森の中は結構涼しい。
肌寒いので、もう少し着込んでこれば良かったと思うレヴィンであった。
かすかに残る獣道ならぬ、小鬼道を通り、歩く事、一時間ほど。
小鬼の村はちゃんとそこに存在していた。
とりあえず、ホッとするレヴィン。
村の入り口にも見張りが二人立っている。
近づいていくと最初は警戒されたが、レヴィンの顔を見知っている者だったようだ。
すぐに警戒を解くと声をかけてきた。
「レヴィン殿ではナイか。久しぶりですナ?」
そう言って、長老の家まで案内してくれる。
「何か変わったことはありましたか?」
「ウム。そうなノダ。とりあえず、長老タチに聞いてミテくれるか」
先に、見張りが長老の家に入り、レヴィンが来た事を伝えるようだ。
彼が家から出てくると、入るように促された。
中にはガンジ・ダが座っている。
他の長老衆やジグド・ダはいないようだ。
「おお。レヴィン殿! 久しぶりじゃのう」
「お久しぶりです。ずっと魔の森の方にいたものですから来る機会がありませんでした」
「ほう。そうなのですか。魔の森に……」
「ところで、何かあったんですか? ギズ達の秘密基地にも寄ったんですが、最近訪れていないような感じでした」
「うむ。実はのう。人間にこの村を発見されてしもうたのじゃ」
「人間に? それで、どうしたんですか?」
「相手は冒険者のようでな。人数は三人で、こちらも刺激しないように丁重に迎えたんじゃが……。いきなり攻撃してきたのでな。やむを得ず、何とか撃退したのじゃよ」
「問答無用で攻撃されたんですか? それにしても村がバレたのはマズいですね……」
冒険者ギルドに寄ってこれば良かったと思うレヴィンであった。
そうすれば小鬼関連の依頼がないか解ったのにと思う。
「相手は三人だったので、ジグド・ダと若い衆が武器を取って戦い、撃退できたのじゃが、大人数で来られたらとても敵わぬ……」
その時、家にジグド・ダが入ってきた。
見張りから聞いたのだろう。
「レヴィン殿、久しいな。元気であったか?」
「はい。元気ですよ。ジグド・ダさんはどうですか?」
「俺は元気なのだが、村の衆が怖がっているのだ」
「人間の襲撃があった件ですか?」
「その通りだ。いつ人間が攻めて来るかと皆、おびえておる」
「襲撃があったのはいつ頃なんですか?」
ジグド・ダは顎に手をあてて考えながら言った。
「今から八日前ほどですな」
「もしかしたら討伐依頼が出ているかも……」
レヴィンは難しい顔をして言った。
八日もあれば、ギルドに報告がいき、間違いなく討伐対象になっているだろう。
むしろ、八日経ってまだ、討伐に誰も来ていない方がおかしいような気がする。
対応が遅いように感じる。
「レヴィン殿、何とか人間達と友誼を結べまいか? 我々はもうずっと人間に敵対行動をとっておらぬ。今回の件だって襲われなければ手を出していなかったであろう」
「ちょっとギルドに掛け合ってみます。ところで、怪我人はいますか?」
「若い衆が六人ほど怪我をして養生しておるところじゃ」
ガンジ・ダは沈痛な面持ちでそう言った。
「解りました。回復魔法をかけますので案内してもらえますか?」
「回復魔法!? レヴィン殿は回復魔法まで使えるのか?」
ガンジ・ダは驚きの表情をしている。
ジグド・ダは豚人戦の時、目の前で回復する光景を見ていたため驚いていない。
「はい。お願いします」
そう言うとジグド・ダが立ち上がってついてくるように促した。
怪我人の家を回って回復魔法をかけていくレヴィン。
あまりひどい怪我人はいなかったので、とりあえず、聖亜治癒をかけておいた。
その効果はすぐに表れ、どの怪我人も傷が治ったようだ。
どの小鬼もレヴィンに感謝していた。
中には拝みだす者もいたほどだ。
「感謝致しますぞ!」
ガンジ・ダもお礼の言葉を述べている。
「では、早速、王都に戻って冒険者ギルドに向います。人間が討伐に来て敵わないと思ったらすぐに逃げてください。」
ガンジ・ダもジグド・ダも頷いている。
「もしかしたらギルドマスターと直接話をしてもらう必要が出てくるかも知れません。その時はよろしくお願いします」
そう頼みながらレヴィンは考えていた。
自分がいない間に腕利きの冒険者に襲われればただでは済まないだろう。
もしもの時のために、ここはひとつジグド・ダに『種族進化』を試してみる事にした。
村の入り口まで見送られたレヴィンは、それを実行すべくガンジ・ダ達の方へ向き直った。
