結局、カルマまでで襲撃があったのは、二度だけであった。
初日の午前中と、二日目の午後だ。
二日目の午後は鬼三人と豚人十五人、小鬼二十人の結構大規模な襲撃だったが、敵ではなかった。
この護衛団は予想よりも強いのかも知れない。
カルマに着くと冒険者ギルドの立会人を介して増額分を含めた報酬が支払われた。
メルディナでの取決めどおりである。
報酬を受け取ると『無職の団』以外は解散してしまった。
それぞれ、掲示板を確認しに行ったようだ。
残ったレヴィン達を見て、喜びを爆発させたホンザは上機嫌に言った。
「ありがたい! 残ってくれたという事はエクス公国までの護衛を引き受けてくれるという事だね?」
「いえ、まだ決めた訳ではありません。依頼の状況と今後の予定を教えて頂けますか?」
そう言うと、ホンザは残念そうな顔をして説明を始めた。
「依頼はまだ、誰も引き受けてくれておりません……。メルディナに着く前に依頼を出しておいてこれだ……。期待はできないかも知れんませんな。後、今後の予定だが荷馬車三十台で明朝出発するつもりです」
「うーん。更に台数が増えてるじゃないですか……。それで護衛は首都エクスまでで良いんですか?」
「いや、地方の村に直接、小麦を配ろうと思っています。二週間くらいを見ておいてくれればいい」
ベネディクトの予想は当たっていた。
「もし僕達が受けるとして、報酬はどれくらいになりますか?」
報酬の話をすると、相場のかなり上の金額を提示された。
エクス公国の首都エクスまで行かなくても近隣の村々まで大体十日程度はかかるだろう。
しかし、長引けば、往復で一か月かかるかも知れない。
「報酬は解りました。しかし、僕達が引き受けなくても護衛なしで行くつもりですか?」
「ああ、そのつもりです。店の者も大勢応援に呼び出した。」
「無茶ですッ! 応援と言っても戦いの素人でしょう? 考え直すべきです。鴨葱とはこの事ですよ?」
「カ、カモ? と、とにかく私は何と言われようと行くつもりです」
何が彼をここまで意固地にさせているんだろう。
レヴィンは何か裏があるような気がしてならなかった。
「とにかく、護衛を引き受けてくれるなら明日の七時に南門に来てください」
そう言うとホンザは冒険者ギルドを出てどこかへ去って行った。
ホンザとは何の誼もないが、だからと言って危険だと解っているところにむざむざと行かせる事はできない。
とりあえず、伝手を当たってみるしかない。
レヴィンはベネディクトに宿の手配を任せると、冒険者ギルドで聞き込みを開始した。
探すのは、以前依頼で一緒になった人達だ。
『明けの明星』と『丘の向こう側』、そしてイザークとイーリスである。
ギルドでの情報によれば『丘の向こう側』は別依頼で少し街を出ているそうだ。
ここでずっと待っているのもなんなので宿を当たってみることにした。
宿屋街へ足を運ぶと、聞き込みを開始した。
個人情報保護の概念が薄いこの時代である。
名前を出せば教えてくれるだろう。
探し始めて二時間くらい経っただろうか?
イザークとイーリスが宿泊している宿は見つけたが、本人達は不在であった。『明けの明星』に至っては情報もない。
この時間帯ならまだ魔の森に行っているのかも知れない。となればもうじき帰途に着く頃だろう。
レヴィンは冒険者ギルドで待つことにした。
座ってギルドの入り口をずっと注視し続ける。
しばらく待っていると、見知った顔を見つけた。『明けの明星』のメンバーだ。
素早く近寄って声をかける。
「テオドールさん! お久しぶりです」
向こうもこちらに気づく。
「ん? その顔はレヴィン君か? 久しぶりだな。どうしたんだ?」
「いえ、ちょっと護衛依頼を引き受けて頂けないかと思いまして……」
「護衛依頼?」
レヴィンは依頼の詳細と報酬について語った。
しかし、返ってきたのは、無慈悲な言葉だった。まぁある意味予想通りと言っても良い。
「報酬はいいが、無謀すぎる。護衛がろくに集まってもいないのにエクス公国へ行くだって? メンバーを危険に巻き込めないよ」
「危険は百も承知なんですが、何とかしてあげたいんです。お願いできませんか?」
「申し訳ないが今回は見送らせてもらう。悪い事は言わない……。君も手を引くんだな」
そう言うと、テオドールは受付の方へと去っていった。
レヴィンは、当然の反応だなと自分でも思う。
彼は再び席に座ると、残りのイザークとイーリスが来るのを待った。
(俺はいったい何をしているんだろうな。イザークさん達が引き受けたとしても、たった八人で荷馬車三十台を護衛する? ここまでしてやるだけの人間なのか? ホンザさんは。意固地になっているのは自分なのではないのか?)
色々な事が頭に浮かんでは消えていった。
そうしていると、どこからか声がかけられたような気がした。
「おいって!」
「んあ?」
「やっと気づいたか。レヴィンじゃねーか。どうしたんだ。こんなところで」
「イザークさんッ!?」
「こんなところで呆けてどうしたよ?」
「実は……」
レヴィンは再び、護衛依頼について説明した。
それを聞いたイザークは明らかに呆れていた。
「なんだそれ。荷馬車三十台を俺とお前のパーティだけで護衛するって? お前何か弱みでも握られてんのか?」
「そうですよね……自分でもよく解らないんです。」
「……」
「僕の仲間はまだレベルが低くて、人間相手に戦闘した事もありません。それなのに、この依頼を受けようか迷っている……。リーダー失格ですよね……」
ホンザが何を思って行動しているのか解らないが、エクス公国の民を思う心が感じられるのは確かだ。
彼は村を回ってタダ同然で小麦を譲り渡そうとしている。言うなれば無償の愛とでも言うべきか。
どんなに否定されてもそれを達成ようとする姿は、否定され続けた藤堂貴正を唯一肯定してくれた祖父に重なるのかも知れない。
そんな考え事をしていると、イザークが口を開いた。
「よし。この俺がまとめて面倒見てやるよ。報酬もいいしな」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、警戒してんのは野盗なんだろ? 野盗ごときにやられる俺様じゃねーよ」
「ありがとうございます! 恩に着ます! なんだか胸のつっかえが取れたような気がします」
レヴィンは、どうして彼が依頼を受ける気になったか検討もつかなかった。
実はイザークは、レヴィンを買っているのである。
受けた理由も金ではなく、将来有望な若者をこんな事で死なせたくなかったのだ。
そんな事はおくびにも出さないイザークであった。
「それでは、明朝七時に南門に集合という事でよろしくお願いします」
「おう。解った。じゃ、明日な」
そう言うと、向こうを向いたまま右手を挙げると、ギルドの入り口の方へと去って行った。
それを見送ると、入れ違いにベネディクトがやって来た。
宿をとったので、伝えにきたようだ。
「ベネディクト、俺は依頼を受ける事にしたよ。後、知り合いが二人参加してくれる事になった」
「おお、良かったじゃないか。解った。僕も君の意見に従おう」
「すまないな。こんな事になるのなら職業変更しない方が良かったな……」
「え? 冒険者だからな。何が起こるか解らない。仕方がないよ」
「ありがとう」
こうして、二人は食糧の買い出しに向った。
そして宿に戻ると、全員を集めて護衛依頼を受ける事を皆に伝えた。
すると、意外な事に皆、反対する事はなかった。
消極的な賛成かも知れないが、レヴィンを信頼しての事だろう。
レヴィンは彼等に何とか報いねばと心に誓ったのであった。
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