「ちょっと試したい事があります。いいですか?」
「む? 別に構わんが何をなさる気じゃ?」
「魔物使いの能力の一つに『種族進化』というものがあります。それをお二人に試してみたいのですが、よろしいでしょうか?」
「種族進化? それをすると強くなれるという事であるか?」
ジグド・ダが当然の疑問を口にする。
「試した事がないので解りませんが、おそらくそうだと思います。」
二人とも心配そうな顔をしている。
「ではいきますよ」
レヴィンは『種族進化』の能力をまずはガンジ・ダに発動する。
すると、まばゆい光が彼を包んだかと思うと、光の中心から光の胞子のようなものがフワフワと舞い散っている。
やがて光がおさまるとそこには明らかに体が大きくなったガンジ・ダの姿があった。
彼自身も驚きの表情を浮かべ自分の手を見つめている。
「何か変わった感じはありますか?」
心なしか若返ったようにも見えるガンジ・ダに尋ねるレヴィン。
「むむむ。もの凄い力がみなぎってくるぞい! 今なら何でもできる気がするッ!」
こういう時鑑定があれば……と何度も思っている事が頭をよぎる。
本気で鑑定とらなきゃなとレヴィンは心の中でつぶやいた。
「何が変わったかは、色々試してみてください。ではジグド・ダさんもいきますよ!」
能力を発動すると、再び辺りがまばゆい光に包まれ、先程と同じような光景が繰り返される。
光がおさまると、そこには3mほどにもなったジグド・ダの姿があった。
筋肉もすごく発達しており、ムキムキになった印象だ
彼も溢れてくる己の力に驚いているのだろう。
手を閉じたり開いたりして、自分の体の変化を確認している。
「これはすごい……」
ジグド・ダは目を白黒させている。
レヴィンは無事に能力を発現することができたとホッとしていた。
現時点では、肉体面以外でどんな変化があるか解らないので不安ではあるが。
「では、変化を感じたら教えてください。僕はこれで王都に戻りますね」
「かたじけない!」
ガンジ・ダがお礼を言うのを聞いて、レヴィンは足早に村を後にした。
王都へ戻ると早速、冒険者ギルドに向かう。
建物に入って掲示板を見るが、小鬼討伐の依頼は貼り出していないようだ。
もしかして、もう依頼が受領された後かも知れない。
レヴィンは受付嬢にギルドマスターとの面会を求めると、彼女は階段の方へ消えて行った。
普通であれば、そう簡単に一冒険者がギルドマスターに面会する事はない。
誘拐事件や貴族への叙爵のお陰である。
しばらく待っていると、ギルドマスターの部屋へと案内される事となった。
案内役のギルド職員についていくレヴィン。
ノックをして入室許可をとると、レヴィンは一人中へ入った。
ギルド職員は入らないようだ。
中に入ると、ギルドマスターのランゴバルトと、知らない金髪で耳の長い精霊族の女性がいた。
「おう。久しぶりだな。まぁ座れや」
執務用のデスクから応接のソファーの方へやってくるランゴバルト。
「お久しぶりです。失礼します」
レヴィンも挨拶をしてソファーに身を預ける。
「で? 何の用だ?」
そう言われたので、女性の方に目をやっていると、それに気づいたのかランゴバルトが女性の紹介を始める。
「ああ、すまんな。彼女は副ギルドマスターのノンナだ。見ての通り精霊族だな」
彼女が軽く会釈したので、こちらも返しておいた。
「そういや貴族になったみたいだな。エクス公国でも大活躍だったそうじゃねーか」
「お陰さまで貴族になってしまいました。」
「まぁ頑張れや」
「ありがとうございます。冒険者ギルドの支部も作りたいので、またどうすればいいか教えてください」
「おう。その件については色々調整している。しばらく待ってな。ところで今日は何の件だ?」
「最近の話なんですが、精霊の森の中で小鬼の集落を発見したという報告はありませんでしたか?」
「その話は聞いている。ランクDの冒険者三名が精霊の森の奥で小鬼の集落を発見したそうだが、襲われて撤退したとの事だ」
襲われて撤退したか、小鬼の言っている事と違うなとレヴィンは思う。
どう言おうかと考えていると、先程のギルド職員がお茶を持って入ってくる。
三人に配り終えた職員はそそくさと部屋を後にした。
お茶を一口すすると、ランゴバルトが続けて話し始めた。
「しかし、この件は公にしてねーんだが、どこでそれを知ったんだ?」
「実はですね。以前から交流のある小鬼の部族がいまして……彼等から聞いたんです。それによると、人間の方から襲われたので反撃したという事でした」
「なんだ言ってる事が逆だな。というか何で小鬼族と交流なんてあるんだ?」
ここは嘘をついて心証を悪くするよりも素直に本当の事を言った方がよさそうだと思うレヴィン。
というか、良い言い訳が思いつかないだけかも知んない。
「たまたま知り合った小鬼の子供がいまして、彼等を通してその集落と交流を持つようになったんです」
「ふうん……よく魔物と話そうなんて気になったな」
ランゴバルトは手を顎に当ててじっと聞いている。
「僕も魔物が人語を解するなんて知らなかったんで驚いたんですが、話してみると別に討伐するような存在じゃないなと思った訳です」
「ほう。では小鬼族はともかく、豚人族の方は討伐するに値すると思った訳だな?」
前の豚人発見報告の時の事を言っているのだろう。
含みのある言い方である。豚人討伐の後も何か言いたげだったなとレヴィンは思いだす。
「豚人は話が通じないのは知っていましたからね」
「んー。別に取り繕わなくてもいいぞ? こっちはもう知っているからな?」
何が?とは聞けないレヴィンである。
何もかも知っているというのだろうか。
レヴィンが黙っていると、彼は付け加える。
「要は、交流のある小鬼族が豚人族と対立したから、お前が介入したんだろ? 冒険者が討伐に行く前に、豚人族の集落を襲撃したのもお前だ」
(やっぱバレてんのか……でもなんでだろう)
観念して話すしかないかと覚悟を決めるレヴィン。
「はい。そうです。黙っていてすみませんでした」
「おっ今度は認めるんだな。ギルドに虚偽の申告をした事も認めるんだな?」
「虚偽の申告はしてないですよ? 豚人がいたので討伐依頼のために事実を報告したまでです。ただ、討伐前に僕が襲撃した事を黙っていただけです」
「そういう事は報告すべき事だろう」
「そうですね。申し訳ございません。目立ちたくなかったんです」
「次からは全てギルドに報告すると誓えるか?」
「解りました。誓います」
「解った。この件は……」
ランゴバルトがそう言いかけたところで今まで黙っていたノンナから横やりが入った。
「それは少し甘すぎるのではないでしょうか?」
彼女は少し間を置いて続けた。
「今回は何事もなかったものの、勝手に襲撃を行っておいて、故意に報告しなかったのは報告義務違反では?」
「しかしなぁ……」
ランゴバルトとしてはここで許してレヴィンに貸しを作っておきたかったのだ。
彼がどうしようか考え込んでいると、レヴィンが切り出した。
「その件は後で罰を受けるとして、話を進めたいのですがいいでしょうか?」
「あなたねぇ……」
文句を言いかけたノンナに割って入ったのはランゴバルトであった。
「まぁ後回しでいいじゃねぇか。それでお前はどうしたいんだ?」
「ありがとうございます。彼等は信頼できます。人間を襲うことはありません。なので彼等を討伐するのは止めて欲しいんです」
「しかし、あいつらは小鬼に襲われたと言っているしなぁ……」
「小鬼と人間のどちらを信用するか言われるまでもないのでは?」
ノンナの言葉に、精霊族なのに意外な事を口にするなと思うレヴィン。
彼女は本当に人間を信用しているのだろうか?
古精霊族を滅ぼしたのが人間であるという事が事実ならば、精霊族が人間を信用するなんてとても思えないからだ。
「彼等が人語を解すると知った上で、無条件で人間側の意見だけを信じるのは少々野蛮ではないでしょうか? ここは話を聞いてみては?」
「まさか私達に小鬼と話し合いをしろとでも言うつもり?」
「そのまさかです。ギルドマスターと小鬼の代表者で話し合いの場を設けて頂けないでしょうか?」
ランゴバルトは少し考えた後、了承の言葉を口にする。
「解った。こちらから出向こう。話し合いは小鬼の村で行い、こちらからは俺とノンナ、レヴィンが出席だ。期日は来週の午後からでいいな?」
「ありがとうございます。そう伝えておきます」
「レヴィンに対する罰則については、この件が終わるまで保留な」
ランゴバルトはノンナにそう言い聞かせた。
彼女は不満気ではあったが仕方なくその言葉に従うのであった。
こうしてレヴィンは、話し合いが持たれる事を伝えに、小鬼の集落へと向かったのであった。
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